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ローレライの音痴を治そう!

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ローレライの音痴を治そう!

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第十章 武勇伝2つ

 蒼空学園の健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は朝から憂鬱だった。パートナー達には「俺は寝てるから行って来い」と伝えたものの、最後にはひっぱりだされてここにいた。
「一緒に歌の練習がしたくって」と心にも無いことを言わされてしまう。
 それでも天鐘 咲夜(あまがね・さきや)セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)リディア・スカイラー(りでぃあ・すかいらー)の笑顔を見るのはうれしくもあったが。
 彼らとは別に音痴の矯正に志願したのは、イルミンスール魔法学校の蓮見 朱里(はすみ・しゅり)と、百合園女学院の桐生 円(きりゅう・まどか)だった。
 朱里はハーモニウムを持参、一音ずつ丁寧に発声練習をすることを提案し、桐生円はなぜかペットボトルを持ってきていた。
「要は腹式呼吸の練習なんだよ。ペットボトルを縮めたり膨らませたりして、しっかりお腹で呼吸するんだ」
「腹式呼吸なら私もお勧めしようと思っていましたの」
 セレアの言葉に咲夜とリディアもやる気を出した。しかし相変わらず健闘勇刃の動きは鈍い。
「どうかされたのですか?」
 見かねた朱里が勇刃に話しかける。
「歌を歌うのがどうしても苦手なんだ。人の耳を壊すほどじゃないけど、有名歌手になるほどの腕前じゃない」
「それならちょうど良い機会ですよね。一緒に練習しましょう」
「……本当はさ」
「はい?」
「武勇伝を話したかったんだ。ラナ・リゼットに歌にしてもらえるなんて最高だろ。でも3人に期待されちゃってるしなぁ。でも武勇伝自慢したかったなぁ」
 朱里は厳しい目つきになって、人差し指に力を込めると、勇刃にデコピンする。
「いてっ!」
「‘武勇’とは何か、それを考え直した方が良いでしょう。強い敵を倒す、高い地位を得る、周囲から褒め称えられる、それだけが本当に‘武勇’なのですか? 私の夫はロイヤルガードのような名誉職ではありません。それでも人々の、私達家族の笑顔こそが一番の宝だと言って、世界を守るために戦っています。『あいつのせいで、仕方なく』そう思っているうちは、愛の尊さに気づけない。自分自身に自惚れる者に本当の強さは分からないと思いますよ」
 額を撫でていた勇刃は「その通りだな」と気持ちを切り替える。
「確かにあの3人に喜んでもらうことが、俺にとって最高の栄誉だぜ」
 朱里もうなずいた。
「ただ、後悔するなよ。ホントに歌には自身がないんだ。俺が歌ってる時に耳でも塞いだら、こっちがデコピンのお返しだぜ」
 言われた朱里はとっさに額を押さえる。
「ちょっと言いすぎだったかも」

「音痴って自分で思ってる人は、歌に自信がなくて萎縮して勢いが無くなってる気がするんだ。だから間違えても良いから、自分の歌は上手いっていうイメージも結構重要だと思うかな」
 桐生円の指導の下、ローレライ達がペットボトルを縮ませたり膨らませたりを繰り返す。目に見えるものがあるだけに、楽しそうに繰り返している。
「自信なくてとちったりするより、気にせずすぱーっと歌ったほうが聞いてる方も気持ちがいいしね。要するにノリと勇気、自信そして何がなんでも歌い切るって決意も結構重要なんじゃないかな?」
「俺にもやらせてくれないか?」
 勇刃は2リットルのペットボトルを受け取ると、一気に吸い取り、そして膨らます。
「さすが健闘様ですわ。健闘様の歌、あまり聞いたことありませんわ。はしたないお願いで申し訳ございませんが、是非とも一曲を披露してくださいませ!」
 セレアに続いて、リディアも咲夜も勇刃を誘う。
「健闘、せっかくなんだから、一曲を歌ってみせるのよ!」
「さあ、健闘くん、一緒に歌いましょう!」

 ── さすがに逃げられないか ──

 勇刃が覚悟を決めた。しかし神様はいたようだ。
 蒼空学園のエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が武勇伝を歌にする依頼に現れた。
「自慢をする気はないんだが、ネルソンさんの依頼とあっては。それにパートナーに引っ張られて」
 イングリットも丁寧に挨拶を返す。
「ところでネルソンさんの武勇伝も聞きたいところだな」
「わたくしはこちらに来て日が浅いですし、武勇伝なんて、せいぜい修業のことくらいでしょうか」
「なるほど、それも面白そうだ」
 そこでロートラウトがラナに話している内容が耳に入る。
「ちょっと待て、何故に変身時の話なんだ。しかもその語りだと、出来上がるのは恐らくアニソンだ。リゼットさんにアニソンを歌わせるのは失礼だと……」
「構いませんよ。なんだかとっても面白そうです」
 ラナに言われて、エヴァルトを始め一同は、出来上がりを待つばかりとなる。
「こんな具合ではいかがでしょうか」と竪琴を…………置いて立ち上がった。

 両手に持った ティールランサー 振りまーわーす♪

 唸る鉄拳風切る蹴り足 魔物を蹴散らーす♪

 パラミタの 平和な世界を まもぉってーる♪
 
 か弱き民を救うのに 命をかけてーる♪

「あ、アクエ…………ゲッホン、ゴッホン」
 ノリノリで歌うラナに合わせて真っ赤な武装に変身したエヴァルトだったが、『こんなことなら、もっと振り付けを考えておけば良かったかも』とも思ってしまうくらいだった。
 録画していた放送部員もあっけに取られた様子で、一連の光景を見ている。

 シニィと綾瀬もラナ・リゼットの熱唱を凝視していた。
「意外なモノを見られるのぉ」
「こんなことでもなければ、見ることのできない場面でしたわ。いろんな音楽に造詣が深いのでしょう」
 さすがに興味なさげな感じを取り続けることは不可能だった。

「ふぅ、楽しかった。こういうのもたまには良いですね」
 ストンと腰を降ろして、竪琴を持つと、先ほどまでのラナと変わりがなかった。こうなると、武装したエヴァルトが浮いてしまう。
「あの……お願いしたいんですが」
「この間の」
 ラナに話しかけたのは、急用があると言って立ち去った伏見 明子(ふしみ・めいこ)だった。
「やっぱりどうしても話を聞いて欲しくって、大したものじゃないんですが」
「いいのよ。さぁ、聞かせてくださいな」
 明子は帝国のイコンが大挙して攻めてきた時のことを語った。
「本当に頑張ってたのは、いろいろ工夫して孤児達を逃がした人だったと思うんです。それに比べたら私なんて……」
 ラナは微笑みながら首を振った。

 無数に迫る イコンの脅威 弾き返すの 身一つで
 守るは命 誇るは使命 集いし勇者 ここにあり

「こんなところでしょうか。気に入ってもらえれば良いのですが」
「とっても素敵です。ありがとうございました」
「もし良かったら、一緒に歌っていきましょう」
 エヴァルトや明子も加わって、即席の合唱大会になる。
 一人で歌うことがなくなってホッとしている健闘勇刃だったが、雰囲気に合わせてごまかしごまかし歌っていた。
 しかし3人のパートナーからは、それぞれに耳打ちされている。
「健闘くん、この次は一緒に歌ってくださいね」と天鐘咲夜。
「健闘! 私が踊れるくらいに歌えなくちゃ承知しないよ」とリディア・スカイラー。
「健闘様、ささやかなお願いなのですが、一曲聞かせてくださいませんか」とセレア・ファリンクス
 まだまだ彼の悩みは解決しそうになかった。