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リアクション
「で、勝手に受けちゃったのか」
「うん……」
「……いやまあ、超能力や強化人間に興味があるから、その関係で天御柱学院に行きたいっていうのはいいけどね。受けちゃった以上は行くしかないだろうし」
「うん、だから一緒に来て」
「じゃあ玉藻も連れて行こう。仮に幽霊とかならあいつの方が詳しい」
「そうだね」
「……もったいないお化けだったら逆に願ったり叶ったりだけどな。月夜が本を買い込んだおかげで、また食費がピンチに近づいてるし」
「そんなのが出るわけないじゃない。それにあれは食費が本に化けただけ」
「はいはい、お金は何かに化けませんからね」
このようなやり取りを経て、樹月 刀真(きづき・とうま)、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)、玉藻 前(たまもの・まえ)の3人は、実験棟は3階研究室Aの調査を行っていた。
「ふむ、夜のデートと洒落込むには少々物々しいが、まあこれも一興か」
周囲にアンデッドのレイスやブラックバタフライを浮かばせながら、玉藻が薄く笑みを浮かべる。噂では幽霊がいるらしいとのことだが、自分が従えているこの2体がそれと間違えられるのも面白そうだ。
(それに、月夜のいつものわがままもどことなく空元気のようだしな。ここは隙を見て……)
葦原藩にて起きた「大奥」や、世界樹「扶桑」絡みの事件以来、月夜は落ち込むことが多くなった。親しい相手に甘えてわがままを言うのは今に始まった話ではないが、最近はその傾向が強い気がする。ならばその落ち込んだ心をどうにかするのは自分の役目だと言わんばかりに、玉藻はタイミングを計っていた。
そのような玉藻の意図など知らず、刀真と月夜は研究室内の調査に勤しんでいた。光精の指輪で呼び出した光を光源とし、不審者が飛び出してくる可能性を考えて、周囲の気配や音に気を配りながら刀真は静かに動く。その様子を、自らテンションの調整をしながら、デジタルビデオカメラと銃型ハンドヘルドコンピュータの両方で撮影・記録し、自身の記憶にも残そうと月夜が目を凝らす。足元には機晶犬がいるため、守りはどうにかなる。
「火の無いところに煙は立たない、って言うものね。噂の内容からして、やっぱり隠れて超能力の訓練を行っていた、っていう線かな」
両手で撮影を行いながら、月夜が周囲を見回す。いつ何者かが襲いかかってきてもいいように身構えながら刀真は振り向かずに応じた。
「まあ可能性としてはあるだろう。だが、これで犯人が幽霊だったとしても驚かないな。……玉藻がいるし」
「それはどうして?」
「前は幽霊に近い存在の英霊だからというのと、今のあいつはネクロマンサーだからだな。近くにレイスを浮かべてもいるんだし、その時点で幽霊はいるという証明になる」
だが仮に相手が不審者であるにせよ幽霊にせよ、結局のところ「正体不明」であるから恐怖が湧くというものだ。ならば調査を行い「正体不明」でなくすればいいだけのこと。
そうして集中して調査を行っている最中に事件は起きた。2人の後ろから隙をうかがっていた玉藻が行動に移ったのである。
「ほらっ胸を大きくしてやる」
言うなり彼女は月夜の背後から忍び寄り、その慎ましい胸を鷲掴みにしたのだ。
真剣に調査を行っていたところでこの暴挙である。普段は落ち着いている月夜とはいえ、あまりにも突然の出来事に、彼女は全力で叫んだ。
「にゃ〜〜〜〜〜!?」
「おわっ! ちょ、叫ぶな月夜――って、ひびゃあああああああああああ!? こんなところで放電実験なんかするなあああああ!?」
驚いた月夜は叫ぶだけでは収まらず、自らの胸を掴んでいる手の主に向かって放電実験を敢行した。手の主――玉藻はその至近距離から繰り出される電気ショックの嵐を避けることはできず、全身に電流を浴びる羽目になった。
