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Tea at holy night

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Tea at holy night
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*賢人と機工士の聖夜*


『久しぶりに、二人でクリスマスを楽しまないか?』


 長谷川 真琴(はせがわ・まこと)の元に届いた招待状の差出人は、地球にいたころの幼馴染からだった。
 高鳴る胸を押さえきれず、プレゼント作りを開始した。ダイスを好んでいる彼に相応しく、ダイス使ったストラップ。
 細かい作業が得意な彼女にとって、そのプレゼント作りをしている間も幸せに包まれていた。


 思い出すのは、幼い頃の聖夜。
 大人達から離れ、二人で窓辺に座りサンタをまったあの日のことを、彼は覚えているだろうか?

 そんなことを思いながら、プレゼントを仕上げた。あまり派手過ぎないアースカラーをメインに作ったストラップは、男性がつけるには申し分ない出来栄えだろう。
 プレゼント用の箱にしまい、ラッピングを済ませたところでふと、われに返った。
 鏡をのぞくと、そこにあるのは眼鏡に黒髪を後ろで束ねただけの、地味な女性。
 せっかくのお呼ばれ。しかも、二人でとのことならば、期待せずにはいられない。

 5年ぶりのクリスマス。少しは身奇麗に……と思いクローゼットを開けるも、制服と地味な私服以外、余所行きの服は持ち合わせていなかった。
 大慌てで、ショッピングモールへと出かけた。せめてクリスマスを過ごすのにふさわしい洋服を……せめて、女らしく見える格好を……ほのかに秘めた想いを抱えていた。


 招待状を出した本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は、シュトレンの熟成が順調であることを確かめて、胸をなでおろした。

「あとはチキンの仕込みと、スープ用のコーンの買出しかな。ポテトサラダも準備はOKだし……あとは……」

 料理に関しては順調な進み具合だったが、なにか忘れていないだろうか? そんなことをずっと考えながら仕込を続けていた。
 久しぶりの幼馴染との食事を、可能な限り思い出を再現できるようにと思い出すたびにメモを残していた。
 プレゼントは買った。レシピは懐かしいものでそろえたし、内装もパートナーに手伝ってもらって準備万端。だが、何かが足りない気がする。

 そして、部屋を見渡してようやく手を叩いた。本郷 涼介はエプロンを椅子にかけると、すぐに家を飛び出し雑貨屋へと駆け込んだ。
 購入してきたのは、いくつもの蝋燭だった。



 クリスマス当日。
 可能な限り、本当に可能な限り女の子らしい服装(スカートをはいただけともいえるが)をした長谷川 真琴は手にしているプレゼントが入った紙袋に改めて視線を送り玄関のベルを鳴らした。

 出迎えてくれたのは、懐かしい幼馴染。制服ではなくセーターを着ていた。

「いらっしゃい」
「きょ、今日はお招きくださり、ありがとうございます」
「今日は二人きりなんだから、気兼ねなく過ごしてくれ」

 にこやかにそういわれても、長谷川 真琴は帰って顔を赤くした。

 二人きり。

 ずっと憧れだった人と過ごす、二人きりのクリスマス。
 少しばかり背伸びした(つもり)のスカートは、店員の勧めで膝より上のプリーツスカート。緑色のスカートに合わせて、白いブラウス。そして赤いチェックのマフラーがクリスマスらしい装いに花を添えた。
 髪形を変えるほどの余裕はなく、後ろで結ぶだけだったが服を買った店でシュシュをおまけでつけてもらった。これまた、クリスマスらしくヤドリギのアクセサリーがついたデザインだった。
 本郷 涼介は、長谷川 真琴がコートを脱いだ姿をみて、わずかに手を止めた。
 女性らしい装いをしているのを見て、わずかに心臓がはねる。いつもつなぎ姿か、制服姿しか見ない彼女の着飾った姿は、本人の持ち前の魅力もあってとても素敵だった。

「……よく、似合ってるよ」

 ぽつりと口から出ていた言葉に、火がついたように驚いて振り向いた。そこにはにっこり笑う憧れの人の姿。
 夢のような出来事の連続で、思わず自分の頬をつねる。
 痛い。

「どうした?」
「あ、いえ、あの。なんだか、その。あの、変、じゃないですか?」

 顔を赤らめる長谷川 真琴をみて、本郷 涼介はくす、と笑みを零す。

「とっても素敵だよ」
「ありがとう、ございます……」

 消え入りそうな声が耳に届くより早く、オーブンの声が鳴り響く。ぱたぱたと台所へ向かう本郷 涼介の背中を見送って、何か手伝えることは内科と辺りを見回す。
 だが、ため息が洩れてしまうほどの完璧なテーブルセッティングだった。そして、部屋中にある電気の代わりのキャンドルライト。
 それが何よりもロマンチックなふに気を醸し出していた。コートかけまで用意され、上等なレストランのようでもあった。

