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リアクション
紅葉狩り日和
どこまでも高い秋の空は、清々しいほどに快晴だった。
同じ太陽とは思えないほど、過ぎ去った夏とは全く違う暖かな日差しが、鮮やかな色に染まった木々を照らしていた。
絶好の紅葉狩り日和である。
既にあちこちにレジャーシートを広げた一団がおり、それぞれに季節の移り変わりを楽しんでいた。
「あ、いたいた。おーい、こっちこっちー」
赤羽 美央(あかばね・みお)が大きく手を振ると、それに気づいた四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が小走りでそちらに駆け寄っていった。
「ごめんね。ちょっと遠回りしてたら遅くなっちゃったのよ」
「遠回り?」
「うん、この子が通れる道を選んでたの」
と、唯乃すぐ後ろを一緒について歩いてきたワイバーンのヴィルベルヴィントの喉をさすった。
「飛んでこれればよかったのですが、それだと紅葉が吹き飛んでしまうと」
そう説明したのは、フィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)である。
「そうね。それでこの辺りの木が丸裸になってしまったら、紅葉狩りなんてできなものね」
同意しつつ、タニア・レッドウィング(たにあ・れっどうぃんぐ)は水筒を取り出し、二人にお茶を用意する。
「でも、なんでワイバーンを?」
「なんでって、聞いてないの? 最近、木にお弁当を盗まれるって事件があるみたいなのよ」
「木がお弁当を盗むの? 食べるの? はい、お茶」
「あ、ありがとー。っていうか、その話をもしかして全く知らないの?」
「全く知らないわね。美央ちゃんには、紅葉狩りに行くとしか聞いてないし」
と、タニアは美央に視線を向ける。
「知らないわよ。全然。ただ、この間紅葉狩りの張り紙を見つけて、ああ紅葉狩りもいいかなって、そう思ったからなんだけど。みんなでお弁当作って、ね」
「それじゃあ、その子は木を捕まえるために?」
「というか、保険ね。ここじゃあ、動く木なんてそこまで特別なわけじゃないし、お弁当を盗むだけなら、そこまで危険でもないからね。けど、今回はみんなその木を捕まえようと躍起になってるみたいだし、そしたら木も暴れたりするかもしれないじゃない」
「きっとその木も、みんながお弁当を食べてるのを見て羨ましかったんじゃなかな」
「そうかもね。だとしたら、毎年報告があってもいいようなもんなんだけど。ま、そういうのはとりあえずやる気のある人に任せて、私達は紅葉狩りを楽しみましょう」
「うん、あっちの方なんか、真っ赤になってて綺麗だよ」
美央が少し遠くを指差して言う。
同じ紅葉でも、濃い赤のものや、まだ色がほんのりとしか変わってないもの、それにイチョウの黄色やまだ緑色の木もある。
まだお昼には時間があるので、お茶菓子を広げながらのんびりしていると、ふとフィアがこんなことを言い出した。
「紅葉狩りというのは、このように色が変わった葉っぱを眺めるものなんですよね?」
「色が変わった葉っぱ、という言い方もあれだけど。そうね、なんて言えばいいのかしら。季節が変わっていくこととか、そういうのを感じるものなのよ。紅葉狩りって」
タニアの説明に、フィアは頷いて応える。
「言葉にするのは難しいですが、そうですね。なんとなく、わかります。ただ……」
「ただ……?」
「アレも紅葉狩りなんでしょうか?」
つーっと、フィアの視線が動いていく。それに合わせて、タニアの視線もそちらに向けられる。
「あれー、これも苦いぞ。それじゃあ、こっちの葉っぱが甘いのかな……にがっ。おっかしいなぁ、紅葉狩りなんだよね。だったら、甘い紅葉があるはずなんだけど……これも苦いなぁ」
「……姿が見えないと思ったら、あんなところに」
木に登り、紅葉を取っては口の中に運んで味を確かめていたのは、エルム・チノミシル(えるむ・ちのみしる)だった。
エルムに気づいた美央は、慌ててその木の方を走っていく。
「エルムー! 降りてきなさーい。紅葉は、何色のを食べても甘くないからー!」
広げられたシートの上にさらにゴザを敷いたところに、ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)がちょこんと座っていた。
そこへ、見回りと言って少し周囲を歩いてきたヨルム・モリオン(よるむ・もりおん)が戻ってきた。
「ヨルム従兄さん、早いのね」
「まだどこも被害に遭ってはいないようだからな。話に聞いていたほどは、みなそれほど殺気立ってもいないようだ」
「そう」
「ところで、実はずっと気になっていたのだが、その剪定バサミはなんなのだ? 随分とよく手入れされているようだが。それで、例のお弁当泥棒とやらを懲らしめるのか?」
