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パラミタ・ビューティー・コンテスト

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パラミタ・ビューティー・コンテスト
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    ★    ★    ★
 
「エントリーナンバー5番、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)さんです」
「ぶっ!」
 シャレード・ムーンのアナウンスを聞いたとたん、樹月刀真が飲みかけていたペットボトルのお茶を吹き出した。
「後で話があるぞ……」
 直撃を受けた前の席の武神牙竜が、振り返らずにつぶやいた。
「月夜の奴、いつの間に……」
 ちょっと唖然としながら、樹月刀真はステージを見守った。
 樹月刀真のお下がりのブラックコート姿の漆髪月夜は、そんなことなど気づかないふりで花道を進んで行った。
 綺麗にリファインされたブラックコートは、鴉の濡れ羽色で光の加減によって綺麗な光沢を出していた。アップにして持ちあげた黒髪は、左右の鬢の部分だけを胸元に垂らし、うなじを顕わにするように頭に巻きつけてまとめられている。その上にはひょいと黒いボルサリーノを斜に被り、サングラスで表情を押さえていた。ポケットに両手を入れてコートの前をピタリと合わせたまま、つかつかと花道の端まで行って、足早に戻ってくる。
「それでは、パフォーマンスをお願いいたします」
 シャレード・ムーンに言われて、漆髪月夜がサングラスを外すと、ピンと指先で弾いて上に飛ばした。落ちてくるところを脱いだ帽子で受けとめて、そのまま回転させながらステージ上に投げ捨てる。
すべての思いを込めて……狙い撃つ!!
 漆髪月夜がコートの前をはだくと、コートの中からヤカンが転がり落ちた。間髪入れず、それを宙高く蹴りあげる。高くあげた脚によってプリーツスカートが翻り、黒いオーバーショーツが顕わになった。そのままガーターベルトで吊った黒のストッキングの上にあるレッグホルスターから左手でラスターハンドガンを抜き放つ。ブラウスの右手に巻きつけていた呪紋を描いたリボンが解け、ヒュンという右手の一振りで左手と銃に巻きついた。
 狙い定めると、落ちてくるヤカンめがけて発砲した。踊るようなステップを踏み、そのたびに華麗にコートの裾とスカートを翻しながら、ヤカンを空中から落とすことなく銃弾で弾きあげていく。
「おい、見せパンだからって、そんな大盤振る舞い……」
 ありがたく手を合わせている大洞剛太郎の姿を見て、樹月刀真が身を乗り出して叫んだ。
 そういうファッションだとはいえ、なんだか凄くむかつく。
「月夜、いいかげんに……」
 そのとき、樹月刀真の頭の上に、ようやく落ちてきたヤカンが直撃した。
「ぐっ」
 思わず、樹月刀真が審査員席の机に突っ伏す。
「ありがとうございました。あ、ヤカンは、関係者の方、ちゃんと片づけてください。それでは、姫神審査員、コメントをお願いします」
「地味ですね。普段と着ている服があまり替わっていないように思います」
「だが、それがいい。大事なのは中身ですよ、中身。それに、よく見れば、髪形とか細かいところが変わっているじゃありませんか。もっとこう、女性は細かいところに注目してあげなければいけません。そもそも、女性の美というものはですね……」
 素っ気ない姫神天音の言葉の途中で、奏シキが割り込んできた。普段は細い目を今日は目一杯開いて、鑑賞する気満々だ。
 
    ★    ★    ★
 
「長くなりそうなので、エントリーナンバー6番、織田信長さんの登場です」
 シャレード・ムーンが、奏シキの寸評を切り上げて、次の参加者を呼びあげた。
 琴の音と共に、織田信長が現れる。名前だけ聞くと、髯面の怖いおっさんが現れそうではあるが、英霊として転生した織田信長は妙齢の娘の姿をとっている。燃える深紅の着物は、振り袖の部分に桜の花模様がちりばめられ、彼女の一挙手一投足に合わせて、まるで花吹雪が舞うように瞬き翻った。頭の高い位置でまとめられた緋色の髪は、薄緑色の花飾りできちっと留められて背中に流れ落ちていた。
 みごとな摺り足で花道を静かに往復すると、織田信長がステージ中央に立った。
 音楽が止まる。
 バサリと、織田信長が、取り出した扇子を音をたてて広げた。
「人間五十年〜、下天の内をくらぶれば〜、夢幻の如くなり〜。ひとたび生を得て〜、滅せぬ者の有るべきか〜」
 歌の一節を諳んじながら、織田信長が舞を披露し始めた。
 ゆっくりと巡らす扇子の軌跡のままに、火術で作りだした炎が、宙に文様のような残滓を描きつつ幽玄の空間を作りだしていった。
「信長の敦盛はいつ聴いても綺麗な舞と歌だな」
 その美しさにあらためて見とれながら、桜葉忍がつぶやいた。大洞剛太郎などの観客も、しばし見とれる。
「では、ベアトリーチェ審査員にコメントをいただきましょう」
「すばらしい舞いでした。いい物を見させていただきました」
 少しうっとりとした目で、ベアトリーチェ・アイブリンガーが言った。
 
