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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~前篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~前篇~

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第三章 調査

「どうだ、ミシェル。今のヤツは?」
「う〜ん、特に、目を逸らしたりはなかったけど……。銀はどう思う?」
「オレも、特に怪しいところはないように思う」
 影月 銀(かげつき・しろがね)ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)は、そう言って顔を見合わせた。
 2人は朝からずっと、作業員たちの事情聴取を行っていた。作業員を一人一人個室に呼んで、「何か変わったコトはないか、どんな些細なことでもいいから、気づいたコトはないか」と聞いていくのだ。
 とは言え、2人とも尋問や聴取の訓練を受けている訳ではない。ただ単に、一人残らず話を聞いて、それをデータとしてまとめるだけである。
 傍らのテーブルでは、2人が聴取した内容をノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が【銃型HC】に入力して、データベース化してくれている。
  聴取したは、後で他の仲間の分も含めて、データベース化して共有するつもりだ。
たとえ、一人二人が嘘をついたとしても、膨大なデータから導き出される“必然の帰結”を欺くことは出来ないだろう、という判断である。
「ハイ、入力終了です!次の人、呼んでもいいよ……って、アレ?どうしたの、2人とも?」
 ノーンが録音データをデータベース化する作業を終えて顔を上げてみると、銀とミシェルが難しい顔をしている。
「いや。これまでに聞いたコトを俺なりに考えてたんだが……」
「私も、考えてた」
「ヤッパリ、何か“いる”のは……」
「「間違いないと思う」」
 2人の声がハモる。
「何かって、幽霊!?」
 思わず身を乗り出すノーン。
「いや、それがまだ迷ってて……」
「何とも言えないのよね〜」
 うーん、と考え込んでしまう2人。
「なら、早く次の人の話を聞こうよ!『わからないコトをいつまで考えても時間の無駄だ』って、陽太おにいちゃんもいつも言ってるよ!」
 “陽太おにいちゃん”とは、ノーンの契約者である影野 陽太(かげの・ようた)のことだ。陽太は今恋人のために、ナラカで戦っているはずだ。
「……それもそうか!」
「ノーンの言う通りね。今の私たちのするべきことは、考えるコトじゃないわ」
「そうだよ!『全員の話を聞けば、必ず矛盾が見つかる』よ!」
「それも“おにいちゃん”の受け売りか?」
「ウン!」
 あっけらかんとしたノーンの言いっぷりに、脱力する2人。
 辺りに漂っていた閉塞感が、一瞬で吹き飛んだ。



「じゃあ確かに“ソレ”は幽霊だったっていうんだな?」
 その時見たモノを思い出したのだろう。ダリオ・ギボンズ(だりお・ぎぼんず)の再度の質問に、男は怯えた顔で頷いた。
「これで、6人目か……」
 頭をガリガリと掻きながら、渋面を作るダリオ。
「あの〜旦那。もう行ってもいいですか?」
「ああ?わりぃ、もう行っていいぜ。手間取らせたな」
 聴きこみを受けていた男は、軽く頭を下げると、見るからに不機嫌そうなダリオを避けるように、そそくさとその場を立ち去った。
ダリオは、タバコを取り出し、火をつけた。ゆらゆらと立ち上っていく煙をぼぉっと眺めながら、これまで聞いた話を思い返してみる。

 正直なところダリオは聴きこみを始めるまで、幽霊話は全くのデタラメだと思っていた。
 良くて何かの見間違いか愉快犯、悪くて複数犯による陰謀だと思っていたのである。
 ところがいざ聴取を始めて見ると、幽霊を見たと証言する者は、ダリオが直接聴きこみしただけでも既に6人。随時更新されているデータベースによれば、もう10人を軽く越えている。
 しかもその証言内容も、金鷲党の幽霊や救出部隊の幽霊、頭をかち割られた者や下半身が吹き飛んで、這いずりながら近寄ってくる者、自ら切腹して果てた者まで、具体的かつ、多岐に渡っている。
 明らかに怯え切ったとの表情は、ダリオにはとても嘘を付いているようには見えない。
 勿論、死霊術師の仕業という可能性もあるわけだから、陰謀の線は捨てきれないが、少なくとも、幽霊がいるというのは間違いないように思えてくる。
『少し、聴きこみの方針を変える必要があるかもしれないな』
 すっかり短くなったタバコをもみ消すと、ダリオは、再び聴きこみに取り掛かった。



