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学院のウワサの不審者さん

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学院のウワサの不審者さん

リアクション

 一方、2階研究室Aに当たりをつけて調査を行う者がいた。水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)の2人である。
「普通に考えて、残留思念の類が機械を動かしたりするなんて、ありえませんよね……」
 明かりがともっている、機械が動いている。これだけでは噂の強化人間が関係しているとは考えにくい。むしろこの場合は、何者かが施設を利用して何らかの研究や実験を行っていると考えるのが定石である。
(それに……、事故以前に、この研究施設で何が行われていたのか、興味がありますし……)
 イルミンスール魔法学校、葦原明倫館と籍を移し、今現在は天御柱学院に留学中の彼女は、イコン技術や機晶技術に非常に興味があった。その知識欲に刺激され、個人的な情報入手を視野に入れ、今回の騒動に参加したのである。
 研究室にはコンピュータの1台や2台くらい置いてあるはず。そこから研究内容を吸い出し、自身の知識の糧にするつもりでいた。建物内の電線が全て破損しており、電気が通っていないというのならば、こちらで作り出せば事足りる。
「と思ってたけど……これはちょっと想定外でした……」
 連れてきた九頭切丸は機晶姫である。彼の機晶石からライトニングブラストで電力としてエネルギーを抽出し、集まった電力は雷術を利用して、コンピュータが起動できる程度の電圧に調整する。多少の機械の故障は、先端テクノロジーについての理解、学んだ機晶技術の基礎、【アサノファクトリー】で学んだ機械修理の技術を駆使して直し、パソコン機器のエラーやプロテクトを慎重に外し、持ってきた銃型のハンドヘルドコンピュータにデータを移す。これが彼女の立ててきた手段だったのだが、肝心のパソコン機器が修復不可能なまでに大破していてはどうしようもなかった。
「ここで何が行われていたのか、気になったけど……」
「…………」
 落ち込む睡蓮の肩に九頭切丸が優しく手を添える。発声器官を持たない彼は、こうした身振り手振り――最近ではそこに筆談も追加された――を使って、意思表示しなければならなかった。
「え、気にするな……? ……そうね。さすがにこれじゃ、しょうがないですよね……」
「…………」
「送電線も無傷なのは無かった……? うう……、その時点ですでに作戦失敗ですか……」
「…………」
「え、そもそもデータは持ち出されてる可能性もあった……? そ、それは……。そうですよね……」
 九頭切丸が指摘したのは、「大事な研究データを学院の上層部がそのまま放置しておくはずがない」ということだった。イコンはともかく超能力の方は、一説には「強力な超能力を操る原動力は性欲にこそある」というおよそ正気とは思えない研究例が報告されていたり――しかもその実例まである――、また奥深くの事情を探ろうとすると、校長のコリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)から念力による妨害を受け、詳しい調査ができなかったりするなど、非常に謎めいた部分が大きい。そのような謎をそう都合よく放置しておくとは到底考えられない。まして「イコンとの関連性」が記録されたものとあっては……。
「……上の方々が私たちに隠していることもわかるかと思ったんですけどね。事故の原因やその経緯、被害者のこととか……」
「…………」
「ええ、そうね……。知識を得るのは、そう簡単なことじゃない……」
 求める知識を得るためには、それ相応の障害というものが立ち塞がる。頭ではわかっているのだが、いざ実際に知識が得られないとなると、やはり残念に思う睡蓮であった。
 そして「それ」は突然、いや唐突にやってきた。
「影の正体見たり! とーうっ!」
「きゃあっ!?」
「!?」
 部屋の中央で立ち尽くす睡蓮の背後から何者かが突撃してきたのである。その何者かは睡蓮の上半身に飛びつき、そのまま床に倒れこんだ。近くにいた九頭切丸はいつでも殺気を感じ取れるように構えていたのだが、なぜかこの突撃を察知することはできなかった。飛びついてきた人物の気配は何となく感じてはいたものの、害意は特に無かったため正確に把握することができなかったのである。
