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ローレライの音痴を治そう!

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ローレライの音痴を治そう!

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第三章 歌は心じゃ

 ハーブティーの良い香りが全員の心をリラックスさせる。百合園女学院の橘 舞(たちばな・まい)が持参したものだ。
「とりあえずそなた達、それぞれ歌ってみるがよかろう。この“鶯の君”と称されたわらわが指導しようぞ」
 パートナーの金 仙姫(きむ・そに)が胸を張る。もう1人のパートナーブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は、『事件でもなければ、私の出番はじゃないわ』とばかりに、傍観を決め込んでいる。
 彼女達は別に、百合園女学院の如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が「ローレライさんの力になりたいと思って。自分達も歌の練習をしたいし……」と参加を申し出ていた。
 ローレライがラナの竪琴に合わせて一曲歌う。
「いかがでしょう」
 ローレライが周囲を見回した。
『……これは酷い。ローレライが人間に歌の教えを請うなんて、よほどのことなんだろうとは思ったけどね。さすがに、ここまでとはね』
 ブリジットは思ったものの、あくまで思うだけで傍観を決め込んだ。むしろこんなローレライが人間に頼ってまで音痴を治したいと考えた動機が気になった。
「え、えっと、個性的な歌声で、これはこれで味があるのではないでしょうか……」
 舞が懸命に誉め言葉を搾り出したことはローレライにも分かった。
「でも…………声は……よく出ていましたぁ」
「そうそう、最後までちゃんと歌えたのもよかったよね」
 日奈々と歩の言葉に、ローレライの表情がほんの少し明るくなった。
「しかしな、歌にせよ踊りにせよ、技術があるにこしたことはないが……それ以前に一番大切な物が欠けておる。わかるか?」
 仙姫が全員を見回した。まず喉を指差し「歌はここではなく」、次いで胸を示して「ここで歌うものじゃ」と付け加える。
 目の見えない日奈々に歩が耳打ちする。日奈々は「はぁーっ」とため息をついた。
「胸が……関係あるのですね。ラナさんのお噂は…………以前から……耳にしていましたぁ。そうなんですか……」
 ラナの胸に注目が集まる。ラナは恥ずかしそうに胸元を竪琴で隠す。そんなラナのと自分のとを交互に見比べて、それぞれが日奈々以上に深くため息をつく。負けず嫌いのブリジットは精一杯胸を張るが、ラナ山脈に比べれば、見劣るする丘であることは否めない。
「違う! 違う! いや、ラナは違わないのかもしれんが、わらわの言っているのは“心”じゃ。歌は心なのじゃ」
 全員の口から「ああ」の言葉が出た。
「心のこもっておらぬ歌は、いかに技量があろうが、ただ口から漏れ出る音、人の心にまでは響かん。音痴の上に、心すらこもっておらぬのでは、もはや騒音じゃ。そなた、一体何の為に歌いたいのじゃ?」
 手元を狂わせたブリジットが、カップとソーサーをカチンと鳴らす。自分が聞きたい聞きたいと思っていたことを、仙姫があっさり口にしたからだ。
「それは……」
 言いよどむローレライに、ラナが助け舟を出す。
「事情はいろいろあると思います。中には人に話せないものもあるでしょう。人に害を与えないと約束してくださいました。それ以上は良いのではありませんか」
 ブリジットは追求したがったが、舞と仙姫が止めた。
「私も……一番、大事なのは……心を、こめることだと……私は、思うんですぅ〜。心を、こめて……歌えば……きっと……想いは、通じると……思いますから」
 日奈々はシンセサイザーを取り出した。
「それと……歌うときに、大切なことって……音を、よく聞くことだと……思うんですよぉ。私が楽器を……演奏するので、それに……合わせて、音を……とってみてもらえますかぁ」
「どんな歌を歌うかも大切だよ。ラナさんやローレライさんは、好きな歌ってあるの?」
 ラナがニッコリと微笑んで答える。
「歌はどれも好きなのですけど、どうしてですか?」
「好きな歌の思い出ってあるのかなって思ったの。どこで聞いて、誰に聞かせたいのとか、そういうの教えてもらえたら、あたしたちの歌い方もちょっと変わるかも」
 どんな思い出が浮かんだのか、ラナの頬がわずかに赤く染まる。一方、良い思い出が浮かばなかったのか、ローレライの表情が暗くなる。
「なかったら良いんだよ。これから良い思い出を作れば良いんだから。あたし達と一緒に、楽しんで歌えば良いんだもんね」
 日奈々のシンセサイザーとラナの竪琴で即席のセッションが行われ、歩と仙姫のリードに合わせてローレライが歌う。それでもどこか音程が外れていたが、最初に歌った時よりは、はるかにマシになってきた。
 仙姫にうながされて、舞とブリジットも歌を口ずさむ。全員の声が重なると、ローレライの音痴もかなり緩和される。
 全員が歌い始めたのを見た仙姫は、扇を手に立ち上がり、歌いながら舞を始める。彼女の妖艶な舞は、歌と楽器の音色に乗って、場の雰囲気を一層盛り上げた。
「どうだ? 少なくとも、この歌はそなたにとって良い思い出になったであろう?」
 笑顔の戻ったローレライはしっかりうなずいた。
「ではもう一度、歌おうぞ」
「それなら……私も〜」
 日奈々がスキル幸せの歌を発動させた。全員の心が幸せに包まれる。
「うむ、その手があったな」
「そうですわ」
 仙姫と舞も幸せの歌を発動、3重の効果で心が満たされた。

 太陽が落ちかける頃、歩が日奈々の手を引いて帰路に着く。
「楽しかったねぇ」
「うん、とっても楽しかった」
「歩ちゃん、今日一日で上手になったねぇ」
「ありがと、日奈々ちゃんはもっと上手になったよ」
「そうかぁ。来て良かったー」