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ご落胤騒動

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ご落胤騒動

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   十二

 太陽の光がまだ薄い早朝。
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)と紫月 睡蓮は、レッサーワイバーンの背に跨り、上空から当麻を探していた。
 その横をオーロラハーフに乗った桜庭 忍が飛んでいる。
「大丈夫か、睡蓮?」
 睡蓮は【ダークビジョン】で、一晩中下を見続けていた。戦闘を終えたリカインや呼雪たちを見つけ収容のために連絡し、また当麻を探すために瞬き一つしないでいる。目は真っ赤だ。エクスの声には労わりの響きがあった。
 睡蓮はその目を初めて瞬かせ、擦った。
「あそこです!」
 指差した先に視線を向け、忍は地上の信長へ怒鳴った。
 白馬に跨る織田 信長は、パカラッパカラッとその方角へ走った。
 大きな木の根元に、二人の少年が眠りこけていた。彼らを守るように、閃崎 静麻が傍らに座っている。
「味方だよな? そう言ってくれ」
 疲労の色濃い静麻が縋るように尋ねた。
「第六天魔王・織田信長じゃ! 安心せい!」
「……何だか安心出来ないのは、名前のせいか?」
 レッサーワイバーンとオーロラハーフも降りてきて、静麻はホッとした。当麻とトーマ・サイオンもその音で目を覚ました。
「ちょうどいい」
 静麻は自分の計画を話した。手を叩いて喜んだのは、派手好きな信長だ。
「それはよい! この白馬に乗るがいい! いや、空から行くのがよいかもしれんな。忍! おまえのオーロラハーフに乗せてやれ!」
「それはいいけど、後の二人はどう振り分ける?」
 忍はぐるりとメンバーを見渡した。
「あ、俺はパス。ここに残る。さすがにくたびれたわ」
「私も……目が疲れてしまいました」
 静麻は苦笑しつつ欠伸をし、睡蓮は目に手の平を当てた。
「うむ。ではわらわのワイバーンにトーマを。忍のオーロラハーフに当麻を……ややこしいの」
「ではこの信長が露払いをして進ぜよう! ついて参れ!」
 白馬の頭を巡らせ、信長は先陣を切った。馬のスピードはそれほどではないが、目立たせるという静麻の趣旨には合っている。
 睡蓮は当麻がオーロラハーフに乗るのに、手を貸した。「あ……」と小さく呟く。一行が去ると、睡蓮は携帯電話を取り出し、唯斗へ連絡した。静麻が怪訝そうに見ていた。


 長屋から逃亡したヒナタたちは、町外れにある水車小屋で夜明かしし、甲斐家へ向かっていた。
 しかし橋を渡って町を渡ろうとした時、棗 絃弥がうろうろしている侍たちに気がついた。
「またか……しつこいな」
「ここは私が」
 エッツェル・アザトースが立ち上がった。「私はアンデッドです。痛みもありませんから、囮や盾にはちょうどいい」
 ヒナタはもう、止めなかった。ただ「どうかご無事で」とその手を握った。
 エッツェルはニッと笑みを浮かべた。悪くない気分だった。
 ベキ、バキと音がして、エッツェルの背が盛り上がった。腐肉の絡まった骨の翼が広がり、侍たちはその異様な姿に目を引き付けられる。ヒナタ、絃弥、ミシェル・ジェレシードはその隙に橋の下に潜り込んだ。侍たちがバタバタと橋を渡っていく。
「化け物め……!」
「当たりです」
 しれっとエッツェルは答えた。さて、どうしたものか。その気になれば一網打尽には出来る。だが殺しては、ヒナタの立場が悪くなる。
「へっ、九十九もあのおかしな野郎もいないみてぇだな」
 侍の中から声が上がった。
「どうやら敵ではなさそうでござる。この者らを引き付ける役割でありましょう」
 侍たちがどよめいた。彼らの中央に、明らかに異質の人間が二人いた。柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)真田 幸村(さなだ・ゆきむら)だ。侍らは、九十九に雇われた用心棒だと思い込んでいた。
「じゃ、俺たちの読みは当たってたってことだな」
「左様。今はその役割に手を貸すが、最優先事項と存ずる」
「じゃ、ま、いっちょやりますか」
 氷藍はブージを高々と掲げた。ともすれば手槍と見間違うが、ブージは大型の戦斧である。その斧頭から、轟雷が空へと向けて放たれた。
 侍たちは橋の下へと転げ落ち、エッツェルは――元々白いので分かりづらいが――青くなった。
 だが幸い、ヒナタたちは氷藍たちに目が向いている間に橋の反対側へ渡っていた。
 エッツェルはホッとし、左腕から奇剣「オールドワン」を取り出した。小さなナイフを思わせる刃が、肉のようなもので何十枚も繋がれた奇妙な造りの連接剣である。
 エッツェルは腰を落とし、それを振り回した。鞭のようにしなり、ヒュッと音を立てて侍の足首に叩きつけられる。
「ギャア!」
 肉が抉れ、血が吹き出した。叫び転がる侍に、エッツェルは顔をしかめた。
「大げさですね。別に取れやしませんよ、私じゃないんだから」
 その言葉に、侍たちはぞっとした。目の前にいる人物は、見たままに化け物だということ、足や腕が取れても平気なのだということを悟った。
「さて、大人しく捕まるか、抵抗して斬られるか、選択権ぐらいはさしあげましょうか」
 しかしその提案には、第三の選択肢があった。即ち、逃亡。
 果敢にもお家のためとエッツェルに戦いを挑む者も少なくなかったが、彼の化け物っぷりに怯える侍もまたいた。彼らは回り右をして、氷藍と幸村をターゲットとした。少なくとも、エッツェルよりマシだと思った。
 だが、容赦ないという点でいえば、氷藍も同様だった。彼はつい先頃ぶっ飛ばされた経験があり、侍たちはその八つ当たりの対象にされた。何より助けを求める者に手を差し伸べ、全力で守るのは氷藍の「意地」だった。この事件を解決するため、何が何でも親子を甲斐家へ向かわせる――そう考えていた。
 幸村は己の過去と当麻を重ねて考えていた。幸村は戦国時代の猛将・真田幸村の英霊だ。正妻の子ではないという説があり、少なくとも今ここにいる幸村はそれを信じている。だがたとえ実の子でなくても、母は他の兄弟と変わらぬ愛を注いでくれた。ならば那美江にもそれが出来るはずだ。だから何としても、二人には生きていてもらわねばならない。
 結局のところ、氷藍も幸村も当麻かヒナタ――どちらかは分かっていない――を逃がすため、全力で、しかし殺さないためにそこそこ手を抜いて戦ったわけで、
「【ツインスラッシュ】!」
「【エンデュア】!」
 ――侍たちにとっては、前門の虎後門の狼という状況だった。