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リアクション
■ 探索開始から一時間三十分
「こんなお風呂じゃ落ち着けないですぅ!」
咲夜 由宇(さくや・ゆう)は離れを探索していて見つけたお風呂場に驚きの声をあげた。
「ドアと窓がいっぱいなのだわ」
咲夜 瑠璃(さくや・るり)もそう口にする。
ガラス張りの浴室なんてものもあるが、あれは部屋のデザインの一環という部分もありカーテンなどで仕切る機能がついているのがほとんどだ。しかし、この浴室はそういうものではなく、四方の壁にドアがついていて、さらに不自然に中央に置かれた浴槽はガラス製。鍵を閉めることもできずに誰かがひょっこり入ってくるかもしれない。
「あれ」
正面のドアを開けてエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)ひょっこり入ってきた。
「ほら! 絶対安心できないですぅ!」
「え?」
意味がわからないエース。
「………大丈夫なのだわ。あなたのせいではないの」
瑠璃がそう言い添える。どうやら、この浴室の構造について思うところがあるだけなのだそうだ。
「うわぁ、透明な浴槽なんて初めて見たよ!」
クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)がガラスの浴槽に食いついた。
「確かにこんなのじゃ落ち着かないかもね。それに、ちょっとシャワーが当ったりしたら割れて危ないだろうし」
「そうですねぇ、割れたりしたらすごく危ないですぅ」
こんな大きなガラスの塊が割れてしまったら、それもう大変なことになるだろう。それがお風呂に入っている時なら、考えただけで恐ろしい。
「このお風呂は持ち運べそうにないし、ここにはお風呂以外何も無いね」
「ここに居ても、何も見つからないのだわ………由宇、次の部屋に行くのだわ」
と、瑠璃。
「わかったですぅ。それでは、お二人とも頑張ってください」
「うん、そっちもね」
先にドアに向かっていた瑠璃のところへ駆け足で由宇が向かう。
「あわわっ!」
と、いきなり足がひっかかる。危うくずっこけてしまうところだった。
何に足がひっかかったのかと、由宇は自分の足元を見てみると、そのタイルだけ床に沈んでいた。どう見てもスイッチである。
すっと彼女に影が落ちる。上から何かが降ってきているのだ。
「危ないっ」
咄嗟に動けたのは、エースだ。
落ちてきたのは、フロ桶ぐらいの大きなのタライだった。それを、エースは両手で受け止めた。
「うおっ」
予想外の重さ。掴んでいる腕には、タライの中に液体がたっぷり入っているのが伝わってくる。こんなものが頭に落ちたら痛いで済まなかったかもしれない。しかし、中に入っているのはただの水ではなかった。
「エース! 絶対にそれ落としちゃダメだよ!」
クマラの口調はかなり慌てていた。彼は、タライからこぼれた液体の一部が床を溶かしたのを見たのである。かなりヤバイ液体が詰まっているのは確かだ。
「でも、コレ、かなり重いんだぞ………」
エースの腕が少し震えている。ちょっと予想外に重すぎて、体が対応しきれていないのだ。
「由宇、大丈夫?」
「う、うん」
瑠璃に引っ張られて、とりあえず部屋の隅まで移動する由宇。
「そ、そうだ。クマラ、俺の胸ポケットのバラを一つ取ってくれるかな」
「うん、わかった………取ったよ?」
「じゃあ、それをそちらのお嬢さんに」
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうですぅ」
「ここは罠が多いので、次からは気をつけて探索してくださいね。こいつは、俺がなんとかするんで………っ」
エースは二人になんとか微笑んで見せると、ガラスの浴槽に向き直った。
これはお風呂ではなく、この液体を入れる為に使うのだろう。ガラス製なので、もしこの大きなタライをぶつけたら割れてしまいそうだ。
「あの………お手伝いしますぅ」
