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魂の器・第3章~3Girls end roll~

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魂の器・第3章~3Girls end roll~
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リアクション

 
「チェリー」
 まだ憂いの残った表情をしているチェリーに、レンは声を掛けた。変わり果てたパートナーとの再会を果たしたばかりだ。元気がないのも無理のないことだろう。
「山田について警察が調べ上げたことがある。主に、彼の過去についてだが、知りたいか?」
「……過去……?」
 チェリーは呟き、下を向く。そう時間を置くことなく、こくんと頷いた。
「山田は寺院に入る前、剣の花嫁に騙されていたそうだ。妻がある日、1日家に帰って来なかった。山田は当然心配したが、その翌日に妻は何食わぬ顔で戻ってきた。着ていた服が違っていたらしいが、大したことではないと気にしなかった。だが、その時点で『妻』と『剣の花嫁』は入れ替わっていたんだ。性格、容姿まで全て妻と瓜二つだった彼女の正体に気付かぬまま数年が経ち――
 しかし山田は、それまでに小さな疑念を溜めていった。話している際に、たまに話が噛み合わないことがある。はぐらかされる事がある。どうも、それは結婚前の思い出話をする時に多いようだ。まさか記憶喪失にでもなっているのか。そう思って彼女に訊ね――
 その時、彼女は自分が花嫁であることを白状した。道端で死んでいる本物の妻を見つけ、成り代わった。だから、以前の事などは知らない――と。
 衝撃を受けている山田に、花嫁は言った。口調はもう、妻のものとは違っていたそうだ。
『彼女の死体を見つけて、手帳から結婚していることを知ったの。これは、上手く寄生できるかな……と思ったら、彼女の姿に変化してね。まだ、あなたに会っていないのに。だから、これは運命だったのよ。いいじゃない。ずっと幸せに、夢を見れたでしょ?』とな」
「…………」
「山田は花嫁を殺した。その時にロストも体験したようだ。だが、後遺症は残らなかったようだな。それから仕事を辞め、剣の花嫁についての研究者募集の広告を見て再就職した。入社した後にそこが寺院だと知ったが、既にそんな事はどうでもよかった。彼の目的は、剣の花嫁の全てを解明し、彼女達が紛い物の人形であることを、そのシステムまでを世界に公表すること――」
 レンが話し終えた後も、チェリーは暫く俯いたままだった。いつの間にか、留まっていた彼女の仲間、他の面々も彼の話を聞いていて。
 重い空気の中、チェリーは口を開く。
「そんな個人的な事……、本人達しか知らないような事を、警察はどうやって調べたんだ……?」
「…………」
 一瞬だけ、レンは言葉に窮した。その間を正確に感じ取り、チェリーは顔を上げる。訝しげにする彼女に、レンは言った。
「空京警察は優秀だ。そのくらいの事は判る」
「あの警部が調べたのか……?」
 あれにそんな能力があるのか、というような口調だ。
「部下が調べたんだ」
「部下は、ずっと私達と一緒にいた……」
「……部下が調べた事を、警部から聞いた」
「…………」
 チェリーは再び黙り、下を向く。もしかしたら、嘘だということに気付いたかもしれない。今レンが話した事は、全て嘘だ。彼が適当に考えた、捏造された山田の暗い過去。心の傷。
 山田の行動を正当化する為ではない。彼女の為についた、優しい嘘。
 話している途中から、何だか自分でもそれが真実のような気がしてきていたが。何が真実なのかは、死んだ山田太郎自身にしか分からない事だ。
 本当か嘘かは関係ない。ばれてもいい。それでも、彼女の心が楽になるのなら。
 ただ『理由』があれば、それだけで彼の行動を理解し受け入れ、その上で前に進む為の土台になる。
 そう思ったのだ。
「そうか……」
 下を向いたまま小さな声で言い、チェリーはレンを見上げた。
「……分かった。話してくれて、ありがとう……」
 ささやかに、微笑む。どう捉えたのかは不明だが、彼に出来るのはここまでだ。後は、彼女自身が決めることである。

