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【2020修学旅行】京の都は百鬼夜行!

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【2020修学旅行】京の都は百鬼夜行!

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第2章 あなたを癒す楽の音 〜六波羅蜜寺〜

 西福寺で子供たち相手の大騒ぎが繰り広げ始められた頃、ほぼ隣り合わせの場所にある六波羅蜜寺では、イルミンスール魔法学校の水橋 エリス(みずばし・えりす)とパートナーの英霊夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)咲夜 由宇(さくや・ゆう)と吸血鬼アレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)シャンバラ教導団の天 黒龍(てぃえん・へいろん)とパートナーの英霊高 漸麗(がお・じえんり)ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)とパートナーの剣の花嫁天津 亜衣(あまつ・あい)、百合園女学院のネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)、蒼空学園の小林 恵那(こばやし・えな)が、演目の打ち合わせをしていた。
 本堂の回廊をステージに見立て、客席はその前に緋毛氈を敷かせてもらって作った。平家の亡霊たちがその緋毛氈の上で、囁きあいながら開演を待っている。
 「みなさん、どんな感じの曲を聴きたいですか?」
 由宇はその間を歩いて、リクエストを聞いて回っていた。
 「心を癒し、安らかにする楽の音を聞かせてたもれ」
 「心躍るような、楽しい曲が聞きたいのう」
 と、『しんみりした曲、悲しい曲』がないくらいで、結構意見が分かれている。
 「うーん。亡霊さんも人間と同じで、いろんな人が居るんですねぇ」
 感心する由宇に、
 「当たり前だろう。みんな、死ぬ前は人間だったんじゃないか」
 アレンがのんびりした口調でツッコミを入れる。
 「あはは、そうでしたねぇ」
 由宇は頭に手をやって照れ笑いする。そして、
 「……他の人たちが格調高そうだから、私は元気に行こうかな、うん」
 と、他の生徒たちの準備を見て、一人でうなずいた。

 一方、
 「……ここに居る奴らは、お前の親友を貶めたとも言われている。そんな奴らのために演奏ができるのか?」
 黒龍は、かつて平家が自分たちを秦の始皇帝に、源氏を皇帝を殺そうとした男になぞらえてあざ笑ったと『平家物語』に描写されていることを指して、英霊になる前には刺客の友人だったと言われている漸麗に尋ねた。
 「彼らが本当にそのようなことを言ったのか、後世の作家が演出やたとえ話としてそう描写したのかは判らないんでしょう? それに、僕は楽師なのだから、楽を望まれればそれに応えるよ」
 だが、漸麗は淡々と答えた。

 「浪花節というのは、歌ではなかったのですね……てっきり民謡の類かと思っておりました」
 レンタルショップから借りてきたという、裾に波の模様が入った着物を着たハインリヒは、少しがっかりした様子で言った。
 「日本人と言えば演歌、そして浪花節!と思って、カラオケを借りに言ったのですが、演歌はあるが浪花節はない、と言われてしまいました……」
 「浪花節って、浪曲のことですよね。三味線で伴奏がついてる所は一応メロディーがありますけど、普通にセリフをしゃべるところもありますし、長さもうんと長いし、音楽とはちょっと言えないかも……。まあ、ミュージカルみたいなものと思ってもらえればいいのかも知れませんが」
 でも、カラオケはないですよね、と恵那は苦笑する。
 「あんな風に言うから、こんな格好も用意したんだけど。でも、今時浪花節とかないと思わない?」
 こちらも舞台用の派手な着物を着た亜衣が、こそこそと恵那に囁いた。
 「うーん、いきなりハードロックみたいなものを聴かせるよりは、なじみがありそうな気もしますけど……」
 恵那はが囁き返したその時、
 「何をこそこそしゃべっているのですか。お客様がたがお待ちでございますぞ」
 ハインリヒが亜衣を急かした。
 「はーいはい。……えー、皆様、大変長らくお待たせいたしました。開演でございます。最後まで、ごゆっくりお楽しみ下さいませ」
 恵那にあんなことを言ったわりにはノリノリで、どこかの温泉旅館のショーの司会か、と言いたくなるような口調で、亜衣は声を張り上げた。由宇とアレンは慌てて、回廊の上に戻る。
 「では最初は、フルートを聞いて頂きます」
 恵那が中央に進み出た。楽器を構えて息を吹き込むと、穏やかな、優しい音色が流れ出した。亡霊たちからため息が漏れる。
 「……うん、掴みはOKね」
 亜衣が満足そうにうなずく。
 一曲終わって、恵那がぺこりと頭を下げると、今度はエレキギターを下げた由宇がステージに現れた。
 「あ、ちょっと待ってくださいですぅ」
 入れ替わりに下がろうとする恵那を、由宇が止めた。
 「一緒にセッションしませんかぁ? それとも、ポップスはダメです?」
 「いいえ、そんなことないですよ。大丈夫です」
 恵那はにっこりと笑った。
 「ありがとうございますぅ! じゃ、一緒にやりましょう!」
 由宇はうなずくと、客席に向き直った。
 「きっと素敵な曲をお届けしますので、みなさん聴いていてくださいなのです! 『みんなの流星群』、いきますですよー!」
 星のようなキラキラした音が、スピーカーから流れ出す。そのメロディーに、恵那が音を重ねる。前の曲とは打って変わって賑やかな曲になった。が、
 「……ん?」
 客席で亡霊たちの様子を見ていたアレンは、亡霊たちが頭を覆うような仕草をしているのに気がついた。
 「……もしかして、音が大きいのかなぁ?」
 側に居た亡霊に尋ねると、こくこくとうなずく。
 「この楽器は鳴神のような音がして恐ろしい。もう少し音を小さくしてたも」
 アレンは手で、音量を下げるようにとジェスチャーをした。亜衣がアンプの所に飛んで行って、ボリュームを下げる。亡霊がほっと安堵の息をついたのを見て、アレンは由宇と亜衣にOKサインを出してみせた。

