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リアクション
第3章 白き心の影 4
「ちょっとぉっ!! いい加減、ここから離しなさいよ! いつまでこんな辺鄙な場所で張りつけておくわけ!」
「さあ……あの人の気分しだいじゃないかしら」
石像の間では、頑丈な金属の張りつけ台に四肢を捕らえられて喚く吸血鬼と、白銀の鎧を纏った娘がいた。
吸血鬼――普段は他人をイジって高み見物を決めこむシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)も、さすがに自分が捕まえられたとあってはいつもの余裕の表情は伺えない。
本来ならば捕らえられたとしてもすぐに逃げ出すところだが……いかんせん、張りつけ台には強力な魔法がかかっているようで、こちらの力が制御されているようだった。しかも、目の前の女――アヤと名乗るこの娘と彼女の仲間が、こちらを常に見張っている。脱走は困難だった。
「いやいや、それにしても飛んで火にいる夏の虫……でしたっケ? ハハハ、見事なまでの捕らわれっぷりデスネ♪」
アヤの付き人を名乗るアルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)のいかにも小馬鹿にした声が、けたけたと響いた。……なるほど、司の気分がほんの少しだけ分かるような気がしないでもない。
「……はあ。てっきりモートとは趣味が合いそうって思ったんだけど……人生、そう上手くはいかないものなのね」
「あの人はただの悪戯っ子とは違うわよ……たとえ私でも、アレに単身で立ち向かう勇気はないわ」
モートをアレ呼ばわりするアヤ――天貴 彩羽(あまむち・あやは)の目には、畏怖を思わせる色があった。そう、アレは……もっと別の何か。こちらが軽く触れることなど躊躇されるような、別の何かだ……。
シオンは、ふと冷静な目でモートを評するアヤに疑念を抱いた。
「……あなた、ただの部下じゃないわよね? どうして、モートの味方なんかしてるの?」
「…………」
彩羽の瞳が冷厳な苛立ちにも似たものをもってシオンを見返す。しばらく黙ったままの彼女だったが、やがて彼女は穏やかに口を開いた。
「どうして、ね……私にとっては、貴方たちのほうが理解できないわ」
「え?」
「知ってる……? シャンバラから戦いに駆り出されるのは、契約者ばかりなのよ。契約者はそのほとんどが子供……学生や子供たちは、今まさにカナンのもとで戦ってるのでしょうね」
彩羽の声色には、哀しみの響きが混ざっていた。まるで未来を憂うような、そんな哀しい声だ。彩羽の情念が籠められるそれに、アルラナでさえもそれまでのいちいちうるさい声を引っ込めていた。
「それって……」
「来たな」
石像の間に階段を駆け上がってくる足音が届いたのは、シオンが戸惑いの声をあげかけたそのときだった。
モードレット・ロットドラゴンの声に反応して、彩羽たちはそちらに視線を注ぐ。駆け込んできた足音の先頭にいたのは、予想通り――漆黒の鎧だった。
「あいつらは……!?」
「ごきげんよう、皆サマ。本日も石像の間に足をお運びいただき、まことに嬉しく思いマスよ? ……いやいや、ホント」
くすくすと笑いながらパーティの司会者のように挨拶するアルラナだけではない。そこにいるモードレット、椋、そして彩羽……見知った顔のそいつらが、石像を守るようにしてシャムスたちの前で道を阻んでいた。
「……って、シオンくん。何をやってるんですか?」
「……見たらわかるでしょ」
彩羽たちの奥でいかにも捕らわれてますといった格好のシオンを、呆れた目で月詠 司(つくよみ・つかさ)が見つめる。どこに行ったのかと思っていたが、まさかこんなところにいたとは。
「はぁ〜、もうまったく、なにをしてたかと思ったら……」
「危ない、ツカサッ!」
「…………っ!」
突然の殺意とシオンの声に、司は思わず飛びのいた。眼前を奔ったのは、巨大な土の腕であり、そこにいたのは一回り小さくなったものの、人にとってははるかに大きな――ゴーレムである。
それだけではなかった。敵の周りの影から、大した音もなくぬっと数体のシャドーが姿を現す。どうやら、向こうの臨戦態勢は整っているようだ。
