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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~
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「ここ……?」
 キマクの町中、ど真ん中とは言わないがそこそこ人通りの多い通り。古ぼけた4階構造の建物を、一行は拍子抜けしたような表情で見上げていた。そこは、何の変哲も無い、少し大きめのテナントビルだった。それぞれの階の看板は煤けていたが、ガラス扉に『波羅蜜多人口生命保険』という文字があった。1階はシャッターが降り、窓にはカーテンが閉められている。
 黒ニッカポッカが解説する。
「保険会社っすね。町の連中の話だと、1階は閉まってるけどたまに人の入りもありますし、営業はしてると思うってことっす」
「人って……?」
「そうっすね、普通に中年のおっさんとか」
「……おっさん?」
 首を傾げるファーシー達。望が言う。
「まあ、会社だと思わせておけば部外者は入りづらいでしょうし、ここは営業しているのか怪しい雰囲気もあります。隠れるには案外有効かも……? しれません。手紙には隠れ家『的所』と書いてありましたし」
「まあ、近所の奴は誰も気にしてないっすよ。幽霊みたいに存在感無いっすから」
 軽い調子で茶ニッカポッカが説明を加える。
(ファーシー様のご友人を疑うのは少々気が引けますが、念には念を……)
 望はディテクトエビルを使用した。一種の覚悟を決めて、ガラス扉を開ける。
「……入ってみましょう」

 ファーシーは、飛空艇から抱き上げられ、床に足を付けた途端に膝を折って転びかけた。階段はまだ早いだろう、と、ルカルカが彼女を背負い、階段を上がる。一同は、一列になって後に続いた。2階と3階は内向きのドアが開け放たれたまま、がらんとしていた。4階だけが、閉まっている。ダリルが前に出て、ドアを開けた。そこには――
 黒いベッドにうつ伏せになった、平均より大きく見える水色の髪の機晶姫、エッツェル、エッツェルのペット、レイス3体の姿があった。
「待っていましたよ、ファーシー」
「……アクアさん……」
 ファーシーが、安心したように呟く。それは、彼女がアクア・ベリル本人である証。蒼の機晶姫と青の機晶姫の邂逅だった。

 背中に、大きい羽のようなぶ厚い機械が付いている。閉じることが出来ないのか、単に面倒なのか、それは開きっぱなしになっていた。全体的に無機質な部分が多く、その部分の色は、白に近い水色だ。
「……おや」
 クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が彼女を見て呟いた。内心、パワードアーマーみたいのだったらどうしようとか思っていたわけだが、そこまで行かないまでも柔らかそうな所が少ない。仮に戦うことになっても、刃物はあまり通用しそうになかった。
 羽の下で、アクアは眠そうな目をしてこちらを見ていた。浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は、彼女から目を離さないままにそっとセルフモニタリングを使った。テンションを下げるように心がける。何かあれば、すぐ逃げるなり対抗するなり出来るように。子供の容姿の下で、信用せず鵜呑みにせず理解せず、薄く静かに警戒する。
「初めまして、アクアさん。これ……」
 橘 舞(たちばな・まい)がケロッPカエルパイを渡そうと前に出ようとした。それをブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が押しとどめる。