「小さい頃は、キャンドルなんて危ないから触らせてもらえませんでしたからね」
「覚えて、いたんですか?」

 くす、と小さく笑う本郷 涼介の顔を見て、長谷川 真琴はまた顔を赤らめてしまった。
 キャンドルが綺麗で、触ろうとするたびに起こられて、泣いていた。そのときのことが思い出される。

 そうこうしているうちにて続々並べられる食事。チキンソテー、コーンスープ、ポテトサラダ。懐かしいメニューに驚いてしまった。その横に並んだシュトレンは、彼のお手製だろう。
 座るように促されると、並んだ料理が鼻腔をくすぐる。見た目もさることながら、味も上品でやさしい。
 女として敗北感をかみ締めながらも、シュトレンを切り分ける彼の手つきに見とれる。
 そして、思い出したようにもらい物の紅茶を差し出すと、本郷 涼介は小さく頷いて受け取り、ティーセットの脇に置く。
 既に一つのつつみがおかれていたところを見ると、彼も機晶姫姉妹からもらったようだった。手早く、紅茶のしたくもはじめる。目の前の料理といい、紅茶の入れ方といい、どれも見事といって過言ではない動作だった。

「さて。改めて紅茶で乾杯しようか」
「はい」

 カップに注がれた赤い液体から立ち上る湯気が、長谷川 真琴の眼鏡を曇らせてしまう。あわてて、眼鏡をはずしてテーブルの端に置いた。

「うん。そのほうが綺麗だな」
「え?」
「眼鏡もよく似合うんだけど、今の服にははずしたほうが似合ってる」

 何気なく笑うその顔は、『家族』に対する言葉に思えた。
 自分自身も、本郷 涼介のことは兄のように慕っていた。

 だが、それが兄に対する想いではないと気がついたのは、いつからだろうか。
 ティーカップでの乾杯の後、一口口にすると長谷川 真琴はまっすぐに顔を上げて本郷 涼介を見つめた。
 眼鏡がないからか、少しぼんやりして見える。

「涼介さん」
「ん?」
「あの……私……いつもあなたのあとをついて回るだけの妹のような存在でした。ですが、私にとってのあなたは兄ではんく、もっと大切な……素敵な男性です」

 顔が熱くて、そのことを知られるのが恥ずかしくてうつむいてしまう。
 答えを聞くより先に、プレゼントを差し出した。本郷 涼介は長谷川 真琴の震える手に手を添えて、プレゼントを受け取った。

「ありがとう、これは私から」
「え……あ、はい」

 代わりにおかれた細長い箱の中には、銀製のロケットペンダントが入っていた。

「整備の邪魔にならないアクセサリーを考えて、これなら鎖が長いから、服の中に入れられるだろう?」
「は、はい! ありがとうございます」
「それで、よければ写真を撮ろうか。ロケットに入れられるように」

 わずかに頬を赤らめた本郷 涼介が微笑みながら言った。
 ティーカップの中を空にして、二人はクリスマスツリーを背に写真を一枚撮った。

 後日、長谷川 真琴のロケットの中にはその写真が入れられることになる。









*家族と伴侶と過ごす聖夜*


 ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)の別荘地は、思いのほか大きく御呼ばれした久途 侘助(くず・わびすけ)たちは唖然としていた。

「これは、また……でかいな」
「なんだか、場違いな気がするんですけど……」

 香住 火藍(かすみ・からん)が洋風の建物を呆然と眺めながら呟くと、芥 未実(あくた・みみ)に背中を叩かれる。

「いいから、さっさといくよ。呼ばれてる側が待たせたら失礼なんだから」

 久途 侘助と香住 火藍は顔を見合わせてため息をつき、扉についたライオンの口の中のわっかを引っ張り叩く。
 扉が開いて飛び出してきたのは、ソーマ・アルジェントだった。その勢いのまま、久途 侘助に抱きついて、押し倒してしまった。
 その後ろからは、清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)がたっていた。香住 火藍は顔を見るなり、頭を下げる。

「お招きありがとうございます」
「ようこそ。といっても、ソーマの別荘だけれど」
「気兼ねなくくつろいでくださいませね」

 にこやかに微笑みあう清泉 北都とクナイ・アヤシは香住 火藍と芥 未実を部屋の中へと誘って扉を閉めた。それに気がついたソーマ・アルジェントは起き上がりすぐに久途 侘助を抱きかかえて別荘の中へともどる。

「こら! 俺まだ外にいるんだぞ!」
「て、おろせよっ!!」

 部屋の中は暖炉があり、その前には大きなローテーブル。既にティーセットとクッキーが置かれていた。清泉 北都が紅茶の支度をし始める。

「聖なる夜の紅茶でまず乾杯しましょうか」
「うん」

 久途 侘助が答えると、一同は暖炉の前のテーブルに座り、ティーカップに注がれる紅茶の香りを楽しんだ。鼻腔をくすぐられ、芥 未実はため息を漏らした。

「北都の入れる紅茶はいい香りがするねぇ。うちじゃ緑茶ばかりだからさ」
「清泉さん……あ、いえ、もう家族だから北都さん、と呼んだほうがいいのでしょうか?」
「うん。そのほうが僕も嬉しい。これからも、改めてよろしくね」
「では、皆さんの幸せを祈って……」

