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お見舞いに行こう! せかんど。

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お見舞いに行こう! せかんど。
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第八章 お腹をぷにぷに、お見舞いに。


「いくら頑丈な契約者でも、熱中症ばかりはどうにもならないわよね」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が熱中症で倒れたと聞いて、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はお見舞いにやってきた。
「すみません、ご心配おかけしました」
「うん、心配したけど。症状は軽いみたいだし、大丈夫っぽいから安心したわ」
 ベッドに横たわり、すまなそうに言う小夜子の頭を撫でて。
「病院食だけじゃ物足りないでしょ?」
 お見舞いにと持ってきた果物盛り合わせをサイドテーブルに置いた。
 林檎、バナナ、オレンジ。それからマンゴーが盛られた籠を見て、「わぁ……」と小夜子が感嘆混じりの声を上げた。その反応に満足する。
 が、
「メロンはないのかい?」
 小夜子よりも早く籠の中を漁った桐生 円(きりゅう・まどか)にそう言われ、苦い顔になった。
「こないだ本買ってお金ないのよ」
「ちぇ、お見舞いの定番だからあるかなーって思ったんだけど。
 ところでさっちん、大丈夫? 胸の重みで動けなくなって救急車呼んだって聞いたんだけどさ」
 パイプ椅子を引っ張って、円は出所不明の情報を笑いながら小夜子に言う。
 案の定小夜子は「誰が流したんですか、その情報……」と呆れ顔だ。
「えーと……」
 問われた円は顎に手を当てて視線を宙にさまよわせる。
 情報は――
「あれ? ボクの思い込みだった」
 脳内にある、自分情報局発信のそれは、俗に言う思い込みである。
「円さん、くれぐれも変な噂は流さないでくださいね?」
 それに対して、小夜子が苦笑と呆れの中間にある顔で注意。
「うん、大丈夫大丈夫」
 軽く返す円だが、行動は台詞にともなっておらず。
 ベッドの中に、もぞもぞと侵入。
「って! なんで布団の中に入ってるんですか!?」
「大丈夫大丈夫」
「何がですっ」
「お腹むにむに度をチェックするだけだから。さっちんがこう、無抵抗な今のうちに」
「今のうちって――」
「あ、そうそう思いついた。じゃない思い出した。医学的に重要なデータになるから計測してきてくれってドクターに言われたんだよ」
「今、思いついたって言いましたよね?」
「あと、あんまり騒ぐとまたくらくらーってなるんじゃないかな。ボクのされるがままになってるといいよ?」
 そして、円は小夜子の腹部に到達した。
 むに。
 ……と、なるほどの脂肪はない。
「わーい、脂肪が少なくてすこし筋肉質ー。乙女って感じの腹筋じゃないねー」
 無邪気にきゃっきゃ。
 それを聞いて、少しばかり嫌そうな顔をする小夜子。
 小夜子にとって、腹筋は気にしている部分だから。
 その、円の指摘通り、乙女らしからぬ腹筋なので。言われるほど腹筋があるとは思っていないけれど。
 だけどまぁ、相手は円だから怒ることはしない。付き合いが長いから、彼女の性格くらい知っている。
「あれ? 抵抗がない」
「だって円さん相手ですから」
「ふふん、物わかりがいいねー。じゃ、お腹枕でおやすみー」
 そしてそのまま、むにむにもなくなって静かになったので。
 あとで眠る時に抱き枕にでもさせてもらおうかな、とこっそり思った。


