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人形師と、写真売りの男。

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人形師と、写真売りの男。
人形師と、写真売りの男。 人形師と、写真売りの男。

リアクション



16


 迷惑をかけた人達全員に謝るということで。
「すんませんでした」
 まず紺侍は工房に居る面々に謝った。
 リンスを心配して来た。そういう人達に。
 頭を下げていると、
「きえぇぇぇい!!」
 掛け声とともに、七篠 類(ななしの・たぐい)が刀を持ちだして斬りかかってきた。
 あっやべ避けなきゃ、そう思うよりも早く。
 類の手から刀がすっぽ抜けた。すぽーん、という音が聞こえてきそうなほど、見事に。
 放物線を描いて床にトスッ。
「…………」
「…………」
 無言で見ていると、類は無言で刀を拾いに行った。
「落としてない」
「……ああ、ハイ」
「きえぇぇぇい!!」
「もう一回!?」
 と、今度は外した。床に直撃。おまけに抜けなくなったらしい。
「……大丈夫っスか?」
「問題ない」
 そう言うけれど、一向に抜けそうにない。まあ刃物を振り回されているよりはマシだろう。
 それよりも、だ。
 じっと睨みつけている、ルカルカのことが気になる。
 何か用だろうか。そう思ってチラ見しては、視線で殺すくらいの強さで睨まれる。その繰り返し。
 と思えば、
「あらあら。あちきの写真はなかったのねぇ」
「い?」
 いつの間にか、アルバムをレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)がぺらりぺらり、めくっていて驚く。
「む、ミスティの写真発見。……けどあちきの写真はない。これはどういうことですかねぇ?」
 ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)の写真を手に、紺侍に詰め寄ってきた。
「あ、売るの止めてくださいね」
 ちゃっかり要求も忘れずに。
 なので、「すんませんでした」素直に謝って、ミスティの目の前でデータを削除。写真もミスティに返す。レティシアが持っているのとは別の写真が二枚。それを見て、「……むむぅ」とレティシアが唸った。
「ねー本当にあちきの写真ないの? 一枚も?」
「ないっスね」
「本当に? 一枚も? こんなに美少女なのに?」
「胸デカイなァって思った記憶はあるんスけどねー」
 確か、ミスティを撮った時に隣に居た。その時そんな感想を残した、気がする。
 こうして間近で見て、確かに可愛いなとは思うけれど何か足りない。今も特にシャッターを切りたいとは思わないし。
 ちらり、ミスティを見る。
「秘めたる物が有る方が惹かれるってことっスかねェ?」
「ちょっとちょっとキツネさん。それはあちきにケンカを売っているのかねぇ?」
「や、そんなつもりはないっスよ、えぇ」
「とりあえず……もみあげ引っ張らせてもらおうかねぇ」
「とりあえずで引っ張られるオレのもみあげ可哀想っスね」
「あちきの言われようの方が可哀想だと思うけどねぇ」
 ぐいぐい引かれることも、甘んじて受け入れよう。というかこの程度で済むのか。どれだけ心の広い人間が集まっているんだ、この工房は。
「……つーかそろそろ痛いんスけど。まっすぐ歩けなくなったらどーするんスか」
「えっこれ触角なの? 面白そうだねぇ、ちぎれるまで引っ張ろうかしらねぇ?」
「すんませんマジすんません、レティシアさんの写真を満足行くまで撮らせて頂くンで勘弁して下さい」
 そんなやり取りの最中、くすくす、笑う声。
 誰? と視線を巡らせると、知った顔。友人の神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が立っていた。
「翡翠さん」
 翡翠も工房関係者だったと知って、本当に世界は狭いなと再認識。
「お久しぶりですねえ。相も変わらず、危ない橋を渡って生きてますか?」
「えェ、まァ。今回みたいな類の橋は、もう遠慮願いたいっスけど」
 追われて逃げて、そこまでやって初めて理解した。
 被害者側から怒られるのも、知り合い側から叱られるのも、嫌だ。
 翡翠はくすくす、笑っている。
「合う、合わない。裏でもそれはありますからねえ」
「そのようで」
「まあ……懲りたら、盗撮は止めることですね。あなた、写真の腕は良いんだから」
「そりゃどォも」
「ああ、そうだ。何かあれば、連絡をしてくれてもいいんですよ? まあ……あなたの場合、必要かどうか」
 言いつつ翡翠が渡してきたのは、携帯の番号が書かれた紙。
「くれるならもらっておきますよ? 人肌恋しいって夜中にイタ電してやります」
「おやおや、あまり悪用するものではありませんよ? 夜道に気を付ける羽目になります」
「そりゃ怖い」
 笑ってから、紙をポケットにしまった。
「いつかかけるっすよ。たぶんね」
「どうせろくでもない用事なのでしょうねえ」
「わかってて渡したンでしょ?」
「ええ、まあ。
 ……では、自分はこれで」
 くすくす、笑った翡翠が向かう先は、リンスと山南 桂(やまなみ・けい)が座っている席の近く。


