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宝探しinトラップハウス

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■ 探索開始から一時間



 収集家が、その収集物の中でも最も秘蔵とすべきものを一体どこにしまうのか。
 その問題への問いは人それぞれあるだろう。博物館かなにかのように、一番目立つところに飾りたいと思う人もいれば、誰にも見せたくないと倉庫の奥に隠すかもしれない。さりげなくしれっと、何でもないかのように配置する変わり者もいるかもしれない。
 弁天屋 菊(べんてんや・きく)には、一つ調べておきたい場所があった。
 そこは、一人で最も落ち着くであろう場所。そもそも、部屋という配置から一歩離れた存在でありながら、なおかつ知る人には圧倒的な存在感を見せ付ける場所。
 屋根裏部屋である。
「お、カーペットまで敷いてあるじゃねぇか。これは益々怪しいじゃん」
 入り口が見つからなかったので、無理やりあけた穴から屋根裏に突入した菊はさっそくここが使用されていた痕跡を見つけて上機嫌だ。
「本当に屋根裏を部屋として使っていたんだね」
 続いてあがってきたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も、これなら何かあるかもと思えてきた。
「でも、おじいさんが使っていた部屋じゃないみたいだよね。カーペットピンクだし」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)も部屋を一通り眺めてみる。
 使われていた部屋であるのは間違いないようだが、お宝を隠している部屋とはとうてい思えなかった。他の部屋に比べて生活観が残っているのも、少し妙だ。
「確かに、こいつは男のものじゃねぇな」
 さっそく箪笥をあさっていたが、見つけたものを見てそう呟いた。
 二人に見せるようにピラピラさせているそれは、子供用の下着だ。かわいらしいピンク色のリボンがくっついている。
「そう言えば、お孫さんが居るっては聞いたけど、子供も居たはずだよね。女の子だったのかな。ってことは、ここには服とかもあるよね!」
「うん、そうだと思うけど………あ、そんなちゃんと調べずにいったら危ないよ!」
 美羽が嬉々としてクローゼットを開けると、そこから大きなグローブが飛び出してきた。
「甘っーい!」
 横向きびっくり箱のパンチを、真正面から蹴りで受け止める美羽。
「この程度のトラップなんかじゃ、ビクともしないんだから!」
「おっ、頼もしいねぇ」
「僕は冷や冷やしっぱなしだよ」
 美羽は持ち前の運動神経と、あとは気合で襲い掛かってくるほとんどの罠を言葉通り撃退してきている。もとより【トラッパー】で本人もある程度予測を立てているらしいのだが、傍から見ているコハクにはその様子が全然わからない。せめて一言あれば、心構えぐらいはできるのだけど、それも無いので心労が随分と溜まってきている。
「どう?」
 コハクが、開け放たれたクローゼットの中を眺めている美羽に声をかける。
「んー、ちょっと思ってたのと違うかな。この部屋を使ってたのは、ここの子供じゃないのかも」
 美羽としては、滅多に見られないような綺麗なドレスとか、そういうものが入っているのを期待していたのだが、中に入っていたのは給仕服だった。他にも、女性用のスーツなども入っているが、質素なものだ。
「昔はここにお手伝いさんが住んでいたのかな?」
 コハクは中の引き出しなどを開けてみた。髪留め用のピンやゴムが入っている。こちらも、質素なものだ。
「こんな場所に住んでるなんて、かなり強いお手伝いさんだったんだね」
「いや、その頃は罠が仕掛けられていなかったんじゃないかな」
「あ、そっか。この罠って、お宝を守るためなんだっけ。じゃあ、それ以前は普通のおうちだったのかな?」
「きっとそうだと思うよ」
「普通のおうちかぁ、自分で言ったけど、なんか想像できないよね」