*...***...*


「あ、円寝ちゃったんだ。便乗し損ねたかな」
 それまで果物を剥いていた祥子が、はいあーん、とうさぎ型の林檎を差し出しながらそう言った。
「便乗したかったんですか?」
 上半身を起こしてかぷり、林檎に噛みつきながら、小夜子。
 身体を起こした影響で、円がお腹枕から太股枕へと枕移動。眠っているのであまり気にしていない模様。
「だってさ。なーんか触り心地が良さそうなのよね。よく引き締まっててさ」
 祥子は手を伸ばす。腹筋。さわり。
 女の子にしては、硬いそこをさわさわなでなで。
「祥子さん……」
「うん? 他意はないよ。円がやってるのを見て、なんとなく楽しそうで……」
「違うんです、あの」
「?」
 ゆるりと小夜子の手が伸びてきて、祥子を抱き締めた。
 入院中でシャワーを浴びれないせいだろうか。ほんのり、汗の匂い。小夜子の匂い。
 一瞬遅れて、首筋に噛まれたような感触。痛みはない。恐らく、吸精幻夜を使っているのだろう。
 ちぅちぅと、吸われている。あまり吸われ過ぎたら貧血起こすよなぁ、とか、回らなくなってきた頭で考える。
 まぁ、小夜子が幸せそうだし、いいや。
 小夜子の頭を撫でて、ぼんやりが加速していく中で。
「こら、小夜子っ」
 祥子は崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)の声を聞いた。
「あぅっ」
 続いて小夜子の可愛い声も。
 くらり、とする。若干貧血気味のようだ。
「で、でこぴん……痛いです、亜璃珠お姉様」
「熱中症、ですって?」
 ふらついた祥子を支えつつ、亜璃珠は小夜子に詰め寄った。頷く小夜子に、
「全く、体力に自信あるからって何やってんだか……自己管理がなってないわね」
 お説教。
「すみません……」
 横たわりながら小夜子が謝ると、亜璃珠は小さく息を吐く。
「まあでも、無事で何より」
 怒る気持ちよりも、その想いの方が強い。
 ミスはこれから直していけばいいし、何よりも、
「私、好きよ。小夜子のそういうひたむきなところ」
 好き、と言われて小夜子の頬が赤くなる。
「わ、私なんてまだまだ……」
「うん、まだまだよ」
 だけど、締めるところは締めて。
 手厳しいです、と笑う小夜子に、当然でしょと笑い返して。
「で、だ。お見舞いと言えばコレよね、林檎」
 買ってきた林檎を手にして笑う。
「食べさせてあげる。とりあえず皮を剥けばいいんでしょう?」
「え、でも亜璃珠お姉様、家事は――」
「皮を剥くくらいできるわよ」
 家事が苦手な亜璃珠に、小夜子が制止の声をかけたが亜璃珠は不敵に笑うばかり。
 するすると剥いて行くイメージはあるし、結構簡単そうだし。
 できると、思っていた。
「あれ、えっ? 思ったより難しい……」
「お姉様……怪我をする前に、止めた方が……」
「馬鹿仰いな。ここで止めたら崩城の名に傷、あッ」
「……傷が付いたのは、お姉様の指先でしたね」
「誰が上手いこと言えって言ったのよ。……舐める?」
 人差し指にできた切り傷。そこから垂れる、赤い血。
 指を小夜子の口元に近付けると、小夜子は唇を動かした。
「欲しいなら、欲しいって言えばいいのに」
 くすくす、笑いながら唇に指を付ける。そして、口紅を引くようについっと指を動かして。
「口紅みたいね」
 この赤は血液だけど。
 ぺろり、と、小夜子の舌が自らの唇を舐めた。
「甘い口紅ですわ」
 そして笑うその顔は、年不相応に艶めいていて、うっかりすると引きずり込まれそうになる。
 なので、
「こんにちは、小夜子さん。お見舞いですよー」
 稲場 繭(いなば・まゆ)の登場に、少しだけ安堵。
「あ。お取り込み中でしたか?」
 お見舞い用にと花束を抱えた繭が、亜璃珠と小夜子の作る空気に戸惑ったような声を上げる。「平気よ」「平気ですよ」ほぼ同時に同じ答えを出し、繭は病室に入ってきた。
「元気そうですね、小夜子さん」
「お陰様で。繭さんや、みんながお見舞いに来てくれたからよくなったんですよ」
 その言葉が社交辞令だったとしても、繭はとても嬉しくて。
 持ってきた花を、花瓶に活ける。
「花。持ってきてくれたんですね」
「はい。殺風景な病室だと、寂しいかなって思って」
「ありがとうございます。すごく綺麗」
 花を見て顔を綻ばせる小夜子を見て、持ってきて良かったと繭も微笑む。
 と、隣に居た亜璃珠が、「さてと」声を上げる。
「そろそろお暇するわ。あまり長居して悪化したら嫌だしね。
 ああ、そうそう。腹筋のこと、貴女気にしているみたいだけど。私はしなやかでいいと思うわ。すごくきれいな体よ」
 別れ際にそう言って、病室を出て行く亜璃珠を。
 小夜子は、嬉しそうに見ていた。