「舞、それは後でいいわ」
「え、でも、それじゃあ失礼なんじゃ……」
「いいから」
 ブリジットには、アクアが好意的だとはとても見えなかった。それに対して、舞はあまりにも無防備だ。
「ちょっと様子を見ましょう」
 ファーシーは、ルカルカに言う。
「……ごめん、降ろしてくれる?」
「……いいの?」
「うん」
 恐る恐る、地に足を付ける。また即座に転びかけ、ルカルカの補助を受けて立ち上がった。倒れかけてバランスをとること数十秒、何とか自分1人で立つことが出来た彼女は、しかしそれ以上動けなくなって立ち尽くした。
 でも……
 立てるだけで、それはすごく嬉しいことだ。
「……アクアさん、本当に……、ほんっっとうに久しぶりね。手紙、読んだわ。脚のこと、心配してくれてありがとう……。わたしね、少しだけど、ほんの少しだけど、良くなったんだよ。歩く練習は、これからだけど……」
 アクアは、眉一つ動かさずに彼女を見ていた。やはり、どこか眠そうだ。
「歩行補助装置をつけたの。困ったな……、もっと近くに行きたいんだけど、まだ、これ以上は無理みたい」
「……お仲間に運んでもらったら如何です? ここまでもそうして来たのでしょう」
「うん……、でも……」
 久々の再会だから。5000年前、共に暮らしていた人々の中で、きっと、唯一の生き残り。だから、せっかく歩けるチャンスを貰ったのなら、自分で近くまで行きたかった。
「……まあ、頼んだとしても運んでもらえるかは疑問ですね。貴女の後ろに居る――殆どの方が私を警戒しています。哀しいことに、信用して頂いていないようです。この位の距離がちょうどいい、と、皆そう思っているのではないのですか?」
「……え? うん、それは……」
 確かに何人かは、警戒の為のスキルを発動させている。エシクも、不測の事態があっても対応出来るようにフォースフィールドを展開していた。
 ファーシーは俯いた。
「わたしが……手紙の内容を疑うようなことを言ったから……。この前、パークスの……皆の埋葬をしたの。それで、まさか生きてる人がいるなんて思わなかったから……」
「私は、生きてましたよ。5000年間、ずっと、ね」
「え……?」
 アクアは、薄笑いを浮かべて言った。それが、優斗は少し気になった。先程、ラスから届いたメール――
『アクアは敵だ。山田太郎とアクアに指示を出していたと、昨日、チェリーから直接聞いた。ピノが攻撃されたのは、奴の命令だ。余程ファーシーに恨みを持っているらしい。気をつけろ』
 この文面を思い出す。恐らく、それは本当なのだろう。アクアの今の表情も、友好的とは言い難い。彼女はファーシーを恨んでいる――しかし、きっとその理由には何かしらの止むに止まれぬ事情、誤解があるのだろう。その背景についてきちんと話し合えば、誤解は解ける筈。優斗は、そう思った。
「アクアさん、あなたは、ファーシーさんに何か確認したい……言いたいことがあったのではないですか? それで、手紙を送ったのでは?」
「……確認……ですか。いえ、私はファーシーについては調べ尽くしましたから、今更確認すべきことはありません」
「……? 調べ尽くしたって……?」
 流石に違和感を感じたのか、ファーシーの声に不安が混じる。
「言葉通りですよ。貴女が、自分の脚を直す為にバズーカをモーナの元に送ったことも知っています。モーナが、ライナスの所へ向かったこともね」
 エッツェルが話したからこそ知れたことなのだが、勿論それを言う必要は無い。だが、アクアはその事実を悪い方へ曲解していた。
「あれはポータラカの技術で作られたもの。確かに、調べれば貴女の脚に有用かもしれませんが」
「……待って」
 そこで、ローザマリアがアクアに言う。
「貴方は、バズーカが危険極まりない物だという事を知っていて、そう言っているの?」
