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内緒のお茶会

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内緒のお茶会

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■ お掃除しよう ■ 
 
 
 
 ポーレットが預かっている鍵で屋敷の扉を開けた。
 閉ざされていた屋敷特有の湿気がむわっと感じられる。
 荒れ果てている、というほどではないが、屋敷の中は年単位で放置されていたと思われる埃が積もっていた。
 長く留守にすることを想定はしてあったのだろう。主要な家具にはカバーがかけられているが、その上にも埃は厚く積もっている。
「確かキッチンはあっちにあったはずよ。掃除道具はこっち……だったかしら。あ、違った」
 ポーレットは屋敷をうろうろし、やっと掃除道具を探し当てた。
「とりあえず、掃除しないことにはお茶会の部屋も埃だらけで使えないのよね。ってことで、よろしく。あたしはキッチンを見てくるね。料理手伝ってくれる人は一緒に来て」
 掃除は任せたと、ポーレットはキッチンの方にぱたぱた急いだ。その動きだけで、埃が舞い上がる。
 手伝う意思はあるけれど、料理か掃除かどちらにしようとアーミア・アルメインス(あーみあ・あるめいんす)はキッチンに向かうポーレットたちと、掃除道具を出している生徒たちを見比べた。パートナーのミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)が家事を一切やらないので、アーミアは料理と掃除、どちらの家事にも慣れている。
 ちょっと迷った後、今日は折角だから他人の作った料理を食べてみることにして、アーミアはその場に留まった。
 窓から指す光に、ポーレットたちが舞いあげていった埃がきらきらと照らされている。
「これは……頑張って綺麗にしないといけないみたいですね」
 久々に気合いを入れて掃除する必要がありそうだと、向山 綾乃(むこうやま・あやの)は髪をポニーテールに結び、エプロンをつけた。
「まずは窓を全部開けて、この埃をどうにかしちゃいましょう」
 綾乃が手当たり次第に窓を開けてゆくと、閉ざされていた屋敷に外気が流れ込んできた。
 それでようやく、息が出来る心地がする。
「思ったより埃が積もっているみたいだな」
 綾乃を手伝って窓を開けていきながら、ジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)は屋敷の中の様子に目をやった。
 目立つゴミが落ちていたり乱雑だったりはしないが、床も家具も埃に覆われ、壁には付着した綿埃が吹き込んできた風にゆらゆら揺れている。窓ガラスもすっかり曇ってしまっている。
 ジュバルはあまり家事は得意でないけれど、せっかくのお茶会を埃の中で開催するわけにもいかないだろう。
「しょうがない。あまり役に立てないかもしれんが我も手伝おう」
「お願いしますね。手はたくさんあった方がお屋敷も綺麗になるでしょうから」
「といっても、あまり出来ることはないかもしれんが……」
 高いところには手が届かないけれど、床を掃くくらいはできるだろうとジュバルは掃除道具入れをのぞき込んだ。
「庭も少し手入れした方がいいんじゃないか? 散策したい人もいるだろうからな」
 開けた窓から外を眺め、カノンは庭の方へ行く。雑草を抜いて枯れ葉を取り除けば、それだけで随分庭の見栄えも変わってくるだろう。
「ボクも手伝うよー」
 珂月がすぐにその後を追い、誠は少し迷ったけれどやはり2人について庭へと出て行った。
 