「ほら、早く行かないと他の人にお宝持ってかれちゃうかもしれないしね。大丈夫、これぐらいなんとかなるから」
「でも」
「大丈夫だからさ、気にしなくていいよ」
「ありがとうございますですの」
由宇と瑠璃は頭を下げてから部屋を出ていった。
エースが小さく息を吐く。対して、クマラは少し呆れ顔だ。
「カッコつけるのもいいけど、手伝ってもらった方がよかったんじゃないの?」
「少し、下がってて、中身が飛んだりすると危ないからね」
「うん、わかった」
タライは大きくて、タライだけ床に置くには部屋が狭い。扉も通らないだろう。できる限り慎重に、中身を目の前の浴槽に流し込まなければいけない。
「落ち着いて、ゆっくりやらないと飛び跳ねちゃうよ」
「わかってるさ………そーっとだな」
まずゆっくりと屈み、そこからタライを傾けていく。流れ始めると、その勢いでタライを持っていかれそうになるのを、握力でこらえなければならない。慎重にやればやるほど、腕の力を要求される。
腕が限界を迎える前に、一旦休憩を入れて、また少しずつタライを傾けていく。
全部移し変える頃には、腕が肩から上にあがらなくなってしまった。
「はー、さすがに疲れたよ」
「お疲れ様。あ、そうだ!」
「あ、おいどこ行くんだ」
クマラが先ほど自分達が居た部屋へ戻っていく。追おうとして起き上がろうとしたところで、彼はすぐ帰ってきた。片手に瓶を持ってる。
「さっきの部屋に転がってるの知ってたんだよね」
「それをどうする気だ?」
「とりあえず、コレ持ち帰ってみようよ。何の価値も無いかもしれないけどさ、せっかくだしね」
「いいけど、気をつけてくれよ。途中で零したりしたら、大変なことになるかもしれないからな」
「うん、大丈夫だよ。これ、ちゃんと蓋がついているからね!」
この、床を溶かした危なそうな液体。調べてみると硫酸である事がわかった。硫酸は危険物だが売り物としてはあまり価値があるものではない。
しかし珍しいこともあるもので、クマラが拾ってきた瓶。これが、随分と昔に作られたものらしく、資料的な価値があるとしていい値段で引き取ってもらえる事になった。ものの価値とはよくわからないものであるらしい。
「あれぇー」
レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は渡り廊下を渡ってどんどん離れに入っていく人を眺めながら、首をかしげた。
屋敷の周囲をぐるりと見回りをしていた彼女は、離れのすぐ横にあったプールの中にスイッチが二つあるのを発見した。これはきっと離れの本当の入り口のスイッチですぅ、というわけで水着に着替えてプールに突入すると、割と普通にみんな離れに入ってしまっていた。
「温水プールでなかったら、今頃ああなってたわね」
ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が視線で示す先には、隣のごく普通の冷たい水が張ってあるプールに浮かぶエッツェルの姿があった。彼はいきなり空から降ってきて、今はああして水の上をぷかぷかと浮いている。プールサイドに一人の女の子、ネームレスが佇んでいるが救出をしようとするわけではないようだ。
「温水プールでよかったですぅ。でも、放置されていたにしては水も綺麗ですよねぇ。中の水道は止まっていたそうですし、このプールだけ水を洗浄する機能がついているなんて不思議ですねぇ」
「そうね、まぁ緑色してたらまず入ろうなんて思わないけど」
「では、あのスイッチは水を綺麗にしつつ温水にする機能に関わるスイッチかもしれないわけですねぇ………押します?」
温水プールはあったかい。そして外は寒い。真理である。
もしもあのスイッチを押して、水が冷たくなったりしてしまったら………いや、すぐに温度が下がったりするわけでもないし、外に出たからってすぐに凍え死んだりするわけがない。それはそれとしても、今二人がプールから出られない理由は誰にでも理解できるだろう。最も、ミスティは割りと平気な顔でプールから出ていけそうだったが。
