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お見舞いに行こう! せかんど。

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第四章 ゆめかうつつか。


 辺りを見回し、そこが病院であることを認識し、自分が患者の立場に居ることも把握すると。
「帰る」
 と、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は言い放った。ベッドから起きあがるダリルをルカルカ・ルー(るかるか・るー)は制しながら、
「こらこらダリル〜? 自分の状態、わかってるの?」
 人差し指をぴしり。ダリルの鼻先に、突き付けて。
「家に帰っても実験実験で、また倒れちゃうのが関の山。だから休んで行きなさい」
「休息は自宅で可能だろう」
「自宅に戻ったらまた実験するでしょってルカは言ってるの」
 ダリルが今回、倒れた理由。
 それは、実験室にこもり切っていたから。
 食事を忘れ、恐らくは睡眠も忘れ。
 訝しんだルカルカが実験室の扉をこじ開けたところ、ダリルが倒れていたので慌てて病院へ。現在に至る。
 というわけで、すぐに家に帰すわけにはいかない。
 既にある程度体調が戻っていたとしても、今帰したらすぐにまたここに戻ってくることになるだろうし。
「そうだ。じゃあ、点滴や注射、過度の干渉はしないと約束するから、三日入院していきましょう?」
「……どうしてもか?」
「これでも譲歩してるんだけど?」
「…………仕方ないな」
 心からそう思っているらしく、はぁ、とため息なんかも吐いてみせるダリルに苦笑い。
 医師が、「医療行為をしない入院なんて。病院は休憩所じゃ、」と反論意見を言いかけたところで、ダリルが不機嫌そうな顔のまま
「各種生化学検査他一泊ドック相当の検査、磁気や超音波やPET検査の結果、潰瘍の疑いで細胞診もした事にして請求しろ」
 淀みなく言い放つと、医師と看護部長は顔を見合わせて、「どうぞごゆっくり」と言って去っていった。
 そんな病院側の対応と、ベッドでふんぞり返るダリルに再び苦笑いしたところで。
「ダリルが救急車騒ぎだと!?」
 慌てた様子で、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が病室に飛び込んできた。
「エース。ただの過労だ、そう騒ぐな」
「過労……」
 その言葉を聞いたエースが、はあぁぁぁ、と深く深くため息を吐いた。それから、じっとダリルを見据え。
「ダリル……お前にははっきり言わせてもらうぞ?」
 お怒り数秒前。
 噴火を予測したダリルが苦い顔をするけれど、そんなものはおかまいなしに。
「料理人なのに、入院なんて。自己管理はどうした? 栄養学だって学んだはずだろ?
 って、なんだこれ。ノートパソコン? 本? お前入院の意味わかってるのか? 今のお前の仕事は休むことだぜ? ちゃんと安静にしていること!」
「ふふ」
 エースの言葉に乗っかるように、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)がパソコンを取り上げる。HCもだ。
「やれやれ。こんな物を持ち込むなんて、君は安静の意味が判っているのかね?」
 そしてそれを、自身が持ってきていた鞄の中に入れて、持ち帰る準備もして。
「休養を取らねばならないと、判っているのかね」
 追撃しながら、くすくす笑う。
「メシエ? お前も来たのか……暇人というわけではないだろうに」
「ダリル君が弱っている所だよ? 他の誰が見逃しても、この私が見逃すわけにはいかないだろう?」
 ふふふ、と含みを持ったメシエの笑みに、いい性格をしている、とダリルがため息を零す。
「病院に居る方が病状悪化しそうだ……」
「そう、それもだよ。兵器が過労で入院なんて、大爆笑じゃないかね。君が研究の対象にされてしまいそうだよ」
「それは嫌だな……」
 うんざりとした顔をするダリルに、ルカは手持無沙汰だった今までで作り上げたものを差し出した。
「みんなダリルを心配しているのよ。はい、これルカからね」
「? なんだこれ」
「鋼で作った薔薇よ。即席だから、あまり上手じゃないかもしれないけど」
「いや、即席にしては中々の出来――」
 言いかけたダリルの言葉が不自然に切れる。視線は、手元の鋼の薔薇に。
「……材料、どうした?」
 それから、静かに一言。
「あ、ルカ、ちょっと外の空気浴びてくるね☆」
「待て、ルカ! この材料ベッドだろう!? 病院の物を壊すな!」
 怒鳴り声を背に受けて、ルカルカは病室を飛び出して。
 どうして、ダリルが食事を忘れ、倒れるほどの忙殺状態になったのかを考えた。

