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イルミンスールの割りと普通な1日

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イルミンスールの割りと普通な1日

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●昼下がり。お客さん少なくなってきた宿木に果実にて。

「お姉さん、ありがとう!」
 元気よく、ミリアにお礼を言うアニス。どうやら目的のレシピを聞き出すことに成功したようだ。
 そして、自分のテーブルに戻ろうとしたところで、ローブで全身を覆い、フードを目深に被ったエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)とぶつかった。
「きゃっ」
 前をよく見ていなかったアニスが簡単に突き飛ばされてしまう。
「可愛らしいお嬢さん、お怪我はございませんか?」
 きざったらしい台詞で、エッツェルはアニスに手を差し出した。
「あ、うん。大丈夫。貴方は?」
「私は、君のような可愛らしいお嬢さんにぶつかられて、今にも天に召されてしまいそうだ」
 ああ、とわざとらしく膝をつく。
「ですので、どうでしょう? 私と一緒……」
「あ、ごめんね。アニス、人を待たせてるのじゃあね!」
 引き気味にアニスは逃げていく。今の言葉を要約すると……いや、やめておこうエッツェルへの精神ダメージが多大なことになってしまう。
「やあ、いらっしゃい。相変わらずナンパしては振られているのか?」
 その様子を見ていた本郷涼介(ほんごう・りょうすけ)が、呆れたように言った。
 涼介は客の少なくなった店内で、ミリアと談笑していた。今はエイボンの書がデザートを作っているところだ。
 いつものように涼介はミリアの手伝いに来ていたのだ。
「こんにちはミリアさん。今日もお美しいですね。あなたのその笑顔は世界を照らす太陽のようです!」
 どうしてこうスラスラときざったらしい台詞が出てくるのかと、涼介は頭を抱える。
 しかし、そこで飲まれてはいけない。持っているトレイでエッツェルを小突く。
「浄化しますよ?」
 エッツェルの特性は友人だからよく理解している。だからこうやって光輝属性の攻撃を行うような意思表示をすれば……。
 そう思って涼介は入り口を見上げると、肩をわなわなと震わせている月代由唯(つきしろ・ゆい)がいた。
「え、エッツエェルさん……?」
 言葉は震え、怒りを我慢しているようにも見えるし、泣きそうな風にも見える。
「由唯……さん?」
 まるで長年の感動の再開。そんな風に見えなくも無い。
 だが、しかしそこに漂う雰囲気は徐々に明確になっていく。
「エッツェルさんは、私のモノでしょ? ねぇ、そうだよね?」
 つかつかと、エッツェルに歩み寄る由唯。涼介は少し距離を取った。
「由唯さん? もしもし?」
 言葉は聞こえてますか、とエッツェルは問いたいが。由唯から漂う雰囲気は修羅のそれ。言葉がそれ以上続かなくなっているようだ。
「ねぇ……エッツェル。辛い物食べたいよね?」
 にっこりと、天使のような微笑をエッツェルだけに浮かべる。それは有無を言わさぬ雰囲気があった。
「ええ、す、すすす、好き……ですよ?」
「そう、それはよかった。店員さん? このお店で一番辛い食べ物を、もっともぉっと辛くして持ってきて?」
 由唯はミリアや涼介たちにも同じような笑みを浮かべて注文をした。
「後、ミリアさんお手製のシチューも欲しいかな」
「ええっと。一番辛い料理に、シチューですね。畏まりました」
 ミリアはこんなにも狂気染みたやり取りが行われているのに顔色一つ変えずに、注文を繰り返した。
 涼介はそれをみて、さすがに看板娘は……自分の彼女は違うなと、改めてミリアに惚れ直してしまう。
 そして、厨房へと向かっていく。涼介もミリアの後を追いかけていく。今の彼女たちに近寄るのは危険だと判断した。
「ミリアさん、一体何を作るつもり?」
 涼介は食材を用意しているミリアに声をかけた。
「そうですね……パクシャパでも作ろうかと思っています。さすがにメニューには無いですが一番辛いと聞いてぱっと思い浮かんだのがこれでしたので……」
「また、手のかかりそうなものを」
「でも、注文されてしまいましたし。それに私は涼介さんの彼女ですからね」
 ミリアは涼介に微笑みかける。どうやら、ミリアもエッツェルへの報復に手を貸すようだ。哀れエッツェル。
 涼介は心の中で合唱をした。
「では、唐辛子のところに、インフィニティ・チリでも使ったらどうだろう。確かとても辛い香辛料だったはずだが……」
 そして、涼介もエッツェルを盛大にいぢめる話に乗った。
 出来上がった料理は、一言で言えば普通に食べれそうな物だ。見た目からは普通に美味しそうにも感じられる。
 しかし、結果は……
「ぎゃああああああ! 辛ッ! 何これ! 辛いよ! み、水頂戴水!」
 エッツェルは錯乱していた。
 それは、とても効果覿面で、エッツェルに地獄を味合わせることに成功した。
「はい、どうぞ」
 涼介は、グラスをエッツェルに渡す。エッツェルはそのグラスの中身を一気飲みした。
「焼ける! 喉焼けるって! 何これ、水じゃないの!?」
「私が聖別した、聖水です」
 ダメ押しだ。
「死ぬって! 私アンデッドだから、そういうの普通に死ぬんですよ!?」
 むしろ分かっていたからやったことだ。
 そして、ちらりと由唯のほうを見ると彼女も大分落ち着いたようで頼んだシチューを美味しそうに食べていた。
「はぁはぁ……酷い目にあった……」
 エッツェルはぐったりとしている。
「ミリアさんに手をだすからそうなるんだ」
 涼介は当然の報いだといわんばかりにエッツェルを責めた。
「エッツェルさん」
 由唯がエッツェルを呼ぶ。
「な、なんでしょうか……?」
 仕打ちが堪えたのか、エッツェルは震えて由唯を見た。
 そして、エッツェルの前に差し出される匙にすくわれたシチュー。
「あーんしてください。はい、あーん」
 手をしっかり添えて、由唯はエッツェルへと匙を押し付ける。
 半ば押されるようにして、エッツェルは口を開いてシチューを一口。
「おいしい?」
 どこの新婚夫婦だといわんばかりのやりとりに、涼介は頭を抱えてその場を離れた。
 自分たちの前で見せ付けてくれやがってという思いと、そうやって堂々とできることへの羨ましさの二つだ。
 そして、涼介はいつかきっと、ミリアのことを自分の彼女だと胸を張って言えるようになろうと思うのだった。



「ありがとうございました。またお越し下さいませ〜」
 ミリアが一礼して、お昼の最後の客を見送った。
 がらんとした店内。喧騒は嘘のようにしんと静まり返っていた。
 そしてふと窓から外を見ると、ポップな曲調に合わせて朱野芹香(あけの・せりか)がダンスを披露していた。
 好評のようで、ギャラリーが芹香のダンスを見ている。
 ダンスを本当に見入っている人から、下心で芹香を見ている人まで様々であった。
「頑張ってるんですね」
 くすりとミリアは小さく笑った。
 ミリアからは芹香の後姿しか見えなかったが、それでも楽しそうな雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。
 どうやら、一曲踊り終わったようでギャラリーから拍手が送られていた。
「お疲れ様です。差し入れでも渡してあげましょうか」
 こうして、割りと普通な1日のお昼は過ぎていくのだった。