「うむぅ………寒いのは嫌ですが、嫌なんですが、ここまで来てプールで遊んで帰るなんて無意味にも等しいですぅ! 今度こそ、覚悟を決めて行くのですぅ!」
「それじゃあ、やるわよ」
スイッチはプールの底にある。そこまで深いプールではないので、わざわざ潜らなくても足で踏めば押せるものだ。顔は外に出したまま、レティシアがカウントダウンを行う。
「3、2、1、0!」
ぐいっと二人でスイッチを踏み込んだ。
「…………?」
「何も、起きないわね?」
「もしかして、ダミー?」
レティシアがキョロキョロしていると、水面が慌しく波打ちはじめた。さらに、地震が起きる。
「わわ、わ」
「レティ、足元!」
ミスティに言われて、慌しく動き回っていた視線が自分の足元に向けられる。プールの底には黒い線が一本走っていた。その線は、だんだん広がっていく。
プールの底が二つに分かれていって、中の水がさらに下に向かって流れていっている。
ただそれだけの事を理解する間もなく、二人は急激に強くなった流れに飲み込まれてそのまま底の底へと吸い込まれていった。
「あいたたたた」
「レティ大丈夫? 随分と深いところまで落ちてきたみたいね」
見上げた空は、四角に切り取られていた。遠近感がよく働かないが、五メートルか六メートルはあるだろうか。
「洞窟みたいですねぇ………壁を登るのは難しそうですねぇ」
「随分と人の手が入ってるみたいね。ここも、あの屋敷の一部なのかしら?」
一定の間隔で、崩れないように木で支えられている。炎を留まらせるオイルランプのようなものも、ぽつんぽつんと置かれているようだ。
「水着で探索するところではないですねぇ」
「確かに。で、どうする。誰か来るまで待つ?」
素手で壁を登るのは無理だろうが、誰かが縄か何かを降ろしてくれれば話は別だろう。今日ここに来ている人の数はかなりの数だったはずだ、待っていれば誰かが気づくかもしれない。
「んー、そうですねぇ。こんな怪しいところ動き回るのに、この姿では心もとないですし、しょうがないですねぇ」
「そうね。それじゃあ―――」
ミスティはふっとレティシアから視線を外した。
「どうかしたのですか?」
「いま、悲鳴のようなものが聞こえたような」
「悲鳴? それは一大事ですねぇ、少し見にいきましょう」
「でも、聞き間違いかもしれないし、それに上かもしれないわ」
「それならそれでいいのですよぅ。少し見てくるだけですしねぇ、あ、禁猟区で警戒は一応してくださいねぇ、何があるかわかりませんから」
「大丈夫だよ、私にはこの子がいるからね!」
そう言って、真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)は一人洞窟の探検を始めた。別に、最初っから洞窟探検をしていたのではなく、屋敷に【トライポッド・ウォーカー】に乗って乗り込んだら、床が抜けてしまったのである。
「お屋敷にあるものじゃ、きっと私を満足させてくれるものは無いからね」
と、意気揚々と進んでみたものの、一本道が延々続くばかり。
それでも構わず突き進んでいくと、突然目の前から大量の水が押し寄せてきた。
「わぷっ、うわわわ、落ちる、落ちるっ!」
必死にしがみついて、なんとか水をやりすごす。
「うわあ、びしょ濡れだ。もう、いきなり何なんだよ」
愚痴を零しつつも、さらに進んでいく。今のが罠なのだとしたら、この先に何かあるかもしれない。そうして進んでいくと、妙に明るい場所を見つけた。
「あれ、ここは天井が無いんだ」
見上げると、そこだけ四角い空が見える。
変なの、とは思ったがそのままさらに前進することにした。空が恋しくなったらまたここに来ればいいだけの話しである。
「それにしても、変な洞窟だよね、ここ」
淡々と続く一本道。少しずつカーブしていたりはするが、今のところ分かれ道などは見かけない。人工的に加工されているのはわかるが、用途がわからない。屋敷の地下といえば、温度が変わりにくい事を利用して食品やワインを貯蔵したりするのだろうが、それも見当たらない。この一本道は果たしてどこに繋がっているのだろうか。
