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Tea at holy night

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Tea at holy night
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リアクション

 ※ここからは普通のお話です※



*例え神に背いても*




 マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は、パートナーであるシャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)が夏の頃に何かこっそりしでかしているのは気がついていたが、気がつかないことにしていた。
 気がつかないフリをしてやるのが、親切というものだと思っていたのだ。
 そう、例えクリスマスに用事があるから出かけるといっても、恐らくは彼のところなのだろうと思っていても黙って見送るのが自分の役目だと思っていたのだ。


 シャノン・マレフィキウムは、夏の間に面白い噂を耳にする。
 クリスマスに飲むのにぴったりな紅茶があるという。

「……クリスマス……か」

 ぽそ、と呟いて浮かんできたのは恋人でもある東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)の顔だった。その瞬間にぽん、と顔を赤くしてうつむいてしまった。
 紅茶のお姫様のお話を知って、今も作っている人がいないかどうかを探すと、二人の男女と知り合うことになった。

「……ああ、そのお茶のことなら知っている」

 イシュベルタ・アルザスは呆れた様子でそう言い放つと、それだけ答えてその場を立ち去ろうとする。その首根っこをつかんだのは、青い髪が特徴的なエレアノールという女性だった。彼女はにっこりと笑うと、元の色より青白くなっていくイシュベルタ・アルザスのことは丸無視で口を開いた。

「ごめんなさいね。そのお茶、今は作られていないのだけれど、彼が造り方を知っているから、よければ一緒に作ってみる?」
「ちょ、ねえ……さ……」
「いいじゃないの。恋人のために調べてここまできたんだもの。協力してあげたいわ」
「わか……はな……」
「よかったわね。シャノンさん」
「あの……とりあえず離してあげた方がいいと思う」

 シャノン・マレフィキウムは顔色が紫色に差し掛かったイシュベルタ・アルザスを心配して声をかけたつもりなのだが、エレアノールにそのまま引っ張られて、お茶の生えているという洞窟まで連れて行かれた。
 洞窟は、魔物も救う場所となっておりかなり環境的にもよくはなかった。だが、二人の助力も会って茶葉を無事入手することができた。

 そして、製法も丁寧に教わり、時間をかけた熟成も可能な限り自分だけの力でやらせてもらうことが出来た。
 あまりにも丁寧に教えてくれるのを、シャノン・マレフィキウムは不思議に思った。
 作業の途中、イシュベルタ・アルザスに問いかけた。

「遠い昔、この製法を教えてくれた人がいるんだ。その人が、『たくさんの人に飲んでもらいたい』と言っててな。なら、教えないほうが失礼だろう」

 特に、恋絡みのいわれがあるからな。そう付け加えて作業を続けた。
 自分が作った分の茶葉を貰い受け、二人とは別れてしまった。


 ようやくできたお茶は、初めてにしてはいい出来だと、エレアノールに太鼓判を押してもらった。
 待ちに待ったクリスマスイヴ。
 寒さに負けないよう、黒いいつものコートにしたが、今日は少しだけおしゃれの気持ちを持ってスカートをはいてきた。それとタイツ。マフラーに、手袋。青いショートカットには、クリスマスらしい赤いヘアバンド。
 手鏡でおかしなところがないかのチェックが終わると、待ち合わせ場所で再度持ち物を確認する。

 魔法瓶に入れた、聖なる夜の紅茶。そして寒くなり過ぎないように大きめの毛布、断熱素材のレジャーシート。
 空を見上げれば、星はばっちり見える。つい嬉しくなって、シャノン・マレフィキウムは口元をほころばせた。そこへ、東園寺 雄軒が訪れた。


「待たせたな」

 背後から愛しい人の声がして、ぱあっと顔を明るくして振り向いた。取って置きの場所で、大事な人と過ごす時間。シャノン・マレフィキウムは心臓が爆発しそうだった。
 レジャーシートをしいて、そこに腰掛けると毛布をお互いの膝にかけて、背中にも回す。

 吸い込まれそうな漆黒の闇に、真っ白な輝きが明滅する。月の灯りも邪魔をしない程度で星空を眺めるには絶好の夜だった。
 優しく微笑む東園寺 雄軒の顔を時折見つめながら、バスケットの中から魔法瓶を取り出し、茶請け代わりのお菓子のつつみ。そしてそれだけでバスケットの中身が空になっていることにようやく気がついた。