「なっ、どうした2人とも……あ、いや、説明はいい。何となくわかった」
緊急事態でも起きたかと刀真は振り返ったが、目の前で繰り広げられるコントのような光景に何が起きたかを悟り、放置を決め込んだ。
だがこの後すぐ、放置するだけにはいかなくなる。月夜の叫びを聞きつけて、別の調査メンバーが殺到してきたのである。
「今の叫び声は!? っていうか何事!?」
入ってきたのは柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)と柚木 瀬伊(ゆのき・せい)、そしてその2人の間で両方の手を握っている柚木 郁(ゆのき・いく)の3人だった。
貴瀬の眼前にいたのは、ブラックコートを羽織った銀髪の青年と、肩を上下させて息を切らせる黒髪の少女、そして何をされたのか時々痙攣を起こしながら倒れ付す九尾の狐っぽい女の姿だった。
「……えっと、不審者さん?」
貴瀬が代表で銀髪の青年――刀真に手を向ける。
「……いいえ、違うと思います」
刀真はそう答えるしかなかった。
貴瀬たちがこの実験棟に調査に来たのは、ひとえに楽しむためだった。
「夜の学校って、何か雰囲気が出て楽しいよね。まして普段入れない他校の旧校舎なんて」
彼は「旧校舎」と言っているがこれは正確には間違いである。シナリオガイドにも書いてあるが、現在の天御柱学院には「旧校舎」という建物は無いのだ。実は彼以外にも何名かが「イコン・超能力実験棟」のことを「旧校舎」と呼んでいるが、いずれも認識が間違っているということをこの場で言わせていただきたい。
この状況に対し、渋い顔を見せるのは瀬伊である。かつて小早川隆景と呼ばれたこの英霊は、貴瀬が天御柱学院に調査に行くということで了承してついてきたのだが、実際に調査を行っているのは深夜。彼はこの辺りの詳しい情報を聞かされずにここまで来たのだ。
「貴瀬……、また俺に伝える情報をわざと割愛したな?」
聞かれた貴瀬はくすりと笑い、すまして答えた。
「そんなことないよ。ついうっかりと伝え忘れただけ」
「ではその『ついうっかり』がわざとなんだな?」
「さあね。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。世の中は難しいものだよ」
「あのな!」
それ以上の口論は展開されなかった。2人についてきた形となる郁が涙目になっていたからである。
「ん、どうしたの郁?」
貴瀬が優しく問いかけると、郁は2人の手を握り締めながら訴えた。
「いく、ここ、キライ。ね、早く帰ろう……、お兄ちゃんたち? だってくらいところは、いくの大事な物をぜーんぶとりあげちゃうんだよ? やだ、怖い……」
郁は過去に遭った何らかの事件の影響により、極度の暗所恐怖症となっている。そんな彼が深夜の実験棟に来れば、拒絶反応を起こすのは火を見るより明らかである。
「暗やみなんてだいっきらい!」
実験棟の前で騒ぐ郁。だがこのままだとろくに調査ができないまま帰ることになってしまう。郁の精神状態を考えればそれもよかったが、貴瀬と瀬伊の2人は、郁をなだめる方向で対処することにした。
「郁……大丈夫だ。俺も貴瀬も、郁を置いていなくなったりしないと約束しただろう?」
「瀬伊の言う通りだよ。俺たちは郁を置いていかないし、ほら……綺蓉も郁を心配しているよ? ……ね、元気だして?」
言いながら貴瀬は連れてきたゆるスターの「綺蓉」を郁の肩に乗せてやり、その頬にアリスキッスの口づけを送る。
「ほら、元気出た?」
「とまあそんなこんなで、こうして調査に乗り出してね、騒がしい声が聞こえたから駆けつけてみたら……」
先ほどの有様を思い出し、貴瀬は笑いをこらえるのに苦労する。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、か。本当に天学生は面白いね」
