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未踏の遺跡探索記

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第3章 迷子のちびっ子と空白の子 4

 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)にとって、魔道書の少女の噂は、決して噂だけにとどまるものではなかった。
(どう考えても……あの娘だよな)
 以前、正悟が興味半分で遺跡へと足を運んだ時に出会った少女。鮮やかな深緑の髪がくるりと耳の裏に回り、まるでどこかの巫女かなにかのように、不思議な民族衣装に身を包んでいた……。あれは、噂に聞いた魔道書の少女に間違いないはずである。
 正悟は、手にした袋の中のお菓子とお茶を見下ろした。
 遺跡で出会ったその少女は、なぜかその後、いつも神殿の前にいるのを見かけるようになった。しかも、その際にはいつもお茶菓子とお茶を用意して優雅にティータイムを楽しみながら。
 正悟と少女は決して話すことはなかったが、お互いに存在だけは意識していたはずである。目が合うこともあれば、ときどきばったりと出くわすことも少なくなかった。それで話すことがなかったのは――正悟が声をかけようとしても、少女が無言のまま立ち去るからだった。
 そしていま――正悟はそんな声も正体も知らぬ少女を探して、謎の神殿の中を動き回っていた。
「あたぁ……また分かれ道か。地下に潜ったとはいっても、いい加減にしてほしいな」
 頭を抱えて悩む正悟の目の前に、二つの分かれ道。侵入者を迷わせるように設計されているのか、どうにも迷路じみた作りのようだ。探索の知識と間隔を生かして、なんとかここまで進んできたのは良いものの、一向に少女を見つけることはできない。
 まったく、どこに行ったというのか。
「名前ぐらい……聞いておけばよかった」
 もちろん、きっと聞いても答えなかっただろうが。
 しかし、この遺跡の中で名前も呼ぶことさえできずに動き回ると、入れ違いになって堂々巡りが続くかもしれない。どうして、俺はこんなに無計画に突っ走ったんだろう? 本当なら、もうちょっと下調べでもして、慎重に潜るはずなのに。
「……しょうがないよな。あんな顔してたんだから」
 正悟は、少女の顔を思い起こした。
 あの、儚くも哀しげだった顔。まるで両手に受けた水がこぼれるように、少女の姿が消えてしまいそうな気がした。だからだろうか。彼は、名も知らぬ少女を探して遺跡を巡る。
 そして、そんな正悟に……運命はほほ笑んだようだった。
「…………」
 薄暗く、そして人知れなさそうな広間に出た彼の視界に、少女の後ろ姿が映った。正悟の足音を聞いて、少女は振り返る。その目は、信じられぬものを見ているかのような
驚きで、見開かれていた。
「お茶とお菓子……いつものやつもってきたけど、飲むかー?」
 まるで場違いな台詞は、そのときはとても優しく響いた。