「真っ暗でよくわからないけど不審者発見! さあ、何をやってたかきりきり白状しろぉ!」
「ふ、不審者、違う……。違いますから……」
 幸いにして倒れこんだ先にガラス片や瓦礫は無く、倒された睡蓮は怪我1つ無く、突撃者の下でくぐもった声を発した。
「不審者っていうのはいつだって『自分は違う』って言うもの――おおっ?」
 睡蓮にしがみついたままだったその人物――イルミンスール魔法学校所属のライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)は、「いい加減にしろ」と言わんばかりの九頭切丸に首根っこをつかまれ、睡蓮から引き離された。
「…………」
「ん? おお〜? 暗いからよくわかんないけど……、なんか見た目が鉄の巨人?」
「…………」
 自身の服を掴む九頭切丸をライカはしげしげと見つめる。
「あ、もしかして人間サイズのロボット!? すご〜い! こんなのがいたんだね! まさにロマン!」
「…………」
「あれ? さっきから気になってたけど、ロボットさん、どうしてそんなに怖い雰囲気出してるのかな?」
「…………」
「えっと、いや喋らなかったらわかんないんだけど……」
「……九頭切丸には発声器官が、その、無いんです。あ、九頭切丸、彼女を離してあげてください。私は、大丈夫だから……」
「…………」
 ライカから解放された睡蓮が服をはたきながら立ち上がり、飛びついてきたその人物を下ろすように命じた。相手はどうやら敵ではないらしく、また自身もダメージは無かったのだから過剰防衛を行う必要は無いのだ。
 言われた九頭切丸の方はそれに従い、ライカを床に下ろした。

「あ、不審者じゃなかったんだ。ごめんごめん、怪しかったもんだからてっきり」
「……えっと、まあ、大丈夫ですよ。その、気にしないでください……」
 互いに自己紹介をすませ、睡蓮とライカはそれぞれの立場を確認した。ライカもまた調査団のメンバーなのである。
「えっと、……ライカさんはどうしてここに?」
「ん、私? お知らせを読んで来たんだよ」
「それって……、この実験棟の、ですか……?」
「うん! 閉鎖されて誰も使わなくなった施設に現れる謎の影なんて、すごいミステリーじゃない。だったらもうこれはやるっきゃないでしょ!」
「……何を?」
「調査!」
 実際のところ、このライカは犯人探しが目的ではなく、「犯人探しを行う」ということを目的に動いていた。要するに、この状況それ自体を楽しんでいたのであり、正体については別段どうでもよかったのだ。
 非日常に憧れを持ち、不可思議な事象・事件の類には必ず首を突っ込む一種のトラブルメーカーたる彼女にとって、夜の廃墟で怪しい影が現れるというのは最高の環境である。飛びついた相手が仮に犯人だとしても、彼女には関係が無い。楽しめればそれでいいのだ。もっとも、問答無用で殺気を放ってくる相手であれば話は別だが。
 そしてなおかつ、彼女はロボットにロマンを感じており、睡蓮と話している間も、その視線は時々、九頭切丸の方を向いていた。
「そっか、九頭切丸さんは機晶姫なんだ。だからそんなにロボットしてるんだね」
「…………」
「い、一応、機晶姫といっても、みんながみんな九頭切丸のような外見では……。あ、いえ、その、別に変な意味で言ったわけじゃ……」
「ああ、うん、わかってるよ。大丈夫」
 機晶姫というのは、その体内に埋められた「機晶石」という鉱物を原動力に動くパラミタの種族であり、その外見は完全なロボットの形をしたものから、ほとんど人間と変わらない者もいたり、はたまた非人間型の存在もいる。そしてその多くは「少女型」なのだが、九頭切丸はどちらかといえば男性だった。
 和やかな雰囲気になったところで、睡蓮が思い出したように提案する。
「えっと、その……。そろそろ調査の続きをしないと……」
「あ、そうだね。ここで話し込んでる場合じゃないんだった」
「…………」
 3人は思い思いに研究室内を歩き回ろうとするが、そこにもう1人追加されることとなった。部屋の外から金属が歩いてくる音が聞こえてきたのである。
「幽霊さーん、いませんかー?」
 金属がコンクリートの床を打ち鳴らす音と共に研究室に入ってきたのは、全身を――乙女の必需品と称するパワードスーツで固めたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だった。その手には愛用の槍ではなく、パワードレーザーの銃が握られている。
「おおっ、ロボットさん第2号! しかも今度は喋ってる!」
「は?」
