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お見舞いに行こう! せかんど。

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第九章 美緒さんといっしょ。


 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、病室のベッドの上、身体を起こしてぼうっと部屋を見つめた。
 入院は、思ったよりも退屈だ。
 熱中症だと医者には聞いたのだけど、ただの熱中症で入院までする必要があるのか。
「うーん」
 早く、帰りたい。
「ひま〜」
 へろり、とした声を上げて、あおむけでベッドに倒れ込んだ。その時、病室のドアがノックされる。
「はい……って、あ」
「ああ、やっぱり。ネームプレート見て、もしかしたら……って思っていたところですわ」
 ドアのところに居たのは、白衣の天使な泉 美緒
 ベッドから身体を起こして、近づいてくる美緒に手を伸ばす。
「美緒ちゃん、看護師さんの手伝い?」
「はい、職業体験ですわ」
 答えながら、伸ばした手を握りしめてくれる美緒に笑いかけて。
「そっか。それじゃ、邪魔しちゃ悪いよね」
 手を放そうと、…………離れない。
「……美緒ちゃん?」
「患者さんのちょっとした心のケアも、看護師の仕事ですわ」
「……、じゃ、ちょっとあたしの話に付き合ってもらおっかな〜」
「ええ、喜んで」
 手を繋いだまま器用にパイプ椅子を広げ、そこに腰掛けると美緒は微笑んだ。
 美緒ちゃんの方が年下なのに、なんだかお姉ちゃんみたいだなぁ、と思いながらも。
 ミルディアは、ぼんやりと入院までの経緯を思い出す。
「あたし、ろくりんぴっくの後『負けちゃらんない!』って練習してたんだ。そしたら、気を失ったっぽくて……気付いたら病院でさ。
 入院中の娯楽なんかも用意してないし、唐突だったから誰かに言ったわけでもなくてお見舞いも来ないし。
 お医者様が言うには、ただの熱中症だそうなんだけど、ただの熱中症で入院なんてするのかなーって」
 言いながら、気付く。
 ああ、不安だったのか。
 たぶん、ほんの、少しだけ。
「何かヤバい病気でもあるのかなーって」
「ご心配には及びませんわ。熱中症は、脱水症状の補正に時間がかかる為入院が必要となるのです。きっと、そのせいですわね。
 わたくしが聞いた話では、もうずいぶんと良化の途を辿っているようで、あと一日二日で退院できるそうですよ?」
 脱水症状の補正。そういえば、欠かさずに水分点滴されていたなぁ、とぼんやり点滴を見上げた。
「そっかー、これがあたしを助けてくれてるんだね」
「えぇ。……あら、なくなりそうですわね。お取り換えします」
 言うと、美緒は立ち上がりてきぱきと点滴を交換していく。
 手際の良さに惚れ惚れするのと同時に、
「う〜……何か治療してるの見てると手伝いたくなるんだよな〜……」
 こう、うずうずと。
「それは、駄目です」
「うん、わかってる。ガマンガマンっと」
 美緒にもぴしゃりと言われてしまったので、目をつむって見ないことにして。
「はい。終わりましたわ」
 言われてから、目を開く。
 からっぽの点滴は外されて、中身の詰まったものに替えられ。
「また寝てるだけの生活だ〜」
「入院中なんだから、それでいいのですわ。安静になさってくださいね」
「はーい、素敵ナース様の言うとおりにしまーす」
「ミ、ミルディアさんっ。変な言い方しないでくださいっ」
「似合ってるよ、白衣の天使! それじゃ、あたしはちょっと寝るかな〜。話に付き合ってくれて、ありがと!」
 身体を横たえると、最後に美緒が「おやすみなさい」と額を撫でて行ってくれて。
 それがすごく、心地良かった。


*...***...*


 目を覚ましたら、ベッドの上だった。
 何があったのだろう。ぼんやりとした頭を無理やり働かせ、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は記憶の糸を手繰る。
 手繰っても、はっきりとしたことはわからなかった。倒れたことは、うっすらと思い出せる。倒れて、ちょっとだけ騒ぎになって、それで気付けば病院のベッドの上。
「私は……一体?」
「過労ですよ」
「!」
 部屋の中に、いつの間にか人がいた。いや、最初から居たのだろう。それに気付かないほど疲弊している、らしい。
「看護師見習いの、泉美緒です。戦部さんの担当を任せていただいておりますので、どうぞよろしくお願いします」
 にこり、笑う顔はとても綺麗で、どきりとする。
「よ、よろしく頼みます」
「数日間は安静が必要ですので、ゆっくり休んでくださいね」
 美緒はそう言って病室を出て行き。
 一人になった部屋で、小次郎は思う。
 別に、どこを怪我しているわけでもなく、深刻な病気でもない。とあらば、すぐに退院していっても平気なのではないか。
「……まぁ、」
 あまり休む機会はないし。
 せっかくだから、休んでいこうか。
「……別に、看護師さんとのハプニングを期待しているわけでは」
 誰にともなく言い訳めいたことを呟いて、ベッドから抜け出した。
 まずは、連絡がなくて心配しているであろうリース・バーロット(りーす・ばーろっと)へ連絡しないと。