「紅葉を刈る道具。必要でしょ?」
「いや、紅葉狩りというのは……」
紅葉の枝をハサミでばっさりいくものではなくて、と説明しようとしたヨルムの後ろから、
「お弁当と飲み物もらってきたよー」
と和原 樹(なぎはら・いつき)の声が届く。
「お弁当、あるのに?」
ショコラッテがお弁当の入ったバスケットを見せながら言う。
「違うぞ、ショコラッテ。これは囮用の弁当だ。なんでも、弁当を盗むふとどきな木とやらが現れるそうだ。そのような輩に、我が伴侶と愛娘が作った大事な弁当を取られるわけにはいくまい。もちろん、我がそのような事は決してさせないが、万が一もある。このお弁当は、敢えて取られてしまいそうな場所に置いておくのだ。少し、勿体無い木もするがな」
説明しながら、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が露骨にそのお弁当を隅っこに置いた。
「ちょ、フォルクス!? ショコラちゃんはアリスだから妹で娘じゃないだろ!」
「さて、まだお弁当には少し早いか。ところで、その剪定バサミは気に入った枝を持ち帰るためのものか?」
「そう、かな?」
「そうか。しかし、紅葉が赤く染まっている期間は短い。持ち帰っても、花のように長くもたせてやることはできからな。すぐ枝だけになってしまうぞ」
「そうなの?」
「ああ。だから、紅葉は見るだけにしておくといい。そうだ、お茶は持ってきていたが、せっかくなのでジュースを貰ってきたぞ。お菓子も少しだが貰ってきた。お弁当が入らなくなると困るからな。さあ、全力で寛ごうではないか」
「一応俺達は、そのお弁当を盗む木を誘き出す囮なのだろう?」
と、ヨルム。
「わかっている。だから、寛ぐのだ。囮とはそういうものだろう」
「ふむ、それもそうだな」
今日だけ無料で配ることになったお弁当は、水道のすぐよこに建てられた仮設テントで作られている。そこに、長机やカセットコンロを持ち込み、さらに手作りのかまどなんかもあって簡易ながらに本格的だ。
そこでは、お弁当のほかに手作りのお菓子や、市販のジュースなんかも一緒に配られていた。お弁当を盗む木なんてものが現れないのなら、ささやかなお祭りのようだ。
「せっかくの紅葉狩りだからさ、やっぱり紅葉狩りに関係あるお弁当の方が嬉しいだろ」
そう言いつつ、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は手際よく料理を作っていく。今日は、希望者全員にお弁当を無料で渡すという事なので、手を休める暇がほとんどないのだ。
「そうですね」
相槌を打つのは、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)だ。
「だろ。だから、俺が作る弁当のメニューはサツマイモご飯、鳥の竜田揚げ、キノコとベーコンのバター炒め、筑前煮、出汁巻き卵、カブときゅうりの梅肉和えだ」
「サツマイモご飯なのですか。秋らしくていいのです」
「結構簡単だぜ。もう材料はお釜ん中いれちまったけど。こう、サイコロ状にサツマイモを切って、酒、みりん、塩、醤油。あとは、ゴマを入れて炊くだけだ。ゴマは炒ると、香りが出るから、その分塩を減らしたりもできるな。簡単だろ?」
「思ったよりもずっと簡単なのですね。でも、すごくいい香りがします」
「うん。あとは蒸らすだけだな。もう少ししたら、お弁当もらいに来る人も減るだろうし、食べてみるか?」
「はい。楽しみなのですぅ」
「けど今はどんどん作っていかないとな!」
「はい。頑張りますぅ」
同じ調理場で、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)も料理に励んでいる。
「セシリア様。こちらを少しお願いしますわ」
「うん。わかった。焦げないように混ぜればいいんだよね!」
エイボンの書からフライパンを預かったセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が豪快に鍋を振る。
「えと、中身がこぼれないようにお願いしますわね」
「うん」
元気のいい返事を受けて、さて、とエイボンの書は次の作業に取り掛かる。
彼女は現在、いくつものお弁当製作を平行作業中だ。というのも、一緒に料理をしていた人にアドバイスを求められたり、手伝ったりしているうちに何故かチームのリーダー扱いをされてしまったからである。
持ち運びができる小型冷蔵庫の中で、ゼリーの冷え具合を確かめていたら、今度はフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が彼女に声をかけた。
「あのぅ。少し質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「え? あ、はい。なんでしょう?」
