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電子の国のアリスたち(前編)-エンプティ・エンティティ

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電子の国のアリスたち(前編)-エンプティ・エンティティ

リアクション

「イントラにアクセスできるのは、やはり空大生だけのようですね…」
 ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)は教室備え付けのPCを立ち上げ、学籍番号などを要求されるにあたって早々にアクセスを諦めていた。
「内線のみならず、館内放送もないようですねぇ」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は部屋に閉じ込められたことが判ってから、しばらくは何事か放送なりとないものかと待っていた。
「もう、一時間くらい経ちました…、そろそろ動き出しましょうか」
 時計は昼の2時をもうすぐ指すころだ。お昼時に約束していたものの、相手方の実験がちょうど佳境に入ってしまったため、時間をずらしたここで騒動に巻き込まれたのだ。
 教室内の他の人たちにも、持参したサンドイッチなどを配っていたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が戻ってくる。空大の友人と共に食べようと思っていたので、十分に量があった。
「その前に、とりあえず腹ごしらえはしないとね」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、締め出された人にドア越しに話を聞いてきた。窓から見える向かいの校舎で、徐々に生徒達や土建屋さんが障害をクリアしているのが見えたそうだ。
「もうすぐこちらにも助けが来るかもしれませんわ」
 出られなければ何もできない、それまで英気を養うことは賛成だ。セシリアからコーヒーを受け取り、フィリッパはほうと息をつく。

 数分後、ふと彼女達は寒気に腕をさすった。なんだか気温が下がっている気がする。
「あの、寒くありませんかぁ?」
「な、なんか…さむいですね…」
「おかしいですよ、風は冷風なのに、設定ではちゃんと温風が吹いていることになってるみたい…」
 リモコンも受け付けず、静かに空調設備が暴走している、冬の最中に低温に落とし込まれては非常につらい。
「ぐずぐずしてはいられないようですねぇ…」
 静かに立ち上がったメイベルもセシリアも、フィリッパまでもが刀のように、どこからかバットを抜き放つ。
「あの、どうしてそんなに用意がいいんでしょうか…?」
 思わずステラが問いかける、にっこりとメイベルは微笑み、真っ赤な撲殺天使専用野球のバットを捧げ持ちながら、天使の笑顔でこう言った。
「それは、乙女のたしなみですよぅ」


「っあっぶねえなあ!」
「うおっ!」
 同じシャッターを、鈴木 周(すずき・しゅう)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は同時に反対側から斬りつけ、意図せず切り結ぶことになった。
 シャッターから突き出たバスタードソードとガントレットが噛みあい、双方ともに驚愕する。
「だから兄さん、ちゃんと前方確認しましょうといったのです…」
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)はシャッターの向こうに謝罪をいれた。
「悪かったな」
「いやこちらこそ」
 とりあえず双方とも、シャッターを力ずくで解体して息をつく。次の瞬間…
「「…ところで、ヒパティア(ちゃん)の居場所を知らないか?」」
 かぶった質問に、あ?と顔を見合わせた二人であった。

 ちなみにその後、結局二人はがっつり意気投合していた。
「へえ、お前もA陣だったのか。俺は後衛についてたんだよ」
「俺は前線に出てたからなあ」
 二人とも、先日行われたゲーム『パラミタ・オーバードライブ!』参加していたのだ。ヒパティアに会って再びゲームをやらせてもらおうとして、今のこの状況なのである。
「何故に唯斗と一緒に出掛けるとトラブルにあうのやら…」
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は自身も光条兵器を取り出して、危険に突き出したシャッターのぎざぎざを切り払う。
「それにしても、突然シャッターが閉まったり、一体何が起きているのでしょうね」
 プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)は疑問を口にするが、男どもはさっぱり聞いていない。メカ話で盛り上がっているので、彼女らは放っておく。
「どこへ行ってもあのようにシャッターに阻まれるのだからな、どこもかしこもこのような具合か」
「たぶん、他にもいっぱい閉じ込められている人がいるのです。兄さんみたいにドアを壊せる人ばかりではないでしょうし…」
「空京大学はセキュリティ部分にコンピューターを多く介していると聞いたことがあります。ハッキング、クラッキングでしたか? それを受けたと考えた方がよろしいですよねえ…」
 なんにせよ、力仕事はこの男二人に任せて、自分達は周りにちゃんと気をつけていよう、と思う女三人であった。