 由宇と恵那の演奏が終わると、次は黒龍に手を引かれた漸麗が現れた。中央に亜衣が出してくれた座布団に漸麗を座らせると、黒龍は後ろに下がる。漸麗は一礼して、静かに「筑」という、小さい筝に似た形の古楽器を奏で始めた。しんみりとした音色が、晩秋の冷えた空気を震わせて行く。
 演奏するうちに、漸麗ははらはらと涙を流し始めた。それにつられるように、亡霊たちも涙を流す。すすり泣きの声が境内に広がった。
 (その涙は、誰のための涙だ? かつてその音と共に在ったはずの友か、あるいはかつてその音を捧げさせられたという王か、それともここにいる亡霊共のためなのか……)
 腕組みをして、黒龍は漸麗の姿を見つめる。
 (ああ、いずれにせよ、今はもう居ない、滅びてしまった者たちなのか……何だか空しいな……)
 そんなことを思っているうちに、曲が終わった。漸麗は深々と一礼し、立ち上がる。黒龍は再び進み出て、パートナーの手を引いた。後には、すすり泣きだけが残る。
 「何やら、逆に現世への未練を呼び覚ましてしまったような気が……」
 すっかり愁嘆場になってしまった客席を見て、ハインリヒは眉を寄せた。それだけ漸麗の演奏が上手だったということなのだろうが、自分たちがしなくてはならないことは、亡霊たちを満足させてあの世へ送り返すことだ。
 「ここはひとつ、派手にやって湿っぽい空気を吹き飛ばしましょう!」
 出番を待っていたエリスが、元譲の肩をぱぁん!と叩く。
 「う、うむ……いや、しかしこれは……」
 ここへ来てからエリスに渡されたメモを手に、元譲はぷるぷると震えている。
 「だってもう出番ですし。観念して、そのメモの通りにしてください!」
 「だが、剣舞と言っていたのに、話が違うではないか!」
 「いいから!」
 エリスは元譲の背中を押して、亡霊たちの前に出た。エリスがお辞儀をすると、元譲もそれにあわせて慌てて頭を下げる。
 「それじゃ、始めまーす」
 エリスはアコースティックギターを奏で始めた。元譲はまだ渋い顔をしていたが、エリスが
 「ここまで来たら、棒立ちの方が恥かしいですよ」
 と囁くと、やっと、メモをポケットに突っ込み、剣を抜いて踊り始めた。
 『これは、ある女剣士の、戦いと恋の物語……』
 エリスは朗々とした声で歌い始める。ここへ向かうまでのバスの中で書いた歌詞は、「一人の女剣士が勇敢な戦士と出会い、共に戦う間に絆を深め、最後には美しい桜の下で愛を誓い合う」という内容の物語仕立てになっていたのだが、実はこれは、元譲と交際相手との馴れ初めをそのまま元にしており、元譲は『最初はただの剣舞だと言っていたのに、そんな歌にあわせて踊れるか!』と最後の最後まで抵抗していたのだ。
 だが、踊り始めてしまうと、元譲は踊りに集中せざるを得なくなった。何しろ、ついさっき歌詞のメモを渡されたばかりなのだ。余計なことを考えながら踊る余裕はない。
 歌が終わり、最後のコードがかき鳴らされた。
 「元譲さん、おじぎ、おじぎ」
 息を切らせて立っている元譲を、既に深々と頭を下げたエリスがつついた。元譲は頭を下げながら我に返り、真っ赤になった。お辞儀が終わると、顔が上げられずにうつむいたまま、脱兎のごとく引っ込む。それを見て、エリスはくすくすと笑った。
 「さて、いよいよ出番でございますね」
 戻って来た元譲と入れ替えに、パイプ椅子に座って出番を待っていたハインリヒが立ち上がる。亜衣が伴奏のテープの再生スイッチを入れた。津軽三味線の重厚な音が響く。
 「はて、これは琵琶の音でしょうかのう?」
 「少し違うようでございますが……」
 亡霊たちが首を傾げる中、ハインリヒはこぶしを利かせた歌い方で、悲しい恋を冬の海になぞらえた歌をせつせつと歌い上げ始めた。間奏には、
 『ああ、恋しいあなた、もう一度会いたい……』
 などと、亜衣がナレーションを入れる。
 (……へえ、古臭いと思っていたけど、なかなかいいかも……)
 そんなことをしているうちに、亜衣はだんだん気分が盛り上がって来て、スモークや花火などの仕掛けを起動させるスイッチ盤の前を離れ、舞台に出て行ってしまった。
 「演出は、演出はどうしたのですか!」
 小声で叱責するハインリヒのマイクを奪って、歌い始める。
 (これは、私のマイクでっ……)
 ハインリヒはマイクを奪い返す。それをさらに亜衣が奪う。最終的には、二人で一本のマイクを引っ張り合いながら歌い始めた。……幸い、観客からは、その姿は仲睦まじいデュエットに見えたようだったが。
 「スモークが、花火が、紙吹雪が……折角色々と準備いたしましたのに」
 仕掛けが不発に終わってしまい、悔し涙を流すハインリヒと、ああ楽しかったとあっけらかんとしている亜衣と交替に、トリを飾るネージュが舞台に出た。
 「みなさんのために、心をこめて歌うので、聞いてください」
 ぺこりと一礼して、歌い始める。
 
