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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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■第3章 6つめのドア

「バァルさん…」
 仲間たちがそれぞれのドアに向かっていく中、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は振り返った。
 そこに立つのはバァルとともに6室目を希望する者たち。つまりは彼女たちからカードを受け取って、初めて入室可能となる者たちだ。
「私が入る2室目……彼らの戦い方はよく知っています……つまり、フェイミィが苦手な攻め方をすれば……いいと」
 だから信じて待っていてください、とは続けられなかった。それはあまりに大きすぎる約束で、賭けているものが重すぎた。
 ただ、ここで待つしかない彼の負担を少しでも軽くしてあげたいのに……言葉が見つからない。
 分かってほしい。全力を尽くし、必ずカードを持って出てくると。その一念で彼を見つめ、すっ……と頭を下げ、リネンはドアに向かった。
「リネンさん」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が横に並んだ。そっと包み込むように手をとり、にっこり笑って一緒に振り返る。
「安心して、待っていてください、バァルさん、皆さん。必ずカードは皆さんのお手元にお届けしますから」
 ぺこっと頭を下げ「さあ、行きましょう」と促した。
「ベア…」
「大丈夫です、リネンさん。私たちは負けません。決して。負けるはずがないじゃないですか。私たちが背負っているもの以上のものなんか、あの人たちにはないんですから」
 2室のドアを見つめる彼女の横顔に、ああ、と思った。彼女はいつもやわらかくて、優しくて……全てを包み込めるほどに強い。
「そうね…」
 ぎゅっと手を握り返す。
 彼女とともに、リネンはドアをくぐった。



 ひゅん、と空を斬る音がして、白刃が振り下ろされた。
(……うん、大分調子は良くなってる)
 思いどおりの位置でぴたりと止まり、剣先にブレひとつ見せない白漆太刀「月光」を見て、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)は内心頷く。
 今、この時、この体調でよかったと、心から思った。反乱軍とともに戦っていたときとは比べものにならないほど刀が軽く、手足が動く。あのときは気づいていなかったけれど、今こうなってみて、初めてあのときの自分は本当にバランスを崩していたのだと納得できた。
 いや、あのころも体調が思わしくないことには気づいていたのだ。浅い眠りしかできなくて、食欲もかなり落ちていた。ただ、技術でカバーできると……そしてだれにも気づかれず隠し通せる程度だとばかり思い込んでいた。
 今になって思えば、そう考えたこと自体がすでにおかしかったのだが。
『じゃあ、これからしばらく一緒に寝よーか?』
 東カナン神聖都の砦でついに彼女の体調不良の原因が不安による不眠症から来ていると知ったパートナーの月谷 要(つきたに・かなめ)は、まるで何事でもないようにそう切り出した。
 これは悠美香ちゃんを治すための治療だから。
 そう言わんばかりだった。
『――よろしくお願いします…』
 今考えると、間の抜けた返事だ。頭まで下げるなんて……本当にどうにかしていたとしか思えない、あのときの私。やっぱり精神的にもおかしかったんだわ。でも――
(あそこで拒否したら、私だけばかみたいじゃない。要にはそんなやましい考えなんかなくて、純粋に私の体調を心配してくれただけに決まってるのに…。私だけ、妙なこと考えて、意識してるみたいじゃない)
 そして実際、要は夜の間中ただ肩を貸してくれるだけで、彼女に手を出す素振りは一切なかった。しかも要の読みどおり、一緒に寝るようになってからはあの押しつぶされそうな胸の不安感がなくなって、ぐっすり眠れているのだからますます腹立たしい。
(悔しいけど、こうして良くなってるのは事実なんだし…。ここはやっぱり、一度要にお礼を言っておくべきよね)
「かな――」
 振り返り、そこにいる要を呼ぼうとしてやめる。
 要はルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)と一緒に、だれかから何かを受け取っていた。



