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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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■第6章 第2のドア(1)

 ドアをくぐった先を見て、だれもが息を飲んだ。
 教会にあるまじき、巨大な空間――それは先ほどまでいた真闇のエントランスを見ただけで分かる。だから今さらそんなことに驚きはしない。
 しかし、一面に、まさか信徒席があろうとは思いもしなかった。
「こりゃ一体何だ?」
 これもあのモレクとかいうやつのジョークか? と、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が呆れ声でつぶやく。
「ぜんっぜん笑えないよね、これ」
 ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)は腰に手をあて、ぐるっと室内を見渡した。
 両側の白壁には縦長の窓、正面には説教壇、祭壇があって、そして大きくて美しいステンドグラスが光り輝いている。
 教会というより大聖堂といった荘厳さだ。
「あー、やだやだっ。今にもアバドンたちへの賛美歌とか聞こえてきそうっ」
 サムッッと両腕をさする真似をしたヘイリーを、そのとき。ドンッとはじき飛ばして部屋にずかずか入ってくる者がいた。
「違うッ! 誤解なんだ悠美香ちゃんッ!!」
 待って!! と手を伸ばして駆け込んできた要とルーフェリアの後ろでドアが消える。
「ごめん……ごめんなさい、要。私、ルーさんとの邪魔をしてたのね。全然気づかなくて…っ」
 それどころか、私、要のこと、あんな意識して…………ああ、なんて恥ずかしいの! 穴があったら入りたいくらい!
「違うんだってば! 誤解だからっ」
「そうそう! 全部誤解!! オレとこいつがそんなわけないだろッ」
「でも、あの箱が…」
「だーかーらー、あれはだなあっ」
 ――なんだかここだけ昼メロ、日曜劇場化してるっぽい。
「ああっ! もう!! うるさいうるさいうるっさーーーーい!!」
 そんな叫び声が前方からしなければ、きっと、まだまだ昼メロは続いていたことだろう。――残念無念。
 ダンッッ!! と硬いものを踏み締める音がして、一番前の信徒席でだれかが身を起こす。
「ここは私の教会だぞ! 敬って少しは静かにしたらどうだ!!」
 乳白金色したサラサラのロングヘアーに女性の声。顔の上半分を覆う仮面はつけているが、その正体は丸分かり。
「あれー? 来栖さん。来栖さんも来てたんですかぁ」
 要がアッサリ名を呼んだことに、来栖は思わず仮面をつけていたかどうか、触って確かめてしまった。
「わ……ワタシはぁ、クルスではぁ、アーリマセーン」
「なに? 来栖さん。そのカタコトしゃべり」
 ――くそ。仮面じゃなくてマスクを借りればよかったか。
 内心歯噛みしつつ、来栖は続けた。
「ワタシはぁ、クルスではアリマセーン。ワタシはぁ、この部屋のボスデス」
「えー? 来栖さんここのボスなのー? まいったなぁ」
「……しつこいデスねー。来栖じゃありませんってばッ」
 あいつあとでぶん殴ってやる、と心に刻みつつ、来栖は信徒席から説教壇に飛び移る。
 普段の来栖であればしないことだった。しかしここは教会であって教会ではない。モレクにしてやられた腹立ちのあまり、この部屋を嫌味ったらしく教会に変えたが、やっぱりここは教会ではなかった。
「ただし、ワタシは中立デース。戦いマセン。あなた方が戦うノハ、コノ2人デーーース」
 パッと両手を横に広げる。
 来栖の両脇に、フェイタルリーパーのベイトとアインが現れた。輝く白銀の鎧に身を包んだどちらも200センチはありそうな巨躯でありながら、自身の身長よりも巨大な剣を持っている。
「……あの剣。ああなるともはや鉄板ですよね、樹様」
 ちら、と自分のクレセントアックスを見る。同じフェイタルリーパーだが、膂力の違いはあきらかだ。
