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結成、紳撰組!

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結成、紳撰組!

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■■第一章

■其の壱

「酷いもんだぜ」
 副長である棗 絃弥(なつめ・げんや)のその言葉に、局長の近藤勇理は、溜息をつきながら目を背けた。代わりにパートナーの、楠都子を見る。
 寺崎屋から少し離れた路地の一角、柳の木の下には、褌一丁の姿で、隊士が二人木にくくりつけられていた。甲賀 三郎(こうが・さぶろう)達の仕業である。彼らは、不逞浪士と呼ばれる者達から受けた『暗殺依頼』を社会的抹殺と捉えて、このような暴挙に出たのだった。
 露出した腹には、『用済み』と直に書いてあり、額には『天誅』と書かれた紙が貼り付けられている。隊士達の脇毛が、風に揺られていた。何とも恥ずかしい姿である。
 路行くうら若き女性達は、着物の裾で顔を覆いながら、時折悲鳴を上げたり、視線を投げかけたりしてくる。
「兎に角、屯所へ連れて行こう」
 勇理のその声に、絃弥が他の隊士へ視線を向けて、目と顎で指示を出した。
 被害者と同機入隊の何人かが、目を覆いながら拘束を解き、二人に肩を貸しながら、都の路を進んでいく。
「命があっただけでも良かったであろう」
 罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)の声に、都子が豊満な胸を揺らしながら頷いた。
「そうだよそうだよ。私なんて、本当の幕末で暗殺されちゃったんですから……そうじゃなくても、もうあのような悲劇を繰り返したくないです」
「暗殺? どうして?」
 そんな話を聴いた事はなかった勇理が首を傾げると、都子が視線を逸らした。
「まぁ良いでしょ。この話は。それより、通行人の視線を気にした方が良いと思います」
 都子の長い睫毛が、こちらをまじまじと見ている集団へと向かう。
 つられて勇理もまた視線を向けると、そこには朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)の強い眼差しがあった。一歩後ろには、橘 舞(たちばな・まい)イルマ・レスト(いるま・れすと)金 仙姫(きむ・そに)がいる。
「何か?」
 勇理が訊ねると、千歳が首を傾げた。
「従姉妹と旅行に来たのだが、何かあったのか?」
「それは……今、この扶桑の治安は良くない。早めに宿に戻る事を進める」
「何も回答になっていないわ。千歳は、『何かあったのか』と訊ねたんだもの。あなたは、何があったのかを回答するべきだわ」
 するとブリジットが、鋭く言葉尻を捕まえた。
「辻斬りが出たんです。昨夜、複数。だから私達紳撰組が、こうして治安の維持を――」
 言葉に窮した勇理の代わりに、都子が助け船を出す。
 その声に、千歳の目が輝いた。
「新撰組?」
「紳士の紳と書いて、紳撰組だ。扶桑の都を守る為に、私達は出来る事をしている。――そうだな、自分達の志を貫く為に」
 勇理が応えると、不意に千歳の頬に朱が指し、興味津々といった色が瞳に浮かぶ。
「その大儀に感じ入った――ほ、本当だぞ、だから微力ながら力になりたい」
 千歳のその声に、イルマが溜息をつく。
「誰に釈明しているのですか?」
「しかし――」
 勇理が危ないと諭そうとした時、そこへ高々と声がかかった。
「盗人だ!」
 周囲がざわりざわりと、どよめいていく。一同が視線を向けると、スリらしき男が走ってきた。
 猫柄のリストバンドを巻いている。
 勇理や絃弥が身構える。だが――それよりも一歩早く、反射的に千歳が、逮捕術を駆使して、走ってきた男の体を横転させた。
「!」
 勇理と都子が驚いて息を飲む。
「すごいな」
 絃弥はそう告げると腕を組んだ。
「力になってくれるんだろう、だったら、紳撰組の屯所で講義を頼む」
 通常講義をしているのは、副長である絃弥やレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)である。だからその声に勇理は驚いて顔を上げた。すると絃弥は、赤い瞳に愉快そうな色を宿して顎を動かしている。
「使えるものは何でも使え、それが俺の志だ。近藤さん」
 副長のその声に、勇理は返す言葉を見つけられないのだった。
 そうして絃弥とフォリスが、千歳や舞達を伴って、紳撰組の屯所へと歩き出した。
 それを見送りながら、勇理は静かに息をつく。
 すると。

