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ご落胤騒動

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ご落胤騒動

リアクション

   二

 夜が明け、まだ通りに人の姿が見えぬ頃。
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、割れた茶碗や折れた箸を拾い、壊れた椅子や飯台を直し、せっせと掃除をしていた。
 昨日、一膳飯屋で大騒ぎがあり、パートナーの黒崎 天音(くろさき・あまね)の陰謀で巻き込まれることとなったブルーズは、半壊しかけた店を見捨てられず、こうして片付けを手伝っていた。
「うぬぅ。天音の奴、我に任せっきりで何をしているのだ?」
 その天音は、店の裏で一人の人物と対していた。店で騒ぎを起こした諏訪家の侍だ。全員役人に連れて行かれたはずだが、一人だけ、天音がこっそり縛っておいたのだった。
 侍は縛られたままの格好で、天音を睨んだ。
「貴様、こんなことをして、ただで済むと思うなよ!」
「ただですまないなら、いくらくれるのかな?」
 天音はくすくす笑いながら、引っくり返した壺に腰掛け、懐から短刀を一振り取り出した。
「これは『さざれ石の短刀』だ。何に使うかは分かるね?」
 侍は、僅かに顔を引きつらせた。「さざれ石の短刀」は、生物を石に変えてしまう、恐ろしい武器だ。おいそれと手に入るものではないが、珍しい代物でもない。目の前のそれが本物であるかどうか、侍は見分けようと懸命に睨んだ。
「調べるのは簡単だよ」
 事も無げに言って、天音は侍の太ももにその短刀をあっさり刺した。
「☆△%$#○@!?」
 言葉にならぬ叫び声を侍が上げ、天音は慌てて口を塞いだ。ブルーズに聞こえたら事だ。
「ほうら、分かるかい? 君の足がどんどん硬くなっていくのが」
 侍は涙目になりながら、こくこく頷いた。助けてくれ、と目で訴えている。天音はポケットから青色の液体が入った小瓶を取り出した。
「これは『石化解除薬』だ。欲しいかい? 欲しいだろう?」
 侍は大きく頷く。
「だったら、知っていることを全て話してくれたまえ」
 ブルーズが見たら、卒倒するような出来事であった。


 天音が店に戻ると、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が座っていた。彼は同じく騒ぎに巻き込まれ、面倒を避けて逃げ出したはいいが、些か怪しい外見から、不審者として役人に捕まっていたのだった。
「ああ、うちゃあ大昔から店やってるがよ、儲かるようになったのはここ最近のこった」
 店の主人である老人が、エッツェルとブルーズに話している。戻ってきた天音に、何をしていたとブルーズが目で問うた。天音も目だけで話を聞こうと答える。
「明倫館様様だな。おかげでこの辺もぐっと賑やかになった。うちの店も忙しくなったんで、ヒナちゃんを雇ったんだ」
「それじゃあ、それまで彼女には会ったことがない?」
と天音が尋ねると、うんにゃ、と老人はかぶりを振った。
「十年……いや、そんな前じゃないな、もうちょっと後か、うん、当麻が二つかそこいらの時だ。金がねえが必ず返すからってんで、飯食わせてくれって来たんだ」
 この店の飯を食いたいなどと、さぞ飢えていたのだろうとエッツェルは思った。
「当麻は可愛くてな。今もだが。あんまりヒナちゃんには似てねえんだ。ありゃきっと、おっ死んだっていう親父さん似だな」
「父親?」
「よくは知らねえよ。死んだってことしかな。おっと、ばあさんが呼んでる。あんたら、ヒナちゃんに会ったら心配ねえから戻って来いって言っといてくれよ」
 老人が奥に引っ込むと、天音が小さな声で言った。
「どうやら当麻は、甲斐家のご落胤らしい」
「何と!」
「つまり、お家騒動ってことですか。テレビの時代劇みたいに?」
「そういうことかねえ」
 エッツェルはしばし考え込んだ。それから、
「あなた、ええと」
「黒崎天音だ」
「私はエッツェル・アザトースです。あなたはこれからどうするつもりです?」
「そうだねえ」
「それは無論、あのヒナタという女を探して保護するのだろう?」
と言ったのは、ブルーズだ。天音はパートナーをちらりと見て、うん、そうだねと相槌を打った。しかし、
「でも、もうしばらくここにいようか」
「なぜです?」
とエッツェル。
「だってこの店、この有様じゃ、今日どころか明日も仕事が出来ないじゃないか。彼女が戻ってきたら困るだろうし。というわけで、ブルーズ、よろしく頼むよ」
「は?」
 てっきりすぐにでも飛び出すかと思っていたブルーズは、呆気に取られた。
「こういうの、得意だろう?」
 否定はしない。否定はしないが、しかし――。
 がっくりと肩を落とし、これもあの女のためだと己を慰めつつ、ブルーズは箒を手に取った。


 大岡 永谷(おおおか・とと)は、道行く人に「耳と尻尾の生えた元気の良い十二〜三歳の少年」を見かけなかったか尋ねた。
 それはトーマの人相風体だった。
 明倫館にちょっとした用事――まさか己の体格に合う巫女装束を探しに来たとは言えないが――で訪れていた永谷は、二人の少年の行方不明を聞いた。内一人が後継者争いの渦中にいると知り、ここは一つ、守ってやらねばと正義感に燃えた次第である。
 永谷は元々日本人なので、葦原島においてもそう目立つ容姿ではなかったが、さすがに軍服は目を引く。ということで、巫女装束――もとい、女物の作務衣を着用していた。
 当麻は四度も引っ越しをしているというが、あくまで葦原島内のことらしい。外へ出たとは考えられないから、この島のどこか――恐らくはその四度の引っ越しのどこかにいるはずだ。
 それに子供の足ではそうそう遠くへは行けない。ならば何らかの移動手段を考えるはずで、永谷は馬と駕籠、それに人力車の乗り場を探した。場所柄、自動車はないし、自転車もそうそう見かけなかった。
 トーマは当麻と一緒にいる。そこでもう一人の少年の特徴を訊いて回った。朝の忙しい時間だというのに、皆、丁寧に答えてくれたが、結局覚えのある人間はいなかった。
「迷子ですか……見つかるとよろしいですわね」
 永谷の質問に、我がことのように同情を示したのは、度会 鈴鹿(わたらい・すずか)だった。彼女はトーマのことは知らなかった。
 パートナーの織部 イル(おりべ・いる)と共に、鈴鹿は甲斐家を訪れた。門番に「別の家へ使いにやった下女が間違ってこちらに来ていないか」と尋ね、ヒナタの容姿を告げた。来ていないと門番が答えたので、鈴鹿は礼を言って再び町へ戻った。
「もしや、忍び込んではおらぬかの?」
とイル。鈴鹿はかぶりを振った。
「そのようなスキルはお持ちではないでしょう」
「それもそうじゃ。……それにしては鈴鹿、顔色が悪いぞ」
「最悪のことを考えています」
「何じゃ?」
「もしや……もしや、ヒナタさんは九十九 雷火(つくも・らいか)を探しに行ったのではないでしょうか?」
「何じゃと! それはいかぬ。それは危険すぎるぞよ」
「ええ、分かっています。どうにか――どうにかあの二人の接触を避けなければ……」
 常にないことで、鈴鹿とイルの足は、自然速くなっていた。