    ★    ★    ★
 
「続いて、エントリーナンバー7番、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)さんです」
「はははははははは、美の化身、クロセル・ラインツァート、颯爽登場!」
 舞台の袖から、タキシード姿のクロセル・ラインツァートがドタドタと駆け込んできた。黒いマントに黒のシルクハットを被り、なぜか仮面の上に真っ赤なゴーグル型のサングラスをかけている。胸元には赤い薔薇が飾られ、さりげなくポケットからは金鎖がのぞかせてあった。
 すたたたたたたたっとマントを靡かせながら一気に花道を駆け抜けると、白手袋をした手で飛ばされないように軽くシルクハットを押さえつつ、前傾姿勢で再び、たたたたたたたたたたたっとステージに戻ってくる。
よーく見ていてください。ここが本日の山場です!
 そう叫ぶなり、クロセル・ラインツァートがマントとシルクハットを脱ぎ捨てた。
「さて、俺がここで皆さんに披露するのは簡単な手品です。誰か、手伝ってはいただけないでしょうか」
「はいはーい」
 クロセル・ラインツァートの呼びかけに、舞台の袖にいたラピス・ラズリが手を挙げて駆け寄ってきた。絵とあれば、ここは名乗りをあげなければ気がすまない。
「ああ、先を越されちゃったよね。まあ、仕方ないかあ」
 出遅れた師王アスカが、スケッチブックを片手にちょっと残念そうに言った。
「大丈夫。二回するかもしれないですぅ」
 ラルム・リースフラワーが、頭の上から師王アスカを慰める。
「では、好きな絵を描いてください」
「はーい。さらさらさら〜」
 クロセル・ラインツァートに手渡されたメモ大の紙に、ラピス・ラズリが手早くクロセル・ラインツァートの似顔絵を描いた。
「では、それを私に見せないで、あのシルクハットの中に入れてください。いいですか、俺は全然、その絵を見てはいないですからね」
 タネも仕掛けもないと強調しながら、クロセル・ラインツァートが言った。
 言われた通りに、ラピス・ラズリがメモをハルクハットの中に入れる。
 その瞬間、審査員席の立川るるは、世にも恐ろしい断末魔の叫び声を聞いた気がした。
「ああ、かわいそうなフラワシさんだよねえ」
 なむなむと手を合わせる。
「さあ、実は、シルクハットの中には、赤い紙に、あなたが描くであろう絵を予測してすでに書いておいたのです」
 ちょっと引きつりながら、クロセル・ラインツァートが用意した台詞を続けた。実は、シルクハットの中にはフラワシが隠れていて、客のイラストを素早く描き写して、それをあたかも予知していたかのように取り出すという手品であったのだ。
 だが、今さっき聞こえたのは、どう考えてもフラワシの悲鳴だ。いったい何があったのだろうか。
 トラブルがあったのは間違いなさそうだが、今さら手品を中止するわけにもいかなかった。
「では、お見せしましょう。あなたが描いたのはこの絵です!」
 シルクハットの中に手を突っ込むと、クロセル・ラインツァートが赤い紙を開いて見せた。
 白紙だ。
 見れば、シルクハットの中で顔の上にラピス・ラズリの書いたメモを載せたフラワシが泡を吹いて気絶している。
「ええっと、ははははは、元の絵も白紙だったのかなあ。どれどれ……」
 ごまかしながら、クロセル・ラインツァートが白いメモを取り出してひっくり返そうとした。
「何というつまらない芸を。このままでは、マナ様が出てくる前に会場がしらけてしまうでしょうが! まったく拍子抜けです。顔を洗って出直してきなさい
 ずっと我慢してきたシャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)が、限界に達して巨獣撃ちの猟銃を発砲した。ぱこーんと、銃弾がクロセルのサングラスを貫通した後に仮面に弾かれる。
「はうあ!」
 思わず、クロセル・ラインツァートがのけぞる。仮面がなければ即死であった。
 ご〜ん〜!
 その瞬間、大きな銅鑼の音が鳴り響いて、舞台にパカッと口を開けた奈落にクロセル・ラインツァートが真っ逆さまに落ちていった。
「うぎゃあぁぁぁぁ!!」
 明らかに、落ちて身体をぶつけたのとは違う種類の悲鳴が、奈落の底から聞こえてきた。その叫び声を消し去るかのように、銅鑼を叩いたメイベル・ポーターがスイッチを入れて奈落の蓋を閉じた。
「ああっ、ついにつまらないネタで強制退場者が出てしまいました。いかがでしょうか、審査員の天王寺さん」
 外岡天が舞台を片づけている間に、シャレード・ムーンが天王寺沙耶にコメントを振った。
「ええっと……。落ち方が美しかったよね……」
 なんと答えていいやら困った天王寺沙耶が、そう言って何とかごまかす。
「では、同じイルミンスール魔法学校生として、カレン審査員、いかがでしょうか」
「えっと、あの人は、もう高等部は卒業しているはずなんで……。それはおいといたとしても、全然ファッションの参考にならないんだもんね。きっと、今日のコンテストをお笑い大会か何かと勘違いしているに違いないんだもん。そこが、弱点かな?
 カレン・クレスティアは、そうクロセル・ラインツァートをばっさりと切り捨てた。