「掃除、ですか……これもまた苦手な分野ですね」
 神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)はこっそりとため息をついた。手伝うのはやぶさかではないのだが……掃除などほとんどしたことがないので、どうしたら良いのか勝手が分からない。
 とにかく何か手伝わなければと、緋翠は掃除と聞いて頭に浮かんだ箒を手にし、床を掃いてみた。
 ぱっぱっぱっと掃けば、埃が勢いよく舞い上がる。
 ある程度床のチリを纏めてちりとりで取った後、ふと見れば窓も汚れている。
 ここも綺麗にすべきだろうと、緋翠は窓の埃を払った。
「おや、埃が床に……」
 窓からぱらぱらと落ちた汚れが床を汚しているのを見ると、緋翠は再び箒を使う。
 懸命にやっているわりには全く報われていない。
「何故こうも綺麗にならないんでしょうか」
 徒労感でいっぱいになりながら緋翠は肩を落とした。
「緋翠……それじゃあいくらやっても綺麗にならないにきまってるじゃん」
 ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)が呆れた目を緋翠に向けた。
「そうなんですか?」
 ルアークから言われてもそれが何を指しているのか、緋翠はよく分からずにいる。
 手際よく掃除を進めていた綾乃は緋翠を見かねて声をかけた。
「お掃除苦手なんですか?」
「苦手というか……まあ、そうですね」
 得手不得手を問えるほどやったことがないのだと緋翠は答えた。
「でしたら、高いところから低いところへ、外側から内側へ。これだけ意識するだけでもずいぶん効率が違いますよ」
「高いところから低いところ……」
「ええ。この場合なら、床より窓の方が高いので、窓の掃除をしてから床へ。そうすれば上の埃で掃除したところを汚してしまうのを防げるんですよ」
「そういうものなのですね。ありがとうございます」
 緋翠は綾乃に礼を言うと、今度は上から埃を払いはじめた。
 手つきは危なっかしいけれど、教えられた手順通りに掃除をしている緋翠の様子に微笑んだ後、綾乃もまた自分の掃除に戻った。
 埃を払い、窓を磨く。綾乃の落とした埃はジュバルが箒で集めて取った。
 慣れた様子で楽しそうに掃除をしている綾乃を見上げ、ジュバルはどうして綾乃は家事をしているとき、妙に生き生きして見えるのだろうと考える。今だって何の苦もなく掃除をしているし、家でだってほとんどの家事を文句も言わず、楽しそうにこなしてくれている。
 もし綾乃がいなかったら、家の家事はどうなっていたことか。
 家族のように暮らしていると、家事を誰がやるかという問題はどうしても出てくるものだ。
「本当に緋翠は料理にしろ掃除にしろ要領悪いよなー。俺が和葉のパートナーになる前の2人の生活のひどさが垣間見えるなー」
 水鏡家で家事、特に料理を担当しているのは緋翠……ではもちろん無く、ルアークだった。
「緋翠がやってちゃ終わるものも終わらないよねー」
 憎まれ口を言いながら、ルアークはてきぱきと緋翠を手伝って、高いところから埃を落としてゆき、窓を拭き、最後に床の埃をちりとりで取る。
 いかにも大雑把なやり方なのに、丁寧にやっている緋翠の掃除後よりもルアークの方がはるかにきれいになっているのが、緋翠には納得しがたい。
 メープル・シュガー(めーぷる・しゅがー)はルアークがざっくりと掃除した後の細かいところを、道具やぞうきんを使ってピカピカに磨き上げている。見習いたいくらい鮮やかだと、緋翠はメープルの働きぶりに感心した目を向けた。
(やはり昔から嗜んでいると違うのでしょうか……しかしルアークの方はなぜああもフラフラとした刹那主義享楽主義にもかかわらず、料理も掃除も得手なのか……)
 和葉の兄代わりとして、ルアークにだけは負けられないと、緋翠はよたよたと懸命に掃除にいそしんだ。
 
 慣れている者にとっては日常的な家事の1つに過ぎない掃除でも、したことがない者にとっては未知の領分だ。
 手順を間違えば労力のわりに綺麗になっていってくれないし、普段しない動き、普段使わない筋肉を使うのも案外大変なことだったりする。
「ご主人様もイデアさんも……こんなに大変なことを2人だけでやってたの……?」
 屋敷に積もった埃に苦戦しつつ、ゴシック・ハートは呟いた。普段ゴシックは家事をすることはない。気づけば全部きれいに終わっているから、どうやってレイシャ・パラドクス(れいしゃ・ぱらどくす)が掃除をしているのかさえよく知らない。
 レイシャが普段していることを知ろうと、ゴシックは埃まみれになりながら懸命に掃除をした。
 ゴシックにとってレイシャは、優しくて何でもできていつも笑ってくれている大切なご主人様。その主人にこれまでこんな大変なことをさせてしまっていたのかと思うと、有り難くも申し訳ない。
 周囲の人がするのを見よう見まねで箒を使って塵を集めてみる。
「えっと……」
 集めた塵を前に、ゴシックはしばらくレイシャから貰った首輪の嵌った首を傾げていたが、思い切って尋ねた。
「あの……これはどうすれば……」
 ゴシックが集めた塵を指すと、綾乃がポーレットが持ってきていたゴミ袋のある場所を教えてくれた。
「こちらの袋に入れてまとめておいてもらえますか。ポーレットさんが帰りに持ち帰ってくれるそうですから」
「ありが……とう」
 礼を言って塵を取っていると、その上から盛大に埃が降ってきてゴシックは小さく咳いた。
 その咳をかき消すくらい豪快に、トゥトゥはげほげほと咳き込む。
「なんだこれは。ケホッ……掃除どころか空気が汚れるではないか」
「トゥトゥ、そんなにハタキを振り回したら余計に……けほけほ……」
 文句を言う間もばたばたとハタキを振っているトゥトゥを、ロジエがおろおろと止めた。
「ハタキとはこうして埃を払うものだと、そなたが言ったのであろう」
「いえ、払うにしてもやり方というものがあるのです……けほっ……すみません。巻き添えにしてしまいましたね」
 自分もむせながら、ロジエはゴシックがかぶった埃をそっと払ってやった。
「ううん……だいじょうぶ……」
 ゴシックはなんでもないと首を振ると、塵を集め直しにかかる。
 そちらに申し訳なさそうな目を向けた後、ロジエはトゥトゥにハタキの使い方をもう一度説明した。
「ハタキをばたばたと振ってしまうと、ハタキについていた埃まで舞い上がってしまいます。そっと埃を払い落として……」
「ふむ。こうか?」
 びしっ!
 スナップを利かせてトゥトゥが振ったハタキが置いてあった飾り壺にクリーンヒット。
「ど、ど、どどどうしましょう」
 派手にひび割れが入った壺を前にロジエが真っ青になる。
「記録はとらせてもらったわ」
 月美 芽美(つきみ・めいみ)が見せたデジタルビデオカメラに、ロジエはあっと口を開けた。
「今の……撮りました……?」
「ハタキがヒットしたところから、壺を見て青くなっているところまでばっちりとね」
 他人が失敗したところを撮るのは最高、と嬉しそうに芽美はまた別の参加者の決定的瞬間が撮れないものかと会場を巡ってゆく。
 どうしようかとおろおろとしているロジエに、トゥトゥが鷹揚に声をかけた。
「割れたものは仕方があるまい」
「で、ですが……」
「掃除とはなかなかに手加減の難しいものなのだな」
 ロジエと正反対に割った張本人のトゥトゥは涼しい顔でまた隣の壺にハタキをふるおうとする。
「ま、待ってください! 壺の埃を払うときには、特にこう、やさしく……これくらいの力でかけないと品物を傷めてしまいます」
「ほうほう。しかしそれではこちらに埃が残っておるぞ」
「その場合はこうして……」
「ふむ。ここにも埃が山ほど溜まっておる」
 トゥトゥがハタキで指した箇所を、ロジエが払う。
「はい、こちらですね」
 ぱたぱた。
「ほれ」
「はい……」
 ぱたぱた、ぱた。
「ふふふふふ……ホコリが残っておるぞ」
 トゥトゥはやけに嬉しそうな顔でロジエが掃除した後につつと指を走らせ、そこについた埃を突きつけた。
「す、すみません……」
 謝ってからロジエはおそるおそるトゥトゥに問う。
「あの……トゥトゥはお掃除なさらないんですか?」
「さっきからしておるではないか。おお、ここも掃除が必要だな。ほら、さっさと動かんか」
「はいっ。……?」
 言われたとおりに掃除しながら、ロジエはどうしてこうなってしまったのかとこっそりと首を傾げた。
 
