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ご落胤騒動

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ご落胤騒動

リアクション

   六

 店の表には、侍たちがいた。その中の一人に、天音は見覚えがあった。
「ああ、さっきの。足の具合はどうだい?」
「貴様! タダではすまさんぞ!!」
 何があったかは知らないが、大概の予想はつく。ろくでもないことをしたに違いない。ブルーズは嘆息した。
「……片付けばかりで少々うずうずしていたのだ。暴れさせてもらうぞ」
 ブルーズは「喪悲漢」を取り出した。魔道で絶望の果てに死んだパラ実生のモヒカンである。つけると絶望のあまり攻撃力が大きく上がるが、防御力は下がってしまう。それも三つだ。正直、美しいとは言いがたいが、ブルーズの覚悟の程が分かろうというものだ。
「いくぞ!」
「負けてられねえぜ!」
 ヒロユキは「幻槍モノケロス」を手に、【ランスバレスト】で侍たちの中へ飛び込んだ。ブルーズへの攻撃を、マクシミリアンやレッドラインシールドで流していく。
 銀は己に襲い掛かる剣の軌道を見切り、紙一重でかわす。かわしながら、鉤爪で相手の手の甲や首筋に、細長い傷を何本もつけていく。
「効かんわぁ!」
 怒鳴った侍はしかし、直後に痺れを感じ、剣を落とし、その場に崩れ落ちるのだった。
「忍者相手にまともに戦うものじゃない……」
 しびれ薬の塗られた鉤爪に息を吹きかけ、銀は小さく笑った。
 その隙に、天音は焔のフラワシ、粘体のフラワシ、僥倖のフラワシを呼び出した。三体のフラワシは次第に一つになり、奇妙なことに黒いレースのヴェールをかぶった女性の姿へと変わった。
「さあ行け、『黒真珠』」
 瀟洒な黒のドレスを纏った「黒真珠」は、侍たちへ向かって歩き出した。
「な、何だ、この女は? どこから現れた?」
 侍たちが戸惑う。
「黒真珠」は、すうっと手を上げた。その仕草も歩く姿も、貴婦人のような優雅さでその場にいる全員がしばし見とれた。――いや、ただ一人、ブルーズだけが、
「逃げろおお!!」
 叫び声を上げた瞬間、「黒真珠」の指先から薔薇の花弁が散った。それは舞い踊るように侍たちの袖に落ち、ポッポッと火を点けた。
 侍たちはパニックに陥った。「化け物め!」と襲い掛かる者もあったが、ゼリー状に変化した身体のおかげでダメージは全くなく、天音は満足げにその様子を眺めた。彼の好みに相応しいフラワシだ。
「……鬼だな、貴様」
 ブルーズの声に反応して辛うじて屋根へと逃げた銀が、唖然として言った。
「なあに、その内消えるよ」
と天音は軽く言ったが、そこでおやと首を捻る。
「君はそこにいる。ブルーズもあそこにいる。……天真君は?」
 銀はぎょっとして、慌て惑う侍たちに目をやった。
「いた!」
「ウワッチィ!!」
 ヒロユキが侍たちの中から飛び上がった。尻から煙が昇っている。他に火傷らしいものは見えない。どうやら【龍鱗化】で辛うじてダメージを軽減したらしいが、服まではそううまくいかなかったようだ。
 生憎とこの場に火を消すスキルを持つ者はなく、ヒロユキは尻から煙を上げたまま、ドドドドと音を立てながら去っていったのだった。


 同時に店の裏口から出たのは、ヒナタと真言、隆寛、月、それにエッツェルとミシェル、絃弥だ。
 だが当然そこにも、侍たちが待ち構えていた。
 真言はヒナタの前に出て、【ガードライン】を使った。
「ここは当然、私たちの出番でしょうね」
 隆寛は更に一歩歩み出た。
「お願いです、もうやめてください。こんな、私のためにこんなこと……」
 ヒナタは泣き出しそうになっていた。
 隆寛は振り返り、微笑んだ。
「お行きなさい。お子さんのためにも。あなたたちを守ろうとしている者のためにも」
「だからっ……」
「私たちは嫌々あなたを助けているわけではないのですよ。申し訳ないと思うなら、行って全てを解決して、私たちを喜ばせてください」
 それから隆寛はぽんぽんとヒナタの背を撫でた。英霊である隆寛は、外見よりずっと年経ている。そういった古い人間特有の包容力が彼にはあった。両親を失くし、女手一つで子供を育ててきたヒナタは、この十年で初めて誰かに頼る、守られる心地よさを感じた。
 隆寛はすっと離れると、背を向けた。
「行きなさい!」
 ミシェルがヒナタの手を引っ張った。エッツェルと絃弥が、三人に軽く手を挙げる。ヒナタは振り返り振り返り、走っていく。
 真言が懐から取り出したケースを叩き割った。もうもうと「煙幕ファンデーション」が四人の姿を隠す。
「どこへ行った!?」
「あっちだ!」
 しかし侍たちは、身動きが取れないでいる。
 隆寛はモノクルを外して、サーコートのポケットに入れた。それから女王のサーベルを振る。ヒュンッ、といい音で風を切る。
 煙幕が晴れ始めた。
「【ランスバレスト】!!」
 隆寛はそれを待たず、侍たちの中へ突っ込んだ。一人の侍が大きく跳ね飛ばされる。
 真言は【ヒロイックアサルト】を使い、集団へ飛び込んだ。
 二人は次から次へ、スキルを発動した。敵が、ヒナタの存在を忘れるほどに。とにかく攻撃に集中し、時折戻っては、月の【ヒール】で体力を回復して、まだ突っ込んでいく。
「二人とも、頑張ってください!!」
 途中、店の表で大きな叫び声が上がり、焦げた臭いがしたが、三人は気づかなかった。
 が、しばらくしてドドドドドという地鳴りと共に、ヒロユキがこちらに駆けて来た。真言と月、侍たちの顎がカクンと外れかかる。眉一つ動かさなかった隆寛はさすがと言うべきか。
 ヒロユキの服は燃えているのだろう煙が上がり、それはまだ分かるのだが、彼の傍らには共に走る石像の姿があった。ガーゴイルだ。
 ヒロユキを攻撃するわけでもないので、おそらく彼のアイテムなのだろうが、なぜ一緒に走っているかが分からなかった。
「今ですよ、マスター、月殿」
 隆寛の声に、二人はハッと我に返った。
 ヒロユキとガーゴイルを避けるため、侍たちは道の端に飛びのいた。その隙を逃さず、
「【則天去私】!!」
「【ライトニングランス】!!」
「【破邪の刃】!!」
 真言たちはありったけの力を込めて、技を放った。侍たちは吹っ飛び、ついでにヒロユキも倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
【ヒール】をかけようと月が駆け寄ると、ヒロユキが笑いながら親指を立てた。
 彼の服は石へと変わり、火は消えていた。