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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~前篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~前篇~

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序章 再びの島

 この日、五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)は、久し振りに二子島に上陸した。前に上陸したのは仮設の慰霊碑が完成した時だから、もう数ヶ月は経っている。しかし、彼女の目に映る島は、以前と少しも変わっていないように見えた。
 変わっていないのは、円華も同じである。あの『二子島紛争』からもう半年以上経つにもかかわらず、この島に来ると、未だに胸の痛みが円華を襲う。
 それは、あのような大事件を引き起こした故とも、ずっと恋焦がれていた肉親との、辛い別れの故とも言えた。
「円華さん、大丈夫ですか?」
 御上 真之介(みかみ・しんのすけ)が、円華の顔を心配そうに覗き込んでいる。
「もし辛いようなら、円華さんはこのまま船で戻っても構わないんですよ?」
 信頼を置く人の口から伝えられる、甘美な響き。その言葉に、思わず身を任せたくなる気持ちを、円華はぐっと引き戻した。
「いえ。これは私が言い出したことです。私が逃げる訳には行きません。それに、ここで逃げたら、私はもう、二度と立ち向かうことが出来なくなると思うんです。だから、これでいいんです」
 御上の目を、真っ直ぐに見つめ返す円華。
 その目に宿る力に、御上は思わず顔をほころばせた。
「そうですか……。では、行きましょう。景信さんたちが、本部で待っているはずです」
 御上は、例のとびきりの笑顔で円華を誘った。



 対策本部は、二子島の狭隘部にある慰霊碑建設事務所に設けられた。問題が解決するまでは、建設工事も中止することになっている。いつもここに詰めている日本からやって来た技師や現場監督たちは、宿舎で待機することになっていた。
 2階建てのプレハブの入り口をくぐった円華たちを、先に島に入っていた由比景信(ゆい・かげのぶ)が出迎える。

 本物の由比景信、つまり円華の父は既に死亡しているため、この景信は本人ではない。
 家宰に相応しい人物が見つかるまでの間、なずなの父である海棠(かいどう)が影武者を務めることになっていた。もう何十年も景信の影武者を務めてきた海棠にとっては、景信として振舞うこと自体に問題はないのだが、景信として海棠自身が判断を下さなければならないことも多く、それが彼の負担となっていた。
「早く御上に正式に後見人になってもらって、肩の荷を下ろしたい」というのが、最近の海棠の口癖である。

 円華たちが本部についてしばらく経った後、閃崎 静麻(せんざき・しずま)なずなが遅れて本部に入ってきた。静麻は、情報収集やら物資の調達やらに手間取り、ギリギリの到着となったのだ。
「遅くなって、すみません。飛空艇の調達に手間取りまして……」
「飛空艇?」
「ハイ〜。ワタシも試乗させてもらっちゃいましたけど、結構大きくて、乗り心地も中々でしたよ〜♪。しかし、よくあんなもの買えましたね〜」
なずなが、茶化していう。
「おかげで俺は、すっからかんですけどね」
 静麻は肩をすくめる。

「あの、事情によってはそのお金、私たちでお支払いしてもいいんですが……。何に使うおつもりなんですか、その飛空艇?」
 “僭越ながら”という感じで円華が申し出る。

「それについては、おいおい説明するとして……。まずは、これを読んでみてください。俺が調べてきた“ネタ”がまとめてあります」
「ワタシも、ちょっぴりお手伝いしたんですよ〜。ね、静麻さん♪」
 なずながニコニコしながら言う。
 静麻の調査結果とは、おおよそ次のようなものだった。


一つ、二子島付近では五十鈴宮家の輸送船以外にも被害が出ている。
二つ、五十鈴宮家の輸送船から略奪されたと思しき商品が、マーケットに流通している。
 三つ、タシガンなど他の地域の空賊たちは、二子島にまた空賊が現れたという事実は知ってはいるものの、それ以上のコトは知らない。
 四つ、静麻が金冠岳要塞で手に入れた名簿から洗いだした金鷲党武闘派の何人かが、消息不明になっている。
 五つ、以上の情報から、空賊の目的は“略奪そのもの”と“慰霊碑建設の妨害”の、どちらの可能性もあり得る。

「なるほどね……。しかし、この短時間でこれだけ調べ上げるとはね。流石は閃崎君だ。……それで?この報告と、飛空艇と、どう関係するんだい?」
 静麻の報告を一通り聞き終わり、御上が訊ねる。

「それなんですが、どうせわからないなら、直接本人たちに聞いてみるのが一番早いんじゃないかと思いまして」
「つまり、“戦って捕虜にする”ということかね?」
 これまで黙って話を聞いていた、海棠が口を開いた。
「そういうことです。そのためにはまとまった戦力を運べる、大きな船が必要だろうと」
「その船は、もうここに?」
「残念ながら、まだ。今日、葦原島を出港する予定です」
「そうか……。」
 そう言ったきり、何事か考え込む海棠。
「?どうしたんですか、景信さん?」
「いえ。折角の静麻殿のお気遣い、どう使わせていただくのが一番有効だろうと考えていたんですが……。ちょっとよろしいですかな、静麻殿?」
 景信の顔は、策士のそれになっていた。