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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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■第7章 第2のドア(2)

「オレの武装じゃ、そうそう力押しもやってられねぇからな」
 最初のうちこそスタンクラッシュで攻勢をかけたフェイミィだったが、やはり簡単に崩せる相手ではないと分かってからは一歩距離を置いていた。
 なんといっても、彼女はこれといった守りの武装を全くしていない。この部屋に入ってフェイタルリーパーとやり合うと分かっていて、なぜこんな非武装をしてきたのか? 頭をひねってしまうほどだ。なにか誓いでもたてているのだろうか? それを果たすまでは決して防御の武装をいたしませんとか?
「フェイミィってば、絶対死亡フラグ立ってるよねーっ」
 横にやってきたヘイリーがけらけら笑う。
「るっせ!」
「でさ、あれ、どう見る?」
「……賭けだな、あれは」
 猛打をかけているジーナを見て、フェイミィはいつになく低い声でつぶやいた。
 あそこまで接近して打ち合われては、轟雷閃は使えない。
 それまで、機工光学砲やラスターハンドガンで後衛から遠距離攻撃でサポートしてきた要も、ジーナに当たるかもしれないことを考えて手出しを控えている。
 かといって、大剣・ユーベルキャリバーでのヒット・アンド・ウェイを仕掛けていたリネンも、補助には入れなかった。2方向から剣で攻めるには2人が息を合わせる必要がある。よほどの手練れ同士か、コハクや美羽のように日ごろから連携プレーをしている者同士でなければ、タイミングは合わせづらい。結果として、そこをつかれて一撃でやられてしまう。
「体格差では完全に負けている。ということは腕のリーチも違う。膂力も、まぁ負けだろうな。剣とクレセントアックスの長さはほぼ同じでも、刃幅が違うし…。
 くそ。やっぱりここはオレが補助に――」
 入ろう、と言う間もなく、ジーナは吹き飛ばされた。受けに回っていたアインに太刀筋を読まれ、集中力の途切れた一瞬を狙われたのだ。
「ちぃッ!!」
 頭から落ちる床はとがった木片だらけだ。
 フェイミィは抱きとめるべく走り出した。
「こっちは任せて!」
 ヘイリーがすかさず適者生存で、追撃をかけようとしたアインの動きを鈍らせ、さらに野生の蹂躙でかく乱を狙う。
「次は私が相手よ!」
 白漆太刀「月光」とクラースナヤの二刀流で、悠美香が前に立ちふさがった。


「ジーナ!!」
 アインのスタンクラッシュを受けたジーナが吹っ飛ぶのを見て、樹もカモフラージュを解いた。
 落下地点へすべり込み、フェイミィと2人で受け止める。
「ジーナ、おい、ジーナっ?」
 揺さぶるが反応がない。
「うー。じにゃ、うこかないれす」
 背中から前の方に回ってきたコタローが、うんしょうんしょと胸まで上がっていく。ぺちぺち頬を叩いても、反応なしだ。
「じにゃ、しんじゃめーなお! こた、じにゃ、げんきにするおに、てくにょくりゃーと、なったれすよ!」
 うあーんっ、と泣き伏した。
「気絶ですか?」
 ひょこっと来栖が上から覗き込んだ。
 直後、「LOST」の点滅が浮かび、ジーナの姿がかき消える。
 ぼとっと胸の上に乗っていたコタローが地面に落ちて転がった。
「ねーたん、じにゃ、しんだれすか? しん……っ…」
 目が、みるみる盛り上がった涙でうるうるっとなった。
「死んではいない。外に出ただけだ。章もいる」
 胸に抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
「そうそう。死ぬほどのけがを負っても、ここでは決して死にません。外だとどうか分かりませんけど」
 いらぬことを、と肩越しに樹ににらみつけられ、来栖は背を正した。
「私は何もしていませんよ。それがルールというだけです」
 私がするのはこれからです。
 ぽん、と来栖は樹の肩を叩いた。
「なにっ!?」
 驚くフェイミィの前、樹の姿が消える。――「LOST」
「ふぇっ?」
 またも落ちかけたコタローを、来栖が両手で受け止めた。
「さあ、きみも行きなさい。3人の所にいたいでしょう?」
「――じにゃやねーたん、あきのとこ、いくれす…」
 ひっくひっくとしゃくりあげるコタローの肩を、来栖は優しく叩いた。
 次々と現れる「LOST」の点滅に、フェイミィは愕然とする。
「……きさまッ!」
「戦わない者はこの部屋にいる資格なし。最初に言った通りです」
 髪を指で梳きつつ来栖は答える。
「私は中立です。もちろん、こちら側のあの2人だって、戦いを放棄すれば強制退室の対象です」
「――するわけねーだろ。ありゃモレクの部下じゃねぇか…!」
「そうですか? でもそれが公平な取り決めというものですよねぇ」
 悠然と立ち去る来栖の後ろ、フェイミィはやり場のない思いにこぶしを固め、床を打った。