「随分、冷たい視線を投げてきていましたねえ」
 椅子に座ってすぐ、翡翠は桂にそう言った。紺侍と話している間、ずっと冷たい目で紺侍を見ていたのだ。
「そうですか? それよりも主殿、良かったですね」
「はい? 何がでしょう?」
「相手。主殿のことを覚えていてくれて」
 久し振り、という会話まで聞こえていたのか。それにしても友人絡みの事件が起こったせいか、紺侍に対する態度がとげとげしい。
 ――まあ、それも自業自得ですねえ。
 笑ってから、リンスに差し入れとして持ってきていたサンドイッチをテーブルに置いた。
「疲れたでしょう? お腹がすいたら、食べてくださいね。具は、卵とハム、胡瓜やレタス、トマトなどです」
「ありがと。助かる」
 いえいえ、と手を振り桂の淹れたお茶を一口飲む。
「……言いましたか? きちんと。迷惑だと」
 桂が、厳しい声のままリンスに問うた。
「言ったよ」
「そうですか。これで静かになると良いのですが」
「だといいよね、本当」
 お茶を飲みながら、まったりとする。
 こういう時間の方が、ここに居る面々は好きなのだ。
 ――夜ですと、ちょっと物足りませんけど、ね。
 思っても言わないのは、空気を読んだ結果。


「ねえねえ」
「? ハイ」
 秋日子に服の裾を引かれ、紺侍は振り返る。隣にはリンスの恰好をしたキルティスの姿。
「どうしても写真を撮りたいならこの子を撮りなよ!」
 そう、秋日子は楽しそうに言うけれど。
「…………」
 キルティスは嫌そうである。
「……や、うん。お兄さん、美人さんだなァって思いますけど。こんな嫌そォな顔されちゃ撮れねーっスよ」
「ふうん?」
 首を横に振ったら「じゃあ」と言って秋日子がキルティスの手を引いて別室に移動した。
 数分後、借りていた服から元々着ていた女性服に着替えて出て来た。
 ――アレ? お兄さん? お姉さん?
 よくわからなくなった。首を傾げる。リンスの服を着ていた時は、お兄さんだと思ったのに。今はお姉さんにしか見えない。
「さーどーぞっ☆ 思う存分撮ってください♪」
「えっ何スかこのテンションの変わりっぷり……! えっ同一人物っスよね? 替え玉とかそういうアレじゃないっスよね?」
「同一人物でーす♪ ほらほら撮っていいんですよー?」
 むしろ撮れ、とばかりにキルティスがにこにこ笑顔を浮かべながら近付く。
 が、それよりも早く紺侍の足に突撃した人物がいた。バシュモである。
 えっ何、と思うより早く、逆側から胴体に突撃。今度は何! そう思って首を回すと、神山が睨むように紺侍を見上げていた。
「せくちーなうちをとってー!」
「俺も撮れ! ただし売るなよ、各務が怒るからな!」
「僕のことも撮っていいんですよー?」
 右から左からついでに前からと撮ってコールが巻き起こる中。
 ――何スかこれ。モテ期?
 到底そうとは思えない、けれどそれに似た何かを感じながら紺侍は乾いた笑みを浮かべた。


 その一方で。
「捕まってよかったですね」
 椅子に腰かけたテスラが、朱里の淹れた紅茶を飲みながら正面に座るリンスに微笑んだ。
「うん。マグメルも茅野瀬も、ありがとう」
「べ、別になにもしてないから。お礼を言われる筋合いはないわよ」
「なんか言葉の選びが面白いね、今日の茅野瀬」
「いつも通りだけどっ」
 それはテスラとライバル関係を結んだから――とは言えまい。衿栖は椅子から立ち上がりぷいと身体ごとそっぽを向く。
「あっ」
 そこには偶然運悪く、給仕していた朱里が居て。
「わっ」
 ぶつかりかけたのを避けようと身体をひねったら、バランスを崩してたたらを踏んだ。そのまま数歩後ろに下がり、
「ちょ、危な」
 リンスの座る椅子にぶつかって、転んだ。床に倒れる。
「……痛、」
「衿栖さん……大胆、ですね」
「へ?」
 テスラの声に状況確認。
 ――椅子に躓いたら、座っていたリンスを巻き込んで床に倒れました。リンスは下に、私は上に居ます。
 つまり、押し倒している状況で、
「うわあぁあ! ごっごめん!?」
 慌てて離れようとした衿栖の手を、リンスが掴んだ。
「えっ何!? 何よ!?」
 予想外の行動にただただ慌てると、
「茅野瀬」
 静かな声で呼びかけられる。
「だから何!!?」
「この写真、何?」
 顔に集まっていた血が、さぁーっと一気に引いていった。
 リンスが持っていたのは、衿栖がピースして写っているあの写真だったから。
「ご……っ、ごめんなさーい!」
 謝罪の声が、響く。