*...***...*


 病室を出た亜璃珠が、病院を出るまでの間に。
「あら」
「あっ」
 泉 美緒とすれ違った。思わずお互い、声を上げる。
「こんにちは、美緒。仕事はどう? きちんとやってる?」
 美緒がここで看護師の手伝いをしていることは知っているので、そう声をかけて。
「時間があったら、少し話していかない?」
 待合室の長椅子を指して、問いかける。
 答えは首が縦に振られるジェスチャー。
 二人並んで椅子に座り、「はい」亜璃珠は座る直前に買った、自販機の紅茶を美緒に差し出す。
「ありがとうございます」
「紅茶で良かった?」
「お姉様が買ってくれたものですわ」
「可愛い子ね」
 紙コップに口をつけて、美緒が紅茶を飲む。その姿をじっと見る。
 気を許している、亜璃珠相手だからかもしれないけれど。
「貴女って本当、無防備よね」
「え?」
「何か変な事とかされてない?」
「変な……さぁ、あまり思い当たる節はありませんわ」
 あまり、ということはいくつかならあったのだろうと思いつつ。
 言おうとしない、真っ直ぐな美緒を見て手を伸ばす。
 その手は頭に。撫でり、撫でり。
「お姉様?」
 きょとん、とした声。
「頑張ってるみたいだからね。ご褒美」
「くすぐったいですわ」
 そう言って笑うから。
「無理だけはしないでよ?」
「ええ、存じております」
 それから少しの他愛ない話をして。 
 先に椅子から立ち上がったのは、美緒。
「まだ、仕事がありますから」
 その言葉に、ああ、真面目に取り組んでいるのだな、と嬉しくなった。
 もしも、亜璃珠と話したかったからといって、仕事を投げだしているような後輩だったらどうしようと。こちらから誘っておきながなんだけど、思っていたのだ。
 この子は、わかっている。
 看護師見習いでも、人の命を預かっていること。中途半端だと駄目だということ。
「気持ちだけじゃ、人は助けられないものね」
「その通りですわ。行動しないと」
 ですから、失礼します。
 綺麗なお辞儀の角度で、頭を下げて。
 去っていく美緒に、「美緒」と最後の声をかける。
「ナース服、似合ってるわ」
 返事はなく、ただ、天使の笑み。