そちらが道を阻むというのなら、こちらはそれをなぎ払うまで――シャムスたちと石像を守る者たちは、交錯した。
「あいどるすたあああぁ、見参!」
怒号にも似た名乗り口上とともに、葛葉 杏(くずのは・あん)のフラワシ――キャットストリートがモードレットたちに向けて突撃した。
「くっ……こしゃくな!」
見えない敵の存在に苦戦しながらも、巨大な大鎌を振ってそれをなぎ払うモードレット。一撃一撃はさほどのものではないが……手数とスピードに翻弄される。
だが、
「させん」
「……っ!」
後一歩のところまで及んだところで、モードレットを守るように飛び込んだ椋の刀が、それを防いだ。たとえフラワシが見えない存在であるとはいえ、杏が使役する以上、彼女の動向からもその行動を予測することができる。
加えるならば――
「シャドー……ってことね」
キャットストリートの周りを囲むシャドーは、同じ実体を持たぬ存在としてそれを感知できるのだろう。シャドーが示す場所は、自然とキャットストリートがいる、ということか。
「だけど、こっちはまだまだ諦めないわよ! 目の前で未来のファン候補が攫われたのなら、それを救うのがアイドルの役目! いきなさい、焔のフラワシ!」
アイドルの役目はきっとそんなものではないが、志は立派である。炎を纏ったフラワシが、彼女の気持ちに応えるように敵へと突撃した。
杏がアイドルスターの志を持って戦うとき、ゴーレムとシャドー、容赦なく叩き潰すことを許された魔法生物相手に、音井 博季(おとい・ひろき)が交戦を繰り広げていた。
「はああぁぁっ!」
脅威のスピードで駆け抜ける博季はまるで敵の的になることを望むかのよう、一直線に突撃してくる。ゴーレムの拳がそれを貫く――かに思われたとき、既に彼の身体は宙に飛んでいた。
ライトブリンガー――光芒を纏った剣が、ゴーレムの体躯を粉砕する。続けて、刃物のような影を避けた博季はそのまま勢いを崩すことなく詠唱する。
「我が瞳焦がすは、浄罪の閃光ッ!」
瞬間――洗練された魔力が一点に集まり、閃光となってシャドーにぶつかった。武と精神……二つの力を兼ね備える戦い方は、まさにシャドーとゴーレム、二体の魔法生物相手に相応しい。
この戦いは、負けるわけにはいかない。シャムスさんのためにも……!
彼の意思に込められた決死の思いが、魔法となって奔った。迸る光の渦と、閃光の剣。敵をなぎ払うその姿に、榊 朝斗(さかき・あさと)も目を見張る。
「ひ、博季さん……すごいなぁ」
「朝斗、よそ見をしてる場合じゃありませんよ!」
「……ッ!」
パートナーのルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の声が聞こえたとき、すでに朝斗の足は咄嗟に跳躍していた。眼前まで迫っていた弾丸が、それまで彼がいた空間を貫く。
「戦いの最中に他に目を向けられるほど、私は甘くありませんよ?」
まるで蝋を溶かし固めたような、白銀の禍々しき鎧――ベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)が形作るそれに身を纏う彩羽の冷厳な声が告げた。
「……みたい、だねッ!」
己の声を合図として、朝斗は飛び込む。その両手に握られるは、二つの魔銃であり、片方が咆哮したかと思えば、目前に迫るもう片方の銃身が彩羽の身体を振り叩いた。
「ぐぅっ……」
続けざまに、連続して銃身と弾丸の嵐が彼女を襲う。鉛のように重い銃身を用いたその独特な格闘と射撃の融合に、彩羽は手を焼いた。まるで別の生き物が3匹合わさっているように、朝斗の両手と彼の足が、猛烈な速さで複雑に動き回り、彼女を翻弄するのだ。
だが――朝斗の前に飛び出た炎が、彼の身体を焼きつくさんとした。
「く……!」
「ハハハ! それ以上彼女を傷つけさせはしまセーン!」
ファイアストームの嵐だ。
いつの間にか彩羽の傍には楽しげに笑うアルラナがおり、次いで――影の刃が朝斗を襲った。しかし、それを防いだのは、鮮烈なまばゆさを放つ光の魔力だった。
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