「悠美香ちゃん、まともに受けちゃ駄目だ! 剣が折れる! すり流して!」
 機巧光学砲で後方支援をしながら、要はイライラと叫んだ。
「分かってるわよっ」
 そう言いながらも、大上段から振り下ろされた大剣を二刀をクロスさせて受け止める悠美香に、要は冷や汗たらたらだ。剣がもたなければ、悠美香は一刀両断されていた…。
「あー、くそっ! これが終わったらルーさんなり柚子姫に習って、絶対絶対前衛の技術を身につけてやるっ!!」
 機巧光学砲をガンガン相手の足元に打ち込んで、悠美香から距離をとらせようとする。その横で、ルーフェリアが小さくうなった。
「おかしいな。なんか悠美香のヤツ、動きが雑っつーか、重くないか?」
「えっ?」
「大丈夫だって言ってたが……ありゃ、まだ復調しきってないんじゃないかな」
 もしくはまださっきの件で動揺してるとか。
「そんな!」
 そういう2人の様子を、悠美香はちらちら伺っていた。会話は全く聞こえない。それでも――2人が今までの2人のように見えないのは、2人の関係を知ってしまったから?
「……あっ…」
 そんな、戦いに集中しきれない隙を突かれたのだろう。蹴りを受け、クラースナヤが飛ばされた。強烈な痛みと痺れが腕から鎖骨まで走り抜ける。
「くっ…」
 すかさず距離をとろうとした彼女を見て、これをチャンスとみたアインが踏み込んだ。脇が締められ、体勢が沈む。
 なぎ払いがくる!
 そうと分かっていても、悠美香には避けられなかった。
「くそッ!」
 ルーフェリアが走る。
「危ない…」
 リネンがユーベルキャリバーを手にバーストダッシュで向かう。
「させるかあっ!!」
 怒号とともにフェイミィが強引に割り入り、振り切られかけた剣をブレイドガードで受け止める。
 その間隙を縫うように、要がダッシュローラーで悠美香をさらった。
「沈んじまいな!」
 直後、ルーフェリアのパイルバンカーが無防備なアインの背中に押しつけられ、ガシン! という重音とともに貫通した。
「リネン! とどめだ!!」
 フェイミィがアインの剣を無力化している隙を狙って、リネンがヒロイックアサルトで強化した乱撃ソニックブレードを叩き込む。
「これは、おまけだ!」
 2方向から攻撃をくらって大きく体勢の崩れたところに大上段からのフェイミィのスタンクラッシュを受け、ついにアインはがくりと地に両膝をつき、倒れて動かなくなった。
 「LOST」の青い点滅が浮かび、アインが消える。
 それとほぼ同時に、部屋の一角で美羽とコハクの猛攻を受けていたベイトもまた地に沈み、「LOST」の点滅とともに消えた。
「やったあ!!」
 2人のフェイタルリーパーが消えたのを見て、ヘイリーが快哉を叫ぶ。
 それに応えるように、わっと盛り上がったみんなの姿を、要は床にぺったり尻をつけた状態で見ていた。
 ダッシュローラーで悠美香を助けたまではよかったが、床中に散乱している残骸のせいですぐ蹴つまずき、派手に転んでしまっていたのだ。
「悠美香ちゃん、大丈夫?」
「ええ……ありがとう……ごめんなさい…」
 同じく、ぺったり床に座り込んだ悠美香は、髪で顔を隠そうとしているのか、俯いたまま顔を上げようとしない。
 こちらへ来ようとしていたルーフェリアに向け、悠美香に気づかれないようこそっと要は合図を送った。ルーフェリアは足を止め、それ以上近づくのをやめる。
「――あのさぁ、悠美香ちゃん。俺ね、悠美香ちゃんと一緒に寝るようになって、1つ分かったことがあるんだ。
 それはね、こういうことは相手が悠美香ちゃんだからこそできるんだ、ってこと」
「要…」
「毎晩一緒に寝ることも、自分を律する努力も、手を出さない我慢も、相手が悠美香ちゃんだから、俺はできる。ほかの女のためになんか、ごめんだ。死んだってやらない」
 俯いた悠美香の顔を下から覗きこみ、そっと、頬に触れた。赤いのは、すり傷ができているからか、それとも…?
 要はすうっと息を吸い込み、意を決した。
「それは、悠美香ちゃんが俺にとって特別だからだ。ほかのだれとも違う。
 俺、悠美香ちゃんが大切だよ? 一番大切。だから大事にしたいって思ってる。悠美香ちゃんは? 俺のこと大切に思ってくれる?」
「でも……ルーさんが…」
「それ、全然誤解だからっ」
 ああ、やっぱりまだ誤解解けてなかったか…。でもそれは、あとでおいおい説明するとして。
「悠美香ちゃんは? それを聞かせてほしい」
「――――要が…………一番、大切…」
 そう、小さく答える声が、自分でもびっくりするぐらいしわがれていて。
 悠美香は思わず口に手をあてた。
「そっかぁ。あー、よかったー」
 ごろん。仰向けになって、要はそのまま悠美香の膝に頭を乗せる。
「よかった…」