「か、っぷがない?」

 思わずこぼれた言葉に、東園寺 雄軒はさすがに気がついた。

「どうした? シャノン……」
「あ、えと、あの……」
「……そうだ、先にプレゼントを渡そう」

 何かを察したような微笑に、東園寺 雄軒はシンプルな包装をされた箱を二つ取り出し、一つをシャノン・マレフィキウムに渡した。
 中を開けると、青と黒のリボンが描かれたティーカップがでてきた。

「こ、これ……!」
「最近、紅茶に凝ってるんだろう? その、お揃いだ。今度一緒に飲もう」

 そういって、自分の手の中にあるつつみから、同じデザインのティーカップをとりだした。シャノン・マレフィキウムは目を丸くして小首をかしげた。

「ど、どうして?」
「ここ数ヶ月、読む本にそういうのが多いようだったからな。のんびりとしたティータイムも、悪くない。もしかして、勘違いだったか?」

 些細な変化にも気がついていてくれたことに、嬉しくて涙がこぼれそうになった。だが、それを拭って魔法瓶を差し出す。
 そのいわれを語って聞かせると東園寺 雄軒は優しく微笑んだ。

「絆を深めるお茶、か」
「うん。あなたとどうしても飲みたかった。だから、用意してたんだ」
「さっそく役に立って何よりだ」

 プレゼントのカップを、軽くナフキンで拭くと、魔法瓶から暖かい聖なる夜の紅茶を注ぐ。
 柔らかな香りが辺りに広がる。互いの息災を願いながら口をつけると、心から温まるようなそんな錯覚に見舞われた。はっきりとしたハスキーな声で、東園寺雄軒は呟いた。

「おいしい」
「よかった!」

 東園寺 雄軒は、満面の笑みを浮かべるシャノン・マレフィキウムの腰に手を回した。温かいお茶を飲んでも、やはり冷たい風が吹く。おかげで空は澄み渡っているのだが、その小さな体が凍えてしまわぬようにと東園寺 雄軒はしっかりと抱き寄せて毛布を被る。

「雄軒……暖かいね」
「君がいるおかげで、ここにいる。決して、失いたくない女性だ」

 そして、シャノン・マレフィキウムの頬にそっと唇を寄せた。柔らかな頬に軽く触れるだけで、東園寺 雄軒の鼓動も早くなった。

「これからもずっと、そばにいて欲しい。ずっと、共に生きていこう」
「うん……私も、雄軒のそばにいたい。ずっと、一緒に生きていきたい」
「……迷惑をかけるかもしれないが、私はシャノンがいてくれるだけで本当に幸せだ。傍にいてくれ」

 その言葉を肯定する代わりに、シャノン・マレフィキウムは東園寺 雄軒の頬に唇を寄せた。

「互いに、背徳の道を行く存在だ。明日には散る命かもしれない……例え神に背いても、世界中の誰でもない、あなたの息災を願っているよ。私に、優しさと、暖かな幸せの気持ちをくれたから……大好き、雄軒」

 そういって、東園寺 雄軒に抱きついてレジャーシートに寝転がる。空は、満天の星空。横には、愛しい人の息遣いがある。東園寺 雄軒はシャノン・マレフィキウムの手をぎゅっと握り締めた。
 二人を祝福するかのように、流れ星が空を彩っていた。















*蒼玉に想いをのせて*



 クリスマスイルミネーションは、空京の目玉になっていたが、郊外の公園にもイルミネーションは施されていた。
 ティーセットを鞄に詰め込んでいた神崎 優(かんざき・ゆう)は、荷物の中身を気にしながら水無月 零(みなずき・れい)とのデートを楽しんでいた。
 青い瞳には、今はクリスマス仕様にドレスアップした水無月 零の姿しか映っていなかった。茶色の長い髪は、ヤドリギを模したカチューシャがつけられている。

「綺麗ね」

 白いと息と共にそう囁く恋人に、神崎 優は小さく返事をした。
 イルミネーションが続く公園の中、ベンチとテーブルを見つけて二人は腰掛けた。おもむろに鞄を取り出して、ティーセットの準備をし始める。
 数日前、機晶姫の姉妹から手渡された二杯分のお茶。絆を深めることが出来る、思いを届けることの出来るお茶だといっていた。
 だから、てっきり帰ってから飲むのだと想っていた水無月 零は目を丸くする。