「勇理ちゃん、お団子食べに行かぇい?」

 そこへそんな声がかかった。
 ――またか。
 勇理は再度溜息をつきながら、眉間に皺を刻んだ。
「誰が行くか! さっさとお縄につけ!」
「つれんなぁ、もう」
 現れたのは梅谷才太郎である。彼は、暁津藩の脱藩浪士である。その攘夷思想から、方々から追われている人間だ。
「あぁあぁ、お邪魔しちゃ悪いから、私も屯所に戻りますね」
 揶揄するように都子がそう述べて、踵を返した。
「ちょっと待て」
「ほらほら都子ちゃんだって嗚呼言うてる事だし」
「都子!」
 だが勇理の声など素知らぬそぶりで、都子は絃弥達を追いかけていく。
「勇理、俺と茶屋に行こうぜ」
 そこへ遠くから、手を振るように声がかかった。風祭 隼人(かざまつり・はやと)である。やさしそうな美少年である彼の声に、梅谷が、何度か瞬きをした。
「君は誰じゃろうか?」
 三日程前から、自分にまとわりついてきている相手の姿に、勇理が目をきつく伏せた。
「梅谷と一緒で、何故なのか絡んでくるんだ」
「やだなぁ勇理ちゃん。才ちゃんで、良いがやき」
「黙れ。誰が『才ちゃん』なんて呼ぶか!」
「じゃあ隼人の事は、『隼ちゃん』か」
 隼人に纏われている風祭 天斗(かざまつり・てんと)が呟いて、一人で笑った。外見は、ジャケットである彼には、隼人と風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)の父親の魂が篭められている。それ故か、幼い頃の呼び名を想起しようとして、天斗は思わず笑みをこぼしてしまったのだった。
「あれ、ええと」
 しかし隼人は、全く別の事を考えていた。
 ――やっと目標と接触できたぜ。
 そんな思いで、隼人は梅谷を一瞥する。彼はそもそも、梅谷才太郎に接触すべく、勇理に近づいていたのである。
「勇理を慕っている者同士、ちょっとお茶でもしようぜ」
 隼人がそう声をかけると、向き直った梅谷が、片目だけを細めて左右非対称な表情を浮かべる。
「慕っちゅう? あげないぞ」
 別にいらないけれども。そんな内心を押し殺し、隼人は続けた。
「話すだけだ。時間が欲しい。梅谷と話す時間が」
「何で俺の名前を知っちゅうんだ。まぁ良いけど。ほんなら明日の夜な――寺崎屋はうるさいから、宵保野亭に来てくれぇよ。戌の刻、夜の五つ半にでも」
「つまりその時間に踏み込めば、二人揃ってお縄に出来るって事か」
 勇理が眉を顰めると、慌てて隼人が手を振った。
「俺何にも悪い事してないし。じゃ、また明日」
 ――とりあえず、約束は取り付けた。
 そんな思いで、隼人は踵を返す。
「俺だって悪ぃ事はしておらん」
 それを見送りながら、梅谷が呟いた。
「してるだろうが。脱藩なんて――」
 勇理が声を荒げようとした、その時の事である。
 そこへユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)シンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)、そして山田 朝右衛門(やまだ・あさえもん)がやってきた。
「お二人は、どういう関係なのですか?」
 不意にかかったユーナのその声に、勇理と梅谷は動きを止めた。
 揃って振り返れば、前髪を切りそろえた長い金色の髪が目に入る。尋ねたユーナの青い瞳は、真剣な様子で二人を交互に見ていた。
「どうって、それは」
 勇理が呟く。
「恋愛関係だ」
「黙っていろ、梅谷」
「まっことやか」
「無い無い」
 食い下がる梅谷を一蹴してから、勇理が腕を組んだ。
「私はこの扶桑の都の治安を守る身だ。扶桑守護職からもそう仰せつかっている」
「おめでとう」
「だから黙っていろ。それで、だ。この梅谷才太郎という輩は、取り締まり対象だ!」
「ええ!?」
「そうだろうが! だからさっさとお縄に――」
 勇理が思わず叫び声を上げる。
「おいおいおいおい、紳撰組の局長様が、要注意人物と恋仲たぁどういうこった。それも衆道かぁ?」
 するとそこに、揶揄が飛んだ。
 皆が視線を向けると、そこには、高位の人物を先導している扶桑見廻組の侍の姿があった。揶揄された勇理は思わず目を剥く。
「なんだと? 誰が――」
「事実だろう、なぁ」
 くすくすと、辺りに笑い声が響いていく。
 思わず目を細め、勇理が剣の柄へと手をかける。その時の事だった。
「鎮まれ」
 一喝する凛とした声音が響いた。
 一同が視線を向けると、そこには、扶桑見廻組に先導され、通りがかった武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)がいた。武神 雅(たけがみ・みやび)龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)、そして重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)といった八咫烏の面々も付き従っている。八咫烏とは、将軍からの勅命を受けて、マホロバ全土の動きを掴むため尽力している組織である。そこまでを知らずとも、マホロバ幕府・陸軍奉行並である牙竜の姿に、勇理は反射的に頭を垂れて膝をついた。
「その装束――紳撰組だな。紳撰組は、局長。近藤勇理と見受けるが」
「いかにも」
「このような昼下がりの横道で、騒ぐとは何事か」
「恐れ入ります。申し訳ありません」
 勇理のその返答に、溜息をつくと、牙竜は歩き始めた。パートナー三人も着いていく。
 ――まだまだ紳撰組は、出来たばかりの組織なのだ。
 実際に、自分が騒がしかった事も事実であり、陸軍奉行並の言葉は正しい。
 勇理は一人そう念じると、きつく目を伏せたのだった。


