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未踏の遺跡探索記

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第3章 迷子のちびっ子と空白の子 8

「死者蘇生の本って言っても、具体的にどういうことをするんでしょうね?」
 真人が振り返って誰ともなくそう聞くと、カルキが進んで答えた。
「“星”と“実”のエネルギーを利用してってことだろ? でもそのエネルギーってなんなんだろうな?」
「私は……装丁だけなので、詳しいことは分からないんです」
「ナラカと何か関係でもあるのかな?」
「そう言えばお前は……?」
 会話に参加するエースを見て、シェミーは首をひねった。ルカルカとやらと一緒にいたのは知っているが、よくよく考えてみれば名前を知らなかったのである。
「おっと、自己紹介が遅れたね。俺はエース・ラグランツ。俺たちの持ってきた資料が、貴女の知的好奇心をくすぐるものであって欲しいね」
 エースは、優雅な仕草で高貴そうな花を一輪差し出した。
「ああ、あの石ほど、あたしの好奇心をくすぐるものはないとも」
 エースが差し出した花を受け取り、シェミーは楽しげな笑みで再び考察へと興じた。無論――その中には真人も入っている。そして、真人が入っているということは、機嫌を悪くする少女が一人いるわけで……
「ふんっ!」
 先ほどから、襲ってくるスケルトンを一撃で粉砕していた。
「どうせ、あたしじゃ、推理の足しにも、なりませんよっ!」
 護衛だからと言ってはいるが、アリアや朝斗の目から見れば、どうかんがえても憂さ晴らしにしか見えないわけで。スピアでしゃれこうべを一撃貫通する様は凄まじかった。
「……?」
 そんなセルファを見て、首をかしげる真人。彼女が不機嫌になっている理由は、本気で分からないようであった。
 そして同様に、首をかしげる少女が一人。
「コニレットちゃん……どうしたの?」
「……どうして、セルファさんはあんなに怒ってるのですか?」
「あー、えっとね、うん……女の子の事情ってやつかな」
「?」
 アリアをきょとんとした目で見つめるコニレットは、いまいちよく分かっていないようであった。とはいえ、彼女の場合は鈍感というより、その概念があまりないといったところであるが。
 概念がないと言えば……少女はほとんど仲間たちと口を交わすことはなかった。正悟だけには気を許しているような素振りを見せるものの、それもときどき無言で意思表示をする程度のものである。たまに口を開いても、それは質問に返答するぐらいが精々だった。
 だからだろうか。篠宮真奈やアスカは、彼女を放っておくことができなかった。彼女は、自ら壁を作っているのではなく、ただ、壁のない世界を知らないだけに思えたから。
「そうだっ。ねえ、コニレットちゃんは、どうやってここまで来たの?」
「どうやって?」
「生まれたときは、どうだったのかなぁって」
「…………生まれたとき」
 コニレットは、真奈の質問に考えこんだ。
「目覚めたときには、とある家の蔵書と一緒に置かれてありました」
「それから?」
「それが一か月前です。いまは、こうしてここにいます」
 コニレットは淡々と語った。
 一か月――それが、彼女の化身として生きた期間。それは、あまりにも短い時間だった。きっと、その間、彼女はずっともう一人の自分を探し続けていたのだろう。真奈はそう思うと、無性に心が寂しくなった。
 一人で歩くのは、つらい。それはきっと、人間も、魔道書も、一緒のはずである。
 真奈は、コニレットに笑いかけた。
「じゃあ、これからどんどんたくさん、友達を作っていけるね」
「友達……?」
「そう、友達! こうして話して、いろんなことを一緒に体験して、遊んで、思い出を作って……そんな、友達!」
 コニレットは、呆然としていた。
 それは、意味を計りかねている思索か、あるいは、今までにない感情による戸惑いか。コニレット自身、それは分からなかった。ただ、“友達”という響きが、嬉しく感じられたのは確かだった。
「では、真奈が友達だというなら、わたくしたちとも友達ですね」
「あたしも、あたしもですぅ。あたしもコニレットさんと友達になりたいですぅ」
 モリガン・バイヴ・カハ(もりがん・まいぶかは)サージュ・ソルセルリー(さーじゅ・そるせるりー)が、真奈の後ろから進言した。きっとそれは、彼女たちにとって当たり前なことで、友達になるということは、特別なことなんて必要ないんだと、教えてくれている気がした。
「ふふ……でしたら、私たちも、友達になれますね」
「いつでも困ったことがあったら言ってね! 全力でお手伝いするから!」
 ベアトリーチェと小鳥遊美羽も、モリガンたちに続くようにコニレットに話しかけた。
 友達……。
 コニレットは、蔵書のある部屋から飛び出して、一人で生きてきた。いや、生きてきたということさえはばかられるほど、ただ意識を動かしてきただけだった。中身の化身を
探すという目的だけは、目覚めたときから与えられていたから、そう困ることはなかった。
 ――私は、友達になれる?