「え、ここで入れるの?」
「寒いだろ?」

 さも当たり前のように口にした神崎 優に、その名のとおりの優しさを感じた。水無月 零はティーポットの中でお茶の葉が開くのを待ちながら、公園のそこかしこに飾られているモニュメントや、キャンドルライトを眺めてクリスマスの雰囲気を満喫していた。
 風に揺れて、気につけられたベルがゆっくりと鳴り響く音と、遠くに聞こえるクリスマスキャロルが、なんとも静謐な雰囲気を醸し出していた。

 こぽこぽ……柔らかな音が聞こえて振り向けば、ステンレス製のカップに注がれたお茶を差し出される。湯気に乗って優しい花の香りが鼻腔をくすぐる。

「ありがとう、優」

 そう御礼を口にして、二人はカップで乾杯をする。カップで指先を暖めながら、二人は目の前にいる恋人のことを想った。

 少しぶっきらぼうなところもあって、不器用な人だけれど、こんなに優しい人なのだと……たくさんの人に知ってもらいたい。
 自分との絆は勿論、たくさんの人に彼を認めてもらいたい。

 そんな願いを込めて、水無月 零は紅茶を口にした。

 

 彼女と出会うことが出来たこの必然を、護り続けたい。
 明るく誰にでも優しい彼女の笑顔を、護り続けたい。

 いつまでも傍にいたい。契約上のパートナーとしてだけではなく、心も魂もパートナーとなりたい。

 そんな誓いを立てて、神崎 優は紅茶を飲み干した。ふぅ、と一息つくと目の前に座っていたはずの水無月 零が見当たらない。

「優」

 呼ばれて振り向けば、神崎 優の瞳と同じ色をしたマフラーを巻かれた。手編みなのだろうが、そうとは思えない丁寧な出来栄えだった。柔らかく暖かな願いの篭った品物に、顔に火がついたように熱くなる。

「ありがとう……凄く嬉しい」
「よかった……喜んでもらえて。本当はね、間に合わないかもって思ったんだ。何度も作り直したから」
「あったかいよ。丁寧に作ってくれたんだな。あの……あ、ありがとう……」

 真っ赤な顔を悟られないように、神崎 優はうつむいて御礼を改めて口にする。だが、照れていても仕方がない。いつものように慌てふためくことはなく、何度も何度も自分に言い聞かせて鞄の中にある箱を取り出そうと手を入れる。

「零、目を閉じていてくれないか?」
「……うん」

 水無月 零は一瞬きょとん、としたがすぐに言われるがままに茶色の瞳を閉じる。
 背後に回り、箱の中から取り出した桜をモチーフにしたサファイアのネックレスをかける。サファイアは、彼女の誕生石だ。

「気に入ってもらえたらいいんだけど……」

 そう耳元で言葉を漏らして、水無月 零は瞼を開いた。胸元の違和感を確かめると、そこには誕生石をあしらったネックレス。桜のモチーフがとてもかわいらしい品物だった。あまりの嬉しさに、振り向きざまに抱きついた。
 神埼 優はどぎまぎしながらも、その肩に手を置いて、水無月 零の顔をのぞきこんだ。彼女は嬉しさのあまり零してしまった涙を拭って、にっこりと笑みを浮かべた。

「ありがとう。優……一生大事にするね!」
「一生? それは困る」
「え……?」

 心底驚いたように返された言葉に、水無月 零は驚いて眉をひそめる。なんでもないように、神崎 優は続けた。

「だって、また新しいネックレスを贈る時に、それも大事にしてもらいたいからな。これからする、もっとたくさんの贈り物もみんな大事にして欲しい」

 にこやかに微笑む神崎 優に、また泣き出しそうになるのを堪えてもう一度目を閉じた。そして爪先立ちをして唇を重ねる。
 そんな二人を祝福するかのように、雪が舞い降り始めていた。



















*おいしいお茶の入れ方*



 学校でお茶会を開こう、そう企画したのは誰だったのだろうか。
 少なくともきっかけは機晶姫の姉妹が配っていたあの紅茶だった。
 恒常的に行われているお茶会が、いつもよりほんの少しだけ豪華になったのは、今日がクリスマスだからだ。

