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【じゃじゃ馬代王】少年の敵討ちを手伝おう!

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【じゃじゃ馬代王】少年の敵討ちを手伝おう!

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 長篠 美玖(ながしの・みく)は心臓が飛び出しそうなほど緊張していた。フェンリルからの依頼を見て「人の命を粗末にする人は許せない」と意気込んだものの、周りは先輩ばかり。まるで別世界に迷い込んでしまったようで気後れしてしまい、なかなか話しかけられないままだった。引っ込み思案なところを直したい。思っては居ても難しいものだ。『理子っち』はじめ気さくな人はたくさん居るのに。相談しているところに割り込むのも申し訳ないと思ったのだ。名案があるわけでも無い。
 邪魔になら無いよう隅っこで長篠 チョビ(ながしの・ちょび)を撫でていると、理子が気付いて声を掛けてきた。
「今日はよろしくね。えーっと、美玖でいいかな?」
「は、はいっ……わ、私のことは……キツネとお呼び下さい……」
「そんな緊張しなくって大丈夫よーって、うわぁっ!?」
 美玖の肩を叩いた理子が、驚いた声をあげた。見れば、チョビが理子のスカートを銜えたまま後ろ足で立ち上がり、尻尾を振っている。慌てたのは美玖のほうだ。
「ちょ、ちょっとチョビ! ごめんなさいごめんなさい!」
 ぺこぺこ頭を下げると、咄嗟にスカートを押さえつつも理子は笑って許してくれたけれども。
 そういえば『理子』という名前には聞きたことがある気がする。
「どこだったかなあ……」
 記憶を探っているといくつもの矢が雨の様に降ってくる。咄嗟にチョビが服の裾を銜えて引っ張ってくれたから良かったものの。仕方ないな…とでも言いたげにチョビは溜息をついた。
「ありがとう、チョビ」
 そうだ。今は依頼を受けている真っ最中だ。集中しないと。
 周りの先輩達は的確にそれぞれの役目を果たしている。
「私もがんばらなくっちゃ。って、チョビ、どうしたの」
 チョビは唐突に何か鼻先へ引っかかったのか辺りを見回し、走り出した。追いかけて辿りついたのは何も無い壁の前だ。ぐるぐるとその場で回り、ワン、と鳴いて美玖を呼びつける。何か気になる事でもあるのだろうか。前足でひっかいている。トラップだったらすでに何か起こっていそうなものである。何の変哲も無い壁にしか見えない。
「ここに何かあるの?」
「ワンッ!」
「分かったってば……あれ?」
 近づいてみると遠目では判らなかったが、一部だけ壁の色が違う。はめ込まれているレンガの質も他の部分と比べるとザラザラとしている。そしてお世辞にも丁寧な仕事とは言え無い。幅は両手を広げたぐらい、高さは自分の身長を考えると2メートルか、もう少し高いかも知れない。近くにある扉とちょうど同じ大きさだ。
「何か――埋めて、隠してる……?」
 歪な壁に触れながら美玖はつぶやく。すると床の匂いを嗅ぎ掘るような動作をしていたチョビが「正解だ」とでも言う様にワンと鳴いた。
 
 師王 アスカ(しおう・あすか)は捜索班として食料庫から侵入するなり辺りをキョロキョロと見渡した。銃型HCを起動し、都合の良さそうなポイントを調べていく。目的は砦の破壊だ。
「ランランが困っているみたいだし〜やっぱり友達は助けてあげないとね〜。そして悪は徹底的に懲らしめないとダメよね〜」
 カバンからいそいそと取り出したのは、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が作った特製の爆弾である。
「プラスチック爆弾とまでは行かなかったが……」
「大丈夫よ〜お! ありがとう、ルーツ。あとは〜私にドーンとまかせときなさ〜い」
 みんなが姉妹を救出している間に各所に爆弾を設置し、無事に身柄を確保できた暁にはドカーンとやるつもりだ。レベルの高い契約者が多く集まったようだから、姉妹を助け出してくれると信じた上での行動だった。
 同時にライル達の馬車から盗んだ積み荷の奪還をしたい。砦を派手につぶすつもりのアスカだ。爆破に巻き込まれてはライル達の生活に響いてしまう。
「何とかしてやんねえとなあ」
 蒼灯 鴉(そうひ・からす)はライルの表情などを思い返していた。人命と比べれば重要度は下がる。しかし依頼は完璧にこなしたい。姉妹は手元に置きたがるかも知れないが、積み荷となれば話は違う。ライルの話によると日用品や食料品も積んであったようだから、さすがに全部を首領が抱え込んでいる事はないはずだ。見つけ次第、別の場所へ移動して確保しておきたい。リリィとマリィが積荷を探して周ると言っていたから、後で合流しても良い。
「あそこに行ってみましょう〜」
 上機嫌なアスカが目を付けたのは最奥にある2つの扉だ。左側のドアは開け放たれていて、明子が壁に穴を開けて侵入した武器庫である。その右側の扉はまだ開かれていない。見張りも居ない。シンと静けさが漂っている。とはいえ油断は出来ない。内部で蛮族が待ち構えている可能性だってあるのだ。警戒ゼロで扉を開けようとしたアスカを下がらせ、鴉はアルティマ・トゥーレで冷気をまとわせ龍骨の剣を構えた。
 思わぬ行動にアスカは目を丸くした。見上げた先にある横顔。何だか妙に照れくさくなり、アスカは鴉の背中を押した。
「大丈夫よ〜! もうバーンと入っちゃいましょ〜う!」
「おいっアスカ!」
 鴉は倒れるように室内へ転がり込んだ。身構えたが敵からの襲撃は無い。
「あら〜」
「火薬……だろうか」
 硝煙のにおいがする。あまり陽が入らないらしい薄暗い部屋には白い袋が無造作に放り込まれている。ルーツは手近な袋を引き裂き、中身を確認する。なかなかに良い品のようだ。思ったほど保存状態も悪くない。他にもスチール製の棚には巻きタバコなどが置かれている。
「火薬庫として使っているようだな」
「良いものを見つけちゃったわね〜」
 にんまりと袋の中へ手を突っ込み、火薬を掬い取ったアスカの目がきらきらと輝きはじめる。
「悪い奴等には奪われる事がどんなに辛いか分からせてあげるわ〜! 芸術は爆発! サプライズボムアート、最新作をお見舞いしてあげるんだから〜!」

