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『我が愛しきアンドラス・その召還と成長の記録』
 
 
「まったく、悪戯にもほどがある。よりにもよって、わたくしの本体をイルミンスール魔法学校の読書会に参加させるだなんて。ううっ、寒気がする」
 そう言って、アンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)は身を震わせた。
 魔道書のほとんどは、イルミンスール魔法学校の大図書室の奥深くに封印されていたものである。アンドラス・アルス・ゴエティアも例外ではなかった。それゆえ、イルミンスール魔法学校の大図書室はある意味鬼門だ。
 きっと誰かが読んでいるに違いない。この悪寒はきっとそうだ。
「殺す! わたくしの本体を読んだ者は絶対殺してやる」
 物騒なことを口走りながら、アンドラス・アルス・ゴエティアは世界樹の中へと入っていった。
「ストーップ! ここから先は行かせないんだもん」
 鬼崎朔に言われてアンドラス・アルス・ゴエティアを阻止するように言われていたブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)が、途中で立ち塞がった。
「ていっ」
「はう……」
 問答無用で、アンドラス・アルス・ゴエティアが先制攻撃として杖でポカリとブラッドクロス・カリンの頭を叩いた。
「とりあえず、引きずってくるのだ」
 ゾンビたちに命じてブラッドクロス・カリンを運ばせると、アンドラス・アルス・ゴエティアは大図書室を目指した。
 
    ★    ★    ★
 
「堪能させていただきました」
「ああ」
 茅野菫が読み終わって戻した『我が愛しきアンドラス・その召還と成長の記録』を、鬼崎朔は適当に受け取った。
 そこへ、アンドラス・アルス・ゴエティアが到着する。
「それだ、それこそわたくしの本体。すぐさま返すのだ!」
 紐で綴じられた古い紙の束をさしてアンドラス・アルス・ゴエティアが叫んだ。本と言えるほどちゃんと製本されていない。もし乱暴に扱われてバラバラにでもなったら大変だ。
「来たか、帰るぞ。まったく、来るんじゃなかった……」
 あっさり『我が愛しきアンドラス・その召還と成長の記録』をアンドラス・アルス・ゴエティアに投げ返すと、鬼崎朔はさっさと大図書室から出てきてしまった。そのあっけなさに、アンドラス・アルス・ゴエティアが拍子抜けする。
「ううーん。あっ、どうなっちゃってるの!?」
 遅ればせに息を吹き返したブラッドクロス・カリンが、やってしまったという風に頭をかかえた。
「まったく、何をしているのか……」
 アンドラス・アルス・ゴエティアが呆れる。
「カリン……私に嘘ついてないよね」
 唐突に、鬼崎朔がブラッドクロス・カリンに訊ねた。
「ちゃんと、アンドラスを止めようとしたんだよ。嘘じゃないんだもん」
「そう……」
 必死に弁明するが、どうも会話が微妙にかみ合わない。
 あのとき、ブラッドクロス・カリンの罪をのぞき見しようとしたとき、見えたのは鬼崎朔の妹の胸に突き立てられていた短刀の光条兵器だった。柄には、朱の十字の意匠があった。あれは、紛れもなくブラッドクロス・カリンの血十字……。ただ、その使い手までは確認できなかった。いや、しなかったのかもしれない。
 
 
『童話 スノーマン』
 
 
「イケメンの写真集でもエントリーしているかと思ったけど、そういうの全然ないなんて残念だぜ。あーあ、元がイケメンの本なら、人間体もイケメンになると思うのによお」
 泉 椿(いずみ・つばき)は残念そうに、それでも、魔道書以外でいいからイケメンはいないのかと周囲を見回した。
「本って、基本的に読むと頭痛くなるんだよな。写真集ならいいんだけど。そうだなあ、童話ならなんとかなるかな」
 せっかく参加したのだから一冊でも読もうと、泉椿は『童話 スノーマン』に手をのばした。
 じっくり腰を落ち着けて読もうと――いや、本当はこちらの方が本当の目的だったのかもしれないが――コーヒーセットと、大小のミルクプリンを机の上に広げてのんびりと食べ始めながら本を読み始めた。
「そこのプリン、俺にくださーい!」
 突然閻魔王の閻魔帳の所から駆け戻ってきたクロセル・ラインツァートが、泉椿の前にあるたっゆんミルクプリンに飛びついた。
「イケメン!? じゃなさそうだな。仮面で顔を隠しているんじゃなあ」
「何を言います。古今到来、仮面、メガネ、前髪を取り払ったとき、すべては美形キャラの正体を現すのです……。なんてことを説明している場合じゃありません。この甘味いただいていきますので、ごゆっくりと『童話 スノーマン』をお楽しみください」
 忘れずに宣伝をすると、クロセル・ラインツァートはプリンをひっつかんで走り去っていった。
「わあ、それかわいくていいなあ」
 泉椿が読んでいる『童話 スノーマン』を見て、秋月 葵(あきづき・あおい)が騒いだ。
「読みたいならいいぜ」
 あっさりと秋月葵に本を渡すと、泉椿は他の本を見回した。
「ふぁーあ。んっ、あそこにあるのは同人誌って奴か。いつも、ミナが読んでいるような奴かな。エロいんだよなあ。まあ、眠気覚ましにはいいかあ」
 大きくのびをすると、泉椿は同人誌静かな秘め事の方へと移動していった。
「へー、これって雪だるま王国の女王様が自ら執筆した童話なんだー」
 静かに『童話 スノーマン』を読み進んでいきながら、秋月葵が目を輝かせた。
「真冬のとある寒い日、一人の少女と、彼女がマフラーをあげた雪だるまとの心温まるお話。ううん、ツボよ、ツボなんだもん」
 握りしめた両手を胸の前で合わせると、秋月葵は身体をプルプルとさせて叫んだ。
「あ、あんまり叫んじゃだめだよー。あたしも気をつけてるんだよー」
 大谷文美の手伝いをして、徐々に集まってくる投票用紙を整理していた三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)が、小さい声で秋月葵を注意した。
「はーい。でも、この本素敵なんだよー。あなたも読んでみてよー」
「どれどれ……」
 秋月葵に手渡されて、三笠のぞみは三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)は手早く『童話 スノーマン』を読んだ。さすがに斜め読みしかできなかったが、装丁は実に自分好みだ。
「後で、じっくりと読み直そう」
 そうつぶやくと、三笠のぞみは『童話 スノーマン』を所定の書見台に戻した。
「やっと空いたあ。なんとなく、これってずっと読みたかったんですよね」
 他の人に取られる前にと、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が素早く『童話 スノーマン』を手にする。
「こ、これは……。――クロセルさん、クロセルさんはいずこ〜」
 読み終わった霧島悠美香は、やにわにクロセル・ラインツァートを捜し始めた。
「……要……」
「どうしたの?」
 突然声をかけられて、『空中庭園』が空くのを待っていた月谷要が聞き返した。
「私、ちょっと雪だるま王国行ってくる」
「はっ!?」
「入国してくるのよ。大丈夫、次までにはちゃんと戻るから」
「次って、なんの次だよ!?」
 戸惑う月谷要を放置して、霧島悠美香は大図書室を飛び出していった。