「へー、コニレットっていうのか」
「……うん」
 少女――コニレットと名乗った娘は、こくりと頷いた。正悟が初めて聞いた彼女の声は、印象とは少し違った、純朴で素直な声色だった。やはり、何事も会話してみないと分かるものではない。
 二人は、遺跡には思い切り似合わないピクニックで使うような青いレジャーシートを広げ、お茶菓子とお茶を楽しんでいた。やはり、いつも食べてるお茶菓子とお茶はお気に入りの一品のようだ。
 さて、名前だけでなく聞きたいことはまだ色々とある。質問を頭に巡らせる正悟。が――崩壊は突然やってくるものである。彼らの穏やかな雰囲気をぶち壊したのは、まるで台風のような変態紳士だった。
「美少女とお近づきになるのはオレだ! うおおおおおおお!」
 鼓膜を揺さぶる魂の叫びとともに、がさつな男――男?
「そこのおじょーさーーーん!」
 セーラー服を着たどう考えても変態にしか見えない男が、少女……いや、コニレットに飛びかかって抱きついてきた。
「うおおおおお、ほっぺたやわらけええぇ」
 抱きついた挙句、コニレットのぷにぷにほっぺに頬ずりする男――もとい変態紳士――なんだこいつっ!
「おま、なにやってるんだっ!」
「あーん?」
 ヤンキーばりの恫喝を決め込む変態紳士を、正悟はなんとかひっぺがした。状況が把握できていないコニレットは、ぼーぜんとしたまま固まってしまっている。
「ふふふ……オレの名前は天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)! 魔道書を手に入れるのはこのオレだっ! 誰にも邪魔させねぇぜ!」
「いや、魔道書というか女の子に抱きついてただけだったし……ていうか、なんでセーラー服着てんのっ!?」
「好きだからだ!」
「なに、変態? 変態なの、この人!?」
 もう何が何だか分からない状況であった。
 しかし、正悟の危険信号が警報を鳴らしている。とにかく、コニレットをこの変態紳士に渡すのは絶対に危険だ。それだけは確実に言えた。
 が、そんな正悟の決意もむなしく……正悟、もといコニレットのもとには、鬼羅を始めとして、多くの冒険者たちが集まってきた。
「なんだ? 何が起こってんだ?」
 楓とともに現れた如は、事態の把握に目を見張る。
「ふぅん……なんか、面白そうなことになってるわね」
 エレクトリックは、相変わらずの微笑を浮かべた。
 そして、正悟の後ろにいる少女に気づいて、一団の中から声がする。
「おい……あれがそうじゃねぇか?」
「あ、ほんとに……! でも……なにか、もめているような様子ですね……?」
 シリウス・バイナリスタが指を指し示した先を見て、東雲いちるは首をかしげた。仲間たちと地図を作成しながら地道に探索を続けた結果、噂の少女を見つけたはいいが……そこにはセーラー服を着た厳つい男と少女を守る青年。さて、状況の説明を要求したいが、これいかに?
「おいおい、こりゃなんだってんだ?」
「どうやら、あの人が女の子をさらおうとしてるみたいですね」
 状況が理解できずに顔をしかめるシリウスに、杵島 一哉(きしま・かずや)が推論を述べた。会話の内容から推測したものであるが……事実、決して間違ってはいなかった。それに、セーラー服を着た白髪のいかにも不良っぽい男と、女の子を守る好青年とが対立していれば、どう考えてもセーラー服が悪者である。
 げへへ、お嬢ちゃん、おにいさんといいことしようぜ? とかなんとか言ってるに違いないのだ。
「なんて下種な野郎だ。許せねぇ」
「あ、あの、シリウスさん? あくまで予想で……」
 もはやシリウスの頭の中では、セーラー服の男が、女の子をさらってなにやらイケないことをする不審者とイコールになっていた。いちるの声は全く届かず、鬼羅のみをロックオンして離さなくなっている。
 で――最悪なことというか、化学反応的に、鬼羅もシリウスたちに気づいた。
「な、なんてこったぁっ! 他の連中を出し抜くつもりが、もう追いついたのか!?」
「てめぇ、そこで止まってろ変態野郎!」
「そうはさせるかっ! 魔道書はオレがいただくのだ! あははははは!」
 何やら会話がかみ合っていない気がするが、とりあえず敵対することは決定事項のようだ。シリウスの手がへんた――もとい鬼羅を捕まえようと伸びた。が……
「あまい、甘いぞおおおぉぉ!」
「げっ、なんだあいつ……消えた!?」
「シリウス、後ろですわ!」
 神速・軽身功・先の先――鬼羅は、変態とは思えぬ身体能力で、シリウスを出し抜いて駆け抜ける。リーブラ・オルタナティヴの声で振り返ったときには、すでに少女へと近づいていた。
「もらったああぁぁ!」
「――させない!」
 伸びた手が、突然見えぬ力に動きを封じられた。サイコキネシス――超能力者の使う、魔法とは違った異能力である。そして、それを操るは、正悟のもとに駆け寄った御剣 紫音(みつるぎ・しおん)だった。
「女の子を捕まえようなんて、あんたそれでも男か! ……って、本当に男……?」
「バリバリの男だろうが! オレよりもお前のほうが女に見えるわ!」
「このっ……! 言っちゃならねぇこと言いやがったなぁ!」
 中性的で目を瞠るほど整った顔立ちをした青年は、美しい長髪をなびかせて憤怒した。確かに……これは女に見えてもしょうがない。
「紫音、あんまり怒ったらあきまへんて……ほら、女の子も怖がってますわ」
「……っと、悪い悪い」
 我を見失いかけていた紫音は、パートナーである綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)に気をかけられて意識を戻した。びくつくコニレットに、彼は笑顔で話かけ――ようとして、隙を見て飛び込んでこようとした変態をぶんなぐった。
 もちろん、変態とは思えぬスピードは、紫音の拳をなんとか避けきる。
「懲りろよっ!」
「懲りない男、それが天空寺クオリ――がはぁっ!」
「どっかーんっ!」
 鬼羅を横から蹴り飛ばしたのは、ようやく魔道書のもとに到着した師王アスカだった。そもそもが格闘家だからか、その蹴りも強力な一撃である。
「があ〜、いてぇ……。くそー、どいつもこいつもことごとく邪魔をっ!」
「ふっふーん、こんな見た目でも格闘家なのよ? 鬼神化した私の『等活地獄』を喰らったら大抵はいちころよ〜」
「安心しろ、アスカの暴れっぷりは札付きだ」
「そう! そんな私はまるで暴れ鬼将軍……って、うるさいわよ鴉!」
「アスカ! 見事なノリつっこみだぞ!」
 鴉のネタフリに、アスカは見事なノリツッコミを返した。空気を読んでいるのか読んでいないのか、ルーツはそんな彼女に賞賛をおくる。コント集団、ここに参上である。
「魔道書……という名の美少女を手に入れるためにオレは来たんだ! こんなところで諦めてたまる――」
「ほほう、奇遇だな。あたしも同じ目的だ」
 気高く変態チック満載ことを吼えた鬼羅の後ろから、どこぞの少女の声が聞こえた。嫌な予感をぬぐえずに振り返ると、そこには、いつ辿り着いたのであろう――腕を組んで鬼羅を見据えるシェミーの姿が。
 そして、その後ろには、いつの間にか「変態を倒す」という目的で一致団結した集団が鬼羅を睨みつけていた。
「え、えーと、そうだ、オレそろそろじゅくにいかなくちゃ……」
「「ふざけんな!」」
「ぎゃあああああすっ!」
 いかに素早いとはいえ、さすがに大勢の冒険者たちには敵わない。鬼羅の美少女誘拐大作戦は、こうしてあっけなく幕を下ろした。