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クロネコ通りでショッピング

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クロネコ通りでショッピング
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 自分のために買い物しよう。
 誰かのために買い物しよう。
 誰のためでもなく買い物しよう。
 だってここはクロネコ通りなんだもの。



 

 クロネコ通りでプレゼント
 
 
 どこまで歩いても両側は店、店、店。
 どの店に入ろうかと通りをうろうろしていたリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)は、ようやく決めて店の扉に手をかけた。
「そこに入るのか?」
 そう聞いたカセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)の声がいかにも物言いたげだったので、リリィは聞き返す。
「そのうもりですけれど……何か?」
「これだけたくさんある店の中から、なにも呪われてそうな店を選ばなくてもいいんじゃねぇか?」
「呪われてそうな店、ですか?」
 リリィは、きょとんとして店を見直した。
「ごく普通の、むしろ素敵なお店じゃ……そうでもないような……」
「ああ分かった分かった。お前にそういう判断力を求める方が間違ってた。しゃあねぇ、俺も付き合うぜ」
 危なっかしいリリィを1人にしておけないからと、カセイノはリリィの見つけたアンティークショップに一緒に入っていった。
 ランプの光に照らされた品物は、どれもどこか暗さを纏っているようにも見える。
「まあ、なんて大きな宝石でしょう。こんな指輪をしたらさぞや邪魔でしょうね」
「感心するのはソコかよ。ん、何だ?」
 服の裾を引っ張ってくる子供にカセイノは顔を向けた。たどたどしい説明は、リリィにとっては意味不明だったけど、カセイノにはある程度理解出来たらしい。
「つまり、前の持ち主は行方不明、って言う訳か? あ、いや、怒って無ぇよ。怖がらせたか?」
 びくっとした子供を宥めると、カセイノはリリィに買うのかと聞いた。
「いえ、買いませんから」
「そうか。――で、この指輪なんだけどよ」
 カセイノが子供と話し込んでしまったので、退屈したリリィは店内をうろうろと見て回った。どれも曰くありげな品ばかりで、見ている分にはいいけれど、買うのはちょっとはばかられる。そんな中、古ぼけた金属の小物が気になった。
「お話し中すみません、ちょっとこの由来を教えてくださいな」
 リリィがそう頼むと、子供はぽつりと言った。
「水死」
「水死?」
「お守り」
「水死、する、お守り?」
「した」
「水死、する、お守り、した? 水死、した、お守り? このお守りが水死したんですか?」
「お守りが水死するはずねぇじゃん。で、何だ? このお守りを持ってた奴が死んだってか?」
 カセイノは笑ってリリィから話を引き取り、子供にあれこれと尋ねて由来を聞き出した。
「要するにこれは、水難除けのアミュレットだそうだ。元の持ち主がお守りに頼りすぎて全員水死するほど御利益があるらしい。要は過信するなってことだな。いいもん見つけたじゃんか。そのお守り、たぶん本物だぜ」
「やったぁ! デザインも素敵ですし、買いますわ!」
 早速お守りを購入すると、リリィはそれをカセイノに差し出した。
「水難除けでしたわね。カセイノさんにあげますわ」
「俺に渡すより自分でつけてろよ」
「あげますってば。泳げないんでしょう?」
「自分でつけてろよ。お前のほうが危なっかしいし」
 お守りのなすりつけあいは、リリィの言葉で決着がついた。
「……受け取って下さい。誕生日祝いです」
「へ? ……まぁなんだ、ありがとよ。でも、お前ってそんなにマメだったっけか?」
 カセイノが照れ隠しに付け加えた一言に、リリィはカチンとくる。
「言いましたね〜。ならば――歌いますよ? 歌いながら歩きますよ?」
 しっかり祝ってあげようと、リリィは本当に誕生日の歌を歌い出した。
「まてまてまて! ちゃんと嬉しいから。プレゼントも嬉しいから歌うなって! 恥ずかしいだろ!」
 焦って止めるカセイノの声を圧するように、リリィは楽しげな大声で誕生日の歌を歌い続けた。
 
 
 
