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第四章 式の外側で

「やっと告白したか。まったく、困ったヤツだ」
 憮然としたようにいう武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)。片思いのセイニィ・アルギエバに何度も好きだと言い続けている牙竜の目には、彼方は不甲斐なく見えるのだろう。
 まぁそうは言いつつも、目は笑っているのだが。
「でもあの二人、まだまだこれから大変そうね」
 生徒たちに囲まれて、真っ赤になっている二人を見て、フリューネが言う。
「確かに、一度思いが通じたと思っても、まだまだ苦難の連続だからな。俺も、あと一歩が詰められなくて……。フリューネ、何か、いい方法はないか?」
「え!?いきなり聞かれたって、わからないわよ。そんなの……」
 突然の質問に戸惑うフリューネ。

「それもそうか……。考えて見ればお前、モテる割に、誰とも付き合ってないしな……。あ!?もしかして、誰か好きなヤツでもいるのか?」
「い、いないわよ?そんなの……」
 それとなく視線をそらすフリューネ。
「俺なんかには、フリューネは『惚れられるより惚れるほうが好き』なタイプにみえるけどな」
「そうなの?」
「あぁ。お前、憧れの人がいるだろ?憧れっていうのは、結局のトコロ『人に惚れ込む』ってコトだからな。そういう意味じゃ憧れも恋愛も、同じだと俺は思う」
「……ナルホドね」
 感心したように、フリューネがいう。
「それで、どんな男がタイプなんだ、フリューネは?」
「好みのタイプ?そうねぇ……。私の背中を守ってくれて、一緒に空を飛んでくれる人かしら」
「それは、中々にキビシイそうな条件だが……。見つかるといいな。そんな相手が」
「そうね……」
 牙竜の言葉に、そっけなく返事をするフリューネ。だが彼女の脳裏には、ある人の面影が、おぼろげに浮かんでいた。



「シズル様。再入学したこの年度、いかがでした?少しは成長できましたか?」
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は、加能 シズル(かのう・しずる)の顔を覗き込んでいった。その顔には、何か、含みのある笑みが浮かんでいる。
「えぇ。朧気だけれど、私の追い求める剣の姿がみえてきたような気がするわ」
 シズルは、そんなつかさの様子には毛ほども気づいた様子もない。
「そうですか〜。シズル様も、剣の腕と同じくらいお胸が成長していただけると、私ものぞき甲斐があるというものなのですけれど……。ヤダ、冗談ですよ」
 慌てて胸元を隠すシズルの仕草が可愛らしくて、つかさは思わずクスリと笑った。

「どうです?そろそろのぞき部に入ってみたくなりませんか?目標から絶対に目を離さない集中力と、隠密能力を養うのに役立ちますよ?」
「結構よ!」
 つかさの冗談に本気で腹を立てるシズルの顔を見ているうちに、つかさの胸の中で、シズルへの想いがどんどん膨らんでいく。想いが膨らんでいく一方で、『愛なんて、所詮幻』という言葉が、つかさの頭の中でグルグルと回り始める。そして、この二つのせめぎ合いが激しい痛みを生み、つかさの心を次々と蝕んでいく。

「つかささん?」
 つかさを気遣うシズルの言葉が、つかさの身体を撃ち、シズルの声が、凄い勢いでつかさを満たしていく。つかさは、とうとう耐えられなくなって、言った。

「シズル様。私には、好きな方がおります。でも……。それでも、シズル様を求めたいと思う気持ちが止まりません。ロクデナシなんですよ、私……。」

『何を言っているのだろう、私は』
 勝手に口を衝いて出る言葉を、つかさはやけに冷静に聞いていた。

「今回は、のぞき部とは一切関係ありません、加能シズルという人間を、私は欲しいのです。シズル様。私をモノに……いえ、私のモノになっていただけませんか?」
 彼女の顔は、笑っているようにも、泣いているようにも見える。

「それは……出来ないわ」
 
 シズルの答えは、簡潔で、かつ断固としたモノだった。
 しかし、シズルの拒絶の言葉を聞いても、つかさの心には、何らの感情も去来することはなかった。
 
 今のは、ただ、溢れた気持ちが口が流れでただけのモノ。
 そう、答えは、初めから分かっていた。
 期待なんか、これっぱっちもしていない。
 いつもの、コトだもの。

「私は、あなたのモノにはならないわ。私は、タイ捨流にこの身を捧げているもの。でも……」

 何故かシズルは、そこで言葉を区切った。
 凍りついていたつかさの瞳に、わずかに光が宿る。

「タイ捨流以外のことを知るのも、大切なことだと思う。だからつかささん。私に、タイ捨流以外のことを教えてくれない?」

「え、そ、それって……」
 つかさは、一瞬自分の耳を疑った。
「も、モチロン!他の人に迷惑が掛からないことよ!のぞきとかは絶対にダメ!!」
 慌てて条件を付け加えるシズル。
「わ、分かってますわ、シズル様!私が、シズル様に手取り足取り教えて差し上げますから!」
「だ、だから!そういうのはちょっと……。つ、つかささん!?」
 泣きながら抱きついてくるつかさを、必死に引き剥がそうとするシズル。
『や、やっぱり、やめとけばよかったかしら……』
 シズルは、早くも後悔し始めていた。



