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第1章 消えた女子生徒たち

(大胆なことをしてくれるな)
(ああ。たかが一千年生きているというだけで、ずいぶん思い上がっていることだ)
(しかし、吸血鬼というのが、特別な種族であるのも事実だ)
(そうだな。女王の力を身につけた、あの少女も吸血鬼の一族なのだからな)
 天御柱学院校長室にて、校長コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)は、いつものように一人瞑想にふけっていた。
 「一人」とはいったものの、実際には、コリマの脳内には幾千もの精霊がさかんに議論を行っていて、それら全ての声を聞いていれば、かしましいことこのうえないのである。
 シャンバラ大荒野の「Sの館」の主人であるサッド・ヘタインが、各校の女子生徒を誘拐していて、それらの生徒を虐待する悪魔の宴を開催するという情報は、学院にも既にもたらされていた。
 それによって、教官たちはやっと、最近失踪した女子生徒の何人かの行方についての見当をつけることができたのである。
 もちろん、コリマは宴の情報が入る前から、サッドが生徒を誘拐したことに気づいていた。
 サッド本人が学院のキャンパスに侵入したとき、コリマはその存在をすぐに感知したのだ。
(我々に気づかれていると知りながら、ああも大胆に振る舞うとは。ナメられたものだ)
(奴もバカではないから、戦乱の続くこの状況下では、我々の奴への対応も手薄になると踏んだのだろう。実際そのとおりだ)
(被害を最小に抑えたつもりだが、何人かは連れ去られた。これも課題だから焦る必要はないが、確実に連れ戻さなければならない)
(ああ。だが、少々困ったな。奴の実力は把握したが、各校の校長クラス、たとえば山葉涼司(やまは・りょうじ)エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)のような存在なら、奴を相手に苦戦はしないだろうが、一般生徒が闘うとなると)
(そうだな。ただでさえ荒野の蛮族どもは超能力戦が苦手だから、死人がごろごろ出るだろう。他校からの応援も、たかが知れている)
(そうかといって、こうも重要な戦況が続いていては、我々もここを動くわけにはいかない。どうする?)
(重要な戦力は、ほとんどが戦場に出ているな。ここは、彼に頼むしかないだろう。シャンバラ大荒野にまた行かせることになるが、やむをえない)
(うむ)
 コリマの脳内で、精霊たちの意見が一致した。
 即座に、コリマは精神感応を行い、学院内に幽閉されているある強化人間に呼びかける。
(話はだいたい聞こえていたし、状況も理解しているだろう。おぬしが偽善者めいた博愛主義によって、戦闘への協力をいっさい拒否しているのは知っているが、この件では協力してもらうぞ。いいな?)
 コリマの呼びかけに、何者かはすぐに精神感応で返答を行った。
(いいだろう。今回の件は、僕が動こう。だが、いっておくが、お前のためにやるのではない!)
 その何者かは、協力するとはいいながら、コリマ校長に激しい敵意を燃やしているようだ。
(そんなことは、わかっている。お前のかわいい仲間が極悪人の手中に囚われているのだからな。いわれなくても、行きたくてたまらないだろう)
(ああ、そうさ。ひとつ、聞いておこう。お前は、なぜ、何人かの生徒が誘拐されるのを黙認した?)
(何をいっている? 戦局の分析のため、我々が議論をさかんにしているときに、奴は学院に侵入してきたのだ。生徒の大半は守ることができたが、全部は無理だった。そう理解して欲しい)
(僕も、幽閉状態で力を封印されていて、みんなを守ることはできなかった。だが、お前は、誘拐された生徒、そして救出に行く生徒に課題を与えたつもりでいる!)
 そういって、その何者かは、一方的に精神感応をうちきった。
(やれやれ。ずいぶん嫌われていることだ。まあ、いい。今回は彼に任せるしかない。鍵は開けておこう)
 コリマは嘆息して、思考をきりかえ、学院が関わっている複数の戦局の分析に没頭し始める。
 その後、しばらくして。
「コリマ校長! 報告です! 強化人間管理棟の最深部に隔離していたサンプルXが、姿を消しました! どうやってか、部屋の鍵を開けたようです!」
 教官たちがヒステリックな叫び声で校長室に通信を入れる。
(そうか。了解した。しばらく放っておけ。帰ってこないときは、我々が動こう)
 コリマは、教官たちにそう答えるのみだった。