「剣が大きい方が勝つのであれば、それほど易いことはない」と、樹はジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)を見た。「勝つのだろう? あの男どもに」
「――はい! ガンガンぶつけて差し上げやがります!」
「その意気だ」
 くつくつと笑う樹を見て、ジーナは俄然張り切った。
(樹様にすばらしい戦いをお見せするのです! そしていっぱいいっぱい褒めてもらうのです! やりますよぉ〜)
「はいはい。じゃあそういうことでねぇ〜」
 対照的に、テンション低いのが章である。よっこらしょ、と信徒席の一番隅っこに腰を下ろし、持ち込んだ本を広げる。
「何をしてやがるんですかッ! このバカ餅がッ!」
「え〜? だーって、バカラクリの戦うのを傍観するだけなんでしょー? 興味ないもん」
「傍観じゃなくて応援だ、章」
「どっちにせよ興味なーし」
 終わったら呼んでよねー、とパラパラ読みかけの場所を探してページをめくる。
 その横に、来栖が立った。
「……なに?」
 ぽん、と来栖が肩を叩く。次の瞬間、うさんくさげな表情をしたまま、章は消えた。
 あとに残ったのは、「LOST」の点滅のみ。
「消えた!?」
「章っ!!」
「バカ餅!?」
「ふっふっふ。戦わない者にこの部屋にいる資格はないのですよ」
(あー、よかった。この力ももらえてたんですね)
 来栖としても内心ドキドキのお試しだったため、すっかり口調が元に戻っていることに気づかない。
「私に肩を叩かれた者は、即この部屋から退室していただきます。いいですねー?」
 来栖が両手をそれっぽく持ち上げて見せた瞬間、きゃーーーーーっと鬼ごっこさながら部屋中に全員が散っていった。
「樹様、あれってもしかして最強なんじゃございませんか? 勝敗関係なく、肩に触れたら強制退室って」
「さぁな。――と、ジーナ」
 カモフラージュで目立たない場所へ移動しようとしていた樹が、たたらを踏んで立ち止まる。
「なんでございますか?」
「餞別だ」
 ヒュッと投げてよこしたのは、林田 コタロー(はやしだ・こたろう)だった。
「……う?」
 自分が張りついているのが樹でなく、ジーナの腰であることに気づいたコタローが、きょとんとした顔でジーナを見上げる。
「うー。ねーたんにいわれたから、こた、じにゃにくっついてひーるかけうー。パワードアームつけて、こた、おっこちないよーに、がんまるの。
 ひーる、ひーる、ひーるっららひーるれす!」
「はいはいコタちゃん。ありがとうございます。ヒールは今は必要ないですからね。ワタシがけがをしたらよろしくお願いしますね」
 ぽんぽん、と腰のコタローを優しく叩いて。
 ジーナは眼前の敵に向かい、クレセントアックスを構えた。
「手加減はいたしません。同じフェイタルリーパー同士、ガチでぶつからせていただきましょう」


 強力な物理攻撃力を持つフェイタルリーパー同士のぶつかり合いは、まさに苛烈を極めた。
 なにしろこの部屋には敵の2人のほかに小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)とフェイタルリーパーが3人もいるのだ。しかもそれぞれが剣での押し合いで打ち勝つと決めているらしく、猛然と大剣をふるっている。
 彼女たちが剣をぶつけ合うたびに空振が走り、剣先が触れるだけで信徒席はバラバラに砕け散った。
 耳をおおいたくなるほどの破壊音、剣げきの音が部屋中に満ちる。
「えーい!」
 空振りに終わったジーナのクレセントアックスが壁に食い込んだ瞬間、屋根近くまで亀裂が走って漆喰がパラパラ落ちてくる。
「ちょっとあなたたち! もう少し穏やかに戦えないんですかっ!?」
 このままでは私の教会がーっっっ! と最初のうち、吼えまくっていた来栖も、わりとすぐに諦めた。
 肩を叩いて放り出そうにも、近づくことさえできない。多分、触れた瞬間首がころりと落ちるか胴を割られてしまうだろう。
 イライライライラ……説教壇の上で胡坐を組んで、とんとん膝を叩く。
(そうしますとここで私のすることは……アレしかないですかね)
 戦わない者へのジャッジだ。
 来栖は視線を走らせた。


(こりゃ選択する部屋、間違っちまっタカ?)
