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学院のウワサの不審者さん

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学院のウワサの不審者さん

リアクション

「仮眠室、か……。ベッドそれ自体は残ってるから、寝ようと思えば寝られる……。でも、こりゃ寝心地悪そうだな……」
 2階仮眠室にて佐野 誠一(さの・せいいち)は部屋の全体像の観察、及びベッドの調子を確かめていた。彼の行っているそれは調査といえば調査だったが、厳密には今回の騒動における調査ではない。
 誠一のそれは「下見」であった。
「まあ寝心地は、こっそりシーツとかマットレスとか敷いておけば大丈夫だろ。それとは別で、何かこう、面白そうなものがあればいいんだけどなぁ……」
 次の「行動」のための下見。最近の誠一はこれを欠かさない。
 だが今日に限ってそれはうまくいかなかった。彼の背後から何者かが接近してきているのである。
「う〜ん、相変わらず瓦礫の山って感じだな。でもまあうまく利用すればいい演出ができるかも?」
 その近づいてきた何者かは足音を立てずに誠一の後ろ1メートルのところで止まり、そこから誠一のいる方向の壁に向かって、携行用機晶キャノンをぶっ放した。
「どわあああああああっ!?」
 全く気配を感じることができずに誠一は狼狽する。派手な音を立てて崩れる実験棟仮眠室の壁は、見事に巨大な円形の穴が開いていた。
 これはさしもの誠一も黙ってはいなかった。怒りの形相のまま背後を振り返る。
「てめえ! いきなり何しやがる! っていうかどうやって俺の背後を取ったッ!?」
「ん?」
 振り向けばそこには、右手で首から提げたカメラを構え、左手で器用に機晶キャノンと光条兵器の蛇腹剣を持ち、おそらくレビテートを使っているのだろう、床から10センチメートルほど浮いた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)がいた。
 そしてその状態で全く悪びれもせず、大佐はすまして言う。
「まあ機晶キャノンぶっ放したのは、ちょっと驚かすためだ。別に危害を加えるつもりではないから安心しろ。でまあ背後をとった方法だが、我は見ての通りブラックコートを羽織っている。これなら気配を感じさせずに近づけるであろう?」
「懇切丁寧な解説ありがとうよ! つーかここで何してやがる!」
「なに、いわゆる『ドッキリカメラ』というやつだ。本当は寝起きを狙いたかったがな」
「あん?」
「さて、今度はこっちの番だ」
 機晶キャノンを担ぎなおし、左手で光条兵器をしっかりと握りなおす。どこからともなくこれを呼び出せれば面倒が無くていいのだが、光条兵器というものはパートナーの剣の花嫁から抜き出して扱う物。パートナーを連れて行かない場合は、こうしてあらかじめ持ってこなければいけないのがネックである。
「お前さんは、こんな薄ら寂しい所で何をぶつぶつ言いながら部屋の中をうろつきまわっていたのだ?」
「……まあちょっとした下見ってやつだよ」
 目の前のこの女っぽい何者かにどこまで話していいのか判断がつかなかったが、「下見に来た」とだけは言っても問題ないだろう。誠一はそれだけを口にした。
「っていうかなぁ、お前いきなりそんな大砲なんぞぶっ放すな。せっかくの仮眠室に風穴が開いちまっただろうが。夏ならともかくまだ寒いこの時期になんてことを――」
「バルス!」
 誠一が文句の文言を最後まで言うことは無かった。突然大佐が右手のカメラを手放し――結果として首にぶら下がる形となる――開いた右手から目がくらむ程度のフラッシュを焚いたのである。
「へああぁぁ! 目がぁ! 目がああぁ〜!」
 特定の呪文で目潰しをされた際のお決まりのセリフを口にしながら、誠一は床を転げ回る。そしてその間に大佐は仮眠室から脱出した。
「――って、いきなりなにすんだコラァ!」
 目潰しから復帰すると、すぐさま誠一は大佐を追いかけようとして部屋を出る。だが大佐の方は部屋を出た正面のドアから吹き抜けに躍り出ると、そのまま自由落下に入った。もちろん飛び降り自殺ではない。大佐は地面に接する直前でまたレビテートを発動させ、落下の勢いを殺して着地し、そして間髪入れずに実験棟の出入り口へと走り去ってしまった。
「……なんだったんだよ、今の?」
 よくわからないままにとりあえずからかわれたという形になった誠一は、気を取り直して仮眠室の下見に戻ろうとする。
 だが、世の中は悪くできているもので、誠一がこの後、満足に仮眠室を下見することは無かった。彼の知らないところでとあるグループがとある準備を進めていたからである。
「おおっとぉ、不審者発見。しかもおあつらえ向きにぶっ壊れた部屋も発見」
「不審者が部屋の近くにいるのがちょっと気になりますけど……」
 物陰から一連の騒動を見守っていた桐生 景勝(きりゅう・かげかつ)リンドセイ・ニーバー(りんどせい・にーばー)の2人。彼らが担う役目は「調査」及び「報告」である。
『お〜い、榊ちゃん、椿ちゃん。おあつらえ向きのが見つかったぜ。ちょっとだけ悪い話もあるけど』
 隠れた状態で景勝は思念を送る。ある程度離れた相手と思念のみで会話ができる「テレパシー」の技だ。一方的に思念を送信し、相手が発する思念を一方的に受信しなければならないという、少々面倒くさい会話方法ではあるが、携帯電話で声を発するよりは隠密性が非常に高い。
 そして求める相手である榊 孝明(さかき・たかあき)益田 椿(ますだ・つばき)からの思念が飛んできた。
『悪い話?』
『まずいい話だけど、不審者を発見。で、悪い話は、状況を演出するのに使えそうな部屋の前に陣取ってやがる』
『それじゃ、とりあえず、そこから引き離してくれる? 場所が近いからわざわざ誘導する必要は無いでしょ』
『よし、了解。2階の仮眠室だ。爆弾でも使ったのか、壁をぶっ飛ばしたらしい。気をつけてな』
 仲間2人とのテレパシーを終了させ、景勝はリンドセイを引き連れて不審者――誠一の下へと歩み寄る。
「よう、お疲れさん」
「ん?」
 突然現れた天御柱学院の学生に労いの言葉をかけられ、誠一はとっさの対応に困った。
「ホント最近物騒だよな。不審者がうろついてるってよ」
「不審者……? ああ、確かにそうだな」
 実際、誠一は不審者騒動についてはあまり知らなかったが、今日に限ってやたらと戦闘や乱闘が頻発しているのは知っている。それがどうも実験棟に潜んでいるらしい不審者の仕業であるということも何となくだが理解していた。
 ということは、この目の前にいる死亡フラグまでも折りそうな男は、自分を不審者を探す調査団か何かだと思っているのだろうか。
(……まあ、ここは話を合わせておけば下見もしやすいか)
 そう判断した誠一はひとまず怪しまれないように話題を作る。
「一応この辺には怪しい奴はいないみたいだぜ。まあこっそり隠れてる可能性はあるけどな」
「だよねぇ」
 誠一のその「振り」を好機と見たのか、リンドセイが仕掛けた。
「でしたら、ここから2手に分かれて周囲を捜索してみません? 意外と見つかるかも知れませんよ?」
「お、それいいな」
 その提案に誠一は断る理由が無かった。何しろ自分は「下見」に来たのだ。この際、2階全てを下見の対象にしてしまえばいいではないか。
「じゃぁ、私たちはこっちを探しますね。景勝さん、行きますよ?」
「え? お、おお、そうだな」
 主導権を取られる形で景勝はリンドセイに連れて行かれる。一方の誠一も、2人と反対方向に歩き出した。

