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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

リアクション

「ようやく見つけましたわよ、静香さん」
 廊下の一方から聞こえてきたその声に静香が振り向けば、そこには神倶鎚エレンとそのパートナー3人、の合計4人を引き連れた静香のパートナー、ラズィーヤ・ヴァイシャリーその人がいた。
「え、あれ、ラズィーヤさん。もう今日のお仕事終わっちゃったの?」
「ええ、ちょうど空京大学からお手伝いに来てくれた方がいましてね。その方のおかげでもうほとんど終わってしまいましたわ」
 残った一部の仕事は、その手伝い人である宇都宮祥子に任せ、自分はこうして静香の前に現れることができた、というわけである――ついでに何かがあった時のために、祥子とラズィーヤは互いの携帯電話の番号を教え合っておいていた。
「えっと、それでラズィーヤさんも授業参観に参加するの?」
「いいえ」
 静香の質問に、ラズィーヤはきっぱりと答えた。
「別にそこの透け女と一緒に授業参観などするつもりはありませんわ。まったく別の用事で来ましたの」
「別の用事って……?」
「ファッションショーですよ、静香さん」
 その問いに、代わりにエレンが答える。
「ちょうど空いた時間を使って、静香さんと弓子さんのファッションショーでも開こうかと思いましたの」
「え、それ私も参加するんですか?」
 自分も関わるとは考えていなかったのか、弓子は首をかしげた。
「ええ。というか、私の元々のターゲットは弓子さんですわ。学園生活を楽しむのであれば、やはりまずは制服を着なければ始まりませんもの」
「あ、それ私も考えてたよ?」
 エレンのその言葉に反応したのは美羽だった。彼女も弓子に百合園女学院制服を着せたいと考えていた1人である。
「あら、そうでしたか」
「うん、蒼学の制服も可愛いけど、やっぱり百合園の制服っていいよね」
「……あなたもそう思いましたか」
 互いにニヤリと笑ったかと思うと、エレンは美羽と行動を示し合わせた。ファッションショー自体はエレンが行い、美羽は当初の予定通り、購買にて百合園女学院制服を購入して弓子にプレゼントする。
 方針が決まった後の行動は早かった。美羽はすぐさま購買へ走り、制服を2着――1着は静香に着せる分であり、その分の代金はエレンが払った――買ってきた。エレンはパートナーと共に家庭科室――被服室へと走り、ショー会場のセッティングを行った。
「まあそういうことですので、少しばかり付き合っていただきますわよ、静香さん」
 言うなりラズィーヤは静香の手を取る。
「え、でも僕たちこれから授業参観――」
「そんなものは後でもできますわ。ひとまずこの5時間目はわたくしに時間をくださいな」
「え、え、えっと、あの……?」
 ラズィーヤに手を引かれ、静香たちは流されるまま被服室へと入っていった……

