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イコンシミュレーター3 電子のプレッシャー

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イコンシミュレーター3 電子のプレッシャー
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第4章 出撃!

「いよいよ出撃ですね。すばる、ボクたちも遅れずに行きましょう」
 学院の教室にて、特攻隊の面々がシミュレーターに接続を行うため、続々と廊下を歩いていくのをみながら、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)がいった。
「はい。イコンシミュレーターに接続して意識を仮想空間に飛ばし、イコンに乗り込んでミッション対象を撃墜するんですね」
 六連すばる(むづら・すばる)が慎重に作戦内容を復唱する。
「そうです。ですが、その目的のため、他の生徒たちとも連携して攻撃を仕掛けます。ボクたちは遠距離からの攻撃で仲間の特攻を補佐する役目です。あくまでも補佐なので、くれぐれも無理しすぎないようにしましょう」
「はい。マスター! イコンは、マスターと一緒に操縦するんですね」
 六連は、どこかうきうきとした口調でいった。
「そうです。緊張してますか?」
「あっ、はい。少し、緊張してますけど、マスターと一緒なら!」
 六連はドキドキしながら、アルテッツァの瞳をみつめる。
「そうですか。では……」
 アルテッツァは、すっと手を伸ばして、六連の顎に優しく手をかける。
「えっ……」
 六連がぽかんと口を開けたところに、アルテッツァの唇がそっと覆いかぶさる。
「あっ、ああ!」
 いきなりのキスに驚いて頭が真っ白になる六連。
 胸の奥に、じんと震えるような快感が広がる。
「すみません。ちょっとぎこちなかったでしょうか?」
「い、いえ……」
 何か観察するように自分を見守るアルテッツァを前に、六連は、頭がクラクラするような感覚を覚えながら答える。
「シミュレーションから戻ってきたら、もっとご褒美を差し上げましょう。では、行きますよ」
 アルテッツァは立ち上がって、廊下に向かう。
「は、はい。ありがとうございます! もっとご褒美って、どんな……い、いえ、何でもありません! わたくしを想って下さるマスターのため、どんなプレッシャーにも耐えてがんばります!」
 六連は我に返ると、アルテッツァの背中に声をかけながら、その後を必死で追っていく。
 そこに。
「あらあら。闘いの前に、お熱いことねえ」
 ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)が教室の出口の扉の陰から、顔を出した。
 教室には誰もいなかったのだが、キスシーンを覗かれていたようだ。
「ヴェルですか? 驚かさないで下さいね」
 六連は、レクイエムをちらっとみただけで、その脇を足早に通り過ぎていく。
「ちょっと浮かれてない? いまの、嬉しかったの?」
「はい! わたくしは、マスターのためになら何でもやります!」
 六連は、レクイエムを振り返りもせずに、足早にアルテッツァを追っていく。
「愛の奴隷ね。真の意味で」
 六連の背中にレクイエムが投げた言葉は、もう聞こえない。
「条件づけされたようね。ゾディ、あなたはすばるをモノにしてどうしたいの?」
 レクイエムは、六連の今後に想いをはせるのだった。

「シミュレーション、スタート!!」
 仮想空間にとらわれた生徒たちを救うべく結成された特攻隊の面々が、脳をシミュレーターに接続して、次々に意識を戦場に飛ばしていく。
 ぐおおおおおお
 しゅう
 生徒たちの視界が塞がれ、凄まじい耳鳴りがしたかと思うと、次の瞬間には、巨大戦艦のイコン格納庫に全員が立っていた。
「ここは……?」
 シミュレーションがはじめてという生徒も多いのか、一同はきょとんとした顔で周囲をみまわす。
「ようこそ、サイバードへ。恐れ知らずの兵士たちよ」
 カツカツと靴音を響かせて、軍服姿の、若く、精悍な顔つきの男性が姿をみせる。
「サイバード? シミュレーション世界でのイコン運用戦艦か」
 ちらっとみた感じが、既に開発が進んでいると聞いているイコン運用戦艦の仕様とだいぶ違うような印象を受けたが、シミュレーション世界のオリジナル仕様なのかもしれない、と生徒たちは考えた。
 また、生徒たちは、艦長と思われる男性が比較的若いことに意外な印象を受けたが、その男性が全身から発する気迫には相当なものがあり、余計な言葉は慎んだ。
「君たちが、今回の任務に敢えて挑戦するその勇気と情熱に、敬意を表したい。知ってのとおり、既に出撃した仲間たちが、長時間の戦闘を余儀なくされている。この艦でできる限りの補給を行っているが、イコンが落ちるよりも、仲間たちの精神力が尽きる方が先かもしれない。事態が急を要することは、火をみるより明らかだ!
 そこでさっと艦長が手を振ると、天井に内蔵された火炎放射器が唸りをあげて炎を噴き出す。
 ごおおお
「う、うわ!」
 あわや炎に巻き込まれそうになった生徒たちは、冷や汗を拭うが、不平の声はあげない。
 ふとみれば、艦長の瞳にも、全員の魂を虜にし、震えあがらせんばかりの炎が燃えていた。
「この艦は、艦として許される限りの距離まで対象に接近する。ひとつ、いっておこう。これはシミュレーションだが、敵は既にひとつの街を崩壊させている! 街の住人は全員殺されてしまっているのだ! 対象は君たちの仲間が脱走したものという設定だが、これ以上の被害を広がらせないため、私情を殺し、対象を撃墜して暴走を止めて欲しい。シミュレーションにおいても、正義は貫かなければならないのだ!
 艦長の言葉に、生徒たちは身が引き締まる思いだった。
「もうすぐ出撃すべき地点にさしかかる。さあ、君たちの生命を俺にくれ! 各自、準備ができ次第出撃だ!」
「了解! 生命がけで出撃し、必ずや戦果をおさめてみせます!」
 艦長のあまりの気合に、生徒たちはこれがシミュレーションであることも忘れて、真剣な表情で敬礼を行った。
 艦の窓から外をみれば、行く手には瓦礫の山となった街の無惨な姿がみえている。
 いよいよ、闘いが始まるのだ。