 それからしばらく歩き続けた結果、互いに2階を1週し、結局元の仮眠室の前まで戻ってきてしまった。
「いやぁ、見つからなかったな」
「見つかりませんでしたねぇ」
「見つからなかったねぇ」
 不審者の影も形も見つからないということで、3人は笑い合う。
 だがその時だった。3人のすぐ近くの部屋――仮眠室の中で何か物音が聞こえたのである。
「ん? 今何か聞こえなかったか?」
 まず最初に反応したのは景勝だった。
「……聞こえたよな」
 物音は誠一の耳にも届いていた。もう少し音が小さければ聞こえなかったかもしれない。
 だがその物音が聞こえようが聞こえまいが、景勝、そしてリンドセイは「聞こえる」を言うだろう。テレパシーを発動しっぱなしで、同じく「仕掛け人」である孝明からの反応――つまり、準備が整ったという合図がわかるからである。
「おかしいな、この部屋は俺がさっき調べたんだけどな」
 先ほどまで仮眠室を下見していたはずの誠一が、仮眠室のドアノブに手をかけ、そして開く。
 そのまま仮眠室の中をのぞいてみるが、一見、何も起きていないように思える。
「……何も無いな」
「もうちょっと奥の方かもよ?」
 景勝とリンドセイも揃って中に入り、それとなく誠一を仮眠室の奥へと追い込んでいく。
 そして誠一が部屋の中央に足を踏み入れたその時だった。仮眠室の中にあったボロボロのシーツやむき出しになった電気コード等の様々な物が、ポルターガイストよろしく縦横無尽に飛び回り始めたのである。
「な、なんだこりゃあ!?」
 驚いた誠一の前に、どこから現れたのか黒い髪をやたら伸ばし、しかも血に塗れたボロボロの服を纏った少女が体を揺らしながら現れる。
「ずっと……、苦しかった。体中にコードを突き刺され、やりたくもないのに無理矢理超能力を使わされ、それを拒んだら……!」
 低い声を震わせ、少女は誠一に迫る。
 迫られている方の誠一はこの状況に理解が追いついていなかった。自分はただ実験棟の下見に来たはずだ。それがどうしてこの奇妙な少女に迫られなければならないというのだ。仮にこれがデートだとしたら趣味が悪すぎる。
 そんな彼に対し、少女――その正体、椿がとどめの一言を放った。
「アンタが仕組んだの? ……死ぬ?」
 それが合図だった。
 呆然とする誠一に電気コード――それは孝明がこっそりと操っていたものだ――が伸びてきて彼の体を縛り上げた上、力任せに持ち上げて頭を下に、床に落下させた。
「いやちょっと待って! 俺はただここに下見に来ただけなのにいいいいぃぃぃぃ!?」
 その叫びは、彼の脳天が床に叩きつけられるまで続いた。