「さて、問題はどうすれば弓子さんを着替えさせられるか、ですわね……」
 被服室内に簡単に観客席を設け、そこにラズィーヤをはじめ美羽、ベアトリーチェ、美咲、テスラ、つばめが座る。舞台として用意したスペースには当然ながら静香と弓子を待機させ、エレンはそこでパートナーたちと共に思案する。
「その前に弓子のそのセーラー服をどうにかすることだよな。脱がすとか加工とかできるの?」
 エレンのパートナー、今回はファッションコーディネート指導担当のアトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)が弓子を前にして唸る。幽霊の着替えをするなんて初体験もいいところだ。幽霊が着ている服を生者が自由に加工したりできるのか全くわからなかった。
「まあまずはやってみないことには始まりませんわよ、アトラ」
 言いつつ、エレンは弓子に断りを入れた上で、そのセーラー服に手をかける。まずは脱がせてみようというのだ。
 だがいきなり計画は頓挫する。いくらエレンが力を入れようとも、弓子のセーラー服は弓子自身から離れてくれないのだ。
「な、なんですのこの服!? ほとんど体に張り付いたかのように動いてくれませんわ!」
「ええっ! それじゃ着替えは無理ってことか!?」
 裁縫用具を被服室内から持ち出したアトラも驚いた。
「……どうやら、幽霊になったショックで、服も体の一部になってしまったようですね」
 この現象は弓子も初めて知るものだった。何しろ幽霊になってからというもの、汚れというものとは無縁だったのである。いくら今は物的干渉を受ける身であるとしても、服や体が汚れるということは無いのだ。そのため彼女のセーラー服は「脱ぐ必要が無い」ということなのか、彼女から離すことはできないのである。ただし完全に張り付いているのではなく、セーラーカラーを持ち上げたり、スカートを持ち上げたりという程度の干渉を与えることはできたのだが。
「ちょっと待てよ、それなら針や糸は通るのか?」
 アトラが縫い針に糸を通し、弓子の服に針を通そうとする。だがそれも失敗に終わった。針を服に当てても、まるで鉄板を相手にしているかのように針が通ってくれなかったのである。
「うう……、せっかく弓子に着替えてもらおうと思ってたのに……」
 アトラはエレンのファッションショー計画を聞いた時にこう言ったものだ。やっぱり制服はいい。男として育てられ、立ち居振る舞いが男のそれになってしまっている自分でも、制服を着るだけで百合園の生徒であるという気分になれる。弓子にもその気持ちをわかってもらうのだ!
 だが結果はご覧の通りである。まず「着替え」ができなければファッションショーにならないではないか。
「……いいえ、これしきのことくらいでは諦めませんわよ。手はまだありますわ」
 言うとエレンは、今度は静香に向き直った。
「静香さん、いきなりですみませんが、制服に着替えてください」
「え、僕が?」
「はい。静香さんが着替えることで、取り憑いている弓子さんにも影響が出るかどうかを確かめたいのです」
 そのついでに静香さんの制服姿を撮影するのですけど。エレンはその言葉を飲み込んだ。
「うん、いいよ。……それじゃ、ちょっと着替えてくるね」
 百合園女学院制服を受け取り、静香は被服室に設けられた仕切りの向こうへと姿を隠す――その仕切りを挟んで、弓子は静香から1〜2メートル離れたところで待機する。
(これ、結構不便ですわね……)
 その一連の動きを見やり、エレンは眉をひそめた。
 しばらくの後に、仕切りの影から百合園女学院の制服を着た静香が姿を現した。
「あら、静香さん。さすがよく似合っておいでですわ〜」
 それに賞賛の声をあげたのはもちろんラズィーヤである。観客もラズィーヤほどではないが黄色い歓声をあげた。
 簡易の舞台に引き出された静香はラズィーヤの指示に従い、その場でエレア・エイリアス(えれあ・えいりあす)の構えたカメラに向かって、恥ずかしげに次々とポーズをとる。
「ああ、なかなか見られないこの姿。ファッションショーにのって、本当に良かったですわ」
 もはや近くにいる弓子や観客のことを完全に忘れ、ラズィーヤはご満悦であった。
 エレンはその光景に満足していたが、やるべきことは忘れていなかった。弓子の外見チェックである。だが彼女のセーラー服姿に何かしら影響が出たような気配は感じられない。
「う〜ん、いくら静香さんに取り憑いているといっても、ほとんどスタンドアローン状態ですのね。全然影響が見られませんわ」
「まあ、私自身がある程度は独自に行動できますから、距離的なもの以外は影響を与え合うことは無いのではないかと……」
 それは弓子の言う通りであった。弓子と静香が影響を与え合っているのは、あくまでも「距離」であり、他の肉体的・精神的な部分については完全に独立していた。
「ではいっそ、弓子さんにはセーラー服の上から百合園制服を着ていただきましょうか。さすがにこれならなんとかなるはずですわ」
 言うなりエレンは弓子の上から百合園制服をかぶせた。弓子の方も意図を理解したのか、自ら制服に腕を通し、セーラー服越しに百合園の制服を纏った。
「あ、これならなんとかなりそうですね」
「きゃー、それそれ、それよ! うん、凄く似合ってるよ、弓子!」
「えっと、そうですか? ありがとうございます」