「カタパルト接続。スタンバイ。進路確認。イーグリット、藤堂さん、スタート!」
 オペレーターの女性の通信が入るとともに、藤堂裄人(とうどう・ゆきと)の乗り込むイコンがサイバードのカタパルトデッキから出撃する。
「シミュレーションとはいえ、実戦と変わらぬスピード感だな! サイファス、今回も油断せず頼むぞ!」
「わかりました。シミュレーションとはいえ、本気モードなので乱暴な操作になる可能性もありますよ。舌を噛まないで下さいね」
 操縦担当のサイファス・ロークライド(さいふぁす・ろーくらいど)が藤堂の言葉に口早に答える。
「既に打ち合わせしたように、騎沙良や、榊や、柊といった仲間たちと連携する予定だ。もちろん、全体の中の役割も考えたうえで仕掛ける。うん!? もうきたのか!」
 藤堂の背に緊張が走る。
 撃墜対象は街の奥に黒い影をみせているが、敵がサイコキネシスで放ったミサイルが、もう藤堂たちの機体に迫っている。
「そうだよな。戦艦はみられていたんだから! 撃墜!」
 藤堂のイコンがビームライフルを発射して、迫るミサイルのひとつを撃墜する。
 ちゅどーん!
 仮想空間の空に、黒い爆炎が吹き上がった。
「もうひとつ、右から! 回避きついです!」
 サイファスが悲鳴に似た叫びをあげる。
 サイファスの操縦技術は相当なものだが、それでも避けきれないミサイルが迫っていた。
 ミサイルの弾道をみて「回避はきつい」と一瞬で判断し、藤堂に伝えたサイファスの判断力は、水準を越えるものである。
 むろん、何とか回避しようと必死の操縦が行われている。
「心配無用だ。俺たちには力がある!」
 すさまじい曲線を描いて宙を巡り、ミサイルを回避しようとするイーグリットのコクピットの中で、藤堂は念をこめた。
 ぶおん
 ミサイルが一瞬震えたようになると、何かに弾かれたように弾道がイーグリットからそれていく。
 藤堂のサイコキネシスが作用した結果であった。
「回避がきつい、の意味はわかったぜ。サイコキネシスでそらせばいいってことだよな。回避が『できない』とはいってないからな」
「そうです。さすが」
 藤堂とサイファスは、息がぴったり合っていた。
 しかし、サイコキネシスを使わなければ藤堂機が撃墜されていたことを考えると、敵の力量は相当なものである。
 だが、実戦同然の世界で、そんなことを考えている暇はなかった。
 ひとつの危険を避けたら、すぐに次の危険に対処しなければならない。
「それ、いまのミサイルを、ほかのにぶつけるぜ!」
 藤堂がさらに念をこめると、弾道をそらされたミサイルが、迫りくる他のミサイルに追突して、ともに爆発し散っていく。
「しかし、これをずっとやるのは、なかなかきついな」
 サイコキネシスを使うたびに、藤堂は身を削られる想いだった。
「もちろん、俺1機だけじゃないからな。俺たちが道を開き、接近する連中を通すんだ! みんな!」
 藤堂は他機に呼びかけた。

 藤堂の後から、続々と各機が出撃していく。
「カタパルト接続。スタンバイ。進路確認。イーグリット、【フレイヤ】、スタート!」
 再びオペレーターの通信とともに、蒼澄雪香(あおすみ・せつか)の乗り込むイコンがサイバードのカタパルトデッキから出撃する。
「くっ! もう攻撃がきているなんて! 他の味方と連携して、まずはミサイルを払いのける必要があるわね」
 出撃早々、自機を襲ったミサイルを際どいところで回避すると、蒼澄は焦った口調
でいった。
 撃墜対象はずっと先と思いきや、ミサイルは思ったより速い。
「う……うわー、お姉ちゃん!」
 蒼澄光(あおすみ・ひかり)が、別のミサイルが接近するのに気づいて悲鳴をあげる。
「落ち着いて! 回避行動に移るのよ」
 雪香は弟に指示を出す。
 だが、光もそれなりに修練を積んでいるのか、指示が出る前に回避を行っていた。
「これは避けられた、っと。あっ!」
 すぐに次のミサイルが正面に迫ってきていた。
 ちゅどーん!
 あわや撃墜、と思われた瞬間、ミサイルは別のイコンに撃ち落とされる。
「大丈夫か。まだまだ来るぞ。気を抜くな!」
 藤堂の機体が援護を行ったのだ。
「ありがとう。ほら、光、しっかりして! びびってる暇はないわよ!」
 雪香は礼をいうと、いまのショックで放心状態になりかかっている光に檄を飛ばす。
 戦場では、敵の攻撃にすくみあがることはもちろん、「助かった」という安堵の喜びをかみしめる暇もないのだ。