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【四 Xルート】

 同じ頃、蒼空学園の第三コンピュータ学習室では。
 山葉校長の許可を得たダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、最前列のパソコンに、山葉校長がそれこそ山のように用意した様々な補助機器を繋げまくり、これだけで一個の電子要塞が出来上がるのではないかといった様相を呈していた。
 端整な面に渋い表情を貼りつけ、その指先はタブレットキー上を滑らかに走り続けている。
 今ダリルは、Xルートサーバー経由でスパダイナへの侵入を試みているのだが、これがなかなかの難作業で、そうそう上手くはいかないらしい。
 山葉校長も隣のパソコンを使ってダリルの補助をしているが、ふたりがかりでも相当に手強い相手だった。
 しばらくして、ダリルの手が止まった。彼は、モニターに映し出される数値の羅列に、意味のある信号値を見出していた。
「……ルカの脳波だ」
「おっ、早いな、もう見つけたのか」
 山葉校長が横から顔を覗き込ませてきたものの、ダリルは相変わらず仏頂面のまま、じっとモニターに見入るのみであった。
「見つけたは良いが……俺のプロセスでは、アクセス出来んな」
「ってこたぁ、ダイブしてる三人に見てもらうしかねぇか?」
「あまり気は進まんが、そうするしか無さそうだな」
 山葉校長の提案に、ダリルは尚も難しい顔で頷かざるを得なかった。他に方法が無いのである。
 それからふたりは同時に席から立ち上がり、同じ第三コンピュータ学習室の後方の席に、視線を飛ばした。そこには、三人並んで深々と椅子に腰を下ろして、電脳世界内にダイブしている三人の姿がある。
 椎名 真(しいな・まこと)原田 左之助(はらだ・さのすけ)、そしてルカルカ・ルー(るかるか・るー)の三人である。
 いずれも、山葉校長が持ち出してきた閲覧ターミナルをパソコン前に設置し、アイマスク一体型の脳波リーダーを被ったまま、深い眠りについている。
 そう、電脳世界にダイブしているのだ。
 最初にアイデアを出してきたのは、真だった。最初は駄目元でいい出してきた真だったが、意外にも、山葉校長は電脳世界、即ちフィクショナルが構築した世界にダイブする手段を用意していた。
 というのも、マーヴェラス・デベロップメント社が歴史体験コーナーの為に納入した閲覧ターミナルと脳波リーダーの予備が3セット、納入先である蒼空財管内で眠っていたのである。
 真のアイデアを聞きつけた山葉校長は早速この3セットを持ち出してきて、第三コンピュータ学習室内にセットしたのであった。
 お陰でダリルも、ダイブしたルカルカ本人の脳波をモニターして、マーダーブレインがコピーした脳波データの形跡を容易に追跡出来たのである。
 ただ、コピーされた脳波データを見つけたまでは良かったが、データ保存領域には、フィクショナル経由でしか入れない箇所があり、どうにも手を焼いていたところなのである。
 山葉校長が、ダイブしている三人に見てもらうしかないといったのは、そのことであった。

     * * *

 電脳世界内。
 前回、真とルカルカがダイブした大阪・新世界とは明らかに異なる風景が広がっている中を、真が操るタイムウォーカーに左之助とルカルカが便乗する形で移動していた。
 そこは、昭和の下町といった街並みではあるが、ひとっ子ひとり見当たらない、妙に殺伐とした空気が漂う世界であった。
 斜陽が射し込み、全体的にオレンジに近い色で世界全体が染まっているのだが、そこから一向に時間が変化せず、いつまでも夕焼けが支配し続ける、どこか侘しさすら感じさせる空間となっていた。
「あ……ねぇ、ちょっと待って」
 住宅街の中で幾つめかの角を曲がった時、不意にルカルカが明後日の方角に視線を飛ばしながら、真に停止を呼びかけた。
「どうかしたかい?」
「ご免、今、ダリルから連絡が……」
 ルカルカの言葉に反応して、真はタイムウォーカーの速度を落とした。それからややあって、ルカルカが真と左之助に面を向ける。
「ルカの脳波が見つかったみたい。ただね、どうもフィクショナルが管理する領域の向こう側にあるらしくて、ダリルのプロセスだと直接はアクセス出来ないんだって」
「それじゃ、行くしかねぇか」
 星霜流の柄尻を僅かにしごくような所作を見せながら、左之助がにやりと笑いかけてきた。電脳世界内でマーダーブレインとやりあう気満々の彼としては、早速敵の懐に飛び込めると、露骨なまでに嬉しそうな表情を浮かべていた。
 対してルカルカはといえば、若干複雑な胸中である。
 物理的損害を抑える為に、なるべく力技ではなく、頭脳を駆使してマーダーブレインと渡り合うつもりだったからだ。
 しかし、事ここに及んでは仕方が無い。とにかく、自分の脳波データが保存されている位置を特定しない限りは、話が先に進まないのである。
「それでその、脳波データのある階層だけど、フィクショナル経由でスパダイナに直接入り込むんだよね?」
「うん。侵入ルートはダリルが指示してくれるから、それに従って進んでくれたら良いよ」
 そういう訳で、真の操るタイムウォーカーは、ルカルカを中継ポイントとするダリルからの指示に従い、フィクショナルからスパダイナへと繋がるI2Cバス通信経路へと向かうこととなった。

