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イコンシミュレーター3 電子のプレッシャー

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イコンシミュレーター3 電子のプレッシャー
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第2章 KAORI再び

「まったく、ひどいデザインだわ。こんな状態で投入しようだなんて、本気で考えていたのかしら? KAORI、大丈夫よ。私たちがかわいくしてあげるから!」
 茅野茉莉(ちの・まつり)がディスプレイにうつしだされるKAORIの外観をみて嘆きながらいう。
 学院視聴覚室。
 学院の上層部は、ここにKAORIの調整や操作を行う端末を設置した。
 今回、希望する生徒には、KAORIの運用に関わらせようというのが上層部の意向だった。
 その裏には、KAORIを利用したプロジェクトを進めるなら、オペレーターも養成しおかなければならないという思惑があったのである。
 それにしても、茅野が嘆くのも無理はない。
 上層部が設計したKAORIのイコンシミュレーター内での外観は、異様なものだった。
 その外観とは、巨大な人形のように手足をペイントされ、頭部には愛らしい少女の顔が描かれ、巨大なカツラをかぶって、巨大な制服を着ていて、あたかも巨大な女子高生のような外見にされた、特異なイコン(原型はイーグリット)の姿とされたのだ。
 超能力体験イベントで、等身大の女子高生風フィギュアにKAORIが実装されていたことがこうした発想につながったのだろうが、急ごしらえなせいもあって、とにかくひどいデザインである。
「どうせ女の子にするなら、かわいくしなきゃね。このままじゃ、あちこちゴツゴツで、イコンに服を着せたとまるわかりだわ。でも、調整するとしても、どういうコンセプトにしようかしら?」
 茅野が頬杖をついて考えこんだとき。
「既に、ネットでアンケートをとってある。その結果をもとに、私自身の発想も加えて、清楚な感じを基調としながら、いわゆる『萌え系』の外観となるようにつくりこんでいこうと思う」
 レオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)が操作端末に着席して、キーボードやマウスに手をかけていた。
「萌え系、ですって? まあ、それもいいわね。大事なことは、ひとつのイメージをしっかり描いて、全体としてデザインを統一することだものね。デザインができたら、細かいところまでしっかりつくりこんでいかないと。でも、時間との闘いよ」
「その心配は不要だ。私も、芸術家としての力量はそれなりにあるのだ」
 レオナルドの言葉に嘘は無かった。
 茅野の目の前で、レオナルドの手が魔法のように動き、ディスプレイにうつしだされるKAORIの外観を、ドット単位で丸くつくりこんでいく。
 KAORIの全体のフォルムから堅さが消えて自然なものになり、原型がイコンだとは全くわからない状態にまでクォリティが上がっていく。
「清楚で萌え系だけど、お色気の要素も入れるのよね?」
「そうだな。アンケートでは、お色気、いわゆるエロの要望が多かった」
 レオナルドは、KAORIの制服を微妙に乱れさせ、胸を大きくして、歩くと同時に揺れるように調整していく。
 そのきめの細かさは、まさに芸術であった。
 たちまちのうちに、ディスプレイのKAORIが生きている人間のような輝きを放ち始める。
「おお、エロの要素か。これはいいな。プロジェクトの趣旨を実現するものだ。やはりデザインは専門家に頼むべきだな」
 作業を見守る教官たちが、感心したようにうなずいている。
「プロジェクトって何? どうでもいいけど、これって、KAORIは恥ずかしくないのかしら?」
 そういって、茅野はキーボードを叩く。
(KAORI。このデザインは、どうかしら?)
「会話を試み、自我の確認をしたいのか?」
 レオナルドの問いに、茅野はうなずく。
「まあ、返事は来ないだろうけど」
 だが、茅野がレオナルドの顔をみたその瞬間、ディスプレイには以下のような言葉が、一瞬だけ浮かんで消えたのだ。
(かわいいけど、ちょっと恥ずかしいわ)
 もっともこれだけでは、KAORIに搭載された対話型のコミュニケーションツールが一般的な返答を行ったに過ぎないともとれるのだ。
 その後も茅野は何度か会話を試みるが、KAORIからの返答をみる機会は少なく、返答をみられても自我の存在を証明できるものではなかった。