「もうっ……! 急に連絡があったと思ったら入院!? 普段からきちんと休んでくださいって言ってるのに、いうこと聞かないからこうなっちゃうんですよ……!!」
 小次郎から連絡をもらい、病院まで駆けつけたリースは開口一番、そう言った。
「びょ、病院で大きな声を出すな」
「正論です。だけど。だけど、それとこれとは違うんですよ! 私がどれほど心配したと……」
 思っているのですか。
 すべて言い切る前に、ふと思う。
 倒れて、入院して、いまは二人きり。
 ということは、つまり。
 ちょっとはイチャイチャしてもいいってことだよね?
 ――もちろん、そんなことあるわけないのだが、テンションがおかしな方向に上昇しているリースが気付けるはずもなく。
「でも、辛そうだから……か、看病してあげなくも、ないんですよ?」
「いや、辛くはない。大丈夫だ」
「…………まぁ、安静にしておけば、大丈夫ですよね。安静にしてくださいね」
 誘い受けな提案をしてみたけれど、さっくりかわされた。
 どうしよう……! この、なんとも言えない気持ち、どうしてくれよう……!
 内心でじたばたしていると、「戦部さーん」のんびりとした看護師さんの声。
 看護師さんが来たということは、検温の時間か。もうそんなに時が経ったのかと思うと、早い。
「泉殿。お願いします」
「こちらこそ、お願いします」
 なにをお願いするのかよくわからないが、頭を下げ合って。
 体温計を手渡す時に、手と手が触れ合って恥ずかしそうに微笑んじゃったりして。
 ……デレデレしてる。
 小次郎の態度は、そうとしかとれなかった。
 そりゃ、あの看護師さんは可愛いし、おっぱいも大きいけどさ……! 私の前でそんな顔をしなくてもいいじゃない……。
 強くそう思う。
 もやもや、もやもや。
「嬉しそうですね」
 そう、ジト目で言っても、「ん?」とふにゃけた顔でこっちを見るから。
「……っ、知りませんから!」
 お見舞い用にと買ってきたハーブティーの箱を、ぺしんと叩きつけるように投げ渡し。
 リースは病室を飛び出して行った。

 まいった。
 まさかあんな顔をされるとは思わなかった。
 検温も終わり、美緒が去った病室。
 一人で、ハーブティーの箱を眺める。
 見舞いに来てくれて、見舞いの品も持ってきてくれて。
 礼を言うより先に、泣きそうな顔で病室を去らせてしまって。
 謝ったら許してもらえるだろうか。
 電話、してみよう。
 そう思って、ベッドから抜け出すこと二回目。
 ふらふらするのは過労のせいか。廊下を歩いていると、
「……だから、安静にしていてくださいって、言ったじゃないですが」
 聞き慣れた彼女の声が、聞こえた。


*...***...*


「暇だ……」
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)は、ベッドの上でぽつりと呟いた。
 女の子をかばった、名誉の負傷。それは左手の骨折。ギプスと包帯をぐるぐる巻かれた自身の左手を見て、「……暇だ」同じ台詞をもう一度、呟く。
 暇だし、ちょっと痛かったけれど。
 後悔はしていない。
「なぜなら可愛い女の子が怪我しなくて済んだから!」
 無事な右手を天に突き上げるようにして吠えると、
「元気そうでなによりです」
 くすくす、笑みを含んだ見知らぬ声に、そう言われた。
 誰だ、と思って視線を巡らせると、そこには白衣の天使が居た。
「看護師見習いの泉 美緒です。よろしくお願いします」
「て……天使……」
 入院して数日、歩いて回ったリサーチ結果。
 入院先の病院には、可愛い子や綺麗な子が多かった。患者としても、医療従事者側としても。
 しかし美緒は、その中でも群を抜いている気がする。
「今日一日、お世話させていただきますので――」
 という、飛び上がって喜びそうなほどの美緒からの提案を、
「いえ、紫音の世話は私がします」
 綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)がぶった切る。
 風花!? と彼女を見るが、風花はつーんと知らぬ顔。
「彼女さんですか? 優しい方ですね」
 そして、美緒は美緒で勘違いしているし。
 違うんだー、俺は可愛い子をナンパしたいんだー!
 と、正面切って――しかも、隣に風花が居る状態で、言うわけにもいかず。
 ベッドの上で、じたんばたん。
「?? 怪我が痛みますか?」
「何、気にすることではない。主様の悪い病気じゃ」
 美緒の心配そうな声に対しては、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)がそう答えた。
 できれば俺が答えたかった。痛いです、美緒さんが手を繋いでくれたら治ります。とか、言いたかった。
 そうこう思っているうちに。
「では、また検温のお時間になったら来ますね」
 美緒は病室から出て行くし。
「また……暇な時間か……」
 がっくり、うなだれる。
「私達が居てはります」
「わらわ達の看病で、暇を飛ばしてやる」
 にこり、笑う二人の顔に。
 あまり、良い予感はしない。
「まずはそのナンパ癖の矯正からどすなぁ〜」
「や、やめ、おいちょ、風花――ぎゃあぁぁあ!!」

