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【カナン再生記】砦へ向かう兵達に合流せよ

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【カナン再生記】砦へ向かう兵達に合流せよ

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8,手負いの獣を追う


「あーあ、俺のお気に入りもやられちまったか。いよいよ絶望的だな、あいつこいつらより弱いし、諦めるかな」
 ウーダイオスは、首の無い二つの鎧の死体を見つけてため息をついた。
「しっかし、見事に頭を飛ばされてんな。これを二つも使えば、ゲリラどもなんて軽く捻れると思ったが、計算を間違えたかな?」
 ぼりぼりとかったるそうに頭を掻いていると、
「覚悟っ!」
 いきなり何も無いと思っていた方向から声がし、そちらに顔を向けると剣を持った奴がこちらに向かって一直線に向かってきていた。
「ほんっと、心休まる暇がないな」
 床に転がっていた、鎧の頭を蹴り上げて進路を妨害しつつウーダイオスは奇襲から距離を取った。襲撃者、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)は飛んできた頭を叩き落す。タイミングがずれたので、一旦突進を止めて間合いを図りなおしたようだ。
 だが、彼に息をつく暇はなく、続いて別の方向から銃弾が飛んでくる。
「着弾は二発か、いい反射神経をしてるんだね」
「今度はほんとに誰もいないところからかよ。ったく、こんな戦い方されたらこいつらもどうしようもねぇわな、そりゃ」
 桐生 円(きりゅう・まどか)は光学迷彩を解除し、姿を見せる。二丁の魔銃モービッド・エンジェルがウーダイオスを狙っていた。先ほど放った弾丸は、ウーダイオスの左腕とわき腹に当ったが、どちらも鎧に阻まれたようだ。あとで尋問するために手心を加えて頭を狙わなかったのが災いしたようだ。
「剣を抜かないの?」
「一つ聞くが、こいつらをやったのはお前たちか?」
「違うよ」
「………そうかい、ってことはあんたらみたいなのがゴロゴロ居るってわけか。少し幸せな気分になってきたよ」
 変な奴、とミネルバは思った。
「諦めないのなら、ここでボロボロになってもらうよ。もう、キミさえ倒せばこの戦いは終わりだからね」
 円は蒼銀の懐中時計を指先で4回軽く叩き、周囲の時間の流れを遅くする。狙いは、一点に寸分違わぬ銃弾を撃ち込むこと。いくらあの鎧が銃弾を一度耐えたとしても、一度に同じ場所に撃ち込めば、砕けぬはずがない。
「起きろよ、お前達の出番だ」
 しかし、銃弾は届かない。それよりほんの僅か速く、床に転がっていた二つの首無し鎧が起き上がったのだ。そして、銃弾をその身で受け止める。
「死体が動いた?」
 銃弾を受けても、首無し鎧は倒れることなくそのまま立ち上がった。
 一方、もう一体はミネルバの咄嗟のシーリングランスを受け、起き上がる途中で糸が切れたようにまた倒れる。
「あー、こっちの方がボロボロったもんな。しゃーない、んじゃお二人の相手を頼むわ」
 二人から盾になるように、起き上がった首無し鎧で道を塞ぎながら都合よくあいていた壁の穴を使ってウーダイオスは逃走した。その道を、首無し鎧が塞ぐ。
「円、こいつは私に任せて!」
「けど―――」
「大丈夫、もう一体は一撃だったもん。こいつも、そんなに強くないよ! ずばばーってやっつけちゃって、すぐにおいつくよ」
「………わかった、頼むよ」
「まっかせて!」

「ふぅ、なんとか撒いたか」
「誰を撒いたのかなぁ?」
 ウーダイオスの道をオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)がすっと現れ塞いだ。
「どこに逃げても無駄よぅ、あの子達があなたの居場所を教えてくれるもの」
 オリヴェアの視線を辿ると、天井にコウモリが張り付いている。
「使い魔か………コウモリとはよくこの砦に似合ってるよな、居ても全然不思議じゃないし。次はもっと綺麗な場所に住みたいなぁ、全く」