 ライカの歓声が自分を指していることに気づかないロザリンドは、鋼鉄のマスク越しに目を丸くする。
「ねえねえロボットさん、あなたも調査団のメンバー?」
「……私のことですか。いえ、私はパワードスーツを着ただけの乙女ですが……。あ、調査団のメンバーです」
「え〜、ロボットじゃないんだ〜……」
「ご期待にそえず申し訳ございません。……というか、私としては奥にいる黒い人が気になるんですが」
「え、九頭切丸が、ですか……?」
「……?」
 マスク越しに見える黒い人影――九頭切丸に向かって、ロザリンドはゆっくりと足を進める。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、あなたもパワードスーツを?」
「? ……?」
 無言のまま九頭切丸は目の前のパワードスーツ少女と自分を交互に指差した。先ほどはロボットと言われたが、今度はパワードスーツと勘違いされているのだろうか。
「…………」
「え、違う……?」
 確かに見た目からしてパワードスーツを着込んでいるように見えるが、九頭切丸を構成しているのはスーツとは少々違う装甲である。分解されたことが無いのでその中身がどうなっているのかは誰にもわからないが、少なくともロザリンドのようにスーツをいつでも着脱できるような構造ではないらしい。
 首を左右に振られ、否定のジェスチャーを示されたロザリンドは、次の瞬間には部屋の片隅でしゃがみこみ、金属の指で床にのの字を書いていた。
「ううう……、せっかく、せっかく同じ人を見つけたと思ったのに……。こないだの事件ではたまたま着込む人はいなかったけど、今回はいると思ったのに誰も、誰もパワードスーツ着ない……。同じような乙女がたくさんいると思ったのに、というかその前に同じ百合園生すらほとんどいない……! ようやく見つけたと思ったら……! まさか機晶姫で、しかも他校生だなんて……! ひどい……! ひどすぎるっ……! こんな話がありますかっ……! やっとの思いで、見つけたのに、出会えたのに……!」
「…………」
 ロザリンドが調査に参加した動機は「不安に思う者がいるなら、安心できるようにするのが契約者の仕事である」と非常に真面目なものであり、その装備も――パワードスーツ一式だったが万全のものだった。だがそれとは別に彼女は「自分と同じ、パワードスーツを着込んだ乙女」を探すことを目的としていた。それが見つからないと知った彼女の落胆たるや、上記のセリフの通りである。ちなみにこの調査に参加した彼女以外の百合園女学院の生徒は1人だけであり、百合園に在籍していたと思しき人物は1〜2人いたが、いずれもパワードスーツを着ていなかった。
 そのあまりの落ち込みように、なんだか悪いことをしたような気がしてならない九頭切丸は無言のまま睡蓮に助けを求めた。
「え、『どうするよ、あれ?』って……? そっとしておいてあげましょ……」
「…………」
 結局、落ち込むロザリンドを放置して他のメンバーは2階研究室Aを調べたが、幽霊どころか何も出なかった。

「まったく早苗の奴め、噂を信じてビビるのまでは許容するけど、まさか私の部屋まで来てベッドを占拠するとはね……」
「おや、杏くんのところはそうなっちゃったの?」
「ん、リオ、そういうあなたはどうなの?」
「うちのフェルはこの通り、ちゃんと外に出られてるよ」
 研究室は各階に2〜3部屋存在する。その内の1つ、2階研究室Bにて調査を行うのは葛葉 杏(くずのは・あん)十七夜 リオ(かなき・りお)、そしてリオのパートナーフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)の3人である。
 杏はこの事件をなんとしてでも今日中に解決したかった。なぜならば、彼女のパートナーの強化人間橘 早苗(たちばな・さなえ)が杏の寝室のベッドに現在進行形で潜り込んでいるからである。
 早苗はかの「考察」を信じた1人だった。
「両手両足を引きちぎられ、そこにプラグコードが突き刺さり、しかもそのまま機械の一部にされてしまうとか超怖いですぅ……! そんなことになったら私、下手したら機械に取り付いたグロい生命体と波動砲で戦うことになるかもしれないですぅ。嫌ですぅ、あれはテレビの話だからいいんですぅ……! これはもう夜1人でいるなんて無理ですぅ……!」
 などとのたまい、早苗はそのまま杏のベッドの中から顔だけを出し、小動物のように震えているのだという。
「さっさと片付けないと、私があのベッドで寝れないじゃない」
「一緒に寝るっていう選択肢は無いんだ」