 一同がティーカップを捧げ、感性を上げながら紅茶を口にする。甘い香りが口いっぱいに広がると、自然と笑みがこぼれた。
 ソーマ・アルジェントは置かれていたクッキーをすかさず取ると、一口かじって目を丸くする。

「お、これ結構いけるぜ。たべてみろよ」
「ん? ああ」

 そういって、食べかけのクッキーを久途 侘助に差し出した。素直にそれをくわえると、ゆっくり租借してから飲み込んでいく。

「ん、確かにうまいな」
「だろ?」
「そうだ、これはプレゼント。これからも、二人で仲良くしてね」

 清泉 北都が差し出した袋の中には、青く長いマフラーが入っていた。二人で巻いても余裕があるほどのマフラーに、ソーマ・アルジェントは大喜びして久途 侘助と肩を並べて首に巻きつける。

(まぁ、もう仲良くしすぎてるくらいだから良いか)

 ため息をつきながら、二人を眺めている清泉 北都の横で、クナイ・アヤシはそれを羨ましそうに眺めていた。
 くっつきながらちょっかいを出し続けているソーマ・アルジェントと久途 侘助は無視して、芥 未実と香住 火藍が箱を二つ差し出した。

「こっちは侘助から」
「また家族でテーブルを囲みたいな、って思ってな」
「こちらは、二人で選びました。お二人に飲んでいただければ、と」

 一つはテーブルクロス。アンティークなのかとても上品なデザインだった。細かい刺繍の中に、修繕したあともうかがえる。きっと、贈り主が修繕したのだろうと思い、清泉 北都は口元をほころばせた。
 もう一つの箱の中には、紅茶の缶。芥 未実が悪戯っぽくウィンクした。

「ブーケロワイヤル・ローズって言うんだ。恋人にはぴったりだと思うよ?」

 清泉 北都はクナイ・アヤシの顔をみて「だって」と言いたげに微笑んだ。わずかに頬を赤らめて贈り主である二人に深々と頭を下げた。

「火藍様、未実様、素敵な紅茶ありがとうございます」
「あと、これはクナイにね」

 差し出されたのは、清泉 北都手製のマフラー。クナイ・アヤシは交換用に用意した、獣耳の帽子を差し出す。少し期待して引っ張り出すが、どう考えても一人用だった。真っ白な色合いが自分の銀の瞳にあわせて作られたのだろうと察するよりも、二人用じゃなかったことにショックを受けた。

「どうかした?」
「あ、いえ。あの。ありがとう、北都……いやぁ、北都が入れる紅茶はおいしいですね……」

 涙を堪えながら、紅茶を味わうクナイ・アヤシの様子を尻目に、ソーマ・アルジェントは久途 侘助に鍵を放り投げる。
 それをキャッチするなり、久途 侘助は不思議そうに首をかしげた。

「なんだ? これ」
「ここの鍵。いつでも来られるようにな。家族でパーティは勿論、俺たち二人の時間を過ごすためにも……」

 にやり、と笑うソーマ・アルジェントの言葉に、久途 侘助は思いっきり顔を赤らめる。

「お、おい、ソーマ……」
「んじゃ、俺たちは二人っきりの夜にしけこむのでー、立ち入り禁止な?」
「頼まれても入りませんよ」
「ごゆっくりー」

 ソーマ・アルジェントがにっこりと笑うと、久途 侘助は仕方なさそうな風でそのあとをついていく。
 ひときわ豪奢な扉の前に立つと、扉を開いて「どうぞ?」と囁かれる。久途 侘助が中に入るなり扉を閉める勢いで扉に押し付けられる。
 そして、無理やりといっても過言ではない口付け。

「んっ……お、おい」
「ずっと我慢してたんだ、少しくらいいいだろ?」

 そう熱っぽく囁いた後も、長い口付けを交わし、ようやくシルクのシーツの上へと導かれた。
 長い夜になりそうだ。二人の脳裏にはそんな言葉が浮かんでいた。



 いちゃつきカップルが姿を消したあと、香住 火藍は芥 未実と共に茶受けようの菓子を作るために席をはずした。
 その間に、とクナイ・アヤシはソファに座る清泉 北都の傍に座ろうとする。だが、まとなりに座ると彼は立ち上がり、反対側に座ってしまった。
 改めて座りなおすのもなんだかばつが悪いのでシュンとしていると、首を掴まれて横に倒される。

 気がつくと、清泉 北都に膝枕をされる形になっていた。

「え、え?」
「クラスメイトが、こうすると喜ぶって教えてくれてな」
「北都……」
「帽子、ありがとう。嬉しかったよ」

 クナイ・アヤシは幸せをかみ締めながら、瞳を閉じた。
 目を開いたとき、夢でないことを祈りながらその安らかな時間を過ごしていた。