「あなたには色々お話をお聞きしたいのよぅ、だから、できれば大人しく捕まって頂けないかしらぁ?」
「やなこった。とは言うものの、あんなので追われてたらたまらないな。できるだけ避けておきたかったが、ここであんたには死んでもらうとするか」
 剣を抜きながら、ウーダイオスがオリヴィアに迫る。
 ここだ。
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)はそう判断した。今、奴はオリヴィアしか見えていない。この瞬間の攻撃ならば、ブラインドナイブスには反応できない。
「………っ、そんな!」
「どう見ても殴り合いに向かない奴が道を塞いでんだ。そりゃ、警戒もするってもんだろ……っていうのは嘘で、ついさっき似たようなのを受けたからだけどな」
 ウーダイオスはオリヴィアに向けていたはずの剣で、小夜子の一撃を受け止めていた。
「小夜子さん」
 オリヴィアの呼びかけに、小夜子がすぐにその場から離れる。そこへ、ブリザードを放つ。ブリザードならば、避けようとしても範囲からそうやすやすとは逃れられない。
「ちぃっ!」
 避け切れないと判断したウーダイオスは防御を固めた。
「足を止めました、今です!」
 そこへ新たな声と共に、円が上方から銃を向ける。声の主は、アリウム・ウィスタリア(ありうむ・うぃすたりあ)だ。アリウムは、魔鎧となって円に纏われている。アリウムを纏っていることで、軽身功と神速の恩恵を受けた円の動きは今や規格外となっていた。
「今度は手心は加えないよ!」
 鎧で覆われていない隙間を狙い、右と左それぞれ四発、計八発の銃弾を放つ。狙いは肩、肘、手首。どこでも当れば、行動をかなり制限できる。
「ぐっ」
「左肘と同じ左手首に当りました」
「畳み掛けるよ」
 円は着地せずに壁を蹴って、そのまま右側に回りこみ外れた右腕を狙う。
「終わりだよ」
「まだ終わらせてたまるかよ」
 ブリザードの効果切れと同時に、ウーダイオスは上方の円を無視してオリヴィアに向かって駆け出した。
「させませんわ」
 割って入る小夜子。剣での攻撃が来ると構えていた彼女に、突如暗闇が襲い掛かる。
「これは………エンドレス・ナイトメアですわ」
 肉体の完成でバッドステータスに高い耐性を持つ小夜子に、この魔法攻撃でのダメージはほぼ無かった。しかし、ほんの一瞬視界を奪われてしまう。
 円は範囲の外に居たが、ウーダイオス自身も魔法の効果範囲の中に入っていたため姿を見失ってしまう。もし、ここででたらめに撃てば小夜子やオリヴィアに当る可能性もあるため引き金を引けない。
「どうします、円様?」
「目くらましをしてきたなら、きっと逃げるつもりだ。出てきたところを撃つよ―――出たっ!」
 暗闇の中から何かが飛び出してくる。それに向かって引き金を引こうとした円を、
「待って、円様」
 アリウムが制止する。円も、すぐに制止の理由に気づいて引き金から指を離した。飛び出してきたのは、小夜子だったのだ。
 円とアリウムが小夜子に反応してしまった隙をついて、反対側から人影が飛び出す。すぐにそちらに銃を向けるが、左腕に大怪我を負った男はすぐに障害物に隠れて射線から外れてしまった。
「円様、オリヴィア様がっ」
 アリウムが声をあらげたのは、暗闇が晴れた場所に石像となったオリヴィアの姿を見たからだった。
「恐らく、使い魔の動きを止めたかったんですわ」
「さよちゃんは大丈夫なの?」
「ちょっと突き飛ばされただけですわ。少し背中を打ちましたが問題ありません………もしかしたら、と思って持ってきました石化解除薬をまさか本当に使う事になるなんて思いもしませんでしたわ」
 小夜子の石化解除薬でオリヴィアの石化をその場で治療する。すぐに使い魔を飛ばして、逃げた男の後を追うが、再度補足するまで少し時間がかかるだろう。
「おっ待たせー!」
 そこへ、ミネルバがやってくる晴れやかな笑顔から、どうやらあの首無し鎧をちゃんと倒してきたようだ。ミネルバに現状を簡単に説明し、五人はすぐに男の逃げていった方へと向かった。



「終わったみたいね」