 ここで誰かが朝起きてご飯食べている風景が、お昼に誰かが台所になっている様子が、夜に部屋から光が漏れていることが、全く想像できない。
 生活観が無いのもあるが、なにより全体の部屋の繋がりが滅茶苦茶なのがそう思わせる原因だ。外から見た限りどこもおかしくないのに、中に入るとどこもかしこもおかしいのだ。トイレに三つ扉がついていたりしたら、一体どう落ち着けばいいのかわからない。
「おい、こっちの化粧棚色々いいもんが入ってるみたいだぜ」
 菊に声をかけられて、二人が化粧棚を見にいく。
 大きな三面鏡が備え付けの、白い化粧棚。忘れられて随分と時間がたっているのか、埃が付着したガラス面はぼやけてこちら側が全然映っていない。化粧品らしき小瓶などが並んでいるが、開ける必要はないだろう。瓶には何か書いてあるものもあるが、どれも汚くなってしまってよく読めない。
 その化粧棚の引き出しのいくつかは、菊が引っこ抜いていた。中には、指輪やイヤリングなどの小物が入っていた。
「クローゼットの中身と同じで質素だね」
 コハクが言う。
 指輪やイヤリングには宝石がついているものがほとんどだったが、どれもほんの小さなものしか使われていない。見せびらかすためのアクセサリーではなく、礼儀としてつけておくもののような印象を受ける。
「親指ぐらい大きな宝石がついてるのが入っててもいいのにね」
 と、美羽は少し不満そうだ。
 他の引き出しも順番に抜いて中を見ていくが、ほとんどは化粧道具ばかりだ。持ち主は几帳面な正確だったのか、どれもきちんと整頓されている。そんな中、引き出しの一つに箱が一つ入っているだけのものがあった。
 小さな金属製の箱で、そこそこの重さがある。しかも、簡単に開けられないようにテープでしっかり封がしてあった。
「こんなにしっかり閉じてあると、余計に中身が気になっちまうな」
 菊が箱を眺めてみる。蓋をあける以外の方法では、中身は確認できないようだ。
「そんじゃ、失礼してっと」
 貼られてから随分経ったテープを剥がすのに少し苦労したが、それ以外に特に何も無かった。蓋を開けると何かある可能性も低いと判断して、さっさと菊は蓋を開けてみた。
「なんだこりゃ?」
「毛玉?」
 美羽がそれを手にとってみようとすると、とても軽いものだったのか風圧でふわふわと飛んでいってしまった。
「あわわわ」
 追いかけるとその風圧でさらに動き回る、手を伸ばしてもすり抜けるように避けていく。追い回しているうちに、見失ってしまった。
「あとなんか粉みたいなものが入ってんな、こいつは………おしろい、か?」



「さて、わらわとしては放っておくのが一番であろうと提案する」
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が額に怒りマークを示しながら言う。
 彼女の視線の先には、とても幸せそうな顔をして椅子に座っている紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の姿があった。
「そんな兄さんがかわいそうですよ〜」
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)とは言うものの、
「では、どうにかできますか?」
 なんてプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)に言われると、何も言い返せない。
「でも放っておいたら、この屋敷と一緒に取り壊されてしまいます」
「だいたい、罠があるとわかっておるというのに、一人でさっさと前に行くからこのような事になるのだ」
「そうですけど………でも、兄さんは行きたくて先に行ったわけじゃないような………」
 唯斗は決してお宝に目が眩んで先へ先へと進んだわけではない。罠に追い立てられて仕方なくみんなと離れていく形になってしまったのである。そして、三人が彼に追いついた時には、何故か幸せそうな顔で椅子に座っていた。