 アルフィー・ロージャス(あるふぃー・ろーじゃす)は5人のフェイタルリーパーの戦いに巻き込まれないよう部屋の隅っこに移動して、うーんと頭を抱え込んだ。
 彼の当初の計画では、『1.部屋に入った瞬間に相手に不意打ちをかける』『2.吸精幻夜で噛み付きながらエペでグサグサ突き刺しまくる』『3.携帯音楽プレーヤーのイヤホンで後ろから首をキューッと絞め上げる』などなど、いろいろあったのだが…。
「そもそも近づけないってのがナァ」
 吸精幻夜だろうがエペだろうがイヤホンだろうが、まず近づかないことには始まらない。
 始まらない、のだが。……あそこへ?
「行かないんですか?」
「だって、あんな中入ってみろヨ、竜巻に身ひとつで飛び込むよーなモンダゼ」
 入った瞬間ズタズタ。
「それはそうですね」
「って、うわっ!!」
 遅れてやっと来栖の存在に気づいたアルフィーは、肩を叩かれまいと両手で押さえて飛びのく。
「では戦わないんですか? そんな立派な体をしていて」
 アルフィーは巨漢だった。身長197センチ。来栖より70センチ近く高い。
 70センチといえば来栖の約半分だ。ということは、来栖の1.5倍の身長がある。
 しかも身長だけでなく体つきにも恵まれているので、敵側のフェイタルリーパーにも全然ひけをとらない。
「なるほど。問題は装備というわけですね」
 飛んでくる物を警戒して、半壊した信徒席の影に2人してうずくまる。
 はっきり言おう、アルフィーの持ち込んだ武装は慎ましやかだった。なにしろ3つしかない。エペと封印の眼帯と携帯音楽プレイヤーだ。
 床に並べられたエペと封印の眼帯と携帯音楽プレイヤーを見て、部屋を破壊せんばかりの激闘を繰り広げている5人を見て、来栖はうーーーん……とうなった。
「――分かりました。中立の立場を捨てて、今回だけ、あなたの補助をしてさしあげましょう」
「本当カッ!?」
 補助をするということは、なんとかなるということだ。
 パッとアルフィーの表情が明るくなる。
「これも私にあなたを出会わせた神の意思でしょう。であるならば、神父の私としてはそれに従うのはやぶさかではありません」
 神妙な顔でうんうん頷いた来栖は、エペを掴み、彼に受け取らせると。
「さあ、思う存分戦っていらっしゃい!!」
 問答無用で荒れ狂う大剣の旋風の中にレガースで蹴り飛ばした。
「ずわわわわぁああーーーーーーッ!!」
 飛んでくる男の悲鳴を聞いて、一瞬、戦闘の場が硬直した。
 大剣をかみ合わせたまま、美羽とベイト、アインとジーナの動きが止まる。
 轟雷閃を導こうとしていたフェイミィの手の中で、力が霧散した。
 そんな、奇跡とも思える凪ぎの間に、アルフィーは見事来栖の狙い通りアインに真横からぶつかった。
 ――ドベグシャボキッ
 そんな音をたてて、生身のアルフィーと鎧姿のアインは信徒席を押しつぶしながらごろんごろん転がる。
「今です! 敵は目の前ですよ!」
「い、いたた…………はッ、そうダッ」
 鎧にぶつかってくらんくらん揺れる頭もなんのその、アルフィーは瓦礫の中から自分のエペを探し出し、ベイトに突き刺そうとした。
 ――パキン。
 幅細の剣はフェイタルリーパーの大剣の前では飴棒も同然。半ばで折れた自分の剣にとまどうアルフィーは、次の瞬間、ベイトから怒りのスタンクラッシュを浴びた。
「ぐわあああぁぁあっ!!」
「ま、やっぱりこれが相応というものでしょうね」
 胸を裂かれて吹き飛ばされたアルフィーを見て、来栖は納得する。
 パッと髪を肩向こうに払い込んで。
 「LOST」の点滅文字を背に、来栖はその場を歩み去った。


「来るぞ! 絶零斬だ!」
 背後に飛び、距離をとったアインの溜めと剣に収束する力を見て、フェイミィが叫んだ。
 それを合図とし、美羽とジーナが左右に散る。直後、通り過ぎた絶零斬は壁に巨大な三日月の穴をうがつ。
 着地場所を狙ってきたベイトの剣を、美羽は剣を突き立てることで回避した。
 ベイトの大剣と美羽の巨大剣・六花が火花を散らし、ぶつかり合う。
「は…ッ!」
 六花を軸とし、放ったレガースでの回し蹴りは、巨躯のベインをも吹き飛ばした。
 破壊された信徒席の残骸だらけの床に降り立ち、片手で六花を引き抜く。視線はベイトに向けたままだ。美羽は、信徒席ごと壁に叩きつけられた相手がまだ体勢を整えきれてないのを見るや、構え、一気に突き込んだ。
 大きく振りかぶり、全力でスタンクラッシュを肩に叩き込む。
「――すごい。今日の美羽、全然容赦がないよ」
 まさに牙をむいた虎のごとき攻めをみせる美羽を見て、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は半ば呆然とつぶやいた。
 いつもであれば、戦いとはいえ相手を傷つけることにためらいを持ち、蹴り技で気絶や戦闘不能を狙う美羽が、今日ばかりはためらいもなく剣をふるっている。
 敵を見据える冷然とした目つき、決して笑わない口元……あんな美羽を見たことがあっただろうか?