 砦の広場には、アイアルの兵達が既に占領を終わらせているようだった。その様子を窓から確認したローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、安堵の息を漏らした。
「案外あっけないもんだ」
 典韋 オ來(てんり・おらい)がそう零す。
「ここの奴ら、操られてるモンスターだからかもしんないが、必死さが欠けてんだよ。おかげで、消化不良だぜ」
「わらわ達の勝利。それだけで十分であろう。確かに、思っていたより敵は脆くはあったとは思う。しかし、今は勝利したという事実の方が大事であろう?」
 と、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が言う。
「戦闘の音もほとんど聞こえなくなりました」
 エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が淡々と告げる。
「おや、こんなところにお揃いで、みなさん何をしているのですか?」
 そこへ、ロープで手を縛り口に布を詰めらた神官を連れたゾリア達が通りかかった。
「その人は?」
「ここに赴任してるそれなりの立場の奴なんだとよ」
「ってことはそいつが指揮官か? それにしては情けない姿だな」
「指揮官ではないらしいのですよ。しかし、随分と偉そうにしてましたから、何かいい情報の一つや二つ、蓄えていると思います」
「このおっさんのせいで、わたくしらはずぅっとトレイの見張りをやらされたのですわ。これで、いい話の一つや二つ持っていませんでしたら、容赦しませんわ」
 ザミエリアはすごく不満そうな顔をしている。
「窓も換気扇も無いトイレでよかったにょろ。もし、出口がありそうなら中で見張ってないといけませんでしたから」
「なんだかよくわからんが、苦労しておったようであるな」
「いえいえ、それほどでもないすよ。外も終わったようですし、このお方を安全そうな場所まで運んであげ―――っ!」
 言葉の途中で、ゾリアは神官を突き飛ばした。その場に居た全員も、彼女とほぼ同じタイミングで武器を構える。
「銃、だな」
 ロビンが床についた銃痕を見て言う。
「このおっさんを狙っていやがったな」
「あそこにいるわ」
 ローザマリアが示す先に、銃を向けている男の姿があった。
「ハズレか、うまくいかないもんだ」
 銃を向けている男は、さらに引き金を引く。しかし、この男は銃なんてものをまともに扱った経験はないらしく、ほとんど弾はその場にいる誰にかする事もなかった。
「これなら、まだ弓の方がマシかもな。しっかし、やれやれ、ずっと姿が見えないと思ったらやっぱり捕まってたのか。何をしていらっしゃるんですか、神官様っ!」
 男は銃を使うのを諦めたのか、ナイフを投げてきた。狙いは、ゾリア達が捕まえた神官だ。しかし、飛んできたナイフはエシクによって叩き落される。
「おっと、やっぱこちらの皆さんも腕が立つってわけか。っかし、ほんと厄介な奴らを連れてきたもんだ。今度神様って奴に出会ったら、頬にキスしてやりたいぐらい幸せな気分だよ」
「ごちゃごちゃうるせぇ、奴だ。てめぇが何物かは知らないが、ここでぶっ潰してやる」
 典韋が前に飛び出す。それに合わせて、ローザマリアがグリントライフルを構え援護ができる状況を整える。ライザとエシクは神官の前に立った。
「やっとわたくしも楽しめる時間になりましたわ」
 さらに、ザミエリアも前へ出る。ロビンとゾリアは、この状況で後ろからの強襲に備えた。
「大人気過ぎてやんなるな、これは」
 男、もといウーダイオスは向かってくる典韋に向かって銃を撃った。だが、弾丸はかすりもしない。すぐに銃ではなく剣を抜き、やたら重そうな一撃を受け止める。
「お、ちゃんと鍛えてるじゃねぇか」
「どうもっ」
 典韋の攻撃では押し切れなかった。が、そこへローザマリアの援護が入る。レーザーがウーダイオスの左肩に直撃した。鎧ではレーザーは受け止められずに貫通する。
「うおっと」
 バランスを崩しながら、でも倒れずにウーダイオスは距離を取ろうとする。そこへ、ザミエリアが追撃に入る。後ろへ下がろうとするウーダイオスよりもずっと早いスピードで、鎧の上に拳を叩き込んだ。鎧こそ破壊できなかったが、衝撃は相当なものだろう。