 学校の教室を借りて、いつも見慣れた教室をモールやオーナメントで飾っていく。机の上も、赤と緑のテーブルクロスを広げて雰囲気を高めていった。

 芦原 郁乃(あはら・いくの)は、持ち寄ったお菓子を料理質からかりてきた冬季の器に盛り付けなおす。いつも見慣れた市販のスナック菓子や、チョコレート、ビスケットがまるで手作りのお菓子のように感じられる。
 仲のよい生徒達も各々お菓子や安価なプレゼントを持ち寄って、クリスマスティーパーティは始まった。

「さぁ、お茶が入りましたよ」

 制服姿にエプロンを身につけた秋月 桃花(あきづき・とうか)は、シルバートレイに調理室からかりてきたティーカップを乗せていた。
 花のような香りが教室内に満ちていく。それが、ふだんかぎなれないことから例の聖なる夜の紅茶なのだろうということがすぐに理解できた。

 もらった茶葉は、お茶会に使うという話をしたから大目にもらうことが出来たが、それでも人数よりも少ない。安価なティーカップの中には、半分ほどの赤い液体が入っていた。

「凄くいい香り……」
「それじゃ、みんな」

 芦原 郁乃の言葉に、祈るように目を閉じて上品な様子で口をつけた。

 一緒にお茶を飲み交わした者達は、翌年もより絆を深めることが出来る。

 そして、願いを届けてくれる特別なお茶。

 クラスメイト達は、さまざまな思いを乗せて、紅茶を飲んだ。まるでお祈りの時間のように静かな一時が過ぎると、秋月 桃花の手により今度は普通の紅茶を注がれる。
 一挙一動が、洗練されたもので、まるで上品なダンスを見ているかのように、誰もが黙ったままで紅茶を入れてもらうのを見つめていた。
 香りはいつも飲んでいる安物の紅茶のはず。
 なのに、彼女が入れると高級感溢れる貴族のお茶のように、まるで別物のような感じがする。
 それをごく、ごくっと一気に飲み干したのは、このお茶会の主催でもあるボブカットの少女だ。

「桃花の煎れる紅茶は本当においしいね!!」

 青い瞳をにっこりと細めた芦原 郁乃の様子に、そんな上品さなんて吹っ飛んでしまう。いや、これはとてもよい意味合いである。
 安物のティーカップにはいっているその紅茶は、黙って出されたら気後れしてしまいそうなほど上品さを秘めているのだが、彼女の一言によってそのおいしいお茶を楽しむためだけに口にすることができる。

 それが嬉しくて、クラスメイト達は笑みを零す。芦原 郁乃は不思議そうに首を傾げるが、秋月 桃花はにっこりと微笑む。

「ありがとう。でも、茶葉の量と、温度に気をつけているだけ。特別なことは何もしていないのよ?」
「でも、私が煎れるのと明らかに違います」

 芦原 郁乃によく似た魔道書、蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)がポツリと呟く。それは悔しさや嫉妬という感情がまるでなく、本当に感心して、むしろ感動さえしているような呟きだった。
 すっかり柔らかくなったティーパーティは、可愛い文房具のつまったプレゼント交換を終え、それでもまだ尽きない話題で盛り上がっていた。

「ねぇ桃花、お茶をおいしく入れるコツって何?」
「そうね。お茶って、とても繊細な飲み物だから手順や量、お湯の温度全てに気を配るけれど……一番大事なのは」
「「「大事なのは?」」」

 クラスメイト達がずずいっと顔を迫らせて問いかけると、秋月 桃花は少し困ったような笑みを浮かべる。そしてすぐに、顔をほんの少し赤らめる。

「みんなとおいしいお茶を飲んで、楽しく過ごしたい……そう想ってるからだと思う」

 秋月 桃花の言葉を聞くなり、一人が茶化すように隣の芦原 郁乃に声をかけた。

「幸せ者だね、郁乃は。桃花のお茶が毎日もらえるんだから」
「うん。だって桃花は私の嫁だもん♪」
「郁乃さまったら……」

 じゃれ付くように秋月 桃花に抱きついた芦原 郁乃は、真っ赤になった恋人の頬におもむろに口付けた。
 そうすると、さらに茶化す声があがって笑い声が響き渡る。

「素晴らしい一日を下さった主に、心からの感謝を」

 蒼天の書 マビノギオンの手にあるカップの中は、既に普通のお茶なのだが、もう一度願いを口にして祈るようにその紅茶を飲み干した。 















*背中を預けられる人*


 クリスマス・イヴ。
 世間ではそう呼ばれるこの日、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の誕生日でもあった。
 彼のパートナーたちだけでなく、親しい友人達も集まってくれての、騒がしくも嬉しい一日となった。