「今日はこちらで調整でござるか」
「そう、現在一番専門的なところだからね」
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)は空大の機晶研究室で、スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)の調整のアイデアや技術を伺おうとやって来ていた。
 とりあえず技術者を待つ間、メンテナンス用のチェアにスベシアを座らせ、チェック用のケーブルなどを接続している。
「そろそろ、来てくださる時間かしらね」
 時計をみればもう約束の時間である、1時だ。
 その時、突如スベシアの悲鳴があがった。
 ケーブルに繋がれたままガクガクと左肩から先が勝手に動き出す、関節がありえない方向に曲がろうとして、別種の生き物のようにくねった。
「くっ…これは、何でござる…気持ちがわるいでござる…」
「ごめんね、ここは代替システムを挟んでいるところだわ…今外すからね!」
 今はまだ手に入らない機晶技術の代わりに、それに拠らない代替システムを挟んで、外付けのオプションパーツにしていた部分を取り外す。
 スベシアは左腕の感覚をなくしたが、幸いにして暴走もおさまる。彩羽は泡を食って何度もスベシアのチェックを繰り返した。
「…それがしの腕になにか入り込んできたような気がして、…申し訳ござらぬ…」
「いいえ、無防備にネットにつなげていた私も悪かったわ、これはウイルスか何かかしら、他は何ともない?」
「機晶部分には異常はないと思われるが…あくまでコンピューター部分でござろう」
 このオプションパーツを調べたいが、一人では手に負えなかったら困る。誰かに助けを求めようとドアに手をかけ、そこで初めて、彼女達は研究室に閉じ込められていることに気づいたのだ。
「しょうがない、ここにある機器を借りましょう」
 研究室にあったPCを複数立ち上げスタンドアローンで同期し、コマンドや出力の類をすべてシンプレックスに設定、万が一にもウイルスらしきものでどこにも汚染されないようにして、パーツの中身を読み込んだ。
 しばらくログのスキャンを繰り返し、データの差異を探していた彩羽は、じわりとディスプレイがにじんだことに気がついた。
「あら、目薬あったかしら…」
 残念ながらなかったので、目頭をぎゅうと押さえた、今ログを見逃すわけにはいかないのだから。
「多分何かいることは確かでござる。刺激を与えてみれば…」
「それもらった! 確かアタックソフトがあったはずよ」
 テクノコンピューターを取り出し、クローラをコピーしてPCへと移す。ターゲットレベルを細密に、パーツ内部の全データへとロック。データの置換機能を追加して、擬似アタックを仕掛ける。
 正直にわか仕込みで攻撃といえるものではないし、大抵のデータは整合をとって自己復元するものだから意味はない。
 ただ、そこにいるものを炙り出すことができればそれでいいのだ。
「これでよし」
 半ば願いをこめてキーを叩き、アタッククローラを送り込む。
 変化は劇的だった、ディスプレイの表示が沸騰した、素子のドットが細かく点滅し、ログの文字列やウィンドウがぐにゃぐにゃと歪んだ。なにか虫のようなものが蠢き、それから一旦は平静に戻るが、まるで怒り狂ったように何度も画面をかき回す。
「…もしかして、こんなのがネットワーク中にいるの…?」
 寒気がして、彩羽は思わず腕をさすった。間違いない、ウイルスだ。

 おそらく一番最初に、具体的にクラッカーの正体らしきものに近づいたのは彼女達だったはずだ。
 しかし残念ながら究明を優先したため、彼女達は研究室にしばらく取り残され、知りえた情報をすぐに伝えることができなかったのだ。