 受ける事も避ける事もできなかったウーダイオスは吹っ飛び、背中から地面に落ちる。手ごたえは確かにあったが、ウーダイオスはすぐに立ち上がった。
「わたくしの一撃を受けて立ち上がるとは、褒めてあげますわ」
「そりゃどうも。こんな短いスパンで褒められたのは産まれて初めてだ」
 ウーダイオスにとって、この状況は詰みといっても過言ではなかった。逃げようにも、ローザマリアの狙撃を避けるのは無理に近い状況で、そのうえ典韋とザミエリアの二人をなんとかする、仮になにかの間違いで二人を退けても、まだ万全なのが後ろに四人構えているのである。
「そなたっ、何をしておる!」
 ライザの声が状況を変えた。何事かとローザマリアが振り返ると、あの神官が自分の心臓にナイフを突きたてているのだ。
「え? なんで?」
 神官の持っていたナイフは、先ほどウーダイオスが投げたものだ。だが、それは神官に届く前にエシクによって叩き落されている。手を縛られていた神官が、そうやすやすと拾える場所ではなかったはずだ。
「まさか、先ほどの銃撃は………」
 エシクがナイフを落とした場所に目を向けると、そこには弾痕が残っていた。先ほどから銃撃を外し続けていたウーダイオスが、そんな精密な射撃が果たして可能なのか。そこまで考えて、一番最初の銃撃は神官を確かに狙っていた事を思い出す。
 狙って撃ってきたのだ。これが偶然だったとしても、そう考えて対処した方がいい。エシクはそう考え直す。
「お待ちなさいっ! ………なんて逃げ足ですの」
 いきなり神官が自決を行い、混乱している中でウーダイオスは逃げ出した。彼の動きに釘をさしていたローザマリアが、視線を外した一瞬のできごとだった。
「………もう、息をしておらん、すまぬ、わらわの不注意である」
 ライザがそう言って首を振る。
「誰のせいでもないです。まさか、この人が征服王のために自殺ができるような人だとは私も考えていませんでしたし」
「やられましたね。これで情報源を奪われ、敵も見逃してしましました」
 と、エシク。
「いえ、あの様子ではあの男はもう満足に戦えないでしょう。左腕はしばらく動かせないでしょうし、だいぶダメージは蓄積したはずです。誰かが捕まえるのは、時間の問題ですよ。そうしたら、かる〜く地獄を見てもらって、このツケを支払ってもらうにょろ」
「軽くでは、甘いですわ。生きていた事を悔いるほどの地獄を見せて、それでも全然っ足りませんわ。そうでしょう、トイレの見張りなどという死ぬほど退屈なことをしたわたくしの努力を、全て無駄にしたんですもの。ククク………本物の地獄がどういうものかをわたくしが懇切丁寧に教えてさしあげますわ」
 ザミエリアの怒りで身を震わせながら、そういつまでも不適な笑いを零していた。



 なんとか逃走を果たしたウーダイオスだったが、蓄積したダメージは深刻だった。特に、左腕はもう体にくっついているだけで、邪魔もの以外の何者でもない。
「待ちなさい!」
「またか……」
 ウーダイオスの前には、真口 悠希とアリア・セレスティ、そしてアイアルが立ちふさがっていた。
「誰かと思えば、ゲリラの隊長さんじゃないか。おめでとさん、今日からここはお前たちのもんだ」
「その顔は………まさか、本当にあのウーダイオスだというのですか」
「おやおや、どうやら隊長さんは俺の事をご存知なご様子。たかだか一介の軍人を覚えてるなんて、あんたも暇な人だねぇ」
「軍人ですと、何を言いますか、あなたは自分の部下を、それどころか多くの市民までその手にかけた狂人だ。ヘシュウァン家として、あなたをこのまま生かしておくわけにはいきません」
「ヘシュウァン? ………ああ、妹が嫁に出た先の家がそんな名前だったような気がするな。まだ残ってたのか」
「ご存知でしたか。そうです、あなたの凶行によって我が一族の栄光もほとんど剥奪されたと聞きます。それはいい、私には及ばぬ過去の話です。ですが、今尚そうして民を苦しめんとするあなたを見逃すことは、ヘシュウァン家としてできません」
 アイアルは剣を抜き、一人前に出る。全力をこめた一撃は、しかしウーダイオスの片腕で持った剣に受け止められた。
「他の奴と違って、殺しにかかってくるのはいい。けど、片腕で防がれるようなやわな鍛え方してちゃ、話しになんないんだよっ!」