「……はい。もう終わりよ。でも、抜糸が済むまでは安静にしててね。傷が開いちゃうから。それと、明日も消毒に来てね」
「おう!先生みたいな綺麗な人のトコロなら、明日と言わず毎日来るぜ!」
「き、綺麗って……」
 思わず顔を赤くするローズ。
「へへっ。じゃな、アリガトよ!」
 けが人とは思えないほど元気よく帰っていく患者を笑顔で見送ると、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は改めてカルテを確認した。
「襲われたのは4日前の夜だって言ってたけど……」
「やはりここ1週間くらいに、被害が集中してますなぁ。襲われるのは夜、場所は宿舎の周辺と。ま、夜中に森ん中歩き回る用もそうそう無いやろうけど」
 独特の訛りのある関西弁で、座頭 桂(ざとう・かつら)が言う。
 医学生であるローズは、負傷した作業員の治療をしながら、襲われたときの状況について聴きこみをしていた。
 桂は、専ら怪我の鑑定役である。目が見えない桂が傷を見るというと、大抵の患者は最初酷く驚くのだが、それも鑑定が終わるころには、感嘆に変わっている。
「大半の傷は、刀傷。後は、打ち身、骨折……。何とも、手口が直接的ですなぁ」
「正直なところ、幽霊の仕業には見えないね」
「こうした、直接的な被害をもたらす幽霊がいない訳ではないんでしょうが、“怖いモノ”を見たとゆうよりは、“痛い目”にあって怯えてるってカンジがしますわ」
「私も精神医学が専門じゃないから、確定的なコトは言えないけど……。心証としては、そうだね」
「そう考えると、犯人はやっぱり空賊の線が濃厚そうね。でも盗られたモノは無いし……」
「“脅し”かも知れませんねぇ。さっさと島から出ていって欲しいとか?」
「ナゼ?」
「さぁ……そこまでは。その辺りのコトも、少し聞いてみたほうがいいかも知れませんねぇ。『何か、変わった物を見なかったか』とか」
「そうだね。少し、聞いてみよう」
「先生。次の患者さん、よろしいですか?」
 話がまとまったところで、ちょうど受付の男が次の患者を連れてきた。
「はい、どうぞ」
 途端にローズは、医者の顔に変わった。



「どう、プリジット。何か、見つかった?」
「ううん……。でも、必ず証拠があるはずよ!もう一度、一から探し直してみるわ!」
 ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は、そう言ってその場にしゃがみ込んだ。
 そんなブリジットを、やや困惑気に見つめる橘 舞(たちばな・まい)
 今回の一連の幽霊騒ぎを、初めから人間の仕業と決めつけていたブリジットは、勇躍島に乗り込むや、『幽霊が人間なら、必ず痕跡を残すはず。この百合園学院推理研究会代表ブリジット・パウエルが、必ず幽霊の化けの皮を剥いでやるわ!』と、ヤル気満々で現場検証を始めた。
 すると、出るわ出るわ。
 現場からは、多数の人間の足跡や、血痕のついた懐紙などが、次々と見つかったのである。
 こんなコトが3回連続で続き、『謎は全て解けたわ!犯人は人間で決定!これ以上の現場検証は不要よ!』と言い切るブリジットを、『念のため、後一ヶ所だけ行ってみよう』と舞がなだめて連れてきたのが、ココだった。
 この舞の判断は、正解だったと言える。
 ブリジットの徹底した懸賞にもかかわらず、この4つ目の現場からは、何も証拠が見つからなかったのだ。
 その事実は、この現場に出た幽霊が、ホントに幽霊かもしれないというコトの傍証に成り得る。
 それで、ブリジットも躍起になって現場検証を一からやり直しているわけだが――。

「ウソ……。ホントに、何も無いなんて……」
 “信じられない”という顔をして、ガックリと、膝をつくブリジット。
 まさに、呆然自失といった様子だ。
「げ、元気だして、ブリジット。まだ、幽霊がホントにいると決まった訳じゃないわ。それにほら、ここはたまたま何も見つからなかっただけかもしれないじゃない?次、次の現場に行ってみましょうよ!」
 一生懸命、ブリジットをフォローする舞。
「……わかったわ。次こそは必ず、物証を上げて見せる!幽霊の実在なんて、絶対に認めないんだから!」
『あーあー。ムキになっちゃって……』
 ちょっとヤリ過ぎたかな、と思わなくもない舞だった。



 源 鉄心(みなもと・てっしん)は、金冠岳山麓の密林の中にいた。
 金冠岳要塞跡地か、その付近に建設作業を邪魔している連中のアジトがあると踏んだ鉄心は、まとまった数の敵が隠れられそうな地形や、港や慰霊碑の建設現場から、金冠岳要塞跡地へと向かう際に、通り道になりそうなところをチェックしているのだ。
 作業の妨げになるトラップへの対処は、ティー・ティー(てぃー・てぃー)の仕事である。
 ティーは【ベルフラマント】で姿を消し、《野外活動》、《トラッパー》などのスキルをフルに活かして、トラップを捜索。どうしても避けて通れない場合には、《トラップ解除》も行った。
「ここからも、見えるな……」
 現地点での調査結果を【銃型HC】に入力し終え、顔を上げた鉄心の目に、不時着した東郷の姿が目に入った。
 “遺体の回収作業で、既に人が立ち入っているから”と、調査を後回しにしていたが、どうにも気になる。鉄心は、こういう時の自分の勘は、信じることにしていた。
 鉄心は、ケータイでティーに連絡をとった。

 鉄心は、遺体回収班が残していった縄梯子を使って甲板に登ると、まずブリッジに向かった。
不時着時の衝撃で弾薬が爆発炎上した東郷だったが、ブリッジや機関のある艦の中央部にはほとんど被害がない。その一方で、そこら中に弾痕や血痕が残り、ここで行われた戦闘の激しさを物語っていた。
「ねぇ、鉄心。あれ見て」
 ティーが、窓の外を見ている。森の木々の間を縫って、港や建設事務所などが見えた。
「こんなによく見えるなんて……」
「下から見た時にはわからなかったけど、見張りにはもってこいの場所ね」
「本格的に、調べてみる必要がありそうだな」
 鉄心とティーは、徹底的にブリッジの中を調べることにした。