「それで、どうすることにしたんだい?」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)にコーヒーを勧めながら、御上 真之介(みかみ・しんのすけ)は話を促した。
 彼らは今、御上の根城になっている、社会科準備室にいる。
「色々考えたんですが、結局、教導団は退学することにしました」
「それじゃ……」
「はい。騎兵科の助教になることにしました。元々、私的に他の連中を訓練してたんですが、その辺りを評価してもらえまして。まぁ、今までろくに課題もこなさずに好き勝手をやってましたからね。学校側も、このままではお互い困る事になるだろう、と」
「そう〜、ついにキミも、僕の同類だね〜!」
「な、なんですか、その微妙に嫌な笑いは……」
 やたらと嬉しそうな御上に、若干引き気味な鉄心。

「いや、ゴメン……。『君は、どんな指導者になりたいのかな』って思って」
「どんなって……。そうですね。現状、どうしても地球人主導になりがちなんですが、俺としては、シャンバラ人の中から、国を背負う人間が育って欲しいと考えてます」
「そうか……。うん、いい目標だね」

「……これからは、『先生』って呼んだ方が良いんでしょうか?」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)が、『どうしよう』といった感じで口にする。
「別に、やってることに大して違いはないからな。今まで通りで大丈夫だ」
「そ、そう?良かった……」
 ホッとした顔をするティー。
「君は、具体的なビジョンはあるのか?」
「え?私?」
「俺の進路変更は、君にも影響があるだろう?」
「急にそんなコト言われても……。私は、『国のために戦って……それが皆のためになる』って思って、それだけで戦ってきたから……」
 言われてみて初めて、今までそうしたことを深く考えたことがないことに気がつくティー。
『私本当は、自分の苦しみを、どうにかして消したいだけのかもしれない……』
 でも正直、それも上手くいっているとは思えない。
 なんだかティーは急に、『自分が全くの考え無しで、物凄く適当に生きてきたのでないか』と、自責の念にとらわれた。

「そ、そうだ!イコナはどうなんですか?」
 このままだとドンドンどつぼにハマって行きそうな気がして、ティーはイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)に話を振った。
「……わたくしは、置いてけぼりは嫌です。それだけですわ」

「そうか……。俺は、ここでの戦争が落ち着いたら、また別の……、多分地球の戦場に行く。それでもいいのか?」
 顔を見合わせるティーとイコナ。だがすぐに、二人とも首を縦に振った。

「どうやら二人とも、『鉄心君に付いて行く』ってコトらしいね」
 苦笑する御上。
「まぁ僕も、全ての戦いを否定するほど理想家じゃない。人が戦いをやめられない理由も分かるし、戦場に身を置き続ける生き方も、理解しているつもりだ。僕は君たちの道も、そんなに悪いものじゃないと思う」
 真面目な顔で、御上が言った。
「御上先生……」
 鉄心が口を開こうとした、その時。



「ドドドド……」
 遠くから、誰かがものすごい勢いで走ってくる音がする。
 その足音が、部屋の前で止まったかと思うと、社会科準備室のドアが、勢い良く開く。
「みかみくんっ!ボタン、あるっ!?」
「「「「……え?」」」」
 準備室に踊り込んできたキルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)の第一声に、その場の全員が、マヌケな声を出す。
「き、キルティス……?どうしたんだ、一体……?」
「どうしたじゃないよ、御上君!」
 鬼気迫る形相で、御上に詰め寄るキルティス。
「あ、あの……。キルティスはですね、先生の第二ボタンが、誰かにもらわれたんじゃないと、心配してまして……」
 戸口にもたれかかるようにして、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が顔を出している。ぜいぜいと肩で息をしているあたり、キルティスに置いて行かれまいと、必死に走ってきたのだろう。
「それで、どうなの、御上君!ボタン、マダあるの!?」
「まだも何も……。落ち着きなよ、キルティス。ボタンを上げるのは卒業生の方だろう?それに、あげるも何も、今日は僕ジャケット着て来てないし」
「で、でも、卒業生に『交換してくれ』って言われたら……」
「ボタンをもらうのならともかく、あげたりなんてしないよ」
「よ、良かった……」
 余程ホッとしたのか、全身の力が抜け、その場にへたり込むキルティス。
「……取りあえず、コーヒーでも入れるから。東雲君も、中に入りなよ。それとも、冷たい物がいいかい?」

「いや〜、でもホント、御上君のボタンがあってよかったよ〜」
 ひと心地ついたのか、ホッとしたようにキルティスが言う。
「でも先生、さっき『ボタンをもらうのなら……』って言ってましたけど……」
「あぁ。もらって欲しいっていうコは結構来たよ」
「えぇ!もしかして先生、もらったんですか、ソレ!!」
 ガバッ!と身を乗り出すキルティス。
「う、うん。わざわざ来てくれたのに、無下に追い返す訳にもいかないからね。第二ボタンは、本当に大切な人のために取っておいてもらって、僕は、第三ボタンをもらうことにしてるんだ」
「第三ボタンか……」
 ホッとするキルティス。
「ちなみに先生、『結構』って……どのくらいですか?」
 恐る恐る尋ねる秋日子の肩を、鉄心が突付く。
 鉄心が指差す方には、制服のボタンが、うず高く山を成していた。