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第三章:悪党の掲げた正義

 正統派サイドの戦士であるネクロマンサーのエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)と、そのパートナーの強化人間でコンジュラーの緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は、既に殆どの肉が腐り落ち骨だけに近い姿の屍龍を呼び出したネクロマンサーのゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)と向かい合い、試合開始を今かと待っていた。
 だが、エッツェルは、「タイム!」と声をかけた後、不気味に笑ってレフリーに何か耳打ちをしているゲドーの方を厳しい目で見ていた。
「ったく、上納金を納めなかった王から絞り取るのは構わないけど、貰ったランドセルを取り上げられる子供達は可哀想じゃん?」
 エッツェルの隣に立つ輝夜が大きく伸びをして彼を見つめる。
「ふむ……まあ、正義や悪といわれても、正直、興味はありませんねぇ。しかし、輝夜の言うとおり、可愛い子供達にプレゼントされたランドセルを、今更回収するのは可哀想ですね」
「うん、今回は手伝ったげるけど、間違いなく王に非があるんだからね。あとでちゃんと稼いで上納金を納めなよ? って言っておかないとね!」
「そうですね……しかし随分レフリーと話込んでおられますね、相手の方は……」
 やがてゲドーにいくらか「うん、うん」と頷いたレフリーがエッツェルと輝夜の元にやって来る。
「キマクの穴の選手から、クレームがありまして、エッツェル選手と輝夜選手のどちらかのみが試合に出てください。」
「ええぇぇーっ!! タッグ戦でしょう。何で! どうして!?」
 輝夜が叫ぶ。
「ゲドー選手はセコンド扱いなので、1対2は反則になります」
「(……なるほど、そういう事ですか……)」
 チラリとリング上に残った屍龍を見つめるエッツェル。
 既にリング下へと降りていたゲドーが二人にヤジを飛ばす。
「おいおい俺様はしがないネクロマンサー、ただのセコンド。オメーの相手はその屍龍ぜぇ! 1対2でやろうってのかい? 正統派さんは!」
「この、卑怯者め!」
 怒る輝夜の声にゲドーは緑のロングウェーブを掻きあげて高笑いする。
「卑怯ぉ? 1対1で道具も使っちゃいねぇ。ちゃ〜んとルールは守ってるぜぇ? なのに正統派と名乗るオメーらが反則するのかよぉ!?」
「ぐぬぬ……」
 放っておいたら今にもゲドーに跳びかかりそうな輝夜をエッツェルが制する。
「輝夜さん、私がやります。下がっていて下さい」
「エッツェル? 嫌よ、あたしにやらせて! あの龍ごと、ワカメ髪をぶっ飛ばしてやるんだから!!」
「その怒りは後々まで取っておいて下さい。それにアンデッド相手ならネクロマンサーの私の方が得意ですから。ね?」
 諭すようなエッツェルに渋々輝夜が頷く。
「……わかった。今回は譲るわ」
 そう言ってノシノシと、リング下へと向かう。
「さて、始めましょうか」
「いーや! まだだ!」
「!?」
 ゲドーが憎たらしげにエッツェルの持った虚刀還襲斬星刀を見る。
「おいおい、屍龍ちゃんは丸腰。だったらオメーも武器と防具は外すよなぁ? 正義の味方ならフェアプレーは当然だろ。だひゃひゃひゃ!!」
 逆五芒星の印の入った舌を出して笑うゲドー。
「あ、の、ワ、カ、メェェー!!」
 輝夜がギリギリと歯を食いしばり、更に怒りを増幅させる。
「……構いませんよ」
 エッツェルは持っていた剣をリング下へと投げ捨てる。
「エッツェル!? 挑発に乗らないで!」
 輝夜を見てエッツェルが口元に笑みを作る。
「こちらの方が面白いでしょう?」
「(あちゃぁ……悪い癖が出てるよー)」
 頭を抱える輝夜。エッツェルの悪い癖というのは、彼が善悪利害等は考えず面白いと思ったことを行う事を指す。『自分が楽しむ』ために『手段や結果』を選ばないというものである。
「(今は勝たなきゃ駄目な時じゃん……)」
 一方のゲドーは大喜びである。
「だ〜ひゃっはっは! 正直者は馬鹿を見るってかぁ!? ……それじゃぁ」
 黙っていれば恐らく異性に人気が高いであろう顔を引き締めたゲドーが屍龍に命令する。
「行けェ! 屍龍!! 燃やし尽くしてしまえェェー!!」
「グゥオオオーンッ!!」
 咆哮した屍龍がエッツェルに突進する。
「ゲドーさん。同じネクロマンサーとして教えてあげましょう。屍龍を出した時点で貴方の勝利は既に無かったという事を」
