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波乱万丈の即売会

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波乱万丈の即売会

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 よりにもよって、この即売会会場で賢者の石の生成本を探すという場違いな行為に走っている者達が居る。
 即ち白瀬 歩夢(しらせ・あゆむ)アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)のふたりである。
(あ……憧れのアゾートちゃんと一緒に、き、きっと……賢者の石の生成本を探し出してみせるんだから!)
 歩夢のその心意気はまぁ良いのだが、ただ探す場所が悪い。
 ここは同人誌の即売会なのである。いや、そもそも同人誌の何たるかを知っていれば、こんなところで探そうなどという考えも起きなかったのかも知れないが。
 だが当然というべきか矢張りというべきか、ふたりしてあちこち見て回っているのだが、一向にそれらしい書物は見当たらず、ただ疲労ばかりがどんどん蓄積していくばかりである。
「なかなか……見つからないね」
「……だね。けどまぁ、そうそう簡単に見つかるような代物じゃないから、ボクも態々イルミンスールくんだりまでやってきた訳なんだけどね」
 どこか達観した様子のアゾートに、歩夢はきらきらと輝く眼差しを送る。素直に格好良い、と思ったのだ。
 その時。
「あ……あれ、みこちゃん?」
 即売会の一角で、手にした謎の書物を食い入るように読み込む白瀬 みこ(しらせ・みこ)の姿があった。みこが手にしている書物は、どうやら同人誌らしいのだが、僅かに見えた表紙には、『賢』の一文字が見える。
「ねぇ〜、みこちゃぁ〜ん。何読んでるの〜?」
 歩夢が呼びかけるや否や。
 みこはぎょっとした表情で歩夢に振り向くと、慌てて踵を返し、明後日の方角へ走り始めたではないか。
「あ、ちょっと! ねぇ! みこちゃんてばぁ!」
 歩夢が追いかけるも、みこはどんどん人込みを掻き分けて逃げてゆく。見かねたアゾートが、歩夢の後について、同じようにみこを追跡し始めた。
 ところが。
「こらっ、こんなところで鬼ごっこなんてしないの!」
 いきなり前方に立ち塞がったリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に逃げ場所を奪われ、みこは慌ててブレーキをかける。するとそこへ背後から雪崩かかるように、歩夢とアゾートがみこを取り押さえた。
 みこは抵抗空しく、手にしていた謎の書物を歩夢とアゾートに奪われてしまう。

「どれどれ……」
 満を持して、みこが持っていた書物を広げる。数分後、歩夢の頭頂から摂氏百度にも及ぼうかという湯気が、一気に立ち上った。
 その一方でアゾートは、酷く淡々とした様子で、そこに描かれている内容を読み進めている。
「ふぅん、なになに……
  『賢者の森で少女達を襲う謎の触手! そして種を注がれ賢者の石という実を産まされるのだった!』
  『あああ……中にたくさん、賢者の種が注がれてる……』
  『だめぇーー!賢者の石……産まれちゃうー!』
 ……何だこれ?」
 眉間に皺を寄せて小首を傾げるアゾートだが、隣の歩夢はもう、それどころではない。最初は賢者の石にまつわる有効な情報誌だとばかり思っていたが、いざ読み進めてみると、ただのエロ同人誌だったではないか。
 流石にこれは拙い……と歩夢が周囲に視線を走らせると、いつの間にかリカインとアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)、そして中原 鞆絵(なかはら・ともえ)の三人が、背後から歩夢達の頭越しに、そのいかがわしい同人誌の中身を覗き込んでいたではないか。
 よくよく見ると、リカイン達の左の二の腕には、『風紀委員』とでかでかと記された腕章が。
 歩夢の全身に、どっと脂汗が噴き出した。
「近頃のお子様達って、ほんとマセてるわねぇ。私の小さい頃なんて、もう少しソフトな表現だった記憶があるんだけど」
「あらリカさん……聞き捨てならない台詞を堂々と吐いてらっしゃいますわね」
 鞆絵の追及を敢えて聞き流しつつ、リカインはひょいっと手を伸ばし、歩夢からそのいかがわしい書物を奪い取る。
「どれどれ、タイトルは……『産まれる★賢者の石』って、なんつぅか、そのまんまじゃねぇか」
 一体何を期待していたのか、アストライトが、心底呆れ返ったような調子でぶつぶつとぼやく。そこでやめておけば良いのに、彼は更に余計な台詞を加えた。
「そういえばさぁ、さっきあっちのブースで、『アライグマ少女ラスカリン』ってのを見つけたぜ。いや、別にどうって話じゃねぇんだけどよ、やっぱアライグマ……」
 アストライトは、最後まで言葉を続けることが出来ない。不意に飛んできたリカインの鋭いコークスクリューが、彼の左頬の肉を深くえぐっていたのである。
 その一方で、いつの間にか、歩夢達はどこかへ退散していたのだが、リカイン達は別段、追いかけようとはしない。
 実は既に、鞆絵が歩夢達に悪意有りか否かを調べていたのである。
 結果は、否であった。
「まぁ大方、間違えて買ってしまったか、いたずら気分で売りつけられたかの、どちらかでしょう」
「そうね。買った方には罪は無いケースってとこかしら。じゃ、早速これを扱ってるサークルを探しに行こうかしらね」
 鞆絵の分析に、リカインが頷き返す。尚、アストライトはふたりの足元で血反吐をぶちまけて昏倒したままだったが。