「ここがクロネコ通りかぁ」
 はじめて来たクロネコ通りで何を買おう? せっかく魔法の品物が売られているのだから、もっと強い魔術士になる為の魔道書でも探してみようか。
 そんなことを考えながら歩いていた音井 博季(おとい・ひろき)は、流れてきた煙を吸い込んで軽くむせた。
 どこかでたき火でもしているのかと見れば。
「おわっ、なんか焦げてるぞこの店、っていうか現在進行中で炎上中!?」
 煙くさいのも当然、店内では赤い炎が踊り、店主によってわたわたと消火活動が行われている真っ最中。
「拙い、拙いよっ!」
 博季は店の中に飛び込んだ。
「店長さん、僕も消火を手伝います!」
「おおありがとう。ったく、これしきの爆発に耐えられんとは、やわな店だ」
 毒づきながら火と格闘している店主を手伝い、博季は氷術で火を消していった。
 もくもくと湧き上がる煙に閉口しながら消火を終えると、博季はところどころ焦げたり火傷をしたりしている店主の手当をする。
「大丈夫ですか?」
「ああありがとう。助かったよ。火さえ消えれば問題ない。あとは、こうしてっと」
 ぱんぱんぱんっ、と店主は見る間に店内を直してゆく。建物自体は直せないのか、天井にはぽっかりと焦げた穴が開いたままになっているけれど、店主の言うとおり、おおむね問題はなさそうだ。
 これなら買い物させて貰っても大丈夫だろうと、博季は改めて店内の品物を見ていった。
 見慣れた魔法実験道具もあるが、どう使うのか分からない道具もある。
「……わ、綺麗な指輪がある」
 そういえば宝石も魔法実験に使う道具になるのだったと、博季は指輪を目の前に翳してみた。
 指輪に嵌った綺麗な青い宝石は、まるでリンネの瞳のようで……。
(リンネさん……)
 いつも皆のために率先して頑張って戦っている憧れのリンネ。少しでもいたわってあげられたら、と思う。
「……よし。店長さん、この綺麗な指輪を下さい」
 リンネにこの指輪をあげよう。実験にも使えるし、何より綺麗だから。そう決めて店主に言うと、毎度あり、と返事がかえってくる。
「自分使いかい? もしプレゼントにするなら包むけど」
「はい、お願いします」
「指輪のプレゼントか〜。若いっていいね」
 ラッピングしながら店主に言われ、博季は急に恥ずかしくなった。
(だ、大丈夫だよね? うん。きっと受け取ってくれるし……。こ、これから恋人とかに発展していけばいいんだし。うん、贈った指輪が無駄にならないように頑張ろうッ!)
 気合いをこめて指輪を受け取った時、周囲の風景が揺れて博季はイルミンスールの森へと戻された。
「良い買い物したな……って、肝心の自分の魔道書買うの忘れたッ!」
 ――本日の博季の成果。
 消火1軒。魔道書無し。そして大切な人への指輪が1つ。
 
 
 
 イルミンスールの森でクロネコさんを見つけたオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は、急いで呪文を唱えた……けれど。
「トラップ・トリップ……あ、トラック、ではなくて、えっと……トラップ・トリック・トランプ……」
「……トラップ・トリック・トリップ」
 何度も噛んで言えないオルフェリアに代わって呪文を唱えると、『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)はオルフェリアの手を引いて茂みに入った。
 無事クロネコ通りにやって来られたオルフェリアは、手を引いてくれたアンノーンに礼を言った。
「ありがとうなのです♪」
「……で、成り行きで来たが……オルフェは何をしたいんだ?」
 アンノーンには特にクロネコ通りでしたいことはないけれど、あれだけ懸命に呪文を唱えようとしていたのだ。オルフェリアにはきっと、したいことがあるのだろう。
「買いたい物があるのです」
「……買い物、か。では付き合おう」
 アンノーンはわずかに微笑んでオルフェリアについて歩き出した。
 