 美羽に全力で褒められた弓子は、こっそり頬を赤く染めた――血の通わない体なのになぜ顔を赤くすることができるのかは、この際無視していただきたい。
 だがエレンの方は少々不満げな顔を見せた。
「……セーラー服の袖が見えているのが、少しばかり不恰好ですけどね」
 百合園女学院の制服は「半袖」である。だが弓子が着ているのは「冬用のセーラー服」だった。紺色の長い袖が百合園制服からはみ出てしまっているのだ。
 だがそれに関しては特に問題にならなかった。制服を「脱ぐ」ことは不可能だったが、袖を捲り上げることなら可能なのである。
「袖を折り込んで、無理矢理中に押し込めば、多少はどうにかなるでしょう。スカートも同じように……。こんな感じでしょうか」
 弓子がセーラー服の袖とスカートを百合園制服の内側に押し込めば、少なくとも表面上は百合園女学院の生徒に変わることに成功した。
「エレア、今の内ですわ!」
「はぁい。了解ですわ〜」
 押し込んだスカートや袖が再びはみ出てくる前に、エレンはエレアに写真を撮らせる。果たして、数枚の写真がデジカメの中に収められた。
「念のためにソートグラフィーもやっておきますわね〜」
 言うとエレアはデジカメに制服を着た弓子のイメージを念写させる。今のところ、外面は「中にセーラー服を着込んでいる状態」であるため、その分の服のふくらみを消去した画像を残そうというのだ。
 もちろんそれは成功する。デジカメには通常通りに撮影したものと念写したものの2種類の弓子が残された。念写分に写っていた彼女の体が「透けていなかった」のはご愛嬌である。
「とりあえず必要な分は〜撮れましたけど〜、フラワシで〜服の加工はできるのかしら〜?」
「……またフラワシですか?」
 百合園の制服を脱ぎながら、これまでに数度フラワシの攻撃を受けた弓子が心底嫌そうな顔をする。ここでさらに攻撃されようものなら、いい加減トラウマになってもおかしくないかもしれない。もちろんエレアに攻撃の意思など無かったのだが。
「あ、あらあら〜? これは〜、どうすれば〜いいのかしら〜?」
 フラワシを呼び出し、エレアはセーラー服を加工しようとするが、先のエレンやアトラがやったように、服は全く反応しない。もちろんこれは彼女がフラワシではないのが原因である。
「う〜ん、とにかく相手がフラワシでない以上、いくら物的干渉を受けるといってもフラワシでどうこうできる、というわけではないようですね……。まあ『服を上から着る』ということでひとまずは『着替えもどき』は可能ですわね」
「それじゃあ、プロクルの出番はもう無いのであるかな?」
 エレンの3人目のパートナーであるプロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)がメモリープロジェクターを構えたまま苦笑する。プロクルの役目は、エレンたちの作戦がすべて失敗した時のための、いわば「保険」であった。服それ自体を着せるのが無理ならば、メモリープロジェクターで服の画像を浮かび上がらせ、弓子に重ねて「着替えた状態にする」のが役割だ。
 だがこれは前提条件がすでに間違っている。メモリープロジェクターとは、機晶姫に内蔵されたメモリーに入っている「映像・音声のデータ」を空中に投影・再生するものであり、単なる立体画像を浮かび上がらせる装置ではない――これに関しては、弓子の体型に似たマネキン人形に服を着せ、それを動画としてメモリーに残すことで立体映像代わりにするという方法がある。そしてそのメモリーを記録する方法は、「機晶姫が目で見る」以外に無い。エレンは最初、自分の持つテクノコンピュータに服のデータを入力し、そこからプロクルのメモリーに転送する気でいたのだが、そもそも機晶姫は「外部からのデータ入力を受け付けない」機構になっているため、結論から言えば、このメモリープロジェクター作戦こそ大失敗に終わるのである。
 ついでにメモリープロジェクターそれ自体は、機晶姫の特徴に合わせて、内蔵型・外部接続型と分かれているという。
「ムム〜、『ぱかぱっぱっぱぱーん、めもり〜ぷろじぇくた〜なのだ〜!』とか言いたかったのであるが……」
「こういう時は〜、ソートグラフィーの方が〜強い〜ということですわね〜」
 少々勝ち誇ったかのような態度を声に含ませるエレアは、見れば弓子の体をやたらと触りまくっていた。もちろん変な意味ではない。これはエレアが念写を行いやすいようにと、弓子の体型を調べているだけなのだ。
「まあ〜、見方によっては〜、明らかに〜セクハラですけれど〜」
 事情を知っている弓子は、ひとまずはされるがままとなっていた。

 その後、エレアのソートグラフィーにより、弓子に他校の制服や体操服等の様々な服を着せた写真を何枚も手に入れることができた。もちろん、静香にも同様の服を着せて、それを撮影することは忘れなかった。
 それらの姿を拝むことができたラズィーヤは非常に満足した。一時的ではあるが、弓子への敵愾心を忘れるほどである。

 そして撮影といえばこの人物を忘れてはいけない。毒島大佐である。
「どうせならそのファッションショーのカメラマンとして参加したかったのだが……。まあこの際仕方ないか。盗撮がバレそうになったら逃げる、とすでに計画してることだし……」
 被服室の外から中をこっそり盗撮していた大佐がうめく。別視点から撮影されたファッションショー風景の動画として、これはこれで重宝されることになったのだが。