「……いや、俺はどっちかといえば蒼学生なんですが」
「え、そうだったの。これは失礼」
くすくす笑いながら、貴瀬は勘違いを詫びる。刀真という男は蒼空学園の生徒であり、また貴瀬は薔薇の学舎の生徒である。
「ところで、怪談の内容は確か、機械の一部にされるってやつだっけ?」
「細かく言えば『四肢を切断され、そこにプラグコードが突き刺さり、機械の一部にされる』ですね」
「そうそう、そんなのだったね」
そこで貴瀬は言葉を切り、続けた。
「……季節外れの怪談なんて、誰かが故意に流していると思わない?」
「というと?」
「いや特に深い意味は無いよ。ただ何となく、面白そうなことになるかもって思っただけ」
「…………」
どうにも底の見えなさそうな笑みに、刀真はどう返せばいいのかわからなかった。
答えやすい疑問を口にしたのは瀬伊の方だった。
「『信憑性のある考察』についてはともかくとして、その他の噂話の数々、そっちの方が俺としては気になるな。統一性が無くバラバラだ。複数の愉快犯という可能性もあるぞ」
「それは言えてますね。俺たちもその可能性については考えていましたから」
相手が不審者であろうが幽霊であろうが驚かない準備はしてきている。幽霊ならば様子見の後、危険性があるならば排除すればいいだけだし、詳細確認の後、報告書に記載して――結果的に報告書を作るのは別の人間の仕事となるのだが――提出すれば、後は天御柱学院の方で何とかしてもらえるだろう。仮にこれが不審者であれば、その場で捕縛すればいいだけだ。
だがそれよりも刀真としては気になる点があった。それは調査に乗り出す前の会議中に口を挟んだ教官についてである。
「教官たちが調査チームを編成しようとしたところで口をはさみ、結果としてこうなった。俺としてはむしろそっちの方に何かしらの悪意を感じますね」
「それはつまり、今回の調査には何かしらの裏がありそう、とか?」
「そんなところです。警戒するに越したことは無いでしょう」
「同感」
その真相は本当にくだらないものだったが、それを彼らが知ることは無かった。
その後の彼らの調査によって、3階研究室Aには何も異常が無いことが確認された。もちろん月夜にやられた玉藻はこの後復活した。
実験棟の各階には、予備の機材や書類、あるいは不要パーツ等を保管しておくための倉庫が用意されている。段ボール箱や木箱が散在し、不審者が隠れるにはうってつけとも言える場所だ。
その3階の倉庫にて七枷 陣(ななかせ・じん)と椎名 真(しいな・まこと)はコンビを組んで調査を行っていた。ただし彼らにはそれぞれ、奈落人の七誌乃 刹貴(ななしの・さつき)と椎葉 諒(しいば・りょう)が憑依しており、彼らの方が表に出ている状態だったが。
「残留思念、ね……。それどっちかといえば自縛霊のようなものだろう? まったく、中途半端な。なり損ないにも程がある……」
「それでうまいことナラカに落ちるように説得するってわけか? ま、今回ばかりは同意するがな」
「あれ、諒。珍しいねぇ、あんたがそんなこと言うなんて。てっきり『ナラカの人口が増えて困るからさっさと消えるかそのままでいろ』とか言うかと思ったんだけど」
「増えるのは困るが、ここで未練に縛られるよりは過ごしやすいだろう、というだけのことだ」
仏頂面のまま、真の体で動く諒が鼻を鳴らす。だが刹貴は特に取り合わず倉庫内を歩き回る。
「ま、それはどうでもいいとして」
「いいのかよ」
「目的や心情はともかく、やることは1つだろ?」
自分たちのやることは、実験棟内にいると思しき幽霊を滅すること。そのために自分たち奈落人がわざわざパートナーの体を借りてやってきたのだ。実際にそこにいるのが幽霊であると決まったわけではないのだが、刹貴と諒の2人にそれを指摘するのは野暮というものだった。