「なれるわよ」
 コニレットの思考を読みとったかのように、アスカの声が聞こえた。
「私もね。モデルもそうだけど……貴方とお友達にもなりたいもの」
「私と……」
「我も君と友達になりたいな」
 アスカに続くように、ルーツがある物を差し出して笑顔を向けた。
「我が作った焼き菓子なんだ。良かったら食べてくれ。口に合うか分からないが……」
 クッキー――それは、コニレットの好きなお茶菓子だった。手を差し出そうとするコニレット。が、その目が正悟へと移った。まるで、父親に許可を求める子供のように。そんな仕草に、正悟は思わず声を漏らして笑って、頷いた。
「いいんじゃないか。ほら、友達になった記念だってことだよ」
「友達記念……」
 焼き菓子をサクッと食べるコニレットの顔が、その美味しさゆえか、嬉しそうにほころんだ。
 視線が、鴉とぶつかる。鴉は面倒くさそうに顔をしかめた。
「友達ね……なってもいいが……その前にお前の格好、見てて寒そうなんだよ。………これで、少しはマシだろ?」
 自分の背中にかけていたファー付きコートを、鴉はコニレットの背にかけてあげた。照れくさそうな顔が、わずかに朱に染まっている。で、もちろんそれを逃すベルではないわけで。
「なーに、キザぶってんのよ、バカラス」
「うっせー。寒そうだからかけてやっただけだろうが」
 くすくすとからかうように笑うベルに、鴉はいつも通り買い言葉を返す。そんな二人を眺めながら、コニレットは囁くように呟いた。
「アリア……」
「…………っな、なに?」
 初めて名前を呼ばれて、アリアは慌てつつ、しかし嬉しそうに彼女に声を返した。
「友達って……いいものですね」
「…………うん、そうだね。みんな、あなたの友達だよ」
 コニレットの瞳には、それまでの冷たい色が消えているような気がした。誰かの温かさを知れば、人は……いや、それが人でなくとも、変わっていけるはずである。
「契約……というものが、地球人との間にはあるらしいですね」
「興味ある? ふふ、私のように本の名前とは別に名前を貰ったりするのもいいものよ」
 契約についてふと呟いたコニレットに、エヴェレットがほほ笑んだ。傍にいるいちるをすこし横目に見て、コニレットに語りかける。
「私は……いちるにシュバルツと呼ばれているわ。それは、誰のものでもない、私だけの名前なの」
「ねーねー、そういえば、なんでコニレットちゃんは、コニレットちゃんっていうの?」
 エヴェレットの言葉を聞いていたコニレットに、エインの質問が続いた。確かに、よくよく考えてみれば、彼女は魔道書である。あまり言い方はよくないが、名前があること自体がおかしいものだ。
 しかし、その答えは彼女自身の口から語られた。
「エクター・シグレス・コニレット――それが、『死者蘇生教典エクターの書』を書いた人の名前です。私が初めて目覚めたとき、それが私にとって唯一の名前でした」
 だから、彼女はコニレットを名乗っている。先は言わずもがな、理解できた。エクター・スグレス・コニレット。いわば――コニレットの親と言えるだろう。それが何者であるのか、興味が湧いてくるところだが、今は彼女が友達を持てたことに、感謝をしておくことにする。正悟は、“友達”と会話するコニレットを見て、静かにそう思った。
「コニレットちゃん、美脚だぁー! 裾から伸びてすごいキレーだよっ!」
「や、やめてください……」
