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内緒のお茶会

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内緒のお茶会

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■ 屋敷の外にて ■
 
 
 
「今頃他の皆さんは、お茶会で交流しているんでしょうね……」
 差し入れにと持ってきたケーキの箱を手に、ミーナはため息をついて屋敷の方を眺めた。
 門は閉ざされているが、鍵が掛けられている訳ではないから開けることは可能だ。けれどポーレットに見つかればまた追い出されてしまうだろう。
 かといって、お茶会に参加出来ませんでしたと家に戻るのは気が重い。
 家で土産話を待っている淳二に、どう話せば良いというのだろう。
 そしてまた、リッシュ、夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)ニーナ・フェアリーテイルズ(にーな・ふぇありーているず)も所在なくその場に留まっていた。
「色々美味しいものが食べられると思ったのにな〜」
 残念、と素直に口に出せるニーナはともかく……と、リッシュは元譲を見やった。
「……折角送り出してもらったというのに」
 自分たちだけで楽しむのは申し訳ないと思っていたが、それも出来ずに戻るのはもっと申し訳なく感じられる。そう気に病む元譲に、リッシュは殊更声を励まして言った。
「今回マスターが俺らを送り出してくれたは、いわば俺らに対する報償みたいなものだろう?」
「ああ、恐らくそうだろう」
「だったらせめて、しっかり楽しまなくっちゃ忠義に反するんじゃねえか? それが屋敷の中であれ外であれ」
 そう言ってリッシュは、こっそり持参してきたワインとグラスを取り出した。並々とワインを2つのグラスに注いでから、片方を元譲に差し出す。
「今回の催しは茶会だと言うに、酒を持ってくる奴があるか」
 そう言いながらも元譲はワインが入ったグラスを受け取った。
 楽しんできて欲しいというのがエリスの願いなら、少しでもそれに近づけたい。
「こんな機会でもないと、惇姐さんとサシで飲めないだろ。それじゃ、我らが敬愛するマスターに……乾杯!」
 リッシュは乾杯の口上を述べると、元譲のグラスに自分のグラスを触れ合わせた。
「あー、2人だけ、いいなー」
 自分も何か持ってくれば良かったとニーナがすねる。
「あの、良かったらこれ食べませんか?」
 ミーナは差し入れ用のケーキの箱を開いてみせた。
「え、いいの? わぁい、いただきまーす!」
 嬉しそうにケーキをぱくつくニーナに笑みを向けると、ミーナもケーキを食べた。
「皆さんのマスターも優しい方なのですね」
 リッシュたちの話を耳にしていたミーナが尋ねる。
「うん。エリス姉はやさしいよっ」
 敷地内でこそないけれど、屋敷周りの緑からこぼれる木漏れ日の下も心地良い。
 リッシュと元譲はワインを飲み飲み、ニーナはどんどんケーキに手を伸ばし、ミーナは1つのケーキをゆっくり食べながら、あれこれと話をした。
「ミーナのマスターはどんな人?」
「私のマスターもやさしい人ですよ。それになんだか……初恋の人に似てるんです」
「ふぅん。それも縁なのかもね。あ、もう1つケーキもらってもいいかな?」
 食い気先行のニーナに、たくさんありますからどうぞと、ミーナはケーキの箱を近づけた。
 
 
 