と話をする二人のところに、さらにヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)もやってきて、
「ちょっと来て欲しいのですぅ」
と、ずっとこんな感じである。
ちらりと時計を見ると、時間はまだ十一時に入ったばかり。
エイボンの書の慌しい時間は、もう少しばかり続きそうである。
一方、おおわらわなのはお弁当を取りに来た人を相手にする方も同じだった。
「はい。お待たせ!」
何故か気が付いたらカウンターを任されてしまっているミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、次々とやってくるお弁当希望者を次々とさばいていた。
「ふぅ〜。やっぱ無料って言葉にみんな弱いのね」
これだけあれば大丈夫だろう、と作って持ってきた大量のおにぎり達も既に壊滅状態。後ろでは、みんなドタバタしながら次々とお弁当を作るものの、それでも間に合っていないのが現状だ。
「あたしもお腹空いてきちゃったなぁ」
「ここで飲み物ってもらえる?」
そんな彼女に声をかけたのは、朝霧 垂(あさぎり・しづり)である。
「はい。あるよー。ジュースもあるし、あとお茶もあるし、少し待ってもらえればハーブティーも出せるよ」
「ハーブティーか、それもいいな。それにしても、本当に無料で出してるんだね」
「うん。あたしはボランティアというか、巻き込まれた身だしよくわからないけど、なんかお弁当泥棒が頻繁に出るんだって」
「一応、聞いてはいるけど、犯人は木なんだって?」
「うん、そういう話。まだ見てないけどねー。お姉さんも木を捕まえに?」
「いんや、俺は普通に紅葉狩り。紅葉狩りしたいなーって思ったのは、協力者募集の張り紙を見たからだけどね。だから、お弁当も自分で作ってきたよ……ん?」
と、不意に垂は振り返る。
そこでは、人が集まって、どうやら拍手をしているようだ。
「ああ、今向こうでね、みんなで歌を歌ってるんだって」
「歌?」
「そ、お歌をね、歌ってるんだって。最初は一人だったんだけど、だんだん人が集まって、今じゃコンサートみたい。すっごく上手だよ。せっかくだから、お姉さんも聞きに行ってみたら? 今しか聞けないかもよ」
「歌か、そうだな。せっかくだし。あ、ちょっと人を呼んでくるから、ハーブティー三人分用意してもらえるかな」
「はーい、お任せあれ。それじゃ、戻ってきたら声をかけてね」
「うん、よろしく」
と垂は少し小走りで、来た道を戻っていった。
その道の先、行楽用のシートを敷いた場所では、ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)と朝霧 栞(あさぎり・しおり)の二人が緊張の面持ちで向かい合って座っていた。
「というわけで、時間を稼ぐことには成功したわけだが」
「根本的な解決には程遠いね……」
二人の間には、とてもおいしそうなお弁当が置かれている。
このお弁当は、垂のお手製のお弁当だ。見た目には素晴らしくおいしそうである。見た目は素晴らしい。
しかし、見た目に騙されてはいけない。これは、お弁当の形をした何かであって、お弁当だと思うと、それはもう恐ろしい目に遭う。不思議なことに、一切の毒物や危険物は含まれていない、ごく普通の家庭にありそうな一般的な材料と調味料によって作られているはずなのに、人の食べるものとは根本的に何かが違うのだ。
「……さっき言ってた、お弁当を盗む木、来ないね」
「きっとくる。黙って待とう。きっと、きっとくるはずだ」
垂の手料理は、様々な場所で多くの犠牲者を出してきた。二人は、それを間近でずっと見てきているので、この見た目に騙されることなく危険度を十分に理解している。
ちなみに、これを作った垂は何故か自分の手料理をおいしく食べることができる。
「朝、早起きしておけばよかったね」
「そうだな……」
周囲を見渡すと、みな楽しそうにしている。一方、二人だけはお弁当を囲んでお通夜状態である。
「おーい、二人ともー」
そこへ、小走りでやってくる垂。
二人の目は、死んだ魚のようになっていた。
「向こうで、歌を歌ってるんだってさ。かなり上手らしいし、せっかくだからちょっと行ってみようぜ」
急激に二人の瞳に光が戻ってくる。
それはもう、まるで餌を与えられた金魚のようにはしゃいで、歌を聴きに行くことを了承した。
「歌っていいよな。最高だよな!」
「うん。最高だよね!」
「どうしたの二人とも? そんなに歌好きだったっけ?」
少し不思議がる垂を引っ張り、二人はお弁当から離れていった。
願わくば、戻ってきた時には何者かによってお弁当が盗まれていますように。そうなればきっと、お弁当を盗む木とやらも捕まえられていることだろう。
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