「チェリー……大丈夫?」
 レンと、ファーシーとの話を終えたメティスが帰っていく。何かを深く考えるようにしているチェリーに、茅野 菫(ちの・すみれ)が声を掛ける。菫はまだ、山田が死んだことに納得がいっていなかった。恐らく、残ったこの感情を奇麗に消すことは出来ないだろう。だが、今それをチェリーに言うべきではない気がした。だから、菫が彼女に言う事は1つ。
「あたしは……チェリーや、アクアみたいな気持ちになることがない国を、世界を作りたい。それを……チェリーに手伝ってほしいの。きっと、チェリーの償いにもなると思うから」
「私みたいな気持ちにならない、世界……?」
「そうよ。そんな、平和な世界」
 パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)もチェリーに近付き、優しく言う。彼女の傷は、まだまだ癒えていない。それを、少しでも軽くしてあげたいから。
「といっても、菫の夢は裏社会を牛耳るっていうものなんだけど」
「う、裏社会……?」
 戸惑う彼女に、パビェーダは重くならないように軽い口調で説明する。
「けど、それは悪としてじゃないの。世界を守るために汚れ役になる、という感じかしら。でも、チェリーみたいな経験をする人がいない世界を作るために」
「それは……すごく、難しいんじゃないか……?」
 私は、私達は、やっと1つの区切りをつけるところまでいったけれど、こうして話している間にも、どこかで血は流れていて。そんな事が起きない世界というのは――
「そう、難しいわ。だから、手伝ってほしいの。でも、やる事はそんなに難しくない。誰かを助けたいという気持ちがあれば、それでいいのよ」
「…………」
 チェリーは俯き、考えた。友達だから、と菫達はずっとついていてくれた。どんな時も一緒にいてくれた。今度は私が、助けられるんじゃなくて彼女達を助けていく。
 そういうのは、何だか――
「わかった……」
 心地良い世界、楽しい世界に思えたから。
 彼女は、そう応えた。
「チェリー……」
 そこに、リネンとユーベルが近付いてきた。
「お疲れさま……ねえ、チェリー、今後のこと、決めてる? もしまだなら……よければ、私たちのところにこない? ……【シャーウッドの森】空賊団……っていうのをやってるの……」
「空賊……?」
「といっても……悪徳業者とかが……専門なの……。普通に暮らしている人には手を出さないのが、ルールだから……」
「…………」
 その誘いに、チェリーは困ったような表情を浮かべた。誘ってくれるのはとても嬉しい。だけど――
「ありがとう……。すごく嬉しいけど、住むところは決めてるんだ。だから……ごめん」
「そう……」
 リネンはチェリーの答えを聞くと笑みをのぞかせ、彼女に言った。
「でも……何かあったら駆けつけるから。遠慮しないで連絡してね」
「リネン……」
「約束に期限はないわよ。いつでも、助けに行くから」
 言葉を選ぶようないつもの逡巡を見せず、リネンははっきりと言う。そして、彼女達は連絡先を交換した。

「チェリーとは、あなたですね」
 千石 朱鷺(せんごく・とき)が話しかけてきたのは、そんな時だった。朱鷺は、大きなサイズのビニール製の袋を持っていた。どこかの店のものらしいが、ピンク色で可愛らしくデザインされていて、普通にセカンドバッグか何かに流用出来そうである。店の方も、それを見越して作っているのだろう。
「そう、だけど……」
 初めて会う顔に戸惑うチェリーに、朱鷺は言う。
「トライブから携帯で連絡を受けて待っていました。これからデートをしたいので、洋服を買っておいてくれ、と」
「……デ、デート……!?」
 その言葉を聞いた途端、チェリーは顔を真っ赤にした。心臓がどくんと跳ねる。びっくりし過ぎて実際にも1cmくらい飛び上がったかもしれない。
(ほ、ほほほ、本当に……?)
 非常にわかりやすい反応をする彼女に、朱鷺は袋を手渡した。パシリにされるのは不愉快だったが、折角のデートにオシャレをさせたいという気持ちは分かる。
 中にどんな服が入っているのか簡単に説明すると、チェリーはえ、と慌てた。自分の脚にちらりと目を落とす。主に、フトモモあたりを。そんな彼女に、朱鷺は更に追い討ちをかける。
「ちなみに、勝負下着も用意しておきましたのでお好みでどうぞ」
「……!」
 わさわさと落ち着かなさに揺れていた尻尾がぴん! と伸びる。尻尾だけではなく何だか姿勢も正しい。袋を抱える両手が金縛りにあったように動かない。ど、どうしよう……。だって……。だって、あいつは……
「ああ、そうそう」
 その気持ちを読んだかの如く、朱鷺は思い出したようにチェリーに言う。
「別にトライブと林紅月はお付き合いしてるわけじゃありませんよ。だから、貴女は余計な気遣いをせずお心のままに行動すれば宜しいと思います」
「そ、そうなのか……?」
 意外な言葉に、彼女は目を瞬かせる。有事の時はいつも一緒みたいだし、ずっとそうだと思っていたのだが。
「き、着替えてくる……」
 トライブの方をちらりと見て、チェリーはきょろきょろとしてから警察署に戻って言った。この辺りで着替えが出来る所は、署内にしかない。
 伸びていた尻尾は、今はぴょこぴょこと左右に動いている。心なしか軽やかになっているように見えるのは気のせいだろうか。
(まぁ、付き合ってないだけで、お互いを思いあっているのは見てれば分かるんですけどね……。言わぬが花、ですか)
 そんな事を思いながら、朱鷺は遠ざかっていく尻尾を見送った。

