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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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第6章 猫、匂いにつられる

「え、焼き魚ダメなんですか?」
「ダメ、といいますか……、できればこちらで用意しておりますキャットフードを使っていただけるとありがたい、という感じですね」
 屋敷の厨房にて小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の2人は、使用人と軽い押し問答を繰り広げていた。

 このような状況になったのには理由がある。
 美羽とベアトリーチェも猫を捕まえにこの依頼に参加したのだが、厳密には、彼女たちは「静香と弓子に猫を捕まえさせる」のを目的としていた。普段は校長として依頼を出す側である静香、パラミタの学校に舞い込む依頼を受けたことが無い弓子。この2人に依頼を成功させた時の達成感を味わってもらいたいと思ったのである。
 そこで彼女たちが選んだ方法は「焼き魚を用意して、その匂いで猫をおびき寄せ、静香と弓子に捕まえてもらう」というものである。そのためにはまず屋敷の厨房を借りて、屋敷全体が臭くならない程度に魚を焼き、それを持ち運ぶ。猫は焼き魚の匂いが好きだから間違いなく成功する、はずだった。
 だがその認識は、実は間違いなのである。猫という動物は必ずしも魚が好きというわけではなく、好んで食べるのはどちらかといえば魚ではなく「生肉」なのだ。
 日本において猫は、穀物を食べるネズミの駆除のために飼われていたという歴史がある。そんな猫が「魚好きである」というイメージを持たれるようになったのは、実は「猫を飼っていた人の中に漁師が多かった」という名残からなのだ。決して魚を食べないわけではないのだが、漁師に飼われていたことが多かったことから、いつの間にか魚好きだと思われるようになったのである。
 さらに言えば、淡水魚は猫に与えてはならない。淡水魚の中に含まれるとある成分が、猫にとって毒になるからである――ちなみにその成分は火を通せば無くなるので、どうしても与える場合には火を通す必要がある。

「まあそんなわけですので……」
 使用人にその辺りの説明を受けた美羽とベアトリーチェは納得せざるを得なかった。「焼き魚」であるのだから、毒になる成分については問題にはならないが、確かに栄養の調整を施されたキャットフードの方がベターであるのには違いない。
「う〜ん、でもこれだとあんまり匂いが広がってくれないような……」
 その辺りが2人としては心配だったのだが、使用人は心配無いと笑った。
「お屋敷の猫ちゃんたちは、食事には結構敏感ですので、キャットフードでも十分集められますよ」
「ほんと!? それじゃこれ、お借りしますね〜」
 こうして使用人からキャットフードを預かり、美羽とベアトリーチェは猫探しを行うことにした。

「なるほど、それで食堂や厨房でこんなに猫が集まってきたんだ」
 ロビーでヴァーナーと別れた静香と弓子が次に向かったのは、奇しくも美羽たちがいる食堂と厨房だった。
「うん、そうなの」
「それで、8匹ほどの猫に囲まれちゃった、と」
「そういうことなんです」
 キャットフードの入った器を手にした美羽とベアトリーチェの足元には様々な柄の猫がまとわりついていた。手にある餌を求めて体を伸ばしてくるのもいる。
「それじゃ、2人とも、今から猫を眠らせるから、しっかり捕まえてね」
「え、眠らせるって、どうやって?」
 美羽のその言葉に弓子が目を丸くする。もちろん彼女は考えなしに物を言ったわけではない。
「そこはそれ――」
「超能力、というやつです」
 言って美羽とベアトリーチェは、まとわりつく猫たちに「ヒプノシス」を放った。目視できている対象を狙って眠らせることができる催眠術は、集まった猫たちを次々と眠りに落としていく。
 超能力などスプーン曲げ程度の認識しか持っていなかった弓子は、それを見て感嘆の声を挙げた。
「うわ、すごい」
「まあ、こんな感じですね。では、仕上げはお2人にやっていただきましょう」
 言われるがままに、静香と弓子は眠りに落ちた猫を数匹抱き上げた。外敵の心配の無い敷地内で育った猫は、人間の目の前で眠るのに恐怖を覚えず、まして知らない内に抱き上げられても、気にせず眠り続けていた。
「はい、依頼成功、一部おめでとう」
 目的を果たすことに成功した美羽は、2人を笑顔で祝福した。
「それじゃ、ちょっと気が早いけど、記念撮影でも……」
 猫を抱き上げた静香と弓子の姿を、記念として写真撮影しようとした美羽だったが、その手に違和感を覚えた。
 カメラを持っていないのである。
「……ねえ、ベアトリーチェ、カメラ持ってる?」
「……美羽さんが持ってるんじゃなかったんですか?」
 美羽もベアトリーチェも猫用の餌を足元に置き、自らの持ち物を確認するが、カメラに相当する存在は見つからなかった。
「あっちゃあ、せっかく最後に記念撮影でもしようと思ってたのに……」
 こういう時に限ってなぜカメラを持ってこなかったのか。特に美羽は肩を落として落ち込んだ。
 だが現実は意外と無情ではなかった。
「写真撮影がいると聞いて」
 どこからどうやって話を聞きつけたのか、デジカメを持った美咲が4人の前に現れたのだった。
「それじゃあ、撮りますよ〜。はい、チーズ!」
 美咲がデジカメを操作し、猫を抱え上げた4人の姿をメモリーに残していく。
「はい、いい画が撮れましたよ。それでは、またどこかでお会いしましょう!」
「あ、ちょっと待って。できれば最後に集合写真みたいに撮ってほしいんだけど、いいかな?」
「そんなことならお安い御用ですよ。では!」
 美咲のおかげでカメラの当てがついた美羽は、喜びのあまり、思わず抱いた猫を腕の中で潰しそうになった……。