 笑みを浮かべたままのエッツェルが、屍龍の吐いたブレスを受ける。
 一瞬にして熱風と火炎がリング内に吹き荒れる。
「だ〜ひゃっはっは、俺様は俺様がよければ何でもいいんだよ! 燃えろ燃えろぉ、燃え尽きちまえー!!」

 ……それから10分にもわたる屍龍の攻撃が続いた。
 咆哮し、ブレスを吐き、突進し、爪を用い……召喚者のゲドーもありとあらゆる知恵を絞り、エッツェルの攻略を試みた……が。
「どうしました、もう終わりですか? 私はまだ何もしていませんよ?」
 身につけた赤きトーガが傷ついた以外は全身無傷で立つエッツェル。
「て、てめえ、卑怯だぞ!!! 自分がアンデッドだって隠してやがったなぁぁ!!」
 ゲドーがエッツェルを指差し叫ぶ。
 痛覚が無く人体的な急所も無い、火炎弱点を克服した上位アンデッドであるエッツェルは、更にアンデッドなので傷ついた肉体が自己再生される【リジェネレーション】を持っており、物理攻撃にも強い彼を倒すには、光属性の攻撃、もしくは回復魔法を持つ者でないと無理であった。
 ゆえに、エッツェルは言ったのだ。「屍龍を出した時点で貴方の勝利は既に無かった」と。
 背中を突き破って生えてくる腐肉の絡まった骨の翼を開いて、空を舞うエッツェルがサラリとゲドーに返す。
「聞かれてませんが、何か?」
「あああッ、俺様は他人の不幸のためにわざわざこんなとこまで出向いてるっつーのに、ちったぁ、俺様の苦労も考えやがれ!!」
 既に頬杖を付いて観戦していた輝夜が呟く。
「おーい、言ってること無茶苦茶だよー」
 しかし、一方のエッツェルも多少は困っていた。
「(ふむ……攻撃に耐えるのは別に構いませんが、相手が屍龍なら、私の必殺技である【虚空の門】も通用しませんしねぇ)」
 エッツェル自身に混ざった混沌の魔力を使い、精神と肉体を両方破壊する暗黒空間を作りだす技も、相手が相手だけに効かない。
 やがて一向に進まぬ試合展開に、観客から不満の声が上がりだす。
「おらー、真面目に戦えー!」
「ヤル気あるのー!?」
「ナンボ賭けとる思っとんじゃ、ワレー!」
 投げられたジュースの入った紙コップが見事にゲドーの頭にボシャリと落ちる。
 タラタラと流れてくる甘ったるい液体に、ゲドーの中で何かがはじけた。
「チクショウ! 皆して俺様を……ギャラリーもオメーらも全員まとめて不幸になりやがれぇぇぇ!! 屍龍ちゃん、ここにいる全員を不幸にしろぉぉー!!!」
「グゥオオオオォォーンッ!!」
 骨だけになった翼をはためかせるように飛び上がろうとする屍龍を眺めたエッツェルが呟く。
「ほら、出番が来たでしょう? 輝夜」
 バッとスピードを生かしてエッツェルの頭上を跳躍していく輝夜。
「遅い! 待ちくたびれたよー!!」
 ついで、とばかり、ゲドーの頭も踏みつけていく。
「ぐお!? このチビ!!」
 せめてパンツくらい見てやろうと思ったか、ゲドーが顔をあげるが、輝夜は忍び装束を着ているため、形の良い尻くらいしか見えない。
 ゲドーに舌を出してべーッとした輝夜が、同時に残像を残して消える。
「屍龍ちゃん! あのチビをやれぇぇぇ!!」
 観客の方から輝夜の方へ顔を向ける屍龍。
 その背後に現れる輝夜。
「ブラインドナイブス!」
 無光剣を屍龍に一撃する輝夜を見て、ゲドーが笑う。
「だ〜ひゃっはっは、それぐらいで……」
「ツェアライセン!! お願い!!」
 輝夜の持つ「切り裂く者」という意味の名を持つフラワシ【ツェアライセン】が、俊敏さと精密さを生かして両手の爪で屍龍をあっという間に切り刻んでいく。
 ゲドーの前に呆気無くバラバラにされた屍龍の残骸が落下していく。
「!? ……そうか、フラワシか!!」
 ゲドーが呟くと同時に、レフリーが腕を高くあげる。
「この試合、引き分けとします!!」
「は?」
「え?」
「ほ?」
 三者三様でレフリーを見つめる三人。
「ど、どういう事? あたしが今あの屍龍をバラバラにしたの見てたじゃん!?」
 輝夜がレフリーにズカズカと詰め寄る。
「確かに。だが、この試合の権利はエッツェルと屍龍にあったはずだ。それを関係ない輝夜選手が倒してしまったのだ」
「あ……」
 やっちゃった、という顔を見せる輝夜に、エッツェルが肩をすくめて応える。
 そこに息を吹き返したゲドーが笑いながら寄ってくる。
「だ〜ひゃっはっは、残念だったな。だが、レフリー。ならば俺様と屍龍の勝利になるのではないか? んん??」
「……君は屍龍に観客を攻撃させようとしただろう?」
「あ……」
 ムンクの叫びのポーズのままのゲドーを残し、試合は終わりを告げるのであった。