 その様子を影から見ている者がいた。オルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)久坂 玄瑞(くさか・げんずい)である。オルレアーヌは、梅谷の尾行をしていたのである。彼女は、梅谷が近藤と会う事で何らかの情報のやり取りめいたものがあるのではと考えて、表通りを避けつつ近藤と梅谷の会見場所まで見に来たのである。しかし目立った成果は無い。


 丁度其の後ろを、秦野 菫(はだの・すみれ)梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)、そして李 広(り・こう)が通り過ぎていく。
「ええと、三条河原と四条大橋は見たし、犬ガ辻にも行ったし、境岩も見たから、次は――」
 彼女達は、マホロバの観光中なのである。名所巡りをしているのだ。
 口にした菫は、黒いポニーテールの髪を揺らしながら、名所の覚え書きに視線を落とした。
「わたくし魅谷甲良屋敷の辺りにも興味があります」
 長い黒髪を揺らしながら、仁美が応えた。
「大白寺は?」
 黒髪を後ろで束ねた広が尋ねる。
 全てを見切るには、この扶桑の都は広すぎる。
 そんな思いで、次に行く先を、菫は思案したのだった。


■其の弐


 扶桑見廻組の屯所は、一条城の傍、歓楽街から離れた区画に位置している。扶桑見廻組は、幕臣で構成された、扶桑の都を守る為のエリート部隊である。そこへ武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、パートナー達を連れ立って訪れたのは、未だ日が高い頃合いだった。
 高く結い上げた緑色の彼の髪の下、その金色の光が陽光を反射している。
 その姿を認めて、レン・オズワルド(れん・おずわるど)が歩み寄った。シャギーがかかった銀色の髪が揺れる。見据えてくるその赤い瞳に気がついて、牙竜が歩みを緩めた。
「俺もお前達に協力するぜ」
 レンのその声に、牙竜が首を傾げた。それには構わず、レンが続ける。
「紳選組だけでは都の治安は守れない」
「――……そうだな」
 簡潔に感情をうかがわせない声で、牙竜が応えた。
「紳選組の話は聞いている。広く門戸を開き、各地より多くの契約者を集めていると。だが俺はあえて扶桑見廻組の門を叩いたんだ。その末席に加えて頂き、彼らに協力することで都の治安を守っていきたい。――それだけの力が扶桑見廻組には、ここにはあるのだから」
 彼らがそんなやりとりをしていると、そこへアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が歩み寄ってくる。二人は、先程の扶桑見廻組と紳撰組のやりとりを見ていて、思わずこの場へと足を運んだのである。
「観光で来たとは言え、紳撰組と見廻組の軋轢は見過ごすことができない」
 アルツールが静かにそう呟いた。彼は思い出していたのである。
 嘗ての、クイーンヴァンガードの軌跡を。
