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暴走の眠り姫―アリスリモート-

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暴走の眠り姫―アリスリモート-

リアクション


プロローグ

 ――極東新大陸研究所 ツァンダ支部跡地にて、

「前回も昼間に来たほうがよかったわね……」
 廃れた研究所に再び訪れていたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、夜に訪れた時には気付かなかった内部の荒れ具合に驚いていた。壁や窓の至る所が砕け、黒ずんだ血痕も多かった。それは嘗て“キケンブツ”が暴れた痕跡だろう。
 “キケンブツ”については前回の調査は既に終了しているが、彼女には気になることがまだあった。
 調査後わかったことではあるが、この研究所は元々あったこども病院を改築して作られたと知った。しかしそれは、リカインに新たな危惧を抱かせることになった。
 この研究所で行われていたのは、より強い強化人間を創りだすことであり、彼らの能力利用を研究する場所がここだった。しかも、パラミタ化研究の初期に極東新大陸研究所の急進派閥がそれらの実験を秘密裏に行うための隠れ蓑でもあった。
 して、リカインが危惧する事とは、元病院だったこの施設を研究所として買い取った時に、病院に入院していた患者、つまり子供ごと、人体実験の材料として買われていないかと言うものだった。
 勿論そんなデータは、前回回収した資料や記録にない。しかし、非人道的な研究が行われ、その結果としての“キケンブツ”が存在したのだから、『子供を買う』という行為がなされていたとしても可笑しくはない。
 しかし、それは許されざる行為である。なされていたとしたら、そのデータは消去され、抹消してあるだろう。しかし、それでもまだその真偽を確かめる方法はある。
「狐樹廊、フィス姉さん。《サイコメトリー》で何かわかった?」
 再び資料室を漁っていたリカインの元に、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が別室から戻ってきた。モノの記憶を読み取る《サイコメトリー》での調査を終えて来たようだ。
「研究所の頃の記憶は、メスや手術台を見る限り子供が実験にされていた映像は読み取れなかったよ。多分、リカの思い過ごしだよ」
 シルフィスティの言葉に、よかったと胸を撫で下ろすリカイン。
「そう、ありがとうフィス姉さん。嫌な物調べさせたね」
「いいって、フィスはあんなの慣れっこだし」
 しかし、慣れているだけでグロテスクなのは好きではない。
「狐樹廊はどうだった?」
 リカインがもう一人のパートナーに尋ねる。
「手前の見た限りは普通の病院であった。だがしかして、気になる事もあます」
 意味深な狐樹廊の言葉にリカインが首を傾げる。
「気になることって?」
「礼の、“キケンブツ”なるオナゴらしき者が、病院時代に保母として働いていたようだ」
 “キケンブツ”――、つまりアリサ・アレンスキーがここで働いていたということ。
「でも、それって可笑しくない? 彼女まだ17歳くらいだよね、リカ?」
 この場で唯一アリサの顔を知るリカインが、シルフィスティの言葉に頷く。カプセルの中で眠っているアリサの容姿は大人と言うにはいくらか幼かった記憶がある。
「ええ、多分保育士見習いってことで務めていたのかもね。保育看護科のある高校からの研修生って考えれば、まあわからなくもないかな」
「では、何故に病院が研究所に代わっても彼女はこのような場所に居たのです? 彼女だけ実験体に買われたと言うのなら、多少話が可笑しく思えます」
 狐樹廊の言うとおり、アリサだけが強化人間の実験体として買われたというなら、何故他の患者などが買われなかったのかという疑問が出てくる。しかも、アリサ自身も暴走する前は従順に実験を受けていた節がある。
「じゃあ、ここが研究所になる前後に彼女に何かあったってこと?」
 シルフィスティが疑問を口に出す。
 と、そこに現れた教導団の生徒が口を挟んだ。
「それは私にも興味があります」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)がリカインたちの前に現れた。彼らもまた、研究所の事にて何か知り得ないかとここを訪れていた。
「白竜くん。あなた教導団よね? なんでここに?」
 リカインが聞き返す。白竜は前回の調査には関係していなかったのだが、何のために来たのかと。
「私も強化人間の開発には個人的興味が有りましてね。なにせ、パートナーの羅儀のこともありますから」
 羅儀もまた強化人間だ。彼の右側頭部にはその手術痕がある。しかし、強化人間になる以前の記憶が彼にはない。
「オレのことってなんだ? ひょっとして、それは強化人間のオレへの同情?」
 羅儀は時々思う。軍人として自分より遥かに上位階級であったはずの白竜が、何故自分をパートナーに選んだのかと。今回もどことなく自分に気を使っている節がある。
「いや、興味本位です」
 と、白竜は答えたが、それでは答になっていないと羅儀は思う。
「ところで、ここでアリサ・アレンスキーに関して、何か目新しい情報はありましたか? 天御柱で得た情報では不十分に思えます」
 アリサの回収後、新たな強化人間に関する研究資料ということで、白竜もその詳細を得るために天御柱を訪れていたのだが、十分なレポートを得られることはなかった。
 特に、アリサという個人について、その人格面についてのレポートに乏しい。実験では被験者の人格を考慮するなどという、メンタルヘルス思考が取り入れられていたとは思えはしないが、それでも、実験以外の個人情報に関する資料が何処かしらにあっていいはずだ。
 そこで、態々ツァンダにまで赴き、廃墟の探索をしに来たのだ。
 リカインは白竜の興味するところではないだろうが、今しがた知った事を彼らにも話した。
「なるほど、ならアリサについて知っているここの生存者に接触したいですね。できるだろうか」
 研究者の所在について手がかりが欲しいと思う白竜。ここに関わった研究者の名前は幾人か分かってはいるが、彼らの現所在までは知り得ていない。もしかしたら、全員アリサ暴走時に殺されているかもしれない。
「それなら、今日、ウラジオストックから天御柱にアリサを回収しにくる研究者てのが何か知ってるんじゃないかな?」
 シルフィスティの言葉に白竜が眼を細める。
「ウラジオストックから態々ですか? 確か急進派はすでに無くなったと聞きましたが何故にアリサを直接迎えにくるのです?」
 極東新大陸研究所は天御柱学院のある海京に分所を建てている。アリサの身柄を回収し、研究するならそちらでもいいはずだ。学院側がアリサの身柄引渡しを渋っているから、出向いたとも考えにくい。
 まして、彼女は三度暴走る可能性だってある。危険性が有る以上、アリサを学院に管理させておくのが得策とも思える。
「やはり、腑に落ちない」
 白竜の漏らした言葉にリカインも共感した。