 はしゃぎ疲れたのか、それともこの日の準備のために夜なべでもしていたのか、他のパートナーたちは早々に眠ってしまった。

 祝われた側であるはずの柊 真司と、パートナーであり恋人でもあるヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は、友人達を見送った後、パーティの後片付けを行っていた。
 料理やクラッカーの片付けが主で、あとは食べこぼしなどの掃除。それだけのことなのに、かなりの作業量を要求された。
 それだけ、多くの友人達がバカ騒ぎをして、祝ってくれたのだと改めて悟った。

 クリスマスツリーに引っかかったクラッカーの紙リボンを片付けた後、ヴェルリア・アルカトルが口を開いた。

「ツリーの片付けは、明日でいいのでしょうか?」
「ああ。今日は俺の誕生日だったけど、明日はクリスマスパーティをしてやろうとおもってる」

 その言葉に、ヴェルリア・アルカトルはわずかに微笑んだ。

 あなたのそんな優しさが、私は好きです。
 胸の中で呟いた。そこまで考えて、はっと気がついたように彼女は台所へと姿を消した。

「なんだ? あんなにあわてて……ん? なんだ、さっきのバカ騒ぎで壊れたのか」

 柊 真司はクリスマスツリーのイルミネーションがいくつか壊れているのを見つけ、すぐに左手にドライバーを握り締めて作業を開始する。
 せっかくの楽しい夜。明日もそんな夜にしたいと想えば、この程度の作業は苦でもなんでもなかった。

 しばらくして、ヴェルリア・アルカトルはお盆にティーセットをもって戻ってきた。
  
「紅茶でも、どうですか?」
「どうしたんだ? その紅茶」

 作業がいいところだったのか、手を動かしたままで顔を向けて問いかける。香りは、あまりかいだことのないお茶のようだった。

「機晶姫の姉妹が、配っていたんです。一緒に飲み交わした者は、翌年も絆を深めることが出来ると」
「……へぇ。それなら……一緒に飲まなきゃな。少しまっててくれ、今……」

 と、言いかけたところで、ヴェルリア・アルカトルが柊 真司と背中を合わせて座り込んだ。背中越しに、暖かさが伝わってくる。
 そして、紅茶を作業の邪魔にならないところに置くと、右手でカップを持つ。中身は、一杯分だけの茶葉だったから、半分しか入っていない。
 爆発しそうな心音が、今にも聞こえてきそうなほど部屋は静まり返っていた。お互い、今は顔を真っ赤にしていたのだがそれが見えないおかげか、ヴェルリア・アルカトルは少し落ち着いて左手で柊 真司の腕に触れる。
 おずおずと、柊 真司がその手を握り締める。左手のドライバーをそっと置いて、自分もカップを手に取る。
 ヴェルリア・アルカトルは目を閉じて、祈りを捧げる聖女のように呟いた。

「こうして、いつも背中を護れるように。あなたの傍に、ずっといられますように」
「……俺もそう願うよ」

 そう短く答えると、作業を終えてカップを手にすると、背中合わせのまま、カップに口をつけた。















*祈りを編みこんで*


 クリスマスまであと一月。東雲 桜花(しののめ・おうか)は雑貨店を回って毛糸を探していた。
 何件も回って、ようやく目的の色合いを見つけた。黒い毛糸に、青い糸が織り込んである柔らかめの毛糸だ。ふわふわしたさわり心地に仕上がる。