 店先の品物を眺めては、オルフェリアはアンノーンの方をちらっと見やる。
(アンノーンはどんなものを喜ぶのでしょうか……)
 いつもありがとう、という気持ちをこめてプレゼントがしたい。けれど、どんなものを買えばいいのか分からない。
 店を覗いては考えていると、元気な声がかけられた。
「あらぁ、いらっしゃい! ささ、何でも買っていっておくれよ」
「あ、はい……」
 反射的に返事をしてから、何を売っているのかと見れば極彩色のものがどっさりと。
「これは……食べ物ですか?」
「あったり前じゃないの。お客さん、食べたことないの? とっても美味しいんだから、買っておゆきよ。ああ、これなんかどう? うんこれが良いよ、ハイ、持って。それからこっちはどうだい? いいだろ。余所ではなかなか手に入らないんだよ。それからあとはっと……」
「あの、その、え? え?」
 どん、どん、どさっ。
 食材屋のおばさんのマシンガントークにたじたじとなっているうちに、オルフェリアの腕には次々に品物が載せられてゆく。隣を見れば、アンノーンも同様で。2人は顔を見合わせた後、荷物を抱えて全力疾走で店から逃げ出した。
「ちょっとあんたたち、まだ良い物たくさんあるんだよ」
 けれど荷物が重すぎて、追いかけてくるおばさんに捕まってしまう。
「はい。これが今日一番のオススメ商品だよ。これを買わずして帰ろうなんてもったいないこと、言いっこナシ。こうして見ていても綺麗だけど、花びらを砂糖漬けして食べるとその日1日ずっと身体から薔薇の香りが漂うって品物。はいはい、買った買った」
 持ってきた色違いの薔薇をそれぞれ2人に買わせると、満足した様子でおばさんは帰っていった。
 ようやく解放されて、オルフェリアはほっと息をついた。プレゼントを買うつもりだったのに、手には食材がいっぱいだ。けれど、最後に買った薔薇はとても綺麗だ。
「アンノーン、良かったらこれをどうぞ……」
 オルフェリアは、アンノーンを思わせる整った形の黒薔薇を差し出した。
「ん? ……それならオルフェにはこれを……」
 アンノーンは、オルフェリアを思わせる可憐な青薔薇を差し出し、互いに交換した。
 改まって探すプレゼントもいいけれど、こんな偶然なプレゼントもまた……きっと今日の良い記念になるに違いない。あのおばさんのマシンガントークの思い出と共に。
 
 
 
 はじめて来たクロネコ通りは活気に溢れる場所だった。
 立ち並ぶ店も、少し開けた場所に集う露天も、普段目にしないようなものがいっぱいだ。
 そんな通りで、芦原 郁乃(あはら・いくの)は装飾品を売っている店を見つけた。
「桃花、ちょっと見ていってもいい?」
「ええ。とても綺麗ですね」
 郁乃が1つ1つ手にとって見とれているのを、秋月 桃花(あきづき・とうか)が微笑して見守る。と、店の奥から出てきた老婆が声をかけてきた。
「おやおや、可愛いお客さんだね。いらっしゃい」
「とってもきれいだね」
 すっかり夢中になっている郁乃が言うと、老婆は嬉しそうに目を細めた。
「そりゃあ自信作だからね。ここにあるもんで飾りこんでごらんよ、そりゃ華やかになるってもんさね。あんたの大切な人も、きっとこれで飾った姿を見たら、惚れ直すこと間違いなしだ」
 自信たっぷりに勧めてくるだけあって、装飾品はどれも細部まで作り込まれている。その中でも、ひときわ郁乃の目を引いたものがあった。
 光沢のある貝細工の髪留めだ。眺める向きを変えるたび、貝は白、青、紅にも輝く。
 その形は5つの弁の花――おそらく桃の花をかたどっているのだろうと郁乃は思った。きっとこの髪飾りは桃花に似合うだろう。
「おばあちゃん、これをもらえる?」
「おんや、目が高いねぇ。包むかい?」
「ううん。すぐに使うからこのままでいいよ」
 代金と品物を郁乃と交換しあうと、老婆は今度は桃花に向き直る。
「そっちの娘さんも、買う物は決まったのかい?」
「私はこの組紐をいただきます」
 様々な太さの絹糸を鮮やかな赤や青、緑に染めたものを、金糸銀糸と共に複雑な形に編み込んである組紐を桃花は指した。一目みた時から気に入っていたのだ。
 組紐を購入すると、桃花はそれを郁乃の手首に巻いた。橋についた鈴が、郁乃が動くたびちりちりと小さな音で鳴る。
「やっぱり郁乃様にとてもお似合いですね」
「桃花、ちょっとかがんでくれる?」
 郁乃は自分の買った髪飾りを桃花の髪に留め付けた。
 交換しようと決めていたわけではないのに、買ってみたらどちらも相手の為の物。思わぬプレゼント交換になった嬉しさに、郁乃は桃花に抱きついた。
「ありがと桃花」
「郁乃様こそ、ありがとうございます」
 抱き合って喜び合っていると。
「お似合いだねぇ。けど、場所は考えとくれ」
 老婆の朗らかな笑い声が聞こえ、郁乃と桃花は赤くなってぱっと離れたのだった。