 ……その病室で何があったのかは、当事者以外誰も知らない。


*...***...*


 ドラゴン・スープレックスの改良技。
 断崖式レロシャン・スープレックスという、超強力なフェイバリット・ホールドを開発している最中の出来事だった。
 ほんのちょっとの失敗で、
「あーーー痛たたたたた!!! 腕が〜腕が〜!! これは、複雑骨折です〜!」
 そんな大絶叫をあげるほどの大ケガを、レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)は負う羽目になってしまった。

「誰かお見舞いに来てくれませんかね〜?」
 しかし、転んでもタダで起きないのがレロシャンだ。
 入院したとなれば、誰かお友達がお見舞いに来てくれるかも!
 人望があまりない私でも、チヤホヤされるかも!
 そう、期待を込めて、面会時間はいつも起きていた。
 ……だけど、
「なんでフジさん以外来てくれないんですかね〜」
 藤 凛シエルボ(ふじ・りんしえるぼ)をジト目で見て、ぶーたれたような声を出す。
「でも、フジさんは毎日お見舞いに来てくれて。嬉しいです」
「だって、もし誰も見舞いに来てくれなかったら可哀想じゃないっすか」
「ふふーん、ど〜せ私は可哀想なレロシャンですよ〜」
 でもいいんだ、女の子だけの病室だから。ぼんやりしているだけでも視界には華が映る。
「それにしても……」
 凛シエルボが、花屋で買ってきた花を花瓶に活けながらレロシャンに話しかけてきた。
「なんです?」
「いくら断崖式だからって、本物の崖から丸太を抱えて飛び降りる特訓するなんて、やりすぎっすよ」
 そう。
 レロシャンの改良技は、断崖式との名を冠している。
 ならば、いくらかでもそれに近しい技に完成させようと、実際に断崖から人に見立てた丸太を抱いて、落ちてみたのだ。そして結果は複雑骨折。
「普通の人ならとっくに死んでるっす」
「ふふん。いいんです〜、これで完成のビジョンが見えたんですから、怪我くらい! あ、痛たたたた」
「ほらもう。横になってください。まったく、どこかの少年漫画の読み過ぎっすよ」
「それでも成功に一歩近づいたから――」
「本当に、心配したっすよ」
「……うん」
 思いのほか、真面目な顔と声でそう言われたら。
「無茶しちゃった。ごめんね」
 素直に、謝るべきなんじゃないかと、思ってしまうから。
 ちょっとずるいなあと、思う。
「検温のお時間ですよー」
 そこに、目をつけていた看護師さんである泉美緒の声。
「美緒さ〜ん」
 レロシャンのベッドに近付いた美緒に、まずはハグ。大きくて柔らかな胸に頬ずりすると、美緒はくすぐったそうに笑うのだ。その声が、好きだ。
「どうしたんですか、レロシャンさん」
「今日もお見舞い来てもらえなかったんです〜、だから、美緒さん構って〜」
「少しなら、構いませんわ」
「じゃあじゃあ! 美緒さんて下着つけてないんですか〜」
「つけてますわよ?」
「ならどうしてこんなにおっぱいが柔らかいのですか〜」
「家系ですわ」
「ひん、素敵家系!」
 そんなセクハラまがいのやり取りを見ていた凛シエルボが、ため息を吐いて。
「うん、元気そうっす。レロシャンさんは、怪我してもレロシャンさんっすね。安心しました」
 そう、独り言のように呟くのだった。