 そしてまた別の場所では、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)によるお茶会が催されていた。
 入念に下見をして決めた場所は薔薇咲き誇る川の畔。そこにテーブルや椅子を運び込み、それらを英国様式にセッティングする。
「あの頃と同じだ。これこそが、妾の愛したイングランドの原風景にほかならぬ……」
 グロリアーナは懐かしげに整えられたお茶会の場を見渡した。
 あたかも英国風の庭園であるように飾り付けしたのは、今日招いた客人にあわせてのことだ。
 その客人……今日のメインゲストがやって来るのに気づくと、グロリアーナは先頭に立って出迎えた。
「よく来たな、ウィルよ」
「ライザ様、お招きありがとうございます」
 ウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)が丁重に頭を下げた。その腕の中でエーギル・アーダベルト(えーぎる・あーだべると)が元気に手を振る。
「こんにちは、グロリアーラ、じゃなくて、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テュ、テュ……テューダー。えーくんです!」
 何度か噛みながらも、グロリアーナのフルネームを呼んでエーギルは挨拶する。
「よく言えたな。ウィルに教えてもらったのか?」
「うん。えーくん、いいこだから、ウィリアム・セシルのむかしのごしゅじんさまには、ちゃんとごあいさつするんだよ」
 グロリアーナに褒められて、エーギルは嬉しそうににこにこした。
「何ていうか、ライザさんって気品ある人だね」
 感心した目を向ける貴志 真白(きし・ましろ)に、ウィリアムはそれも当然でしょうと真白に教える。
「ライザ様はエリザベス一世の英霊なのですから」
「え? ライザさんは昔は女王様だったんだ〜。すごいな」
 納得しかけた真白だったが、え、っと途中で言葉を止める。
「って、ちょっと待って。ウィリアムってライザさんのことをかつての主って言ってなかった?」
「その通りですが、それがどうかしましたか?」
「女王様だった人がかつての主ってことは、ウィリアムって偉い人なの?」
「それは……」
 自分のことなので説明し辛そうにしているウィリアムに代わって、グロリアーナが答えた。
「かつての英国において、ウィルは妾の宰相であり、友人であり……『私の精霊(My Spirit)』でもあった」
「宰相っ? 僕、地球の歴史とか全然詳しくないから知らなかったけど、ウィリアムって偉い人だったんだ。びっくりだよ! あ、道理でヴィナがいざっていうとき、ウィリアムに意見を聞く訳だ〜。女王様の宰相か〜、なるほどね」
 真白はウィリアムとグロリアーナを見比べ、かつて2人が地上で共にいたのを想像しようとした。
「体型はずいぶんと違うがな」
「ライザ様、その話は……」
 ウィリアムは苦笑する。かつては激務と他の者からの妬みによるストレスにより、ウィリアムは小山のように太っていたのだ。が、英霊として蘇って後は過食となる原因もない為、かつての体格の面影はない。
「いい機会だから、ライザさんにウィリアムのことをたくさん教えてもらおうっと。地球の歴史の勉強にもなりそうだしね」
「えーくんも、いっぱいおはなし、ききたいんだよ」
「よかろう。何でも教えてやるぞ」
 真白とエーギルに快く答えるグロリアーナに、ウィリアムはライザ様、と困笑を浮かべた後、グロリアーナの後ろに控えていた上杉 菊(うえすぎ・きく)ブラダマンテ・アモーネ・クレルモン(ぶらだまんて・あもーねくれるもん)に会釈した。
「ご挨拶が遅れて失礼致しました。ウィリアムと申します。こちらがエーギルで、隣にいるのが真白です」
 ウィリアムの挨拶を機に改めて皆で自己紹介をしあうと、グロリアーナは皆をお茶会の席へといざなった。
 