*...***...*


「熱中症かぁ。人の居ないところで倒れたら結構危なかったんだよー」
 そう言って、「大丈夫そうでよかった」と微笑む七瀬 歩(ななせ・あゆむ)に、小夜子は済まなそうに「ご心配おかけしました」と謝る。
「ううん、友達だし、心配するのはいいんだ。だけど、今度から修行する場所教えてねー。何かあったら、嫌だもん。
 あ、そうそうこれお土産の桃ー。今食べる?」
 甘い香りを放つ果実に、こくり、頷く。
「了解ー」
 言って、桃の皮を剥き始める歩の手つきは、亜璃珠と違って危なげがない。柔らかくて剥きづらいであろう桃の皮も、するすると剥いていく。
「あ、お花。先に誰か来てたのー?」
 そして、繭の持ってきた花を見て、嬉しそうに言った。
「はい。祥子さんと、亜璃珠お姉様と、繭さんが」
「へー、亜璃珠さんたちが先に来てたんだー。前とは立場逆になっちゃったね」
 そういえば、前にもこんなことがあったなあと思い出す。あの時は、亜璃珠が寝込んで、小夜子がお見舞いに行って。
 確かに逆の立場だ。
「結構騒がしかった? あ、あと亜璃珠さんに心配してもらえた?」
「うーん、それほど騒がしくなかったと思いますよ。心配、してもらえました」
 うれしはずかしです、とはにかむと、歩も笑った。
「よかったね。甘えた?」
「んー……どうでしょう? ちょっとわからないです」
「あらら。優しくされるのは弱ってる時限定だから、力いっぱい甘えればよかったかもねー。はい、剥けたよ」
 小皿に桃とフォークを乗せて、差し出す歩。
 それを受け取って、食べる。甘い。噛むと果汁と香りが口いっぱいに広がった。
「小夜子ちゃんは尽くしすぎるタイプだからなぁ」
「?」
「良い関係にはサプライズが必要だし、たまには小夜子ちゃんの方が強気に出てみてもいいんじゃないかなあ? こう、どかーんと甘えてみるとか。甘えさせなさいっ! みたいな」
「そんな。恐れ多い」
「なーんてこと言わないでさ? こういうときはチャンスだと思って甘えるべきだよ。
 ……あ。そうだ、今度から亜璃珠さんに修行を見守ってもらおうよ。あたしじゃなくってさ。きっと安心だよ?」
「え、え、そんな」
 見守られているところを、想像する。
 頑張っている姿を亜璃珠に見られて。
 『よくやったわね』なんて、褒められたり?
 『まだまだでしょ、やれるところまでやってみなさい』なんて、突き放されたり?
 ……どっちも、嬉しい。
 からこそ。
「駄目です」
「えー」
「集中できなくなっちゃう……」
 亜璃珠にばかり、気が向いてしまうだろう。
 そうなったら、きっと亜璃珠は呆れるから。
 呆れられたら、嫌だから。
「……じゃ、やっぱあたしが見守るね?」
「そうしてください」
 亜璃珠に見守られたい気持ちも、そりゃあもちろん、あったけれど。
 それで修行がないがしろになるのも、嫌だ。
「ふふーん。なんだか今日はあたしの方がお姉さんっぽいね」
 少しばかり俯いた小夜子の頭を撫でながら、歩が笑った。
「えぇ? どういうことですか?」
「だって、いつも小夜子ちゃんの方が大人に見られてる気がするから。でもあたしの方が年上なんだからねー?」
 うりうり、とほっぺもつんつん、つついてくるし。
 こういう所作が、子供っぽいんですよー。とは、思っても言わない。そこが歩のいいところでもあると思っているし。
「人生経験豊富なお姉さんに、何でも聞いていいよー?」
 ふっふっふー、と含みのある笑みを浮かべたところに、
「小夜子お姉様、検温の時間ですわ」
「もっと人生経験豊富そうなお姉さんが来たー!? ……って、なんだ美緒さんか。スタイルだけでお姉さんと判断しちゃったよ……」
 病室を訪れた美緒に、歩が驚いたりして、それが面白い。
 そしてその声で、
「なんだいなんだい、病院なのに騒がしいなぁ……」
 円が目を覚ます。
「……ん? んん??」
 ベッドからもそもそと抜け出した円は、目を擦った。顔は美緒に向いている。
 しばらく目を擦っていたのは、見えないからではなくて、
「うわ胸大きいこの子怖い何歳?」
 その理由に尽きるのだろう。
 ベッドを出、立ち上がり。美緒の前に立って、胸をぺちぺち。ぽよん、と柔らかそうに胸は揺れる。それを見て、円が悔しそうに歯噛みしつつ。
「……君何歳さー? 16歳以下だったらボクのこと円おねーさまって呼びなよー」
「わたくしは、15歳ですわ。なので、円お姉様と呼ばせて頂きますね」
「くっ……!? 15……!? 見えない、どうあがいても見えないよ。ボクの目がおかしいのかい? ねえさっちん、どう思う?」
 そういう流れで話を振られても困るなあ、と曖昧な笑みを浮かべつつ。
 美緒を見て、微笑む。
「? どうかなさいました?」
「ううん。頑張ってね、美緒さん」
 自分と同じく、たくさん頑張る後輩に。
 そう、声をかけた。