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リアクション
【10・いのちの咆哮】
いつの間にか、もう雪は止んでいる。
しかしそれでもなお戦闘は止まらないままで。
大久保泰輔は、そろそろ覚悟を固めはじめていた。
皆はまだ巨大ワイバーンを助けようと頑張っている。けれど、もう天御柱学院の校舎は目と鼻の先まで迫っていた。さっきまで下に見えていた海も、今は海上都市の敷地に移行している。
しかも徐々に押され始めていて、戦況はよろしくないようだった。
まず劣勢のはじまりとして、エネルギーがきれて接近戦に挑んでいた師王アスカのツァラトゥストラが、巨大なる尻尾の接近に気付くのが遅れ、弾き飛ばされた。
仲間の護衛に回っていた柊真司のイクスシュラウドと、水鏡和葉のミッシングによる援護射撃によって追撃は防がれたが。
真司の機体は度重なる急加速や方向転換を繰り返しており、それで操縦者に負担がかからないわけはなく。しだいに降下していき、やがて停止してしまい。和葉のほうもフォローに奔走しすぎたせいか、疲労がピークにきたようで動きを止めてしまった。
持久戦覚悟でエネルギー残量を気にしながら戦っていた祠堂朱音のフォーチュンも、同様に精神力と体力の限界がきたのかわずかに回避スピードが落ち始め。そこを巨大ワイバーンの巨体に激突され、一気に地面に叩き落とされた。朱音はジェラールを纏っていたので衝撃に耐えられたが。香住は意識を飛ばしてしまう。
次々と仲間が撃墜されていき、頼みの綱であるところの取りつき組も。
「くそっ。ここまでか」
「わらわの力量不足じゃ。申し訳ないのう」
獣医の心得を使った御剣紫音と、清浄化を続けていたアルス。共にSPが尽きてしまったらしい。
「やるだけやったんじゃ。とにかく、一旦離脱するんじゃ。いつまでもここにいては危険すぎる」
魔鎧のアストレイアの進言で、風花に合図をして回収してもらう三人。
それを受けて、ユーベルとヘイリーも乗ってきたペガサスにまたがり。退避をはじめる。
皆としても、ここまで仲間たちに支えられてきたのだから、中途半端なところでやめたかったわけではない。しかし事前に山葉聡から、SPが限界にきたら絶対に離脱することを厳命されていたのである。
泰輔としても、助けられるならそのほうがいいと思って作戦に加わった。けれど、もう。
(生き物自体には罪はあらへんけど、潮時やな)
メインに泰輔、サブにレイチェルが搭乗しているフォイエルスパーは発進する。ちなみにフランツは離れた場所で作戦指揮にまわっている。
現在巨大ワイバーンと交戦中なのは、ジガンの晃龍オーバーカスタムと聡のコームラント。
「出し惜しみは無しだ、全部クレテヤル! だが命は措いて逝けェェ!」
「あぁあぁん♪ マスターの御心のままに♪ 貴方達速く速くシンデ♪ じゃないとマスターが満たされないでしょう? 速く早くハヤクはやく!」
ジガン達は、もはや弾もつき、武器も通用しきれない状況でありながら腕や脚での攻撃を胴体付近で続けている。
その猛攻の隣で、聡も直接攻撃に出ている。やはりもう弾もエネルギーも尽きようとしているのは明らかだった。
だがそれでも決して諦めてはいない。これもまた、作戦のひとつなのだ。
相手の意識がそちらに集中しているあいだに、泰輔は機体を巨大ワイバーンの頭部に取り着くように接近させる。
「嫌な役回りやけど、やるしかあらへんよな」
「そうですね。でも、私は最後まで付き合いますよ」
しばらく、そのまま巨大ワイバーンのある動作を待つふたり。
やがてそれはきた。
ブレスの事前動作として、息を吸い込みはじめる巨大ワイバーン。そこを見計らい、泰輔は機体の腕を口の中へと思い切り突っ込んだ。ちなみにその中になにがあるかというと。
パートナーのひとり、讃岐院顕仁がパワードスーツに身を固めて存在していた。
「ふう。この我が、御伽話の一寸法師をさせられようとはの」
ひとりごちながら、喉の奥まで押し込まれた顕仁は。
突き進みながら雅刀で龍の消化器の壁を切り裂いていく。そのまま進んだのでは、炎の息の通る道をもろに行かなければならないので当然の方策。だったのだが。
唯一、誤算があった。
予想外に血の濁流が激しく起こったのである。
「!? ど、どういうことなのだよ。我はまだ軽く斬った程度だというのに」
考えられる可能性は、巨大ワイバーンの身体がすでに限界に近かったということ。要するに吐血したのだ。
まだ口内に入ったばかりだったゆえ、その血液に流されはじめる顕仁。
そのことに気がついたのは、ここにいないフランツだった。
『まずいです。ヤツの体内で急激な血液の奔流を確認しました。緊急に彼を召喚してください』
通信を受け、泰輔は歯噛みしながら召喚を使った。
すると手の中に血に塗れた悲惨な状態の顕仁が出現する。
作戦は失敗か、と焦る泰輔たちだが。ある意味では、もう作戦は終了していた。
巨大ワイバーンが血を吐きながら失速し、そのまま地面に落下したのである。学院の校門までわずか数メートルという位置であったが。巨躯の怪物はようやく止まった。
今まで攻撃を続けていたジガンも、聡も、手を止める。
そして……。
「あっ、止められたんですねぇ。ちょうどよかったぁ」
場違いに近い明るい声で、エリザベートが走って来た。
「大急ぎで解毒薬を調合したんですぅ。これを一振りすれば、たちどころに……あれ?」
彼女の目にも映った。
血だまりに伏せている、巨大ワイバーンの姿を。
これまでの咆哮が嘘のように、なんの息遣いも聞こえない。
すでに。その小さないのちは、眠るように、目を閉じていた。
「そんな……まに、あわなかったんですぅ?」
エリザベートの声には、誰も答えない。
「せっかく。調合したんですよぉ……私にも、その、責任があるから……元の身体に戻して、普通に大きくなって、蒼空を羽ばたいて、色んなものを見て、いっぱい生きてもらおうって……だから、だからぁ……」
もう、なにを言っても結末は変わらない。
それはわかっていた。
エリザベートも、聡も、サクラも、今回のことに奔走した誰も彼もが、わかっていた。
けれど。
「認められるわけ、ねぇだろうが……!」
「さ、とし……さん?」
「途中で、覚悟は、したんだ。でも、だけど」
「聡さん」
「ちきしょう……!」
「…………」
「ちきしょおぉぉぉおおおおおおおおああああああ!」
コックピットの中のその咆哮は、サクラ以外の耳には届かなかった。
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