 
 これがどうにかなるのかと思われた埃も、どんどん外にはたき出され、落ちたものは集められ。
「綺麗になるものですね」
 黙々と掃除をしていたティアンは見る間にこざっぱりしてゆく部屋を見渡した。
 そこそこ部屋が綺麗になったので、まだ細かな部分の掃除を続けている者もいるが、お茶会に使う部屋だけでなく他の場所も、と移動していった者もいて、掃除をしはじめたときよりも人の姿は減っている。
 掃除をするならきちんとしたいメープルは、窓の隅や金属部分をぴかぴかに磨き上げていた。もっと上まで、と思うけれどメープルの身長では届く範囲はしれている。
「お行儀悪いけど、ちょっと失礼して……」
 メープルは椅子を持ってくると、その上に載って背伸びをし、高いところの窓ガラスを磨いた。
 窓ガラスが綺麗になると、部屋が明るくなる気がする。
 自分が磨いたガラスを満足そうに見上げていたメープルだったけれど、
「あ、あら……きゃっ」
 見上げすぎてバランスを崩し、椅子から落ちかかる。それを通りかかった龍 大地(りゅう・だいち)が危ういところで支えた。
「危ねっ! 大丈夫か?」
 大地は片手に花を抱え、もう片手でメープルを支えている。
 ロイ・ウィナー(ろい・うぃなー)は手にしていた花瓶を床に置くと、大地と代わってメープルを支えて椅子から安全に下ろしてやった。
「ありがとう、とても助かったわ」
「いや、無事なら良かった」
 短く答えるとロイは花器を再び持った。
「掃除に精出すのもいいけど、ケガしないように気をつけろよ」
「ええ」
 メープルが恥ずかしそうに頷くのに軽く手を挙げると、大地はテーブルに花を広げた。
 お茶会なら彩りも必要だろうと、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)の店で花を買ってきたのだ。
「リュー兄仕込みの技、とくとご覧あれ!」
 お茶会だからテーブルについた人の顔がよく見えるよう、高さを抑えて花を生けてゆく。
「じゃじゃんっ! これでどうだ!」
「良いのではないか。俺にはよく分からないが」
 店は手伝っていてもロイは奥で帳簿をつけるのが主で、花のことはあまりよく知らない。あやふやな返事しか出来なかったが、大地は気にせず完成したフラワーアレンジメントを満足げに眺め回す。
「掃除も料理も大事だけど、花もやっぱりポイントだよなー」
 
 部屋をきれいにして花を飾ろう。
 それが内緒のお茶会の第一歩――。