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第一章 卒業式

「在校生、送辞。在校生代表、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)
「はい!」

 司会役の山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)の読み上げに従い、理子が立ち上がった。
 その場で一礼して、檀上へと向かう。

 高等部の卒業式は伝統的に、生徒会を中心とした生徒たちの手によって行われることになっている。ゆる族であるにゃん子は、昔地球でドサ回りをしていた時に、キャラクターショーで司会を務めた経験を活かそうと、司会に立候補していた。

 壇上に登った理子の胸には、ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)が自分の手でつけた花が揺れている。

『自分も、卒業生のために何かしたい』

 その思いから、卒業式の準備委員を買ってでたミーナは、他の生徒たちと一緒に、出席者の胸に花をつけて回った。一人で百人以上に花をつけるのは結構大変だったが、おかげで、卒業生一人ひとりと直に接することが出来た。涼やかな声で読み上げられる理子の送辞を聞きながら、ミーナは、卒業生たちの、嬉しそうな、照れくさそうな、そしてどこか誇らしげな顔を思い出していた。



 一方、同じように理子の送辞を聞きながらも、青葉 旭(あおば・あきら)は、油断無く周囲に気を配っていた。クィーン・ヴァンガードの一員である青葉には、代王である理子の身を守るという使命がある。
 理子の警護には、特に選ばれたクィーン・バンガードが付いているし、そもそもここ蒼空学園まで刺客の手が及ぶとは思わないが、万が一という事もある。

「司会に立候補したい」というパートナーの山野にゃん子の申し出を受け入れたのも、会場全体を見渡せる場所ににゃん子をおいた方が、警備に立つだろうと考えてのことだ。
 しかし幸いにして、周りに不穏な動きは見えず、にゃん子からも、なんの合図もない。どうやら、卒業式はつつがなく終わりそうだった。



「おーい!そっち、もっとピンと張って!」
「この飲み物、ドコにおけばいいの?」
「ここ、椅子の数足りないよ!!」
「カラオケの電源、どっから取るの?」
「もうすぐ、卒業式が終わっちまうぞ、急げ!!」

 卒業式の行われている体育館の外、校庭の桜並木の下では、卒業生追い出しコンパの準備が急ピッチで行われていた。この追いコンは、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)風祭 隼人(かざまつり・はやと)を中心に、有志の手によって企画されたものである。二人の呼びかけに、二十人以上の生徒が集まった。

「どうした、優斗。浮かない顔してるな?」
「あぁ。いや……、ちょっとミルザムの事をね……」
「やっぱり、来れなかったのか?」
「卒業式の日程は連絡したんだけど……」
「今、選挙活動中だろ?しょうがないさ」
 
 優斗は、ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)にも卒業式に臨席してもらおうと、卒業式の日取りを連絡をしていた。
 ミルザムは、皇 彼方(はなぶさ・かなた)テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)を初め卒業生と親しかったし、何より優斗自身が、ミルザムに会いたかったこともある 。
 とはいえ、東京都知事選挙に立候補したミルザムは、現在選挙戦の真っ最中である。
 元々予想していたとはいえ、優斗は残念でならなかった。



「よいしょ、よいしょ、よいッショ……っと。この辺りでエエんちゃうか、オリバー?」
 周りを見渡しながら、日下部 社(くさかべ・やしろ)は、五月葉 終夏(さつきば・おりが)に声をかけた。二人の間には、白い布のかけられた大きな四角い物体がある。パッと見は、家具か何かのように見える。

「うん、そうだね。この木の下なら、バッチリだよ!」
 終夏が、頭の上一杯に広がった桜の枝に目を向けながら言う。桜は、今まさに満開を迎えている。
「ほな、降ろすで!よっ……と」
 日下部の合図に合わせて、二人は、大荷物を下に下ろした。
 終夏が、白い布を勢い良く取り去る。中から出てきたのは、アップライト・ピアノだった。

 二人は、今日卒業を迎える生徒たちを、歌とピアノで送ろうというのである。本当はグランド・ピアノを使いたかったのだが、さすがに二人で運ぶのは無理があった。

「どれどれ、調子はどうかな〜?」
 終夏はウキウキしながら、試し弾きを始める。
 音楽室で使っていたモノだから、問題がなくて当然なのだが、運んでいる途中で音が狂う可能性もある。一度は、試し弾きをする必要があった。
 ピアノを弾く終夏の口から、自然と歌が漏れる。卒業式では定番の歌である。終夏の歌に、日下部も声を合わせる。
 思った以上によいピアノの調子に、弾き語りを続ける終夏と日下部の声に、もう一つ、別の声が重なった。高い、澄んだ声だ。二人が驚いて振り返ると、女生徒が一人、終夏のピアノに合わせて歌っている。ピアノを弾く手を休めることなく、終夏たちが微笑みかけると、彼女も笑い返す。三人は、目だけで笑いあったまま、最後まで歌い切った。