「危険……ですか」
「そうよ、バズーカには、剣の花嫁の魂を不安定にさせて以前の姿や存在に戻そうとする力があったわ。そして、それを利用したテロ事件が起きた……」
 ローザマリアは、2日前に空京で起こったテロ事件について説明する。
「皆、元に戻ったから良かったけれど……そんな物騒で危険な物から、どうやってファーシーの足を直すというの?」
「そんな事は知りません」
「知らない? でも、貴方は……!」
「それは、優秀な機晶技師が調べることです。第一、私は『私なら脚をなおせるかもしれない』と書いただけで、バズーカを利用して直す、とは一語も書いていませんよ。利用して直そうと考えて勝手に行動したのは、そちらではないですか? それに……説明されなくても、その事件についてならば、知っています。テレビでもやっていましたし……山田太郎は、私の部下でしたから」
「……え……?」
 アクアの台詞に、ファーシーは小さく驚きの声を上げた。
「太郎さんが、アクアさんの部下……? だって、太郎さんは寺院の……」
「そうですよ? 私は、鏖殺寺院ですから」
 あっさりと、至極あっさりと、アクアは言った。室内に緊張が走る。
「寺院……? でも、アクアさん、あの時も……」
「『あの時』……もし、あの襲撃に私が関わっていたとしたら……どうします? 私が、私達の故郷を壊滅に追い込んだとしたら……?」
 アクアはゆっくりと起き上がった。背中の機械はやはり羽のようだった。表面には区切り線のようなものが見える。
「私は、そういうことが出来る機晶姫なんですよ、ファーシー」
 途端、『羽』の表面を覆っていた白水色の装甲に変化が生じた。区切り線ごとに蓋がスライドし、小分けになった窓のようなものが現れる。その窓には、銃口にも似た、穴が。
 穴から、一斉に光線が発射される。数は30以上、その色まで水色だ。どんだけ水色が好きなんだ。
「ファーシーさん!」
 ファーシーは、地に足が縫い付けられたように、動かなかった。感情的にも、肉体的にも。咄嗟に、大地が彼女の前に立った。
 だが――
 光線は全てファーシーを避け、後方の皆へ襲い掛かる。
「ローザ……!」
 エシクのフォースフィールドに光線が着弾し、もうもうとした煙が皆の視界を塞いだ。
「攻撃が来るであります!」
「来るぞ!」
 スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)と紫音が殺気を感知し警告を出す。リア・リム(りあ・りむ)が巨獣用ライフルで弾幕援護を使った。ばらまかれた弾幕と、アクアが放ったアルティマ・トゥーレがぶつかりあって氷片が撥ねる。
「ここは危ないな。避難した方が良いかもしれん! ブリ」
「分かってるわよ! 戦闘は出来る人に任せて逃げましょう!」
 金 仙姫(きむ・そに)とブリジットが、ノーンやミア、テレサ達とガーマルを階段下に避難させていく。
「ほら、ファーシーも、早く!」
 ブリジットはファーシーを促した。とはいえ、歩けないので両脇を抱えて引っ張る形になるのだが。重い。
「ま、待って……わ、わたし……ここに……」
「何言ってるの!」
「ふむ。向こうがやる気であれば、攻撃は止めないといけません。拘束だけはさせていただきましょう!」
 クロセルは、煙の晴れていく中でロケットパンチを構えた。
 ……なんでロケットパンチ?
 そんな空気が漂う中、クロセルは言う。
「仕方ないじゃありませんか。カッコいい武器も持ってきたのですが、あの身体じゃ通用しそうにありませんからねえ(汗」
 そして室内を神速で移動してアクアに接近し、ロケットパンチをロケット噴射させた。もちろん、両手同時だ! (とアイテム説明に書いてある
「おっと」
 どーーーーん!