「いやー、シャンバラ大荒野は広いねえ」
 月谷要(つきたに・かなめ)はどこまでも広がる荒野のただ中で立ち止まると、額の汗を拭った。
 Sの館で行われる恐るべき宴のことを聞き、極悪人サッドに天誅を下そうと、月谷は遥かな道のりを急いで旅してきたのである。
 天御柱学院でも何人かの女子生徒が失踪している。
 誘拐されたとみられるそれらの女子生徒を救わなければならないという気持ちも、月谷の心の片隅にはあった。
 だが、本当の関心は、専らサッド本人に向けられていた。
 大変態サッドと闘い、うちかって、殺す。
 そのことを考えるだけで、月谷は背筋がたまらなくゾクゾクするのだった。
「さーて、Sの館があるという森は、あっちの方角か。あれ? あんたは?」
 月谷は、少し先の方に、一人で車椅子に乗って宙をあおいでいる、放心したような表情の男性がいることに気づいた。
「驚いたな。こんなところで車椅子の青年が、何をやってるんだい? 誰かに放置されたのか? っていうか、この人、どこかでみたことあるような?」
 月谷は、車椅子の男性に近づきながら、
 直接の面識はないにせよ、自分と同じ学院に所属する人物のように思われたが、誰だったかすぐに思い出せない。
 月谷の無意識の中の何かが、「あの男がここにいるはずはない」と、眼前の光景への理解を拒否したがっているようにも思えた。
「しゃべれないのか? なあ?」
 月谷は、話しかけても反応がない車椅子の男性の顔を、のぞきこむ。
「う……ああ……」
 男性は、ぽかんと開けた口からよだれを垂らして、月谷をぼんやりと見返す。
 月谷の瞳と、男性の瞳が合ったとき。
(何だ、この感触は? 深い海の底がみえる! 何なんだ、いったい?)
 脳内が異様な感覚にとらわれ、月谷は戸惑った。
 月谷の脳裏に、深い海の底の光景が広がっていた。
(これは、噂に聞く精神感応、かい?)
 月谷が、やっと状況を理解してきたとき。
(月谷要。あの館には近づくな。いまの君には、危険な相手がいる)
 淡々とした声が、月谷の脳裏に響く。
(ありゃ? 誰だい! いきなり話しかけてきて、館に行くなはないよな)
 月谷は、少々ムッとして言い返す。
(館の主人は、強い力を持っている。君はどこまで力を使える?)
(超能力なら、オレも学院の生徒だから、それなりにやれるさ)
(だが、あの相手は格が違う。いまの君では、生命を落とす危険がある)
(いってくれるじゃんか!)
 説教じみたその口調に、月谷は反発を覚えていた。
(誰も、負けるつもりで闘ったりはしないし、死ぬつもりで闘ったりはしないよねえ。生命の危険がある? あっ、そう。だから敵前逃亡しろとは、笑止千万だね。あの校長だってそんなことはいわないさ。オレは、闘いたい相手と闘う。誰にも邪魔はさせないよ)
 月谷のその言葉に、声の主は、しばらく沈黙していたが、
(そうか。なら、これに耐えられるか?)
(うん? これは!)
 月谷の心が、激しく揺さぶられるような感覚に襲われる。
(な、何だ!? すごい力だ。身体が動かない! くそっ、負けるか!)
 はじめて体験するプレッシャーに戸惑いながら、月谷が思いきり念をこめ、心を覆う何かを振り払おうとしたとき。
「あれ?」
 ふいに、深い海の底の光景が消え、月谷は、さっきまで立っていたのと同じ、シャンバラ大荒野のただ中にいた。
「何だったんだ、いったい? いまのは?」
 気がつけば、側にいたはずの車椅子の男性が姿を消している。
 車椅子のまま、どこに行ったのだろうか?
「この前の精霊といい、わけのわからないことばかり起きるねえ。何だか、頭の中で何かが目覚めたような? いろんな声が聞こえるような気がするよ。まあ、気のせいかな」
 月谷は、いま体験したことは忘れることにして、まっすぐ、Sの館に向かって歩き始めた。
 彼の脳裏には最初から、死の恐怖などなかったのだ。