 いつだって笑みを忘れず、どんな苦境にあってもあっけらかんと楽天的なことを口にして、みんなの気持ちを軽くするムードメーカー、それが美羽ではなかったのか?
「美羽さん、今度のことには心の底から腹を立てていましたから」
 ベアトリーチェはほうっと悲しげなため息をつく。
「せっかくバァルさんが私たちに心を開きかけて……笑いかけてくださったのに、また笑顔を失ってしまって。もちろんそれは、この大切なとき、自身が崩れてしまわないように保つためでしょうけれど……ひとが、そうあろうとする姿ほど悲しいものはありません。
 そうしてバァルさんが心に壁を張り巡らせてしまったのを見て、美羽さんは……悲しくて腹を立てているんです」
「悲しくて、腹が立つ」
 コハクはベアトリーチェの使った言葉を繰り返した。
 頷き、飛竜の槍を立てる。
「分かる。うん。美羽は絶対自分のことであそこまで怒ったりしない」
 美羽は、悲しんでいるんだ。
「僕は、美羽を1人で悲しませたくない」
 それに今度のことについては、僕だって腹が立っているし。
「ベア、行ってくる」
 飛竜の槍を両手で構え、コハクは走り出した。
 ベイトの間合いへバーストダッシュで一気に走り込み、横からシーリングランスを仕掛ける。
 美羽の猛攻に集中していたベイトは、コハクからの攻撃に対応するためとっさにブレイドガードを使った。
「美羽! いまだ!」
「――うん!」
 美羽はがら空きの胴に向け、乱撃ソニックブレードを放った。


「まったく、守りが固いったらありませんわ!」
 ぷんすかぷんぷん。
 ジーナは威嚇の意味も込めてクレセントアックスをぶんぶん振り回しながらアインとの距離を詰める。
 大剣使いが厄介なのは、リーチが長いことだ。ただでさえなかなか間合いに入れないというのに、間合いに入ってから一撃を入れても、それがクリティカルヒットにはなかなか結びつかない。
「じにゃ、じにゃ、ひーるお」
「ありがとう、コタちゃん」
 コタローがさっきからひっきりなしにヒールをかけてくれているため、表面上にはこれといった傷はない。が、ヒールでも癒しきれない疲労はどんどん蓄積されていく。――いや、機晶姫の場合、磨耗していくというべきか。
「……うー、じにゃ、むちゃしすぎらお」
 ぺちぺち。諌めるようにコタローが背中を叩く。
「ええ、そうですわね。でもコタちゃん、ひとには、無茶をしてでもしなければいけないときがあるんでございますのですよ!」
 今がそのときとばかりに、ジーナは轟雷閃を用いたフェイミィの攻撃に合わせて自身もまた、迅雷斬を繰り出す。
 こうなったらまともに入らなくてもいい、とにかくスタンクラッシュも煉獄斬もどんどん出して、ぶつけて、相手の守りを突き崩すのだ。崩れたら全員で一気に大技をかける。
「SPリチャージもSPルージュも、準備は万端ですのよ!」
 手数で勝負!
 ジーナは真っ向勝負に出た。