「KAORI! 久しぶりだな。元気か?」
 バーンと視聴覚室の扉を開けて、月夜見望(つきよみ・のぞむ)が入ってくる。
 その瞬間。
「おや。これは?」
 KAORIの調整を行っていたレオナルドは、首をかしげた。
 ほんの一瞬だったが、KAORIの中にノイズのような、不思議なデータの流れが観測されたのだ。
 みる人によっては、何らかの「感情」の動きととれないこともない。
 だが、レオナルドは、KAORIは以前月夜見と関わったことがあるので、そのときの記憶をロードしたのだろうと考えた。
「俺は、君に護ってもらったことを、忘れちゃいないぜ。こうして修復された君と再び会える日を待っていたんだ。さあ、ともに行こう! 俺も調整をやらせてもらうぜ」
 月夜見が端末に近づくと、レオナルドは席を空けた。
「ちょうど外観の調整が一段落したところだ。データ収集関連の動きをウイルス駆除用にカスタマイズする作業については、もっと進める必要がある。ウイルスの正体がみえない状況だからこそ、万全を期さなければならない」
 レオナルドの言葉に、月夜見はうなずき、端末を操作し始める。
「KAORI。今回の敵はウイルスだ。でも、俺たちが力を合わせれば、どんな敵にだって負けやしないんだ! うん? こ、これは! き、きれいだ!」
 月夜見は、ディスプレイにうつしだされたKAORIの姿に、息を飲んだ。
 ディスプレイでは、萌え系の女子高生が歩くたびに、その大きな胸がたぷんたぷんと揺れる様がうつしだされている。
「こ、こんな。揺れるなんて!」
 KAORIの胸の動きをみつめる月夜見の顔が赤くなっていく。
「望くん! 何をみてるの?」
 みかねた天原神無(あまはら・かんな)が手を伸ばしてディスプレイの電源を切ろうとするのを、月夜見は慌てておさえる。
「待ってくれ。ついみとれてしまったが、俺は調整をやるつもりなんだ。俺の技量をいかして、KAORIを、俺たちの仲間を、磨きあげる!」
「わかったわ。望くんがそういうなら、あたしはあたしの役割を果たすだけ。でも、いやらしい目で彼女をみないでね。そういうのは失礼なんだから」
 天原は月夜見をたしなめる。
「ああ、そうだよな。いや、揺れてるとは思わなくて……ああ、何でもない!」
 月夜見はもごもごと呟きながら、KAORIの調整を始める。
「さて、教官さんたち。生徒会の一員として聞きたいんだけど、KAORIを利用したプロジェクトについて教えてくれないかしら?」
 天原は教官たちに囁くように問いかけた。
「残念だが、プリンセス計画については、まだ詳細を語る許可が出ていない。今回、君たちはウイルスの駆除に専念して欲しい」
 教官たちはどきっとしたような表情で答える。
「あら、プリンセス計画っていうのね。その名称さえも私たちは知らないのよ。今回の件で一般生徒と学院の溝は相当深くなっているわ。その溝を埋めるためにも、できる限り情報を明かして欲しいのよ」
 天原はなおも聞き出そうとする。
「できる限り明かすのだとしても、プロジェクト自体、まだ実験を繰り返している段階で、今回も実験の一部なのだ。KAORIの外観が巨大な女子高生のようにされたのも、今後増えていくであろうイコンカスタマイズのバリエーションを探りたいという目的がある」
「最終的に何をしたいのかは手探りの状態なのね。でも、基本的なコンセプトはいったい何なの? 察するに、方向性としては、巨大な美少女型イコンの開発に向かうようだけど」
 どこまでも尋ねる天原に、教官たちは頭をかいた。
「そこまで察することができるなら、おのずとわかるのではないかな。超能力体験イベントで、性欲を刺激することが、超能力スキルを向上させる強い動機になりうるとわかった。そこからプロジェクトは発案されたのだ。これ以上はいえない」
「性欲を刺激する? どういうこと?」
 天原の問いに、教官たちはもう答えようとしない。
「個人的には、美少女型イコンが完成したとしても、現段階ではどの部隊に配属すべきか全く見当がつかないし、プロジェクトの実現性は低いと思う」
 と、天原が本当に知りたいことをはぐらかすような、個人的な感想が述べられるにとどまった。
「ふむ。望はKAORIの艶姿に赤面し、神無はひたすら突撃取材を行う、か。望は、今回もKAORIの調整面で中心的な役割を果たすといえるじゃろう。はて、そこで我は、ひたすらこの部屋の警備か。しかし、敵らしい者はおらんな」
 月夜見たちの動きを視聴覚室の奥で見守りながら、須佐之櫛名田姫(すさの・くしなだひめ)は苦笑する。
 怪しい者が乱入してこないのは幸いだが、ひたすら視聴覚室の警備に務めるのは、非常に退屈なものであった。