「うん? 佐伯、空模様が変だぞ」
 荒野の外れを歩いていたナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は、遥か上空に暗雲のようなものが垂れこめるのを目にして、側にいた佐伯梓(さえき・あずさ)に話しかける。
「ああ、そうだな。いや? 違うぞ。あれは!」
 ナガンにいわれて空を見上げた佐伯は、異変に気づいた。
 キー! キー!
 上空から、飛翔する獣の鋭い鳴き声が響きわたる。
 暗雲とみえたのは、上空を旋回する、おびただしい数のコウモリの群れだったのだ。
「わー、こっちに来るぞ。ぐ、ぐわわー」
 ナガンは悲鳴をあげた。
 コウモリたちはいっせいに下降したかと思うと、佐伯には目もくれず、ナガンを襲って、その全身を無数にはばたく黒い羽で覆い尽くさんばかりになったのだ。
「ナガン!」
 佐伯はコウモリたちをはねのけようと手を伸ばすが、既にナガンはコウモリとともに姿を消していた。
 コウモリたちは、一瞬にしてナガンの身体をさらっていったのである。
「使い魔か? だとしたら、サッド!」
 佐伯は、恐るべき吸血鬼の名前を口にすると、誰も近づこうとしない、地獄の館へと向かって走りだしていた。

 同じころ、百合園女学院でも悲鳴があがる。
「きゃ、きゃー!」
 コウモリの大群にとりまかれて、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)はパニック状態に陥った。
 意地悪な獣の羽が小さな風を吹き起こして、ミルディアのスカートの裾を弁解しようもないほどまくりあげる。
 パンツが丸見えになってしまったが、ミルディアには恥ずかしがる余裕もない。
 キー! キー!
 コウモリの羽がミルディアのパンツを叩き、微妙な刺激を与える。
 まるで、その中身を探り、値打ちをはかろうとしているかのようだ。
 周囲の生徒が駆け寄ろうとしたとき、ミルディアはコウモリとともに姿を消していた。

 そして、シャンバラ教導団でも。
「うーん、このパフェ、おいしいなあ。あれ? 眠くなってきちゃった。何だか、身体がしびれたようで、動かないなあ」
 オープンカフェでサービスとして出されたチョコパフェにぱくついていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、ふいに眠気に襲われ、スプーンを落として、テーブルに頭を埋めた。
「おやおや、食べすぎですか」
 不気味な笑いを浮かべたカフェの店員がルカルカの背後に現れたかと思うと、その身体をそっと抱きしめて、胸に手を伸ばす。
 胸をゴムまりのように揉みしだかれても、ルカルカは暴れる様子もみせず、そのまま眠りこんでしまう。
「フハハハハハハハハ! これはたいした獲物だ」
 店員に化けていたサッド・ヘタインはたからかな笑い声をあげると、ルカルカを猫つまみして、ともに消えてしまう。
 ルカルカは、チョコパフェよりも魅力的なごちそうなのだ。

 イルミンスール魔法学校でも、悲劇は起きた。
「誰だ!?」
 自室でシャワーを浴びていた鬼崎朔(きざき・さく)は、シャワールームに音もなく忍び寄る影に気づいて、振り返りざま手刀を叩き込む。
 だが、手刀は空を切っていた。
 床に落ちたシャワーヘッドから、熱い水が噴きあがる。
「どこだ? なに、背後をとられた!」
 相手がほぼ完全に気配を消していたため、鬼崎の反応がほんのわずかだが遅れた。
 背後を振り返ろうとした鬼崎の顔面に、温水の奔流が叩きつけられる。
 浴槽の水が宙に浮きあがって、鬼崎の全身にからみついてきているのだ。
「この技、魔法と超能力の両刀か!?」
 叫ぶ鬼崎の口に、温水が流れ込む。
 むせて、窒息しそうになる鬼崎。
「フハハハハハ! いい胸だ! いい尻だ!」
 目を不気味に光らせたサッドの黒い影に敵意を燃やしながら、鬼崎は失神していた。
「危険な獣のような女だが、こういう女を踏みにじって調教するのもまた一興なのだ!」
 サッドはよだれを垂らして乾いた笑いをあげると、がっくりとなった鬼崎の胸をわしづかみにし、お尻を平手で打っていた。