(いやまあ確かに幽霊がいるかも、って話だけど、本当にいるとは限らないんだよね。それに、残留思念と幽霊って微妙に違うと思うけど、そんなこと言って諒のやる気に水を差すわけにもいかないよね……)
(だめだこいつ……、完全に相手が幽霊だと決めてかかっとる。これでもし幽霊じゃなくて人間とかだったらどうする気なんだっちゅーねん。まあ幽霊だったら、奈落人の刹貴が何かわかりそうなもんやけどさぁ……)
取り憑かせている相手が感知できないように、心の中でぼやく真と陣であった。
そうして3階倉庫を探して回る地球人2人と奈落人2人だったが、結局そこでは何も見つからなかった。
ところで今回の調査は「不審者なのか幽霊なのか、事の真相を突き止め対処に当たる」というのが目的であり、事件の犯人が単なる不審者なのか、それとも幽霊なのかはまだ断定されていないというのが現状だ。そして調査団の中には、最初から幽霊が相手であると想定して、それなりの手段を持ち込む者がいる。
1階の吹き抜けにてサイコメトリを行い、幽霊の痕跡を探っていたのは御剣 紫音(みつるぎ・しおん)であった。
「……なんだろう、痕跡がいろいろありすぎて、霊なのか不審者のものなのかよくわからない……」
だが結果としてはあまり上々ではなかった。相手が幽霊のみであれば、しかもここ1週間以内に活動しているのであれば、彼のサイコメトリに反応があったかもしれないが、読み取れたのは複数の思いで、しかも漠然としたものであり、狙っている相手のものなのかどうかがわからないという有様だった。
「そもそも霊がいるのなら沈めようと思っていたんだけど、これはどうしたものかな……」
神職の資格は取っていないものの実家が神社である紫音としては、不審者の方は他人に任せておき、自分は彷徨う霊に安らぎを与える方向で取り組むつもりでいた。だがそもそも相手への確証が取れないのではどう動けばいいのか、非常に判断に困るところである。
だがそれでも紫音は決断した。この際、霊がいると想定して大祓詞を唱えることにしよう。
「本当は実際に霊がいたら、と思ってたんだけど……。風花、アルス、アストレイア、大祓詞だ。一緒に頼むよ」
「はい、紫音」
「うむ、全力でやるのじゃ」
「ではいくかのぅ」
紫音のパートナーである綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)、アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)の3人もそれぞれ準備に入る。
全員の用意が整ったところで、紫音は厳かに唱え始めた。
「高天原に神留り坐す 皇親神漏岐 神漏美の命以て 八百萬神等を神集へに集へ賜ひ 神議りに議り賜ひて 我が皇御孫命は 豊葦原瑞穂國を 安國と平らけく知ろし食せと 事依さし奉りき 此く依さし奉りし國中に 荒振る神等をば 神問はしに問はし賜ひ 神掃ひに掃ひ賜ひて 語問ひし 磐根 樹根立 草の片葉をも語止めて 天の磐座放ち 天の八重雲を 伊頭の千別きに千別きて 天降し依さし奉りき此く依さし奉りし四方の國中と 大倭日高見國を安國と定め奉りて 下つ磐根に宮柱太敷き立て高天原に千木高知りて 皇御孫命の瑞の御殿仕へ奉りて 天の御蔭 日の御蔭と隠り坐して 安國と平けく知ろし食さむ國中に成り出でむ天の益人等が 過ち犯しけむ種種の罪事は 天つ罪 國つ罪 許許太久の罪出でむ 此く出でば 天つ宮事以ちて 天つ金木を本打ち切り 末打ち断ちて 千座の置座に置き足らはして 天つ菅麻を 本刈り断ち 末刈り切りて 八針に取り辟きて 天つ祝詞の太祝詞を宣れ」
結論から言えば、実際にいたのは多くの不審者であり、幽霊は影も形も現さなかった……。
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