 声をかけても無視するし、椅子から引き離そうとすると怒る。というか、唸る。せっかくのお休みなのに、こんな場所に連れ出されたエクスがイラッとするのも仕方い。もちろん、原因が罠にあるのはわかっているのだが、それとこれは別の話だ。
「ま、とりあえず少し様子を見つつ、この部屋の探索を済ましておきますか。この部屋は、絵を描くのに使っていたようですし何かあるかもしれませんよ?」
 プラチナムは至って冷静な判断を下す。
 三人がたどり着いた部屋は、アトリエのようだった。部屋の棚には様々な絵が無造作にしまわれており、描きかけも少なくない。どの絵も風景画ばかりで、廊下や他の部屋に飾ってあった絵はここで描かれていたもののようだ。
「兄さん、大丈夫かなぁ」
 睡蓮が心配そうになんどか振り返るが、傍目には唯斗の顔は幸せそのものである。
「いってぇー、いきなり人の顔面強打とは無礼だなおじょうちゃん」
「ふぇっ、すいません! ………へ? お人形?」
 睡蓮の手が当ってしまったのは、ピンク色のうさぎのぬいぐるみだった。
「おい、ざけんな、おいらにはなー、ライライラって名前があるんだっての。人形なんて呼ぶんじゃねぇ!」
「ご、ごめんなさい」
「ふん、まぁいいさゆるしてやんよ。ところで、おいらについた埃を叩いてくんねーかな。おいら自分じゃうごけねーんだよ、これが」
「はぁ」
 言われた通りに埃をはたいてあげる。
「なんですか、このぬいぐるみは?」
 プラチナムが睡蓮から人形を受け取って眺めてみる。魔法か何かで自我を植え付けられているのだろうか。
「だから、おいらはライライラだってば!」
「そうですか。ではライライラ、あなたはここに居て長いのですか?」
「おうよ。随分と前からここにいるぜ、この積もった埃がその証明さ」
「動けないくせに、随分と尊大なぬいぐるみね」
 と、エクス。
「それでは、あの椅子について何か知っていませんか?」
 プラチナムが尋ねながら、ライライラに唯斗を見せた。
「ああ、知ってるぜ。あれは………そう、トリコロイスって名前だったはずだ。波長が合う奴にはすごく魅力的に見えるっつーしろもんでな、なんでも昔ある有名な殺人鬼が愛用してた椅子なんだとか」
「………殺人鬼愛用の椅子に波長が合うなんて、兄さん」
「ふむ、そうですか。それで、あのままあんな風に座っていられると困るのですが」
「ああ、それなら簡単だ。頭から水をぶっかけてやりゃあいい。それで目が覚めるさ」
「そうですか、ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、新しい持ち主のところにいける機会を用意しましょう」
 と言って、プラチナムはかばんの中にライライラを突っ込んだ。乱暴に扱うな、という抗議の声が聞こえたが無視した。
「それ、持ってくの?」
 エクスの問いに、
「屋敷にあるものに詳しいなら、ネリィも買うでしょう。それに、あの椅子も価値がありそうなので、とっとと目を冷ましてもらいますか」
 と、答えるプラチナム。
 しばらくして、ネリィのところにびしょ濡れの男が椅子を抱えてやってきた。喋り捲る汚い人形とセットで、とらふぐ刺身チリセットが六人前食べられるぐらいの金額になったという。



「この部屋には、随分と古い銃が置いてありますね」
 大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)が扉をくぐると、縦に長い部屋に出た。
 左右の壁には、今はもう使えないであろう古い銃が並んでいる。
「ソフィア、適当に一つ取ってみるであります」
「えぇ、またわたくしですの………はいはい、わかりましたわ」
 先に入っていたソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)がため息と共に、一番近く似合った長い銃を手に取り、それを剛太郎に手渡した。
「随分と古いライフル………いや、滑空砲でありますな」
「使えるのかしら?」
「無理でありましょう、しかし好きな人にはたまらない一品でもあります。持っていけるだけ持っていくであります」
 部屋の壁にはびっしりと大小様々な銃が飾られている。全てかき集めれば相当な量になるだろうし、金額的にも期待できる。