 ――紳撰組の志は非常に立派だ。
 ただ、扶桑見廻組と揉めている事がかつてのクイーンヴァンガードの問題点を思い起こさせるのである。
「よって多少組織が硬直化しようとも、見廻組と紳撰組の間に明確なルールを確立させ内紛を防ぐ事が肝要なのではないか」
 彼のその言葉に、牙竜が大きく頷いた。
「ああ、その為に、今宵扶桑守護職と話しをしてくる」
「同じ思いか」
 二人は言葉を交わすと頷いた。
「では問題は、扶桑見廻組の意識であろうな」
 見守っていた司馬がそう告げる。
「その通りだ」
 先程の紳撰組局長とのやりとりを思い起こしながら、牙竜が頷くと、司馬が胸を叩いた。
「意識変革のその大任、仰せつかろうではないか」
 その傍で、隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)が一人思案していた。薄茶色のポニーテールが美しい彼女は、無事道を重んじる性格をしている。その為、マホロバの世界樹扶桑を守るのはマホロバ侍の仕事だと考えていた。――シャンバラ国民の手は借りません!
 そんな風に考える銀澄は、マホロバ芦原藩の名門武家の娘であり、これまでもマホロバの為に忠義を尽くす侍として研鑽を積んできたのである。ただ、目を伏せれば、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)の事を思い出さずには居られないのだった。白姫は、大奥の大台所である。
 彼らがそんな事を言い合い、考えていると、その場に威勢の良い声が響いてきた。

「ご飯ですよー!」

 それはグェンドリス・リーメンバー(ぐぇんどりす・りーめんばー)の声だった。
 彼女は、波打つ黒い髪を揺らしながら、小柄な体で、方々に声をかけて回る。小さな白い翼が愛らしい。赤い瞳の美少女は、その元来の穏和さがのぞく優しい表情で、鍛錬をおこたらない扶桑見廻組の面々へと声をかけていく。
「さぁさぁどうぞ! 我輩も気合いを入れてよそいますから!」
 そこへ頤 歪(おとがい・ひずみ)が、たたみかけるように声をかけて、良い香りのする味噌汁をよそい始めた。
 彼はセミロングの黒い髪を揺らしながら、七篠 類(ななしの・たぐい)を見ている。
 彼にとって類は、主君に等しい存在である。
 ――吾輩は、主君と認めた七篠殿について行くのが道理だと思っているのであります!! つまり主君である七篠殿の上司は神に等しい!!
 そんな視線を向けられている、類は静かに考えていた。
 ――扶桑見廻組に入りたい。
 彼らがこの屯所に身を寄せて、未だ数日の事である。
 ぼさぼさの類の髪が、集まってくる、エリートの権化である扶桑見廻組の皆を見つめている。それを察して、尾長 黒羽(おなが・くろは)が、声をかけた。
「わたくしが思うに、すでに見廻組の一員なのではありませんか?」
 無邪気な彼女のそんな声に、しかし類は首を振った。
「まだ許可は下りていないから」
 このようにして、扶桑見廻組の日々も過ぎていく。