「うん。これなら、サードに似合う」

 満足げにその毛糸を籠いっぱいに買い占めると、レジカウンターに向かった。勿論、編み物指南の本を一緒に買うのも忘れなかった。

 決して不器用ではないのだが、はじめてのプレゼント。念には念を入れたかった。本と編み棒を交互に睨みながら、パートナーであるサード・プラナス(さーど・ぷらなす)に見つからないように用意をするのは、なかなか至難の業だった。
 ある程度まで編み終えても、気に入らなくて何度か編みなおすことになった。ごく普通に編むだけなのに、わずかな緩みや、網目の幅が気になってなかなか進まない。
 最初は編み方に工夫を凝らそうと想ったのだが、どうにもそんな余裕はなさそうで、諦めてごく普通の輪のマフラーを編み上げた。端には、別の色の毛糸でボンボンを作ることが出来たのが、唯一の救いだ。

「やった、まにあったぁ……」

 眠たい眼をこすりながら、東雲 桜花はベッドの上にコロンと横になった。柔らかな肌触りのマフラーは、少し長めに仕上げられていた。男性がつけるには少しかわいらしくなってしまったかもしれないが、それでも……たくさんの想いが込められていた。




 目を覚ますと、もうすっかり日は昇っていた。大慌てでお風呂にはいって着替えを済ませると、扉をノックされた。

「桜花、起きてるか?」
「ええ」

 サード・プラナスは少し申し訳なさそうな様子で扉を開いた。その手には、メイクボックスがあった。まだわずかに濡れている髪をまとめているのを見て、ほっと胸をなでおろした。
 
「髪とか……俺がやってもいいかな?」
「うん。お願い」

 東雲 桜花はにこやかにそう答えると、ミントグリーンのワンピース姿で鏡台の前に座る。
 ゆっくりと青い髪を櫛でとかしていくと、両サイドから緩やかに編みこんでいって、小さなゴムで止める。金と赤のリボンを重ねて、頭の後ろで止めたゴムの上から、ふんわりとしたリボン結びを作り上げる。
 メイクは、派手すぎずに東雲 桜花の白い肌が際立つよう、ピンクを要所要所に入れていく。リップは、名前と同じ桜色だ。

「よし、出来た」
「ありがとう……自分じゃないみたいね」
「素材がいいから、一層綺麗になったんだよ」

 サード・プラナスが少し気恥ずかしそうにそう呟くと、東雲 桜花も少し照れて頬を染める。上着を羽織って、二人は手を繋いで冬の町へと繰り出した。

 かわいらしい雑貨店を見て回り、生活用品店でも目新しいものを見つけ、カフェで休憩をしながら百合園女学院で行われている、ティーパーティに参加するために向かっていた。
 絆を深めることの出来るお茶……聖なる夜の紅茶を是非のみに来て欲しいと、機晶姫の姉妹から招待されたのだ。

「あ。まってはいる前に」

 パーティ会場の目の前で、サード・プラナスは小さな箱を取り出した。ラッピングされたそれがプレゼントだというのは一目瞭然だった。

「メリークリスマス、桜花。よかったら、これをつけて入って欲しいな、と」
「なら、私もこれを」

 そういって差し出したのは、昨日ぎりぎりまで編んでいたマフラー入りの紙袋。交換で受け取った箱の中からは、柘榴石がはめられたシルバーのブレスレット。
 ガーネットは、桜の形をデザインされており、プレートには名前と日付が刻印されていた。
 先ほど雑貨店で見かけて、見とれていたデザインだった。東雲 桜花は目を丸くする。

「え、これ……いつの間に?」
「気に入ったんだと思って……トイレの振りして席をはずしてる間にな」

 サード・プラナスがにかっと笑うと、今度は袋の中から出てきたマフラーに、目を丸くする番だった。

「これ……もしかして、手編み?」
「ええ。ばれないようにするのに苦労したわ」
「……ありがとう。桜花」

 嬉しさのあまり、そのまま東雲 桜花を抱き寄せて、すぐさまマフラーを巻きつける。少し長めだが、男性にはそのくらいのほうがおしゃれに見えた。
 東雲 桜花のブレスレットは、サード・プラナスがつけてあげた。

 そして二人は手を繋いでパーティ会場へと足を踏み入れた。
 この絆をより深めるためのお茶を、楽しむために。










*一つのカップ、重なる想い*


 銀髪のセミロングを揺らしながら、少し浮かれ気分で帰路についていたのは遠野 舞(とおの・まい)だ。
 先ほど、機晶姫の姉妹からもらった『聖なる夜の紅茶』。これを飲むと、互いの絆を深めることが出来るのだという。