     * * *

 再び、第三コンピュータ学習室。
 ルカルカ達の脳波プロセスが指示通りに移動を開始したのを見て、ダリルは次に進むべき階層と、目標となるファイルの検索にかかった。
 ダリルが生成したプロセスだけでは進めなかった領域も、ルカルカや真の脳波にダリルのプロセスをパイプ接続することで、容易に侵入することが出来る。
 だがそれは逆をいえば、ダイブしている三人がマーダーブレインに発見され易くなるという危険性も孕んでいる。それが、ダリルが渋った最大の理由でもあった。
 しかし、今となってはもう四の五のいっていられる場合ではない。ルカルカ達に侵入経路の確保を任せた以上は、最悪の事態を想定しつつも、自身の作業を粛々と続けてゆくしかないのである。
 気持ちを切り替えて、侵入を続けるしかない――ダリルがそう腹を決めた時、不意に山葉校長が隣の席で素っ頓狂な声をあげた。
「うぉっ……何だこりゃ!?」
「どうした」
 思わずダリルも山葉校長の席のモニターを覗き込む。次の瞬間、ダリルの面は緊張に強張っていた。
「これは、マーダーブレインのプロセス通過経路か? いや、しかし何かが違う……」
 いいかけたダリルは、ふと何かの思案に思い至った。直後、彼の表情が見る見るうちに戦慄の色へと変じてゆく。
「これは、相当に拙いぞ。確か、マーダーブレインは脳波データを送った、といっていたな?」
 ダリルの問いかけに、山葉校長は若干気おされたかのように、引きつった表情で僅かに頷く。
「データの転送には、必ず送信側と受信側が存在する。マーダーブレインが送信側なら、受信側は何だ?」
「スパダイナじゃねぇのか?」
 山葉校長の応えに、ダリルは小さくかぶりを振った。
 スパダイナはあくまでもルーターマシンであり、それ自体はただの巨大な受け皿に過ぎない。そうではなく、スパダイナの内部にマーダーブレインからのデータを受信するプロセスが別に存在する筈だというのが、ダリルの結論であった。
「このプロセス通過経路の型は、見た覚えがあるぞ」
 いいながらダリルは、自身の席のモニター内に別のウィンドウを立ち上げ、そこに、マーヴェラス・デベロップメント社のサーバーから引き出した、あるウィルス情報のデータ型と比較してみせた。
 結果は、見事に一致した。
 ダリルはその照合結果に、奥歯を噛み慣らした。覗き込んできた山葉校長の面も、すっかり色を失ってしまっている。

 電脳世界内でも、同様の困惑が生じていた。
 ダリルの指示に従ってフィクショナル内からスパダイナの電脳空間内へと移動した直後、目の前に姿を現した巨大な存在に、ルカルカ達は驚愕の念を禁じ得なかった。
「……何よ、これ」
 目の前にそびえ立つ4メートル近い巨躯に、ルカルカは思わず唸った。まるで見覚えの無い容姿であった。
 そこに居たのは、ひとことでいえば人型の甲殻生物であった。
 灰色を基調とするいびつな外甲殻が全身を覆い、鎧兜のような形状の頭部の額からは、刀剣を思わせる僅かに反り返った角が伸びていた。
 そしてその両肩からは、十数本の細い角が伸びており、これら両肩の角には、人間を含む数種類の動物の頭蓋骨が串刺しになっているのである。
 これら頭蓋骨の数は、角一本当たり五〜六個、といったところであろうか。
「こんな奴が居るなんて、聞いてねぇぞ」
 左之助も、流石に色を失っている。傍らでは真が驚愕の色を瞳に浮かべつつ、しかしタイムウォーカーを即座に高速移動出来るようにと、身構えていた。
 その時、ルカルカの脳裏にダリルからのメッセージが届いた。目の前に現れた謎の巨躯の正体が、フィクショナル経由でデータ転送されてきたのである。
 いつに無く緊張している様子のルカルカに、真と左之助は嫌な予感を覚えた。
「……で、こいつは一体、何と?」
 ダリルとの通信が終わった頃を見計らって、真が訊いた。ルカルカはといえば、喉をごくりと鳴らしてからひと呼吸入れ、そして半ば腹を括ったかの様子で、小さく答えた。
「マーダーブレインと同格の、学習型強襲ウィルスマネージャーだそうよ。形式名称は……スカルバンカー