「――だからね、こういう不穏なときだから、いつ、何があるか分かったものじゃないし。溜め込んでてもいいことなんか1つもないからね。たとえば間際になって「ああ、あれをしとけばよかったっ」なんて思いながら死んでいきたくないでしょ? しかもそんなのに未練たらたらになってさ」
「……はぁ」
 何が言いたいんだろう? 要は全く要領が得られないまま、反射的に緒方 章(おがた・あきら)の差し出す四角い箱を受け取った。
 包装紙にくるまれているから中身が何か分からないが、形のわりに思いのほか軽い。
「無理矢理はまずいけど、彼女も一緒の天幕で寝るの同意してくれてるようだし。2人同意の上ならい〜んじゃない? って僕は思うんだ。だけど彼女のためにもこういうことはきちんとしなくちゃねぇ」
 と、章はにこにこ目を線にして隣のルーフェリアを見る。
「――は?」
 ルーフェリアも章の言っている意味が分からず、首をひねるしかなかった。
(オレが同意したのって……この間のゆる農場でのことだよな? オレが2人と一緒に天幕でザコ寝するのと、要と悠美香の同意に何の関係があるんだ? しかもオレのためにきちんと、って…?)
 要と互いに互いを見合い、彼の言っている意味が分かるか視線で尋ね合う。
 ――結論。全く分かりません。
「あ、あの、章さん?」
「礼なんていーのいーの。つい最近まで同じ悩みを持ってたから気になっただけさ」
 要の肩をバンバン叩き、ついでにこそっと耳打ちする。
「何から始まるかなんて人それぞれ、みんな違ってて当たり前だけどさ。そういう繋がりだって、結構悪いモンじゃないよ。だからおすそ分け。カナンでは探したってこういうの見つけられないだろうしね」
「章さん、言ってる意味がよく――」
 分からないんですけど。
 そう要が言い終わる前に、一発の銃声が鳴り響いた。同時に、パッと章の被っていた制帽が頭から飛ぶ。
「そこで未成年相手に何をけしかけているんだ、おまえは」
 しかもこれから生死を賭けた戦いに出向くというときに。
「…………あー…」
 背後からおどろおどろしい殺気を発するだれかサンの接近に気づいたものの、章は硬直したまま指一本動かせなかった。まさにヘビににらまれたカエル状態の章の襟首を、林田 樹(はやしだ・いつき)がむんずと掴む。
「すまなかったな、天御柱の大飯喰らいよ。まさかアキラの頭がここまで花畑になるとは…。
 悪いオトナは折檻しておいてやるからな」
「いっ、樹ちゃーーんっ?」
 だってだって、戦いが終わったあとでこういう時間がとれるかどうか分かんないし、戦う前にせめて頭の中だけでもスッキリさせておいてあげるべきだと思ってーーーーっ。
 などなど。言い訳を並べている間にも、樹は章をどんどんどんどん引きずって行く。
 その光景をぼーっと見送ったあと。要は、まだ手の上に乗りっぱなしだった箱に気がついた。
「何だ? ソレ」
「何だろねぇ。カナンにはない物って言ってたけど」
「開けてみろよ」
 ルーフェリアに促されるまま、包装紙をペリペリ破く。2人して、興味津々中を探ったらば――
   『薄さゼロへの挑戦――薄さは人のぬくもりです』
「……って、うわっうわっうわっ!」
 あせってお手玉してしまった。
「これをオレとおまえでどーしろって!?」
 ルーフェリアが1オクターブはね上がった声で叫ぶ。
 ――どうしろっていうんでしょうねぇ。
「あっ…!」
 要の手からこぼれた箱がコロコロ転がって、だれかの足に当たって止まる。
 拾い上げたのは、悠美香だった。
「要、これ…」
 カチーーーンと手を伸ばした状態で固まった要とルーフェリアを交互に見る。そして手の中の箱。
 彼女が何を結論づけたか、その真っ赤になった顔を見るだけで十分だった…。



「違うッ! 誤解なんだ悠美香ちゃんッ!!」
 叫びながら後を追う要とルーフェリアの後ろで、ばたんと2室目のドアが閉まった。
「……騒々しいやつらなのだ」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が少々あきれ顔で閉まったドアを見やる。その横で、事の成り行きを最初から見ていたララ サーズデイ(らら・さーずでい)が、肩を震わせて笑っていた。
「案外ああいうのがちょうどいいのかもしれないな。いらぬ肩肘を張るよりは、適度に力が抜けた方が彼らのためだろう」
 ララの言葉に、リリはいかにも半信半疑といった表情で見返す。
「――ま、脱力しすぎて緊張がなくなりすぎるのも問題だがな」
「それで、まだ待つのか?」少し先の、1室目のドアの前で立っていたロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)が、2人に呼びかけてきた。「もう全部のドアが閉まったぞ」
「リリ」
「分かったのだ」
 ララが頷き、空中に浮かんだドアの枠を足がかりに上がって行く。それを追うようにロゼが。そしてリリも続こうとして――振り返った。
「イナンナ」
「私?」
 突然名を呼ばれ、イナンナがリリを振り向く。
「今からリリたちは、一か八かのアクションをしてくる。この策がうまくいったら、あとで相談があるのだ」
「分かったわ」
「よし」
 頷き、リリは駆け出した。枠を蹴るように上がり、最上階へ。6つめのドア――そこは、モレクの部屋だった。