 アイアルを蹴り飛ばすと、一緒に居た二人、悠希とアリアが入れ違いでウーダイオスに向かう。悠希が光術で視界を奪い、アリアが落ちている瓦礫をサイコキネシスで放ちつつ自身も前へ進む。
 ウーダイオスは、この攻撃をやり過ごせないと判断した。ならば、と体を捻り動かない左腕を盾として、飛んできた瓦礫とアリアの一撃を受ける。
「そこかっ」
 左腕に攻撃が打ち込まれた瞬間、ぼろぼろの左腕ごとその方向に突っ込んだ。無様な体当たりで、一度アリアとの距離を取り直す。瓦礫の一つは、ウーダイオスの額を打って、彼の血を流させる。
「あーあ、こりゃひでぇ」
 ウーダイオスの左腕は、肘から先を失っていた。さすがに、腕は盾にするには少しばかり強度が足りなかったらしい。落ちた腕を、彼はめんどうそうに拾い上げると、鎧を外して口に加えた。
「なんなのよ、あんた」
 ウーダイオスは腕を切り落とされたというのに、全く動じた様子はない。見れば、顔には脂汗が浮いているし、アリアの知らないここまでの戦いで消耗しているのだが、それでも異状と言っていいぐらいに落ち着いている。
「ふぁ………あ、落ちた。俺がどんな奴だったか、なんてそこの寝転がってる男に聞けばいいだろう。ま、しばらくはお話できそうにないけどな」
「え?」
 寝転がっている男というのは、アイアルの事だろう。しかし、彼はただ蹴り飛ばされただけで、そこまで深刻なダメージを受けているとは思えない。
「アリアさま!」
 悠希の声、はっとなったアリアはそのままの表情で固まった。
「余所見してたら危ないぞ」
 いつの間にか、悠希のすぐ目の前までウーダイオスは詰め寄っていた。そして、悠希に向かい至近距離でペトリファイを放った。
「………ふぅ、なんとか片付いたな。しかし、お前まだ残ってたのか、とっくに逃げたもんだと思ってたんだが」
 アイアル、悠希、アリアの三人は石化の効果で動けなくなっていた。そのうち、悠希はウーダイオスが仕掛けたが、アイアルとアリアに石化を施したのは闇に潜んでいたマッシュ・ザ・ペトリファイアーだ。
「手伝ってやるって、言ったじゃん? それより、どーすんのさ。腕は取れて、砦も陥落状態。勝ち目ゼロ、っていうか、もう負けだよ」
「そうだな、旅行でも行くか」
「はぁ? 何言っちゃってんの? 血を流しすぎて頭おかしくなっちゃったのか?」
「いや、俺は大真面目だぜ。確かに雑魚だったが、数はそれなりに用意したっていうのに外の連中が一日と持たずに壊滅されたんだ。援軍で呼ばれた外の奴らとまともに戦うには、俺のやり方はどうにも古くて話しにならねぇらしい」
「はい?」
「まぁ、そういう事だ。ま、今日は逃げるなり寝返るなりして無難に対処しとけ。あんまり石化の仕事を用意できなくて悪かったな。さすがに俺も自分の事で精一杯だわ」
「寝返るねぇ。だったらここであんたを倒しちゃうのが一番手っ取り早いよね?」
「おっと、そいつは考えてもなかったな。どうする、今の俺なら簡単に討ち取れるかもしれないぞ?」
「………なんてね。そんなめんどくさい事しないよ。あんたが必死こいて走り回ってるのを見てるのは、はそれなりに面白かったし、それでチャラにしてあげるよ」
「そうか、残念だ。んじゃ、達者でな」



 マッシュと別れたウーダイオスは、砦の上へと昇っていた。モンスターを操っていたのは神官だが、いざという時のためにレッサーワイバーンを一頭手なずけている。
 結果としては上々、忌々しい神官は片付いたし、ゲリラは目論見通りにこの砦を落としてくれた。利き腕ではないとはいえ左腕を失ったのは大きいが、必要経費だと思えば安いものかもしれない。
「司令官殿、お待ちしておりました」
 レッサーワイバーンを待機させている部屋の手前で、兵士に出迎えられた。それを見るなり、持っていた腕を放ってウーダイオスはその兵士に切りかかる。兵士も、すぐに妖刀村雨丸を抜いて対処した。
「おかしーな、うちの兵は昨日のうちに全部出ていってもらったんだけど?」
「どうりで、いくらさがしても人間の兵が見つからないわけだ。服はあったから、居なかったわけじゃないんだろ?」
 兵士に扮していたのは、棗 絃弥(なつめ・げんや)だ。