「ウィルよ、この薔薇を見ているとあの頃を思い出さぬか?」
 川辺に咲く薔薇、その傍らに用意された英国式のティーセッティング。グロリアーナが準備したそれらに、ウィリアムは深く頷く。
「まるで英国に戻ってきたようです。やはり私の故郷は英国なのでしょう。とても懐かしいです……」
 ウィリアムの答えに満足そうな表情になると、グロリアーナは手ずからトライフルを切り分け、ヴァイシャリーで仕入れた紅茶をいれてもてなした。
 今日のお茶会にはそれぞれの国の茶菓子をふるまおうと打ち合わせいた為、グロリアーナが持参したのはトライフルとジンジャーナッツ。硬いビスケットをエーギルは両手で持って、がりがりと囓って食べた。
「なんかぴりっとするあじがするー。しょうがかなー?」
「こちらはいかがですか? シャルロット・リュス、シャルロット・バスク、シャルロット・アフリケーヌですわ。御口に合うと宜しいのですが……」
 ブラダマンテが準備したのはビスキュイをふんだんに使った菓子だ。それを切り分けて、一切れずつ皿に載せてふるまう。
 お茶会のもてなしとならばと気合いを入れて作っただけあって、どれも皆見事な出来だ。
 菊は大きな和傘の下で点てた抹茶をウィリアム、真白、エーギルにふるまった。
「にがいおちゃだね」
 飲み慣れない苦さにエーギルが顔をしかめる。
「これが菊さんの故郷のお茶? 色も真緑だし、苦くて濃いお茶だよね」
 真白も抹茶の味に閉口した顔つきになるが、ウィリアムだけは静かにそれを飲み終えた。
「東方の物故、少々味は苦う御座いますが、これがより甘味を引き立てるのですよ」
 菊は口直しにと、今度は信玄餅を差し出した。
「これは、我が父武田信玄が好みし甘味に御座います。御茶請けに、沢山用意致しました故、遠慮なさらず召し上がって下さいませ」
 さっきの抹茶のことがあるのでエーギルはおそるおそる信玄餅を口にしたが、それが甘くておいしいことを知ると俄然元気になってぱくぱくと食べ始めた。
 その様子を菊は目を細めて眺めた。
 生前子宝に恵まれなかった所為もあってか、菊は子供好きだ。エーギルや真白が茶菓子を食べるのを嬉しそうに眺めては、他の菓子もどうかと勧めたり、茶のお代わりを注いでやったりと甲斐甲斐しく気に掛けた。
 お茶会の話題はグロリアーナとウィリアムを中心に、過去の英国と今のパラミタを行き来する。
「ライザ殿は、主のパートナーである私どもを束ねる御方ですわ。皆の事を時に主に代わり、色々と機に掛けて下さいますのよ」
 ブラダマンテが今のグロリアーナの立場を語れば、ウィリアムは自分のことのように誇らしげな表情になった。
「ライザ様らしいですね。そういえば、ライザ様たちの契約者であるローザマリア殿は、風の噂によれば今度ご結婚なされるのだとか。おめでとうございます、とお伝えください」
「ウィルからの祝いの言葉とあらば、ローザも喜ぶことであろう」
 今頃はローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)も逢瀬の最中だろうとグロリアーナは笑った。
「パートナーが幸せなのは良いことですね」
 ウィリアムのパートナーであるヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)もまた、妻たちと幸せな時間を過ごしている。それはやはり何よりのことだ。
「実は、私の現在の主の夫が契約者なのです。子育てを理由に契約を断られてしまい、彼と契約したのですが、なかなかどうして面白い人材でして。ああいう男がいればライド様の御代にとっても重畳だったと思いますよ」
 そうか、と呟いてグロリアーナはウィリアムと共に生きていた自分の御代を思い出す。
「……妾は生前、心休まる時など無かった。暗殺者に、スペイン人に命を野良割れ、それらを悉く撥ね付ける為の策を誰にも聞かれぬようにと船上で話し合ったものだな……」
 覚えているかとウィリアムに問えば、無論とすぐに答えが返る。
 共に駆け抜けたあの時代を忘れることなど無いだろう。
「ウィル」
 グロリアーナはゆっくりとウィリアムに呼びかけ、そして続けた。
「妾には其方が必要だ。あの時、ウィルを喪い改めて其方が如何に妾にとり、掛け替えのない人物だったかという事を思い知らされた。同時に、妾はイングランド王エリザベスとして君臨する中で、如何に其方によって助けられていたかという事も――ウィル、妾にとって其方と居る事の出来る時間は、何事にも代え難いものなのだ」
 かつての主からの想いに、ウィリアムは打たれたように動きを止めた。
 生前、この主に仕えられたことへの感謝と喜びを噛みしめながら、やっとの思いで
「有難う御座います……」
 の一言を絞り出し、ウィリアムは深く頭を垂れたのだった――。