「このドアを切ればいいのかい?」
 先に見えない足場にたどり着いていたララが、ドアに手をついていた。
 自らをラスボスと宣言したモレクの部屋だ。もっと豪華で重厚なドアであってもおかしくないと思ったのだが、それはほかの5つのドアと同じ、シンプルで何の変哲もないドアだった。真鍮の回しノブがついている、どちらかといえばクラシカルなドア。
 特に魔法の気配はないし、これなら楽に破れそうだ。 
「少し離れて」
 ララはエペの剣先にアルティマ・トゥーレでうっすらと氷の刃を作り出し、一閃した。
 カッカッと固い物が切られる音がして、ドアの上半分が3つの欠片に分断される。ララがエペを鞘に戻すと同時に、割れたドアは内側へ崩れた。
 まるで窓のようになったそこから、中の様子が覗き見える。
 こちら側がこんな闇に包まれているのだから中もてっきり闇なのかと思ったら、意外にもそこは色彩にあふれた部屋だった。
 高台の玉座へと続く赤絨毯、重厚な羅紗のカーテンが左右でドレープを作り、美しい模様を刻んだ白の列柱が並ぶ。そして天井部のステンドグラスから差し込む光が、玉座に頬杖をついて座る、金の目をした青年を照らし出していた。
「やぁ。ずいぶん早いお着きだね」
 どこか楽しげにつぶやくその声は、先ほど階下で聞いた声と同じ。
 彼がモレクだ。
「最初に言っておくのだ。我等は扉を開けていないし、部屋に入ってもいない。ルール上の問題はないのだよ」
「うーん。それはどうかなぁ?」
 開けてはいると思うけど。
「違反だというのなら、ドアを切りつけた段階で我等を放り出すべきだったのだ。それをしなかったというのなら、この行為をそちらも認めたということなのだ」
 言葉を返しつつ、リリは素早く部屋の中に視線を走らせた。決して1箇所で止めず、全体的に見ることで「それ」の位置を把握する。――あった。玉座の後方、床に転がっている。
「なるほど。道理だ」くつくつ笑う。「入って早々いきなりやってきたから、どんな者たちなのか知りたくてね。好奇心に負けちゃったんだよねぇ」
「何をゴチャゴチャ言いあっておるのじゃ。目の前に敵がいるなら、あとは叩けばよかろう」
 ロゼが脇から割り込んで、ドアから機関銃を突き出した。そのまま斉射しようとトリガーを引いたが空打ちに終わる。
「引っかかったか?」
 弾詰まりを起こしたように、何度引いても弾は出なかった。
 モレクがふーっと息を吐き、やれやれと首を振る。
「分かってないなぁ……ルールだよ。キミたちはこの部屋に入る条件を満たしていない。つまりはこの部屋に干渉する条件もね。
 そしてキミのしたことが何か分かる?」
「なんじゃと!?」
 次の瞬間、ロゼは驚声を残してその場から消えた。まるで初めから、そこにあったのは幻だったかのように。
「ロゼ…?」
「きさま! 一体ロゼに何をした!!」
「駄目なのだ!」
 ドアに手をかけ中に飛び込もうとしたララを、寸前でリリが引き戻した。
「惜しい惜しい。飛び込んできていたら、彼女と同じ場所へ行けただろうにね。……ま、手をかけたくらいは大目に見てあげるよ。今、僕は気分がいいからね」
「『ルールを守れないお客さまは歓迎されません』」
 書状にあった一文を、リリが繰り返す。
 何度も何度も探りを入れて読んだあの文書は、一言一句頭の中に入っている。
「そう。あれ? 書いてなかったっけ? ルールを守らなかったら、ここから放り出されるんだよ。ぽーんとね」
 モレクの人差し指が、左から右へ楕円を描いた。
 文字どおりの意味でとれば、ロゼは坂上教会から外へ放り出されたということだが…。
 それを知るすべはない。
「きさま…ッ!」
「抑えるのだ。激高すれば、相手の思うつぼなのだよ」
 モレクは彼女たちを違反者とすることを狙っているのだから。
 それといち早く気づいたリリは、無表情のまま、ひたすらモレクをにらみつけるだけで自らを制した。彼から見えない手元では握りこぶしを震わせながら。
「さあ、僕の好奇心は満たされたことだし。キミたちも放り出されないうちに帰った方が利口だよ」
 ゆっくりと立ち上がったモレクの右手が、リリたちに向かって伸ばされる。
「!」
 なんらかの攻撃が来る――そう察したララは、リリを足場から突き飛ばし、自らも飛び降りた。
「アハハッ!!」
 モレクの笑い声が部屋の中から漏れ聞こえてくる。
 追撃がないか、警戒したララに肩越しに見えたのは、あの3つの欠片が持ち上がり、まるでパズルピースのようにきれいにドアをふさぐところだった。