「この先に一頭だけレッサーワイバーンが居たから、ここで待ってれば来ると思ったが、予想通りだったな。しかし、よくもまぁそんな状態でここまで来れたもんだ」
「見ての通り死に掛けなんだ、せっかくだし見逃してもらえないもんかね」
「冗談」
 絃弥は休む暇を与えずに、一撃は軽いが休む間もなく攻撃を繰り出していく。見るからに消耗しているウーダイオスに危険を犯して踏み込んでいくより、このまま消耗戦に持ち込んでいく方がいいと判断したのだろう。
 持って五分か、いや三分でもウーダイオスにとっては永遠のように長く感じるだろう。隙を与えず、回復もさせず、ただひたすら体力を奪う。それに、ここにはもう一つ隠し玉がある。
「ぐあっ」
 いきなり、ウーダイオスが横に吹っ飛んだ。絃弥はそのような攻撃はしていない。
「姿を消してる奴がいるってわけか………」
 この場所には、光学迷彩で姿を消した佐野 亮司(さの・りょうじ)も潜んでいるのだ。隠れ身とブラックコートで気配を消しているため、それだけで位置の特定はかなり難しいというのに、絃弥が休ませずに猛攻を加えてくるため意識を向けるのすら難しい。
「これは………さすがに、無理か………」
 絃弥の攻撃をなんとか受けながら、亮司の死角からの攻撃にも対処する。当然、そんな事は不可能だ。ある種の天才的な勘だけで、亮司の打撃の芯を外してはいたが、何度も打撃を受け意識は朦朧としてくる。だが、絃弥の攻撃のペースは全く落ちない。ウーダイオスだけがひたすら消耗させられていく。
 既にウーダイオスは壁に背中をあずけて、なんとか立っているといった状態だった。時間にして、一分も経っていない。呼吸もかなり乱れており、彼の喉はヒューヒューと掠れた音を鳴らしていた。
 そこまで消耗しているというのに、ウーダイオスは絃弥に向かってきた。
「うおおおおおおおおおっ」
 それはもうヤケになっているようにしか見えなかった。ほとんど遠心力に任せた、振り回しているだけの攻撃を繰り出してきた。重さも、技巧もない。絃弥はそれを受け、動きの止まったところを亮司にトドメの一撃をいれさようと考える。
「………っな」
 いざ剣が当るといったところで、ウーダイオスは剣から手を離した。そして、空いた手で絃弥の顔を殴打した。もっとも、直撃しても少し驚く程度のもので、ウーダイオスには徒手空拳での戦闘技術はほとんど無く、まして死に掛けの彼の身で出せる拳などではダメージを発生させられはしなかった。
 だが、ほんの少し隙は生み出せた。ウーダイオスは絃弥をすり抜けて、奥の部屋へと向かう。そこを、亮司が一撃を加えた。またしても、うまいこと芯を避けられてしまったがウーダイオスは衝撃に耐え切れずに、その場にうつぶせに倒れた。
「………捕まえた」
「!?」
 亮司は足もとに違和感を感じた。なんと、彼の左足を先ほどウーダイオスが捨てた彼の左腕が掴んでいたのだ。このままでは居場所が筒抜けになってしまう、すぐに振り払おうとするが、ウーダイオスは回転して仰向けになり、亮司の体があるであろう場所に向かって銃を撃った。
 咄嗟に横に飛びながら、ついでに足を掴んでいる腕を振り払う。ダメージは無かったが、距離が開いた。
 ウーダイオスは立ち上がりながら、今度は絃弥に向かって発砲。絃弥はそれを避けながら、魔銃モービッド・エンジェルで反撃。互いに動きながら撃った銃撃は、ウーダイオスの右肩にだけ着弾した。衝撃で、彼の手から銃が落ちる。
 ウーダイオスは、それでもなんとか逃げようと試みたが、そこまでだった。絃弥と撃ち合いをしているうちに、亮司は体勢を立て直し、逃げようと背中を向けたウーダイオスに一撃を叩き込んだのだ。
「しぶとい奴だったわ」
 ウーダイオスが完全に意識を失ったのを確認して、亮司は光学迷彩を解いた。
「万全の状態でここに来たら、厄介だったかもな。一体いくつの死線を乗り越えてここまで逃げてきたのやら………とにかく、こいつを運んで下に合流するぞ」
「だな。それにしても、こいつの腕、最後になんで動いたんだ?」
「んなもん、あとでゆっくり聞けばいいだろ」
「それもそうだな」
 こうして最後の最後まで逃げ回ったウーダイオスは捕えられ、この短い戦いは終結を迎えたのだった。