 署内に戻ったところで、チェリーは如月 正悟(きさらぎ・しょうご)と行き会った。何か書類を持っていて、ちょうど外に出るところだったらしい。
「チェリー、どうした? ん、その荷物……」
「あ! こ、これは、その……」
 元に戻りかけていた頬の色がまた紅潮する。その様子とファンシーな袋のデザインを見て、正悟は彼女のこの後の予定に当たりをつけた。
「なるほど、デート、か」
「あ、だ、だから、えっと……」
「……少しだけ先に付き合ってくれるか? 10分程だから」
 ロビーに並ぶ椅子を目で示す。チェリーは束の間だけ迷いを見せ、それから頷いた。
「俺は、家族に何かがあってそれで失うものがあっても、家族がいれば惜しくはない。どういう選択をしても応援するし、それが間違っていれば正すつもりだ」
 隣合って落ち着き、正悟は彼女に話し出す。伝えたいのは、1人で思い込むことも背負い込むことも無いということ。
 一緒に助け合いながら、背負っていけばいいということ。
「……前にも言ったとおり、俺はチェリーの事を『家族』だと思っている」
「…………」
「チェリー、エミリアも言ってたが……、良ければ俺と契約して俺達と一緒に歩まないか?」
 そう言って、持っていた書類をチェリーに手渡す。
「これは……」
 それは、空京の住民申請の書類だった。
「この場で答えを、とは言わない。時間はたっぷりあるし、ゆっくりと考えればいい」
 そして、正悟は立ち上がった。
「じゃあな、デート楽しんでこいよ。言っとくが、俺がこういうことを言うのはものすごく珍しいんだからな」
「……そ、そうなのか?」
「そのうち分かる」
 何故か真顔でそう言うと、正悟はこう締めくくった。
「エミリアの店は知ってるよな? 帰るまでが遠足ならぬ外出だからな。充分に気をつけろよ。打ち上げの準備をして待ってるから、2人で来い」
「……うん。ありがとう……」
 渡された書類をしっかりと持って、チェリーは言った。