 煙が舞うのと、クロセルが距離を取って戻ってくるのはほぼ同時だった。絶対闇黒領域と冥府の瘴気を纏ったエッツェルが、虚刀還襲斬星刀――形状、蛇腹剣を鞭のように振るったのだ。そこに、ジェットハンマーを持ったルイ・フリード(るい・ふりーど)が先制攻撃を使い前に出た。アクアを護るような位置にいる彼に、ブラインドナイブスでの死角攻撃をした。ハンマーはエッツェルに直撃した。
(ふむ、やはり避けませんか……)
 ぼきぼきっという骨の折れる感触がしたが、エッツェルは気にせずにカウンター気味にルイに蛇腹剣で反撃した。
「おっとお!」
 慌てて避けるルイ。その彼に対し、エッツェルは言う。
「……お久しぶりですね、ルイさん。美央さんもルカルカさんも、奇遇ですね」
「エッツェルさん……」
「どうして? どういう関係で協力してるの?」
「いえ、少し彼女に興味が湧いただけですよ。何故そこまでファーシーさんに執着するのか、憎むのなら何故憎むようになったのか……その、意思や行動にね。彼女のたどり着く未来、見てみたくはありませんか?」
 話している間にも、エッツェルの骨は体内で勝手にくっついていく。彼はアンデッドだ。
痛みを知らぬ我が躯により痛覚も無く、人体的な急所も無い。その上、アンデッドらしくリジェネレーションで自己再生してしまうのだ。
「それに……」
 彼は華麗に、骨の翼を広げる。そこには、生々しい肉が絡まっている。
「こうしてみなさんと戦うというのも、それはそれで面白いものです」
 そうして、未だ距離のある皆に向けて素早くアシッドミストを放った。それは、無差別に室内にいる全員に襲いかかる。
「ファーシー様!」
 望が、ファーシーをかばおうと彼女の身体に覆いかぶさるように体当たりした。
「きゃあ!」
 ブリジットとファーシーが床に倒れる。
 酸が皮膚を焼き、望がうめき声を上げた。スカサハが前に出て、六連ミサイルポッドからミサイルを一気に解放し、エッツェルに向けて撃ち込んだ。ミサイルの風圧で、霧が霧散する。
「スカサハが護るであります! 早く退がるであります!」
 ミサイルは蛇腹剣に方向を変えられ、部屋の窓や壁に激突する。ビル全体が揺れた、気がした。窓が一気に割れる。キナ臭さが部屋中に充満し、それが外に流れていく。
「彼はアンデッドです! 光輝魔法と回復魔法しか効きません!」
「それならば、得意じゃ!」
 ルイの言葉を聞き、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)がエッツェルに光術を放った。怯んだ所に、命のうねりをかける。
「うっ……、これは……っ!!」
 神の力(アイテム説明に……(略))である。全体魔法である。エッツェルはたまらず、身を屈めて倒れた。全身からしゅうしゅうと煙が上がっている。ニフラムされなければいいが。
「よし……っ!」
 盾が倒れた瞬間、朔がアクアに迫る。牽制として奪魂のカーマインを撃ち込みながら近付き、ぎりぎりまで接近した所で、先程お笑い成分に使って若干(MSが)使いづらいがロケットパンチを放った。
 どーーーん!
 アクアは衝撃で飛ばされ、窓側の壁に激突した。先のミサイル攻撃の影響もあり、壁は一気に崩壊する。
「…………!」
 宙に投げ出され、彼女はそのまま重力に従って落ちていく。
 4階から。
 がしゃーん! という、金属が派手に地面に衝突する音が聞こえた。
「…………」
 ぼろぼろになった部屋の中に、静寂が訪れる。
「大丈夫ですかっ?」
 階段下から戦闘の様子を伺っていたテレサが、慌てて望に近付きヒールをかける。いつも浮気疑惑を追っかけているばかりではない。
「……やった、か……? ファーシーは……」
 朔が振り向くと、半ば放心しているファーシーは、床に座り込んだまま呆然としていた。急いで駆け寄り、声を掛ける。
「大丈夫……なわけ、ないよな。ファーシー……」
「ファーシー様……」
 彼女の両脇で心配そうにする朔とスカサハに、ファーシーは目を見開いたまま、言った。
「……どうして……? どうして、鏖殺寺院なんて……どうして、皆を……」
 うわごとのように繰り返す彼女に、優斗がそっと近付く。
「ファーシーさん……友達なら、信じてあげましょう」
「……え……?」
「――何があっても。」
「…………」
 これだけの戦闘をした後に、そんなむちゃくちゃな、という気もする。しかし――
「しんじ、る……?」
 少しだけ瞳の焦点を合わせ、ファーシーは優斗を見た。その目が、段々と正気を取り戻していく。
「……そう、よね……アクアさんにも、事情があるのかもしれない……まだ、何も聞いてない……」