期待に飽きが勝ってくる頃になって、やっと道に変化が現れた。途中で道が途切れていたのだ。断崖絶壁、というわけではなく少し頑張れば【トライポッド・ウォーカー】に乗ったまま降りれそうだ。
「もちろん、ここは降りるよね」
というわけで、雪白は器用に降りていく。高さで言えば三十メートルぐらいだろうか、意外と足場もしっかりしているので、登るのも無理なさそうだ。
底についてみると、そこはテニスコートぐらいの広さの竪穴らしかった。
「なんだ、これ」
彼女の目を引いたのは、そこらじゅうに転がる大量の鎧だ。どの鎧も、みなバラバラになっている。どれも、血がついたり傷がついていたりとまともな状態のものは見当たらない。
「まるで、鎧の墓場みたいな場所だね、これはこの子の追加装甲には使えないなぁ」
金属があったらくっつけちゃうつもりだったが、今のところ見つかったのはこのうち捨てられた鎧だけ。綺麗な状態だったらもらってもいいのだが。血がついていたり、へこんでいるのは論外だが、もしかしたらいいものがあるかもしれない、と少し見てまわろうとしたその矢先。
人の形をしたものが降ってきた。
「ひゃっ」
落ちてきたものは、地面に叩きつけられると甲高い音を立ててバラバラに飛び散った。
驚いて、咄嗟に眼を閉じてしまう。
静かになってから、そーっと目を開ける。
「今の………人じゃないよね」
恐る恐る、さきほど落ちた場所辺りに視線を向ける。人が落ちてきた様子はなく、相変わらず鎧ばかりが転がっている。
「もしかして、鎧?」
と、また何かが降ってくる。今度は目を閉じないように堪えてみた。
落ちてきたのは、確かに鎧だった。地面のほかの鎧に当って、バラバラになって転がっていく。ここは、どこからともなく鎧が降ってきてはこうして積っていく場所のようだ。
なぜ鎧が降ってくるのか。当然彼女にはわからない。しかし、なんとなくここが嫌な場所だというのは肌で感じはじめていた。ここには何も無いし、あるのは捨てられた鎧だけだ。ここからどこかに繋がる道も見当たらないし、来た道を戻ろう。
そうして、彼女がここを去ろうとすると、誰かに呼び止められた気がした。
「いやいやいや、気のせいよね。気、の、せ、い」
と自分を納得させようとしていると、
「気のせいじゃないですぅ」
今度ははっきり聞こえた。
女の子の声だった。幽霊の声っぽくは無かった。幽霊はなんとなく、声にエコーがかかっている。そんな気がする。それでもちょっと怖かったけども、雪白は振り向いてみた。
「なに、その格好?」
「それはですねぇ、色々理由があるのですぅ。でも、今はそれどころではないので説明は省きますよぅ」
水着姿のレティシアを見て、面食らう雪白。
「ちょっと病人がいるのですよぅ」
「病人? けが人じゃなくて?」
「病人とも少し違うのかもしれないんですが、とにかくちょっと手を貸して欲しいのですよぅ」
レティシアに連れ立って進むと、少し窪んだ場所で寝かされている少女と、レティシアと同じく水着姿のミスティの姿があった。病人とは、寝かされている女の子のことなのだろう。
女の子は、顔を真っ赤にして苦しそうにしていた。周囲には、布の切れ端みたいなものが散らばっており、彼女はそこら辺から拾ってきたのであろう鎧を何故か着ていた。
彼女は、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)だ。
「うぅ………そんな………いやぁ」
時折うめき声をあげるアリアを、ミスティが傍らで励ましていた。
「もう大丈夫だから、ね」
「一体何があったの?」
「それは………それは、よくわからないのですよぅ。あちき達も、今しがたここに来たところでしてねぇ」
「そっか。じゃあ、とにかく外に出ないとだね。さっき来る途中で、天井に穴が開いてるところがあったからそこから出よう。この子がいれば大丈夫。ちょーっと狭いかもしれないけど、みんな乗って乗って」
雪白の活躍によって、四人は無事この妙な洞窟から脱出することができたのだった。
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