 孝明、椿、景勝、そしてリンドセイの4人がこのような行動に出た理由は、特に孝明と椿の怒りが原因だった。
 学院の強化人間たちが混乱を起こす程度の「噂話」「考察」の類。仮にこれが単なる悪戯に過ぎないのだとしたら、迷惑を被る側である強化人間たちに失礼である。そう考えた孝明は知り合いを集めて不審者に灸を据えることにしたのである。
 先ほど逃げていった大佐に言わせれば、さしずめ「趣味の悪すぎるドッキリ」だろうか。景勝とリンドセイで不審者を適当な部屋に誘導、孝明がサイコキネシスでポルターガストを演出し、とどめに椿が「噂の強化人間」に変装して相手をビビらせる。これが彼らの作戦だった。同じく強化人間である椿としては、無責任に噂を流す犯人どもに全力で天誅を加えてやりたい気分だったのだが、さすがにそれはパートナーの孝明や景勝、リンドセイに止められた。

「さて、ちょっと強く落としすぎちゃったし……、とりあえず目が覚めるまでに、1階へ持っていく?」
 今頃1階、実験棟入り口の辺りでは捕縛された「不審者」たちが大勢転がされている頃だろう。頭に大きいたんこぶを乗せた誠一は、視界が真っ暗になったまま4人に運ばれていった……。