 そんなちょっとした修羅場が起こる一方で、紺侍は三人が満足行くまで写真を撮っていた。
 それから持ち運んでいた携帯用プリンタでプリントアウト。透明な袋に入れて渡し終えて、ようやく一息。
「やっぱりうちはせくちーやでー!」
「ほら見ろ身長分からないように撮ればかなりイケてるだろ!」
 喜ぶバシュモや神山を見て、
 ――アレ?
 今までとは違った何かを感じた。
 はて、と首を傾げると、
「おにぃちゃん、うれしいの?」
「あら。お人形さん」
「クロエよ」
 いつの間にか傍に居たクロエにそう言われた。
「さぁ、どうでしょうねェ? そう見えました?」
「みえたっていうか、おもったわ」
「どォして?」
「リンスがいってたもの。じぶんのさくひんがよろこばれると、うれしいって。だから、うれしいんじゃないのかしらっておもったのよ」
 そうなのか、どうなのか。自問自答に回答はなく、曖昧に笑っていたら。
「写真屋さん!」
 美羽から突撃を喰らった。
「もう逃がさないからね!」
「そもそももう逃げませんって」
「あれ? そうなの?」
「ハイ。謝罪行脚中っス」
「じゃあ私とクロエにも謝ってね」
 そういえば。
 可愛いかったから、という理由で美羽の写真もクロエの写真も撮ったのだった。積極的に売りはしなかったけれど。何せ美羽のは偶然とはいえパンチラ写真だったし。
「すんませんっした」
「いいわよ!」
「ってクロエも言ってるし、赦してあげようかなーどうしようかなー」
「オレに出来る範囲の条件なら飲むっスよ?」
 その言葉を待ってましたとばかりに、美羽が笑った。
「じゃあクロエと私の仲良し写真を撮ってもらおうかな!」
 ぎゅーっとクロエを抱き締めて、美羽が笑った。
「へ」
 そんなんでいいのか、という気持ちから、間抜けな声が漏れる。
 ぽかんとしているとクロエの背後から、
「あー! クロエちゃん、写真撮るの? じゃあねじゃあね、ちーちゃんも一緒に撮る!」
 千尋がぎゅーっと抱きついて来た。
 ぱしゃり。
 はっと気付いた時にはシャッターを切っていた。
 ――はっ。
「……すんません、なんかもうオレ癖みたいっス」
 可愛いとか、綺麗とか、そういう物を見て我慢できなくなると撮ってしまうらしい。
 ――確か朝倉センパイとの約束では、撮ったその場で本人に見せる、んでデータを残してもいいかを訊く。だったよな。
 頭の中で言われたことを思い出し、データを再生。
「撮っちゃってました。コレ。ダメなら消すんで」
 美羽がクロエを正面から抱き締めて、その後ろから千尋がクロエを抱き締める。そんな可愛い少女たちの姿。
「これなら良し!」
 まずは美羽が了承。続いて千尋も頷いた。クロエもつられて頷く。
「っていうか現像してほしいくらい」
「あ、します?」
「ちーちゃんとクロエちゃんと美羽ちゃんで、サンドイッチみたい!」
「さんどいっち! わたし、たべられちゃう?」
「たべないよー、でもぎゅーってするよー?」
「きゃー♪」
「あっ、ぎゅってするなら私も混ぜて! ほら撮ってもいいよ! ね、いいよね二人ともー?」
「ちーちゃん、クロエちゃんと一緒ならいいよー♪」
「みわおねぇちゃんと、ちーちゃんがいいならわたしもいいのよ!」
「なら、撮るっスよ。宣告ナシにやるんで、後でどんな写真撮られたか見て驚いてください」
 人から承諾を得て撮影するのは久々だったけど。
 そんな久々も、楽しかった。