 サークル『イルミンスール錬金術科』にアゾートや歩夢達が姿を見せたのは、それから少しばかり経過した頃合であった。
「あら……これはこれは、アゾート様」
 サークル代表の風森 望(かぜもり・のぞみ)が、随分と嬉しそうにアゾートを出迎えた。実は望とアゾートには、ある接点がある。
 というのも、今回望が出品している『AE 錬金術科エリクシールクラス』という同人誌は、実はアゾートが監修という形で参加していたのだ。
「へぇ……驚いたな、こんなところで売ってたんだ」
「……といいますかな、こういうところ以外ではまず売れないという悲しさなのでござるよ」
 売り子を務めていた葦原島 華町(あしはらとう・はなまち)が、酷く残念そうな面持ちで項垂れる。望にしても華町にしても、折角アゾートが監修として参加してくれたにも関わらず、同人誌の即売会でしか発表の場が得られなかったことに、少なからぬ残念な思いを抱いているようであった。
「あれ? おせんちゃんは?」
「あ、おせんちゃんなら……ほら、あそこに」
 望が指差したその先には、背もたれに上体を預ける格好で、パイプ椅子に座ったまま熟睡している伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)の姿があった。
 実は『AE 錬金術科エリクシールクラス』を徹夜で仕上げたのが、この『山海経』だったのである。
 描いている最中は恐ろしい程に高いテンションだったのだが、仕上げた瞬間、電池が切れたように、そのままいびきをかいて眠り込んでしまったらしい。
「へぇ〜、イルミンスールの紹介本か〜。ちょっと面白そうかも」
 不意にアゾートの脇から、イランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)がひょっこり顔を出してきた。
 同人誌の即売会といえば、矢張りジャパン文化だ! などと妙な偏見と思い込みを抱いているイランダだったが、少なくともこの即売会に限っていえば、彼女の偏見が見事に現実となってあらわれているといって良い。
 イランダが早速一冊、手に取ってページをめくってみる。そこには、彼女の期待通りの『萌えワールド』が展開されていた。
「あぁ、か、可愛い! 萌えキャラ達の四コマ漫画! これぞイッツ・ジャパニメーションだわ! 世界に誇るDJCだわ!」
 イランダが随分と感動しているのは、その態度からよく分かる。
 しかしこの場に居る全員が、今ひとつ理解不能な点があった。イランダが最後に放った、『DJC』というアルファベットの並びである。
「あの……そのDJCとは、一体何ですの?」
 妙に望が恐る恐るといった様子で問いかけると、イランダは心底驚いた調子で素っ頓狂な声をあげた。
「えぇ!? DJCを知らないひとが居たなんて!」
 いや、ここに居る全員が知らない。知っている訳が無い。
 イランダは、説明した。DJCとは即ち、『DO・JIN・C』の略である、と。
「それはつまり……ただ略しただけではござらぬか?」
 華町が何ともいえぬ表情で問いただす。要するに『そのまんまやないか』といいたい訳だ。何故、意味も無く頭文字だけを取って略したりしたのか。
 するとイランダは、突然高飛車な態度を見せて曰く。
「分からないの? 何かカッコイイからよ」
 その場に居る全員が、納得出来ないという様子で仏頂面をぶら下げた。