(やれやれ。やっと収拾がついたか)
 悠美香の膝枕で、まるで日なたの猫のようにゴロゴロ上機嫌な要を見て、ルーフェリアはほっと息をついた。
「とすると、あとはあいつだけだな」

「止まりなさい…」
 何気ないふうを装って、部屋を去ろうとしていた来栖の背中に、リネンの曙光銃エルドリッジが突きつけられた。
「私が何をしたというんですか。私は公平にジャッジをしていただけですよ?」
 振り返った来栖の前には、部屋の勝利者全員が勢揃いしている。
「そうね……それはそのとおりよ」
「なら――」
「だけどモレク側なんだろ。倒さないと勝敗が決しねぇからな」
「もちろん、分かってたんだよねー。だからさっさと部屋から出ようとしたんでしょ?
 なんなら、選ばせてあげよーか。あたしのアロー・オブ・ザ・ウェイクとリネンの曙光銃エルドリッジ、どっちでやられるのがいい? んん?」
 ヘイリーが有無を言わせない笑顔で迫る。
 数分後、部屋には高らかと教会の鐘が鳴り響き、リネンの頭上には「WINNER」の赤文字が王冠のように現れていた。
「あっ、カード!!」
 美羽が指差した先、ひらひらと舞い落ちてくるカードを、ぴょんっと飛んだベアトリーチェが空中キャッチする。
「皆さん、お疲れさまでした。これからリカバリをかけますので集まっていただけますか?」
 カードで口元を隠し、ベアトリーチェはにっこり笑った。