 まあ……エインというセクハラ魔まがいの悪友が出来たことも、それはそれで良しとしておこう。“友達”は、“友達”だ――多分。
「隠し部屋があるとしたら、やっぱり石像のあった大広間かな」
「アキラさんが“実”の石を拾ったのもそこのようですし、間違いなさそうですね」
 それまでの探索で地図を作っていた一哉とアリヤは、地図を見返しながら広間への道を皆に案内していた。目的地は、獣のような顔をした不気味な石像のあった場所である。
「マスター……それほどまでに重要な場所ということは……罠もたくさんあるのですね」
「いや……まあ、実際にシェミーさんは落ちたらしいんだけど」
 古代魔装 『アイジス』(こだいまそう・あいじす)に一哉が返事を返すと、シェミーがぎろりと振り返った。成りは小さいが、迫力はそれなりにあるものだ。――可愛いと少なからず思ってしまうのは否めないが。
「……なにか言ったか?」
「い、いやいやっ、何も!」
 そうこうしている内に、一哉たちは広間に辿り着いた。
 途中のアンデットはセルファが一人で叩き伏せたということは、後ろを振り返ればよく分かった。死者の亡骸を眺めて、改めて、乙女の怒りは本当に恐ろしいものであると知れた。
「おっと、ここだここだ」
 アキラは、先刻自らが脳天を打った場所を、今度はちゃんと手押しで押し込んだ。ガコッと台座の壁が押し込まれれると、石像が音を立てて動き出す。
「すげーな。こんな仕組みになってたのか」
「主……あれを見てみるのじゃ」
 アストレイアに促されて、紫音は石像の動いた跡に目をやった。そこには、人一人分の幅程度しかない階段が、下層へと続いていた。
 それは、確かに他人の目につくことを避けた作りである。
 一度奥へと入ったことのあるアキラを先頭に、シェミーたちは階段を下りていった。緊張か、はたまた階段の冷たい空気に威圧されたのか……口数は徐々に少なくなっていった。
 やがて辿り着いたその場所は、小さな部屋である。
 特記することがあるとするならば、それはやはり奥にある祭壇らしき場所だった。
「ふぅん……なかなか面白そうな仕組みねぇ……ここに石を置くのかしら」
 エレクトリックが石段に彫られたくぼみを撫でながら、妖艶に呟いた。
「物は試しですね。やってみますか」
 ウィングの提案で、とりあえず石をくぼみに埋めてみることにした。同時にしなければならないということはないだろうが、なるだけタイミングを合わせるようにしておく。用心に越したことはないはずだ。
「よし……そちらは任せる。こっちは……真人、頼むぞ」
「自分ではやらないんですかっ!?」
 ウィングがやるならばシェミー――というわけにはいかないらしい。
「当たり前だ。なにかあったら困るからな。そのための護衛だ」
「毒味じゃないんですよ……」
 どうやらシェミーにとって護衛はモルモット的役割も担っているらしい。おとなしく諦めて、真人はしぶしぶと“実”の石を受け取った。
 ウィングと二人でお互いに視線を交わす。同時に、石を押し込んだ。くぼみは、予想していた通り二つの石にぴったり嵌る。途端――振動が始まった。
「な、なんだっ!?」
 驚くシェミーたちの目の前で、壁が左右に口を開いた。轟音を鳴らしながら、縦にばっくりと開いた壁が、左右へと動いてゆく。それまでの隠し通路とは一風変わった――異様なほどの仰々しさを持った仕掛けだった。
「ご開帳っ……てことかな」
 ルカルカの呟きの通り、それは、未知の領域へと続く開門であった。