「病人が怒鳴るなよ……」
 エースは、怒鳴ったせいで眩暈を起こしたダリルに呆れた声をかける。
「本当、安静の意味をわかってるのか? ほら、横になる! 無理に起きなくていいから。食事は? 摂ったのか?」
「病院食は口に合わない」
「そんな食養課泣かせな……」
「合わないものは、合わない」
 もう、呆れるのも通り越したあたりで。
「そう言うと思いました」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の涼やかな声が聞こえた。
「どうぞ。お弁当と林檎、持ってきました」
 サイドテーブルにお弁当を置き、「中身は胃に優しく、和食です」補足してから、林檎を剥いて摩り下ろしていく。
「でも、まずは摩り下ろし林檎からですよ。いきなり胃に物を入れても、身体がついていきませんから」
「助かる」
 心底そう思ってるように安堵した声音で言うから、味覚が敏感なのも考えものなのだな、と思う。
 その近くではメシエが帰り仕度をして、
「ダリル君をからかうという目的も達成できたし、帰るとするよ」
 欲求を満たした学者の笑みを浮かべながら、言った。
「お前……本当にからかうだけの目的だったのか」
 ダリルの、なんとも言えない表情と、声音。
 それをメシエは笑い飛ばして、頷いて。
「ああ、でも。実験を手伝う気はないけれど、培地の様子だけは見ておいてあげるよ。帰ってみたらシャーレの中が全滅……なんてことになりそうだからね。それを見捨てるなんて研究者としての良心が呵責してしまうよ」
 ひらひら、手を振り帰っていった。
 エースは研究者ではないから、メシエの言っていることがどれほどの助けになっているのかはわからないけれど。
 ダリルがほっとした顔をしていたから、きっととても助かったのだろう。
 その顔を見ていたら、見られていることに気付いたダリルが咳払いをして(別に安堵の顔のひとつくらい、見せていたっていいだろうに)、
「今日は花を持ってきたりはしていないのか?」
 問う。
「水替えの世話が大変だろ? それに雑菌の繁殖の元になるんだ。だから入院患者には花を贈らない主義でね。代わりにこれを」
 エースはそう言って、ミネラルウォーターのボトルをサイドテーブルに置き、「水分補給は大切だぞ?」と付け足して。
 それから、
「花は退院見舞いでこれでもかというほど贈るから楽しみにな」
 からかうように言うと、うんざりしたような、けれど楽しげにダリルが笑う。
「ああ。楽しみに、しておく」
 言う声が、少し弱い。
 眠いのかな。そう思って、エオリアに目くばせする。と、エオリアもこくりと頷き。
 二人揃って、病室を出た。

「ダリルは恋の病なのよ」
 病室を出てきたエオリアは、ルカルカにそう言われてエースと顔を見合わせた。
「どういうことですか?」
 尋ねると、ルカルカは唇に人差し指を当て、考えながらのように首を傾げて言葉を発す。
「ダリル、恋人のエレーナさんが遠方派遣になってからちょっと変になったのよ。
 彼女と中々会えないのを忘れようと、食事も忘れて研究に没頭。それで過労で倒れちゃったんだと思うの」
 なるほど、それはたしかに恋の病のようだ。
 ……だとすれば、入院しても治らないのではないか?
「連絡は取っているの。だけど、やっぱり寂しいのね。その気持ちを理解できなくてこうなったのかもしれない。きっと、寂しいって明確に感じたのも初めてなのよ」
「エレーナさんは見舞いに来れるのですか?」
「さあ……遠いし、どうだろう。ちょっとルカにはわからない」
「そもそも恋の病なんて、病院では根本解決にならないだろ?」
「だから、そのための作戦会議なのよ」
 会議だったのか。
 ならば、とエオリアも考えるが、いい案は浮かばない。
「あ」
 不意に、ルカルカが声を上げた。それから、エオリアの髪を指で梳いて。
「エオリアはエレーナさんと同種族なのよね。……だから、エオリアの髪を三つ編みにして、エレーナさんの雰囲気を出して。ダリルにお見舞いの言葉を囁いて撫でてあげたら、夢で会えたりしないかな? それで、楽になったりしないかな?」
「よし、やってみよう」
 その案に乗ったのは、当事者のエオリアよりも先にエースで。
「エオリア。彼女っぽく、髪を三つ編みおさげにしてやろう」
 にっこり、笑ってそう言って。
 ちょっと楽しんでいるでしょう、と思いつつも反対はしない。
 それでダリルが良くなるのなら。
 三つ編みでもなんでも、すればいい。
 だって、エオリアだって、ダリルに早く良くなってもらいたいから。

 見舞いに来ていたみんなが、自分のことを起こさぬようにそっと部屋を出て行ったことはおぼろげながら理解した。
 なので、ダリルはその気持ちを汲んで横になっていた。
 早く、治そう。
 そう思ったのは、申し訳ないけれどみんなのためではなくて。
 こうして一人で何もせずに居ると、思考はひとつの方向にしか働かなくて。
 彼女の方にしか、行かなくて。
 逆に、辛いのだ。
 会えない彼女を想うこと。
 会いたいとすら、言えないこと。
 我儘は、言いたくない。言って、困らせたくない。
 我ながら乙女のようだとは、思うけれど。
 それでも、会いたいし、なんともいえない感情が胸に湧いてくるし。
 ――それが寂しいだとか、辛いだとか、そういう感情だとは気付いていなかったけれど――
 うとうととし始めたのは、身体が疲れていたからだろう。
 エレーナ。
 彼女のことを想いながら、眠りに就きそうになった、その時。
「……ダリル」
 声が、聞こえた。
 ……エレーナ?
「ダリル、あまり無理はしないでね」
 優しい、彼女の声。
 そんな、まさか。
 ここに居るはずのない彼女が、どうして?
 疑問符がぐるぐると頭の中で回る中、髪を、頬を、撫でられる感触。ほっそりとした、指の温かさ。
「無理をしたら、わたしも、みんなも。悲しむから」
 その声に、かすかに頷いて。
「エレーナ」
 彼女の名前を、呼んでみた。
 夢かうつつかは、わからない。