                            ◇◇

 くすんだ白色の外壁の何の変哲もない建物。表のプレートには『蝶帖(ちょうちょう)保険株式会社』の文字。弱小でも無いが特にぱっとした業績も上げていないような、そんなイメージを抱く保険会社だ。
「ここですか……? 確かに、あのテナントビルに入っていた会社も保険会社でしたけど……」
 敷地内に入った茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は、警戒しつつもきょろきょろと建物の外観、周辺の様子を観察する。建物をぐるりと覆う塀。アスファルトで固められた駐車場。転々と停まるトラックや、社員のものと思しき飛空艇。
 ビルはダミーの社名を使って借りていたらしいし、名前が違うのは良いのだが。
「すっごく、普通だね……」
 茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)が思ったままを口にする。
「犯罪組織など、目立たないでなんぼです。保険会社としての活動しているのが私達の大本。有事には戦闘員として動く連中が働いています。普段は研究資金を保険営業で集めています。外に出れば笑顔のステキなおにいさん、が多いですね」
 平然とした表情と口調でアクアが言う。
「戦闘員……?」
 何となく、奇声を上げる全身タイツを思い出すが。レオン・カシミール(れおん・かしみーる)は、弔い中に調べたことを淡々と言う。
「空京には非契約の地球人も多いが契約者も多いから資金を集めるだけ集めることが出来るということだ。保険金が下りるような事態が起こりにくいからな。関連会社として製薬会社を持っていて、山田太郎は其方に所属していた。会社といっても一部署のようなもので、まあ警察組織に例えると、保険会社が警察庁、製薬会社が警視庁、所属部署が所轄警察、といったところだ」
「よく調べましたね……」
 アクアは驚きを隠せない。
「ユビキタスで会社情報を色々調べて、電話をした際に聞いた話と照合して足りない所を保管しただけだ。その保管も大体合っているようだな」
 そうして、レオンは躊躇いなく自動ドアの前に立った。彼らを迎えるようにドアが開き、白のシャツにピンクのベストの受付嬢が笑顔を浮かべた。なるほどステキだ。
 だが、レオン達の後ろを歩くアクアの姿を認めるとその笑顔が掻き消えた。さすが寺院。腐っても寺院。受付嬢はアクアに見覚えがあったようだ。無言でぽちぽちと手元のコンソールを操作する。外は地味だが、中は地味にハイテクだ。コンソールの画面を見ながら、受付嬢は言う。
「何の御用ですか? アクア。あなたは今回の事で部下を全て失った筈ですが。1人は死亡し、1人は退職が受理されています。……素直に、部下の不始末の責任でも取りに来ましたか?」
 彼女がそう言った途端、示し合わせたかのように――実際に示し合わせたのだろうが――各部屋の扉から背広の社員がわらわらと出てくる。アクアと衿栖達は、あっという間に囲まれてしまった。この社員達が有事の際は奇声を上げる戦闘員に……ではなく、各々何か物騒なモノを持っている。静かな殺気もあちこちから。
「……!」
 お互いに背中を合わせるようにして社員達を警戒する。
「アクアには指一本触れさせません!」
 衿栖がフラワシ4体を呼び出し、レオンもライフルをいつでも撃てるように準備する。衿栖はアクアを守ろうとしているが、レオンにとっては衿栖とアクアの2人が守る対象だ。キマクの空き倉庫で攻撃された時、アクアは何とか一命を取り留めた。だが、運が悪ければ命を落としていたかもしれない。彼は、アクアの治療に当たっていた者として、彼女を守りきれなかった事を後悔していた。
 だから、今日こそは守り抜く。
 ――まさに、一触即発の空気だった。
 寺院側とレオン側、どちらが先に動くか――
 だがその時、寺院側の人垣に異変が起こった。包囲が割れ、その先から見たことのあるおっさんが歩いてくる。
「待て。彼らと話はついている。危害は加えるな、面倒な事になるぞ」
 堂々と威厳のある口調で近付いてきたのは――かつてチェリー護衛組にすっぱだかにされた課長であった。

「いやあ、申し訳ない。受付で名前を言えば……と伝えたが、まさか名乗る前にあんな事態になるとは……これが退職届けだ」
 ずごごごごご、と迫力いっぱいに怒りを現す衿栖達とフラワシ4体に、課長はやはり冷や汗だらだら営業スマイルで応対した。元々は、チェリーの時より人が少ないから有利に事を運んで上手く利用してやろうとか思っていたのだが……1秒先は闇、のこの状態にもう平伏低頭である。
(フラワシ4体とか反則だろう……! それに、なんだライフルとか……! 手続きするだけとか言って、殺る気マンマンじゃないか!)
 ――またすっぱだかになるのだけはごめんである。
 課長は退職届けを受け取ると、それを社長に渡すことを約束した。


 外に出て、4人でのんびりと空京内を歩く。
「最初は少し緊張しましたが……無事に抜けられた、と考えて間違いないですよね」
 衿栖は安心と清清しさを含んだ明るい声でそう言うと、アクアに一つ質問した。
「アクアは、これから何がしたいですか?」
「……これから……ですか?」
 5000年間自由が無かったのだから、これからの人生は自由に、アクアの自由な想いで生きていってもらいたいと思っていた。
 アクアは戸惑ったように、しかし確かに何事かを考えるような仕草をして、それから言った。
「そうですね、はっきりとしたビジョンは見えませんが……。落ち着いたら、アーティフィサーの勉強でもしようかと思っています。それでしあ……いえ、そう勧めてくる方がいましたので、物は試しということで。他にも、そのうち何か望みが生まれるかもしれませんがそれは分かりません。」
「そうですか、アーティフィサー……」
 衿栖はそれを聞き――
「わかりました。アクアの友人として、私もお手伝いします。アクアの製造者のウェルスさんにも誓いましたからね!」
 そう言って、アクアに元気な笑顔を向けた。