 迷えし御魂は何想う?彼岸の此方で歩みを止めて
 後ろを振り向き見やるのは、塚に向かいて嘆きし家人。
 つのる未練が枷となり賽の河原にただ一人。

 念珠繰り、祈る想いは風となり、枷を外す鍵となる。
 祈りの言霊は未練を払い御車の形に姿を変える。

 六道の輪に身を委ね彼方へ向かう御車の列
 三途を跨ぐ白木の橋に彼岸の桜が音無く舞う。
 怪し美しそして儚し散華の中を進み行く。
 遥か西方浄土の地へと、途切る事無しいちるの祈り。
 黄金に輝くその道を、弥蛇のもとへと導けり

 先逝くあなたの来世を願い、つむぐ数珠、つむぐ言葉
 六つの言霊に乗せて
 
 亡霊たちは、優しい歌声に聞き入った。
 (これなら、きっと……)
 ナラカへ亡霊たちを送る確信を持って、歌い終わったネージュは再び一礼した。
 と、亡霊たちの中から、ぼそりと声が上がった。
 「……もう一曲くらい、聴きたいのう」
 「そうでござりまするなぁ」
 アンコールを求める声が、ざわざわと広がって行く。
 「えーっと、亡霊さんたち、まだ戻る気になれないみたいだけど、どうしよう」
 ネージュは他の生徒たちの方へ振り向いた。
 「亡霊が満足するまでやるしかありませんでしょう……」
 ハインリヒが深く息をつき、亜衣を見た。
 「折角準備した演出も、一部使えなかったものがございますし」
 亜衣はぺろりと舌を出す。