「私にそんな趣味は無いわよ! というかベッドは1人用だから2人同時になんて無理よ」
 だから不審者をぶっ飛ばす。このフラワシ「キャットストリート」でッ! 杏の意気込みようは尋常ではなかった。
「ま、確かに、これ以上変な噂が蔓延するのも困るしね。きっちり片をつけるとしますか。フェル、部屋の様子はどう?」
「……大丈夫」
 リオに呼びかけられ、言葉少なにフェルクレールトは持ってきた懐中電灯のスイッチを入れた。
「ん、懐中電灯をつけるってことは、中には誰もいないってこと?」
「…………」
 フェルクレールトはその問いかけに首を縦に振るだけで答える。
 リオはフェルクレールトが無口になっている理由を知っていた。この場にリオだけでなく杏もいるからだ。別に杏のことが嫌いというわけではない。リオ以外の人間がいるということ自体が気に入らないのだ。
「……なんか私、すごい勢いで嫌われてる?」
「あ、あはは……まあ気にしなくていいよ、多分……」
 こうしてリオが杏と話していると、フェルクレールトが杏に向かって「早くどこかへ行け」と言いたげな視線を送る。不審者は叩きのめしたいが、同じ調査メンバーと戦闘になるのは控えたい杏は、調査中はリオから離れることにした。
「う〜ん、フェルの言った通り、この部屋には誰もいなさそうだね。扉という扉も無いし」
 実験棟中央の吹き抜けに通じる扉でもあるかと思ったリオだったが、残念ながらその期待に応えるような構造はしていなかった。
 イコン・超能力実験棟の構造は、まず一番外側に研究室等の実験スペース、内側に各部屋を移動するための廊下、その廊下に吹き抜けへと出るための扉が存在し、扉を抜ければ吹き抜け内を渡るための橋が見え、そこから中央に格納されたイコンへと行けるようになっているのだ。ちなみに格納するイコンは、シャンバラ各学校に配備される前の状況に合わせて、飛行できるイーグリットとコームラントのみであった。
 イコンの状態をチェックするために必要なコード類は、研究室から廊下の扉を経て吹き抜けへと通され、そしてイコンに接続される。なんとも手間と危険を伴うものだったが、その辺りは超能力のおかげで――サイコキネシスを使用して手を触れずにコードを操作、接続することでどうにかなるのだった。
 そして今現在では、かつての「事故」の影響で、吹き抜けの橋はほぼ全壊しており、伸ばすコードも見当たらなかった。
「それにしても酷い壊れようだね。電気が通ってないならこちらから電気を送ろうかと思ったけど、そもそも電線がほとんど使い物にならない。機械類もボロボロだから、こりゃデータを吸い出すとかは無理っぽいなぁ。しかも資料は案の定というか何と言うか、まったく存在しないね」
「精神感応にも引っかからない……」
 研究室内を探し回り、リオは落胆を隠せなかった。また強化人間であるフェルクレールトも、強化人間特有の特殊能力「精神感応」で、噂の「強化人間の残留思念」を相手に交信を試みたが、そもそも残留思念らしき気配がせず、どうやらこの部屋には「全く何も無い」という結論が出せそうだった。
「暴走事故があった、というのなら、それなりの痕跡があってもおかしくないと思ったんだけどなぁ」
 銃型のハンドヘルドコンピュータでマッピングを行いながらリオがぼやく。そのぼやきに答えたのは杏だった。
「それはちょっと厳しいんじゃない? そもそも壁は今にも崩れそう、床にも亀裂が多数、ガラスや瓦礫でいっぱい、っていうこの状況だと、痕跡がありすぎて逆にわかりにくいわ」
「……それもそうだね」
「ついでに思ったけど、研究室って意外と何も無いのね。遮蔽物らしきものもほとんど無いから、ここに誰かが隠れるなんてほぼ不可能よ」
「まあそれならそれでいいさ。誰もいなかった、って結果が残せるしね。それに……」
 それに、不審者の正体が天御柱学院の関係者であるとは限らない。単なる泥棒や産業スパイ、はたまた鏖殺寺院の構成員という可能性だってあり得る。そういった存在でなければ、危険が少なくていいのだ。
(誰もいないなら、無闇に拳銃を撃つ必要も無いしね)
 念のために持ってきておいたハンドガンに手をやり、リオはため息をついた。
 フェルクレールトの方はまた別の思いがあった。
(強化人間の暴走事故、か……。噂の通りだと、ワタシも惹かれたりしたら、やっぱり被害に遭っちゃったりするのかな……?)
 不審者の存在よりも、この実験棟で何が起きたのかということに彼女は興味があった。もちろんそのような残留思念が存在しないに越したことは無いのだが。

 結果として、3人が捜索した2階研究室Bに不審者はいないことが確定した。