 その言葉を聞いて、無意識にパートナーであるカーズ・トゥエンティ(かーず・とぅえんてぃ)の姿を思い浮かべた。
 まるで邪念を振り払うように首を振って、ため息を漏らした。クリスマスの買い物も済ませ、雪が降る前にと自宅へと急いでいた。

 夕食の献立は、七面鳥の代わりのチキングリルが1キロほど。そしてオカカ、シャケ、コンブ、すじこ、たらこ、明太子のおにぎりが6個ずつ。
 サラダ以外は、スープを今回力を入れてみた。勿論おにぎりに欠かせないお味噌汁ははずさなかった。
 どれもおもっていた以上にうまく出来た。(大半がおにぎりであることは遠野家では仕様なので特に突っ込まないでいただきたい)
 食事を済ませたあと、食後のお茶に聖なる夜の紅茶を入れてみた。

 食事の最中、話すネタに困り話題をふってみたのだ。

「そんなにいいお茶なら、是非飲もうよ」

 にこやかに青い瞳を細めて言われては、むげに断ることも出来ずに淡々と支度をしていた。だが、この茶葉はもらった分だけだと一人分しか出来そうにない。もらったものとは別の茶葉も用意して、ティーポットとカップを居間へと運んだ。
 コタツに入ろうとするなり、カーズ・トゥエンティは遠野 舞の背中から抱きしめ、無理やり自分の膝の上に乗せて頭をなで始める。

 いつもなら、ここでみぞおちと顎の下に一撃ずつ入るのだが、今日は抵抗されなかった。
 それどころか、カーズ・トゥエンティの顔の下から見上げてくる。
 
「のう、何故君はいつも自分にくっつくのじゃ?」

 少しむくれた様子で問いかけているのだが、なにやらわずかに膨れた頬すらも可愛らしく見える。あまりのかわいらしさに、再度ぎゅっと抱きしめる。

「舞が可愛いからっ!」

 深々とため息をついた後も、やはり殴る気力は起こらなかった。
 すると、カーズ・トゥエンティが身体を離した。そして用意されたティーポットを使って紅茶を入れ始める。とても慎重に、丁寧に。
 次第に、暖かく優しい香りが、部屋に満ちていく。

「さぁ、どうぞ」

 にこやかにカップを勧めるカーズ・トゥエンティに、遠野 舞は目を丸くした。

「自分が飲んでも良いのか?」
「だって舞のために入れたんだもの。こんなにいい香りだし、きっとおいしいよ。おいしいものは、みんな君のものだ」

 だって、舞は僕のもの。なんて言葉は飲み込んだ。ほんのわずかに素直さを露にしてくれた彼女に対して、少し無粋な言葉かもしれない。
 そんなことを考えていると、遠野 舞はもう一度口を開く。

「本当に、よいのか?」
「うん。冷めないうちに」

 ため息を紅茶に溶かしてしまうほどの勢いで、深く息を吐いた。わずかに熱を冷ました後、そっと口をつける。
 甘くて、優しい香り、気持ちが柔らかくなるようなそんな味わい。


 心の中で、パートナーの健康と、危険が起こらないように……
 自分が、彼の傍にずっといられますように。

 そして、半分ほど飲み干すとコタツの上にコトン、と置いた。

「君も飲め。半分こじゃ」
 
 その言葉に、カーズ・トゥエンティは顔を赤くする。遠野 舞はそれに気がつかないうちにカップに口をつける。
 こっそり遠野 舞が口をつけたのと、同じ場所に口をつけた。そして、強く強く祈るのだった。

 舞は僕が守る。ずっと君の一番傍にいる。
 祈りというよりも誓いを立てるかのように、強く、強く念じてカップの中を空にした。

「何を、願ったのじゃ?」

 遠野 舞が恐る恐る問いかけてくる。カーズ・トゥエンティはにっこりと笑って、「舞とずっといられますように、だよ」といって、また過剰なスキンシップに戻ろうとする。

 今日ばかりは、ある程度のスキンシップはされるがままにしてやることにした。遠野 舞は少しだけ嬉しそうなため息をついた。