 しかし、この部屋は廊下よりも一回り細い一本道だ。こんな場所に罠をしかけないわけがない。どう考えたって怪しい。
「ソフィア」
「やっぱりわたくしなの………あっ!」
「どうしたでありますか?」
「いえ、その………ちょっと無茶をし過ぎたみたいですわ。体の調子があまりよろしくなくて………」
 ソフィアは咄嗟の思いつきで、自分が不調になってしまったふりをした。
 今までずっと、罠がありそうな場所はソフィアが対応してきている。多少は彼女の方が体も丈夫だし、後ろで冷静に状況を判断する人が居るというのも大事なのはわかるが、しかしいいかげんうんざりもするというものである。
「そ、そうか………」
「申し訳ありませんですわ」
 とか言いながら、見えないように舌を出す。
「いや、いい。なら仕方ない―――」
「ならばこの部屋の罠は、この私が引き受けましょう!!」
 突然部屋に入ってきたのは、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)だ。
 既に体のあちこちに矢が刺さっており、服もボロボロになっている。相当な数の罠を乗り越えてきたのは明らかだ。その横には、ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)も一緒に居たが彼女には目だった罠にかかった形跡は無い。
「な、この部屋を見つけたのは自分が先であります」
「宝探しもいいですが、安心ください、私の目的はこの身をもって罠と相対すること。どうぞどうぞ、この私がこの部屋の罠を堪能したら自由に探索してください。ふははははははははは!」
 言うだけ言うと、嬉々としてエッツェルは二人を追い越して真っ直ぐな道を進んでいった。
 当然、罠が作動する。
 白い煙が、エッツェルをあっという間に覆ってしまった。剛太郎はソフィアを連れて慌てて部屋を出る。少しして、煙がひいたので部屋の様子を確かめるために覗いてみると、
「ふおおおお、これは楽しい。前に進もうとすると後ろに進み、後ろに進もうとすると前に進みます。ふはははは、こんな面白い罠もあるとは、ここまで来た甲斐がありましたねー」
 大変楽しそうなエッツェルの姿があった。
 その様子を眺めていた、ネームレスは彼が楽しそうにしているのが嬉しいのか表情筋が頬を持ち上げている。
「一体なんなのでありますか………」
「神経に作用する毒ガスが仕掛けられていたみたいですわね」
「いや、そういう事ではないのでありますが」
 そのうちエッツェルはガスの効果が切れたのか、それとも単に体が慣れたのかさらなる罠を求めて先へと進んでいった。やがて、行き止まりまで達する。しかし、そこまでの間には罠らしい罠は仕掛けられておらず、少し不満そうに左右を見渡していた。
「ふむ、ここの罠はこれでおしまいですか。さっきのガスは面白かったのですが、それだけだと………おや」
 何かスイッチが入るような音がして、エッツェルはゆっくりと片足をあげた。そこだけ、ほんの少し床が沈んでいる。新しい罠を見つけた、と彼の顔に期待の色が浮かぶ。
 次の瞬間、彼の体は天井を突き破って空に放り出されていた。
「おおっ! これも楽しい、まさか魔法も何も使わずにこのように空中散歩がっ、ぶっ!!」
 もの凄い水柱をあげて、彼の体は外にあったプールに叩きつけられた。

「飛んでいったでありますな」
「あんな玩具みたいなバネでも、人間があんなふうに飛んでいってしまうなんて驚きですわ」
 その様子を見ていた剛太郎とソフィア。
 最後にエッツェルがかかった罠は、床下に仕掛けてあったバネによって人を打ち出すものだった。屋根をぶち破るだけのエネルギーを生み出すバネである、あの人は果たして無事なのだろうか。
 そう言えば、と剛太郎が先ほど彼と一緒に現れた女の子、ネームレスはと辺りを見回すが既にその姿はどこにも見当たらない。彼を心配して追っていったのだろうか。
「………あとで見かけたらここで見つけた銃のいくつか、あの人に渡すべきでありましょうな」
「そうですわね」