「ゴメンね、いきなり割り込んじゃって」
 最後まで歌い切ったあと、先に声をかけてきたのは彼女の方だった。
「ワタシ、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)っていうの。ヨロシク!」
「五月葉終夏です」
「日下部社です。ヨロシク〜」
「卒業生の人たちに歌を贈ろうと思ってたんだけど、ワタシと同じことを考える人が、他にもいたのね〜。しかも、ピアノまで持ち込んじゃって♪」
 感心したようにいうノーンに、終夏と日下部照れたように笑う。
「ノーンさんも、一緒に歌わない? 」
「いいの?」
「モチロン!ねぇ、やっしー?」
「おぅ!ゼヒ一緒にやってくれ、な?」
 終夏と日下部の言葉に、ノーンは大きく頷いた。



 かすかに流れてくる校歌を聞きながら、閃崎 静麻(せんざき・しずま)は、冷めたコーヒーに口をつけた。静麻は今、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)と共に、体育館を見下ろすカフェテリアにいる。
 蒼空学園高校部の卒業式は、式の運営に携わる一部の生徒を除き、在校生は出席しないことになっている。
 二人は、卒業式の後に行われるという追いコンまで、時間を潰しているところだった。
「なあ、フリューネ。フリューネは、カナンの件が一段落したら、どうするつもりなんだ?まだ、『ユーフォリアみたいな騎士になりたい』って思ってるのか?」
 ふと、そんな質問が口をついて出た。
「そうね……。確かに、まだユーフォリア様に憧れてはいるわ。でも……、騎士になりたいとは思わない」
 言葉を選ぶように、フリューネは答える。
「ユーフォリア様のような高潔な志を持つ、空賊でありたいと思うの。だから、私は探しに行くわ。『新しい空』を」
 折からの風に舞い上がった桜の花びらが、フリューネを包むように流れていく。
「新しい空か……。フリューネには見えてるんだな。『求める自分』が」
 風に乗って、空へ登っていく花びらを眺めながら、静麻は感慨深げに呟く。
「キミは、どうするの?」
「俺?俺は……、どうするのかな……」
 まるで他人事のような静麻の答えに、フリューネは訝しげな顔をする。
「……すまない、俺にはまだ見えないんだ。求める自分が。それで、フリューネの意見を参考にしようと思ったんだが……。どうも、俺はそれ以前みたいだな」
 ポリポリと頭をかく静麻。
「そんなに焦ることはないと思う。キミなら必ず見えるわ、求める自分。私が保証する」
「……そいつはどうも。これは期待に応えるためにも、もっと気合入れて考えないといけないかな?」
「あら、プレッシャーになっちゃった?」
「いや、却ってヤル気になった」
「フフ……。その意気よ」
 口調こそ軽いものの、今のフリューネの言葉は、静麻を勇気づけるのに十分だった。

『必ず見つけて見せる、求める自分を』
 静麻は、そう固く決心するのだった。



健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は、校舎の敷地の片隅にある、通称「伝説の樹」の下に来ていた。パートナーのセレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)から呼び出しを受けたからだった。
「来てくださったのですね、健闘様……」
 背後からの声に、振り返る健闘。そこには、セレアが立っていた。
「せ、セレア……。ど、どうしたの、こんなトコロに呼び出して……」
 口ではそう言いつつ、健闘は、呼び出された理由にうすうす気がついていた。この樹にまつわる伝説は、健闘も聞いたことがある。
「枯れそうな花も、水で潤せば、再び花開く。 崩れそうな心は、愛で潤せば、再び蘇る……。健闘様、お会いしてまだ間もない私たちですけれど、私、貴方様のことを、ずっとお慕いしておりました……」
 健闘の胸に飛び込むセレア。
 健闘は、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにセレアの体を、そっと抱きしめた。
「健闘様……?」
「俺から告白しようと思ってたのに、先を越されちゃったな……」
「え!それじゃあ……」
「セレア。俺も、君のコトが好きだ」
「嬉しい、健闘様……。」
 健闘の胸に顔を埋めるセレア。その頬を、喜びの涙が伝う。
「健闘様。私、一つ、はしたないお願いがあるのですけれど……」
「何?」
「あ、あの、その……。わ、わたくしの……」
「セレアの?」
 なんとかそこまで言ったものの、セレアは、それ以上続けることが出来ない。余程恥ずかしいのか、顔を赤くして俯いたままだ。
「わ、わたくしの、く、唇を……!?」
 セレアは、それ以上言葉を続けることが出来なかった。彼女の唇に、健闘の唇が重なったからだ。
「先に告白されちゃったからな。これくらいは、俺からさせてくれ」
「健闘様……。私、心臓が破裂しそうです……」
 自分の唇をなぞり、口づけの感触を確かめるセレア。喜びが、彼女の全身を満たしていた。