 佐野 亮司(さの・りょうじ)はブラックコートを羽織り、しばらく砦内をぶらついていた。その手には黒い籠手へと姿を変えた藤堂 忍(とうどう・しのぶ)を嵌めている。
「あんな少年を騙し、それにこと足りず人攫いまでするとは……」
 武士道を重んじる忍の事、蛮族のやり方は許しがたいものだ。
「まったく、護衛を頼むなら値が張ってでも信用できる実績がある奴に頼まないと……」
「お前はもう少し腹を立てろ、亮司!」
「いやあ、まあライルとやらも、ちょっと考えが甘かったんじゃないかね。安値にほいほい飛びついたんだろ」
 とは言いつつも、亮司自身も似たような仕事をしている身だ。それもあって、今回の件は見過ごせるものではなかった。護衛を請け負う人間皆が皆、人を騙す悪人だと思われたら溜まったものではない。
「営業妨害にもなるしな」
「お前と言う奴は……」
「あ、危ないからむやみに動いちゃダメだからね」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は手元を見詰めたまま亮司と忍へ声を掛けた。詩穂は随所に仕掛けられたトラップを解除して回っている。偶然その場に出くわした亮司はそのまま同行することにしたのだった。
 姉妹を助け出すことが出来たあと、すんなり砦の外へ逃がしてくれるとは思えない。退路を確保しておくのが適当だろう。その為には確実に安全なルートが必要となる。詩穂に付いて回れば自ずと安全な場所が分かる。トラップ解除は片手間で出来ることでもないから、万が一の場合、蛮族の襲撃を追い払うぐらいは自分でもこなせそうだ。
「はーい、解除完了♪」
 詩穂の手元にはバラバラにされたピアノ線だのネジだのが散らばっている。
「すごいなー」
「慣れれば誰でも出切るようになっちゃうよ。ところで亮司ちゃんは奇襲組みじゃなくって良かったの?」
「正面からやりあったら、俺、弱いし」
「あはは! それ、自分で言っちゃう?」
 3人が居るのは娯楽室だ。出入り口近くにある部屋でビリヤードやダーツなど本格的な物からチェスなどのテーブルゲームまで。水あめを垂らしたような猫脚のテーブルに並べられている。全て盗品だろう。部屋の隅には小さなバーカウンターまで備え付けられていて、この建物の持ち主は大層な金持ちだったことが窺える。酒がずらりと並んで、自分の名前を誇らしげに、豪奢なシャンデリアの光へ照らしていた。
 この中にもライルの積荷があるかも知れない。空になった瓶がいくつか転がって居る。
 すでにここだけでいくつかのトラップが仕掛けられていた。
「そろそろ大丈夫かな。他へ行こっか」
 詩穂が振り向いた瞬間、何かが頬を掠めるように飛んできた。カカカッと音を立て後の壁にはダーツの矢が突き刺さっている。
「おーい、詩穂―」
「だ、大丈夫か……?」
 肩をわなわなと震わせている詩穂へ亮司と忍がおそるおそる声をかける。
「そう、そうなのね、これは詩穂に対する挑戦状と受け取っちゃうもん……!」
 うふふ、と笑い出した詩穂はなにくそと矢が飛んできた方へ歩み寄り、がちゃがちゃとすごい勢いでトラップをばらしはじめる。
「さあ、何やってるの、亮司ちゃん忍ちゃん! さっさと次に行くよ! そっちがその気ならこっちだって片っ端から解除しまくってやらなくっちゃね☆」
 その満面の笑みが逆に怖いです。
 思っても口に出せない2人だった。
 
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は出くわした蛮族の男を子守唄で眠らせ、寄りかかれる場所まで何とか運ぶと申し訳無さそうな顔をした。
「ごめんなさいね、強盗さん。ちょっと眠っててね」
 ライルを襲ったり積荷やきょうだいを奪い去ることはもちろん悪い。でも手荒なことはしたくない。
 生まれ付いての悪い人なんていないはず。歩はそう思っていた。また、そう信じたかった。
 大荒野に住んでいる人たちは力が全てだという。奪い奪われ、それがここでのルールで絶対的な価値観だと。法律のように解釈もなく非常に単純明快だ。敗者になりたくなければ強くなれば良い。
 しかし、それは正しいのだろうか。そもそも、正しい正しくないと考えてしまうのが間違いなのだろう。解決策は見つけることが出来ないのだろうか。いわゆる「悪いこと」をしてしまう人達にだって理由があるはずだ。その理由を1つ1つ聞いて、根っこから改善していくのが大事なのではないか。お互いに理解できるところが見つかるかも知れない。
「お話できたら、いいなあ」
 理子っちにも分かってもらえたら嬉しい。お人好しと言われたらそれまでだけれど。
 壁から落ちた絵画。崩れた壁やドア。すっかり荒れ果てた砦内に胸が痛めずには居られなかった。